■■2章-ルイの属性、迷える師匠の願望-■■④
加減を知らない師弟の模擬戦に戦慄する観戦者達とは異なり、
淡々とした不雰囲気で観察する偉丈夫レオン、
美しい顔に青筋を立てて睨みつけている魔族リズィクルの姿があった。
短剣を投擲し、戦鎚を身体全体を使って振りまわすルイが、
エドガーが持つ剣に受け流され地面に、
叩きつけられ追撃をなんとか回避して立ち上がる。
何度目になるかわからないその光景に、リズィクルは嘆息して口を開く。
「レオ。あの馬鹿は…いや、あの馬鹿共はいつもこうなのか?
もし仮にそうであるのと言う事であれば、
妾はすぐにでもルイを連れて、王都へ帰りたいのだが。」
「……寄寓だな。俺もリズにそうしてもらいたいと思ったところだ。」
レオンは眉根を揉みながら、リズィクルにそう告げる。
しかし、2人の…いやルイの動きを見ていて思う所もあるのも事実。
彼女が聞くとへそを曲げるだろうなと嘆息を吐きつつも考えを口にした。
「……庇い立てするつもりはないのだが、
ルイがここまで成長しているとは少しも思っても見なかった。
リズは今日初めて見るから、分からないかもしれないがな。
少なくとも、まるっきりエドの方針が間違ってるとも口にしづらい。」
その言葉にリズィクルは眉を顰めて抗議しようとレオンに向き直り、
レオンの表情を目にして、少し驚いた声をあげた。
「レオ…何を笑っている。」
レオンは自分の口元を触れて、小さく頷く。
どうやら無意識に笑っていたようだ、彼自身も少し驚いた顔をした。
「……そうか笑ってしまっていたか。失礼した無意識だ。
極めて不本意ではあるが、俺もエド同様に歓喜していると言う事だろうな。
エドも楽しくて仕方がないのだろう。」
「どういうことだ?…エドが楽しんでいる?」
リズィクルはエドを凝視する。
どう見ても、悪鬼か羅刹かわからない何者かが、
犬歯むき出しで目をぎらつかせている様にしか見受けられない。
「アレが戦闘狂の気質なのは知っているが、
ルイがどんなに逸材だと言っても、まだあの程度だろ?
満足する程は、まだ育っていないだろうに。」
「ああ、リズの言う通り。
あの程度であれば、エドが昂る程の実力者には程遠い。
だが、ルイに対しては少し違うようだ。」
「自身の初めての弟子だからか?
アレが身内贔屓している者の指導ならば、アレは師匠に向かんな。」
リズィクルの冷めた物言いに、レオンはついつい声を出して笑ってしまった。
彼女の言う通り、弟子を壊しかねないエドガーのやり方では、
ルイくらいにしか弟子は務まらないだろうとレオンも思った。
「まあ、それより開始してすぐにルイがエドに一発当てただろ?」
「ああ、あれは鮮やかな手並みだった。
加減しているとはいえ、貴様らが揃いも揃って持ち上げるだけの事はある。
それがどうした?」
怪訝な顔で睨みつけられる。
回りくどいと叱責する様な目に、レオンは苦笑を浮かべて説明を続ける。
「教会の話は今朝しただろう?」
「2人が対峙した話だな?」
「ああ、エドは最初その時くらいの手加減で相手をしてたんだと思う。
俺は生憎手加減が苦手だから、堪ではあるがな。
ただ、あの拳が当たってから手加減の度合いが随分と変わった。
あからさまに手加減の仕方が変化したって事は、
実際手合わせしているエドガーは楽しくて仕方ないんだろう。
"たった2か月でここまできやがった。"とか思ってるはずだ。」
リズィクルはレオンの言葉を耳にしながら、
再度訓練場で暴れまわっている愚か者達に視線を向ける。
2人の様子を見ていると確かに、レオンの言葉に説得力を感じる。
「…成長の幅を確認するために、
試しに当時くらいの手加減で相手したところ。
容易に一発当てて来た。
その後、"2段階程上げた"エドを相手に、
防戦一方ではあるが戦闘不能には陥っていない…と。
なるほど、ルイの成長を喜んで貴様の口が緩んだと言う訳か。」
その言葉にレオンは「無意識だがな。」と口にして頷く。
ルイの凄まじい速度で成長して行く姿に、
自身が魅了されていると自覚すると、
少し浮ついた気持ちになるのを感じていた。
「ルイには、こういった訓練方法が良いのかもしれない……。
エドやマサルの前で口にするととエスカレートしそうだから言えないが、
大変、不服ではあるが思ってしまう。」
「くくくっ、貴様ともあろう男まで感情的にさせる弟子か。
なかなかの大物だな。
それにしても……ルイのやつ、また動きの質が上がったか…?」
…"特異"の影響か?断定は出来んが。」
リズィクルが口にした通り、先程までエドガーの攻勢に、
一方的にやられていたルイが本当に少しずつではあるが、
安定して来た様にも見受けられる。
「"理識-プリンシプル・ナレッジ-"……と言ったか?ルイの特異。
マサルはルイと過した後に、
"理解して再現しようとするのを補助する力"
ではないかと予想を口にしていたが…。」
レオンの言葉にリズィクルは少し瞑目し、そして首を横に振った。
「……否。それではこの状態を説明するには適さない。
攻撃手段…この場合、武器を振るう際の動きは、
エドやマサルの姿が確かにちらつく。
歩法もどことなく仇花とルーファスの姿もする。
では、回避は?防御は?少なくとも妾には誰の姿も見えん。」
「…ああ、確かに。言われてみればリズの言う通りだな。
マサルの推測があっていれば、
ここまで短時間でルイが修正し続ける事は難しい。
そもそも攻め続けているエドガーの動きの中には参考になる
回避運動も防御も無い…そもそも骨格や筋肉が違う。
同じように出来るはずがない…。」
レオンが、自身と同じ結論に至った事で、
リズィクルは自分の考えを口にする。
「本質を見抜く力……。いや、読んで字の如く"理を識る力"。
くくくっ…あはははっ!自分で口にしておいてなんだが、
とんでもない事を口走ってる気がするっ!くくっ。」
荒唐無稽。一瞬そう否定しようとしたレオンもその言葉を呑み込む。
横で涙を湛えて笑う彼女の表現した言葉が、あまりにもしっくり来る。
「くくくっ、貴様らが口にした模倣の異常な巧さの、
助力にはなっているのは違い無いだろうが、
それはルイが偏に自身で努力している内に備わった後発的な能力であって、
特異に頼り切った能力では無いと言うことであろう。
……そうなると"影隷-シャドウ・スレイブ-"。
こっちの解析も一筋縄ではいかんかもな。…あっ、忘れていた。」
ルイとエドガーの訓練に見入っていて、
すっかり属性の結果の事が頭から、
抜け出ていたリズィクルは懐から取り出してレオンに手渡した。
レオンは、それを受け取りじっと見つめる。
「ルイの適正結果か。……なるほど。」
「ん?なんじゃ、釣れない反応じゃの。」
「いや、もっとトンでもない適正なのではと、
少なからず覚悟していたからな。
思ったより普通の結果でほっとしただけだ。」
レオンの喰いつきが思ったより悪く、少しリズィクルは頬を膨らませる。
しかし、すぐに悪戯めいた笑みを浮かべて、
ルイに視線を戻したレオンに語りかける。
「その結果で普通と言う時点で、感覚がマヒしてるな。
まあ、良いそのままルイを見たままで構わないから良く聞け。」
レオンは少し怪訝な顔をするが、リズィクルの言葉に従い頷いた。
「鉱石、土はS+、電撃Sで、火がA+。
少し落ちて風がB+、焦炎がB-。
不適正は光、闇、聖だけ。
あれだけ動き回れる妾達の弟子がこれだけの魔法を操って駆けまわる。
…くくくっ、凶悪魔法職の誕生だとは思わんか?」
形の良い唇で三日月を描き、うす紫色の髪を指先で遊び"万魔の女帝"は笑う。
レオンはもう一度、手にした適正結果に目を落としルイを改めて見やる。
「…"万魔の女帝"から見てもそれほどの資質と言う訳か。
ルイがどんな者に育つのか、少し恐ろしくなってきたぞ。」
「また古い呼び名を。くくく、一角の化物に育つのは間違いないな。
しかし、あの心根が腐るとは到底思えん。」
リズィクルは笑みを浮かべてそう言い切る。
レオンの脳裏に、楽しそうに笑うルイの笑顔が浮かんだ。
「心の優しい化物に育つ事は間違いないな。」
「くくくっ、なかなか雅な表現だな。ん?どうやら、今日は終いか?」
「…そうか、初めて見るお前でも、そう見えるのか。」
レオンの言葉に、リズィクルは怪訝な顔を浮かべつつも2人を見やる。
視線の先では、エドガーが繰る長槍の突きをまともにくらったルイが、
吹き飛び、立ち込める砂埃の中から、丁度立ち上がったところだ。
足元が微かに震えているのが、この距離からでもわかる。
リズィクルの言葉の通り、もう限界であろうと観戦者たちも弛緩した。
だが、レオンが発した言葉が、
まるで耳に届いたとでも言うように、ルイは動き出す。
急加速、急停止。
気配を消し、気配を増す。
存在を溶かし、その存在を曝け出す。
あの夜、教会で初めて目にした歩法とは、
まるで別物に昇華された絶歩が波濤の如くエドガーに牙を向いた。
「一回くらいは吹っ飛ばすっ!」
「かかっ!やれるもんならやって見やがれっ!馬鹿弟子っ!」
ルイは軽く跳躍するとエドの上方から手にした"鎖"を地面に叩きつける。
質量を持った鎖の先端は強い衝撃を地面に与え、砂埃が舞い上げた。
ルイがそろそろ活動限界だと高を括っていたエドガーは、
ほんの一瞬、ルイの姿を見失う。
不意に、教会での出来事を連想し、足元に目を向けた。
"何かが足下から喉元に迫ってくる。"
(おいおい、キレちまって"百舌"まで使いやがったかっ!)
ルイを追い詰め過ぎたかと、エドガーは内心舌打ちした。
"手数の多い百舌の脅威"の前では、
手にしていた長槍では、
捌き切れないと即断。
手刀で長槍の柄の部分を調度いい長さに叩き割り、
即席で短槍を2本作り出した。
そして喉元にせまった"黒槍"を弾き飛ばす。
一度受けた事があるそれとは、手に伝わる衝撃があまりにも"弱い"。
(これは百舌じゃねぇ!)
ここで漸くルイが繰り出したのは、百舌では無いと理解した。
困惑していたエドガーに更に追撃が襲いかかる。
自身の左側頭部に風を切りながら何かが襲いかかってきた。
「ちっ!」
煩わしいと言わんばかりに即席の短槍で払い避ける。
しかし、弾く直前で角度を変えソレは脇腹に襲いかかった。
(鎖だとっ!?これはルーファスの鋼糸術の真似事ってかっ?!)
少し慌てはしたものの、身体をすぐにひねり回避する。
そこで背後に気配を感じた。
「芸がねーなっ!」
槍の柄で出来た短槍で背後の気配に向け、巻き取るように薙払った。
(背後の気配…んなもん、残す訳ねーわな。)
案の定、手には捉えた感触など伝わって来ない。
(攻撃でガラ空きになった腹部が狙いかっ!)
咄嗟に腹部に気を取られたところで悪手だとエドガーは気付く。
「ずっと背後にいやがったなっ!てめぇ!」
「もらったよ、師匠っ!」
ルイは背後にいた。
エドガーであれば、自分の気配を辿る事など容易だろうと信じた。
そして、ルイが気配を残す訳がないと判断してくれると信じた。
だから、信じたからこそ、ルイは足下でじっと隙を窺っていた。
「…そこまでだ。」
「ルイも止まれ…。」
エドガー
「お前とやり合うのちょっと飽きてきたんだが。
ルイ
「僕もですよ。早く別の人とも戦いたいんですけど、この作品進行速度亀だから…。




