■■2章-ルイの属性、迷える師匠の願望-■■③
エドガーの後を追いやってきた訓練場は、
いつもとは異なり、少し視界がクリアに感じる。
不思議に思い辺りを見回すと、今日に限って訓練に汗を流す者の姿が少ない。
訓練の様子を窺う者の数もいつものとは比べ物にならない程少ない。
そんながらんとした印象の訓練場の中心でエドガーは立ち止まり、
アイテムボックスから次々に武器を出しては、地面に刺してを繰り返す。
それを怪訝な表情でルイが眺めていると、エドガーが振り向き口を開く。
「馬鹿弟子、お前もぼけっとしてないで、同じように適当に刺してけ。」
ルイはその指示に困惑して動きを止めた。
訓練している者の姿はないが、訓練所を窺っている者がいない訳ではない。
影から出して良い物か普段禁止されているために、躊躇していた。
「あ゛?ああ、そう言う事か。
影からあからさまに出さないように、やって見ろ。
俺がアイテムボックスから出してるみたいに振舞うだけで、
周囲から見れば影から出してるようには見えないだろうよ。
今後も必要な時が来る。
それも慣れだと思ってやってみろよ。」
エドガーの言葉に納得して、見様見真似でルイは懐に手を入れて、
武器を取り出して行く。
数本抜き出した所で「これでいいのか。」とエドガーに視線を向けると、
エドガーが腕を組み頷いているのを確認して次々と出して刺して行く。
あらかた準備を終えて、ルイはエドガーに向き直った。
「さあ、馬鹿弟子。今日から訓練少しかえるぞ。
いつものように、いちいち武器の交換の度に間を空けたりはしねぇ。
お前が吹っ飛ぼうがばてて寝てようが俺が良いと思うまで連戦だ。」
ルイは頷く。
そして、これから行う訓練内容を理解した。
「理解したみてぇだな。継続戦闘を意識するんだ。
いつもみたいに、なりふり構わず突っ込んで来る事は薦めない。
いいか?この訓練の目的は最後まで立っている事だ。
縛りは影以外はねぇ。本来なら使わせてやりてーんだがな……。
ここでは、流石に目がありすぎる。」
「平気です、わかりました。」
ルイが了承の言葉を口にした途端、
訓練場を覆い尽くす様な圧力がエドガーかから噴き出した。
そう、この圧力はまるで…。
「まぁ、教会のリベンジマッチだと思え。
俺からの指示はひとつだ。さっきも言ったが最後まで立ってろよ?」
そうエドガーが口にした通り、ルイと初めて邂逅した時。
教会で対峙した時の圧力と一緒。
ルイは訓練の内容どころか、
質そのものも格段に上がった事を悟り、
警戒心を増し、腰を落とした。
そんなルイの対応に、満足そうに笑みを浮かべたエドガーは、
近くに刺してあった戦斧を手に取り、ふわっとルイに放り投げた。
そのあまりにゆっくりな投擲に、ルイは気を取られる。
目を一瞬奪われた瞬間、ルイは自分の失態に気づき慌てて距離を取った。
ルイが立っていた場所を強烈な大剣による横薙が通り過ぎ、
角度を変えて今度は振り下ろされる。
――ギャリリリッッ
金属のこすり合わせる様な音と軽い火花が飛び散る。
咄嗟に、エドガーが戦斧を手にしたのに合わせて、
無意識に持っていた戦斧の面で、
なんとか剣撃を凌ぐも、その体勢は拙い。
そこに容赦のない大剣が再び襲いかかる。
しかし、ルイは即座に身体を捻り、慌てる事もなくその袈裟切りを回避。
お返しと言わんばかりに、エドガーの腹部に蹴りを見舞う。
「あめぇ。」
そう口にしたエドガーは、難なくそれを片手で掴み取り、
そのまま持ち上げて、直下にルイを叩きつけた。
「がっ…はっ!」
背中を地面に強打され息が止まる。
だが、先の宣言通りエドガーの攻撃は止む事はない。
砂埃を引き裂いて大剣が襲いかかってくるのを視界の隅で、
捉えたルイは強引に後ろに飛び去り、一旦距離を取る。
「むやみに攻撃するなって言ったろ、ちみっこ。
いつから、お前はそんなに温い動きする様になっちまった?」
獰猛な笑みを湛えたエドガーは、しっかりルイを見据え口を開いた。
吹き荒れる圧力の暴力。
隙などまるでない佇まい。
そして、狂気に染まったと見紛う爛々と輝く闘志に満ちた瞳。
ルイはエドガーが口にした言葉の意味を、本当の意味で理解した。
教会のリベンジマッチ、確かに彼はそう口にした。
そして目の前にいるこの男は訓練の相手をする師匠ではなく。
あの夜に立ち塞がり、自身を容易に打ちのめした者。
"さあ、続きだ。だからお前もその気で来い"
目の前の銀色の野獣は言下に、そうルイに呼び掛けていた。
そして、ルイも笑った。
あの月の夜と同じように。
「今回は一発では満足しないっ。」
ルイは短槍と短剣を手にして速度を上げ一気に迫る。
その姿と"ルイの目"を見て取ったエドガーは、
自身の意図が"今度こそ"正確にルイに伝わったと獰猛に笑う。
「ちょっと火着きが悪かったが…上等だっ!来いっ!ちみっこっ!」
大剣とは思えない速度で振り下ろしルイの突撃を迎撃する。
打ち下ろされ向かってくる大剣に怯む事なく、
ルイは短槍の穂先を大剣に叩きつけ軌道を強引に変える。
再び火花が舞いあがるが、先ほどと違いしっかりと受け流し、
ルイは逆手にもった短剣で切りつけた。
エドガーは、迫る短剣を当たる直前まで引きつけて、
半歩だけ下がり、ルイ腕を振るって隙の出来た腹部を、
目掛けて拳を叩きつける。
「それは知ってる。」
迫る拳を察知していたルイは難なく膝蹴りを繰り出し相殺した。
するりとエドガーの懐に入り込んだルイは、
小さく拳を振るって腹部を殴打して、危険地帯から離脱する。
「…まず一発。」
ダメージを期待できる一撃では到底ない。
だが、ルイは初めてエドガーに無傷で一撃入れる事に成功した。
ルイは思わず笑みを浮かべてエドガーを見やる。
そして、息を呑んだ。
エドガーは嬉しそうに高らかと笑っている。
だが、その身から放たれる圧力が段違いに跳ね上がった。
背筋が震え、戦意が根こそぎ喰い破られる恐怖。
腹の底に力を込めて、ルイはなんとか心を保つ。
(…これ、知ってる。)
ルイはこの圧力を知っていた。
レオンにエドガーが一瞬だけ向けた圧力。
絶対的強者が、あの時一瞬だけ見せた本気の戦意。
それが、目の前のルイ只一人に向けられている。
(まじで、大したヤツだ。よくぞ2か月足らずで、ここまで仕上がった。)
エドガーは歓喜し、そして胸の内で称賛した。
それほどまでに、鮮やかな一撃だった。
つい口から出そうになる、称賛の言葉を呑みこみ深く息を吐き出す。
(だが、まだだ。これくらいなら、お前なら出来て当然だ。)
再度、エドガーは戦意を滾らせる。
それだけじゃない、殺気も殺意もまとめてルイに叩きつける。
それを受けてなお、相当辛いはずの圧力に耐え、笑顔をすら見せるルイ。
「……覚悟しろ。あの時の比じゃねーぞ。
死にたくなければ集中しろっ!ちみっこぉぉぉっ!」
束の間の咆哮。
漂うは濃密な殺気と言っていい程の禍々しい気配。
再現なく膨れ上がる圧力に、耐えていたルイも思わず硬直する。
当然、そんな隙を逃すはずのない。
穿つような一撃がルイの身体に牙を向く。
(動けっ!いいから動けっ!)
自身を叱責して、漸く辛うじて手にしていた短剣を、
大剣と自分の身体の間にねじ込み入れる。
直撃は回避する事には成功したが、エドガーの推進力を殺す事は出来ず、
地面を滑る様に吹き飛ばされる。
だが、これで終わるはずがない。
ルイの咄嗟に気配察知を自身の"後方にだけ"集中して、
背後から迫りくるであろう、エドガーを補足しようと躍起になる。
「こんなもんかっ!ちみっこぉぉっ!」
吹き飛ばされているルイに、
容易に追いついて見せたエドガーが、気勢をあげながら大剣を振り下ろす。
「まだまだぁあぁっ!」
姿勢が崩れたままでもお構いなしに、ルイは迫る大剣の面に掌底を打ち込み。
その反動で姿勢を無理矢理戻しきって、踵でエドガーの顎を蹴りぬく。
迫りくるルイの踵をしっかり見据えて、エドガーは頭を引き踵に頭突きをした。
「やりゃ、できんじゃねぇかっ!もっとこいやっ!」
エドガーの咆哮も届かない程に、集中しているルイは、
頭突きの後で僅かに出来たガラ空きの腹部に短剣を突き入れようと手を伸ばす。
しかし、その動作に入ってすぐ視界の隅で、
自身のわき腹に足が振り上げられるのを目視した。
「"先に当てるっ!"」
咄嗟にそう"誘導した"。
叫び声と気配だけそのまま、そこに残す。
自身は気配を瞬時に殺し、エドガーの背後にまわり、
ガラ空きの背中を踏み台にして危険地帯から離脱。
すぐさま手近なところにあった棍を手に取り、
エドガーの腕を大剣もろとも吹き飛ばすつもりで、
非力な身体に1回転させ棍の先端を加速させた。
――ギャリギャヤリッ
棍と大剣が振れた途端、互いの武器が鈍い悲鳴をあげる。
手に猛烈な痺れを感じるが、構う事なくルイは更に追撃を選択した。
エドガーは素早く3合程、棍と打ち合い。
大剣を手放し、槍斧と大鎌を手にとりルイの追撃をまとめて薙払った。
大剣であれば間合い分、うまく立ちまわれると考えたのも束の間。
突き出された大鎌をスレスレで回避したルイの背後を目がけて、
引き戻される大鎌が襲いかかる。
前方からは斧槍の突きも迫ってきた。
ルイは後ろを振り向く事も無く、背後に棍を突き立て半歩下がり、
スッと棍に背中を預ける。
――ガッ!
棍に阻まれてルイに届かない大鎌は動きを一瞬だけ止める。
その反動に逆らう事なく、
ルイは背面にそのまま体重をかけて棍ごと宙を回った。
「かかっ!なんだそれっ!随分おもしれえ事を思いつきやがるっ!」
「……はぁはぁ。師匠やっぱり凄い。
はあはあ、どれも全部基本の動きなのに恐ろしく強い。」
「馬鹿野郎、当たり前だろうがっ!誰だと思ってやがるっ!
おら、お喋んな。まだ終わってねーぞ。」
「先に話かけてきたの、そっち。ポンコツ師匠。」
「…よし、泣かす。この糞弟子がっ!」
疎らではあるが、見学席からエドガーとルイの、
師弟対決と言う名の模擬戦を、観戦していた者たちは、
顔を青白く染め上げていた。
いつもならば、軽口の叩きあいが始まると笑って囃したてる者たちですら、
今日はそんな気分になれはしない。
幾度となくぶつかりルイは数合も耐えきれず吹き飛び、また飛び込んで行く。
眼前で繰り広げられている光景は、
模擬戦と言うよりも命のやり取りにしか見えないのだ。
エドガー
「戦闘シーンって書いてて楽しいなっオイっ!!
ルイ
「僕の台詞の度に手が止まるからって、台詞少なくないですかね。




