■■2章-昼行燈と名無しは息潜めて睨みあう。-■■②
「申し訳ございません、実はルーファス殿がいらした際に店先で、
起きた騒ぎを目にしていた若い者たちが、どうしても腕試しをしたいと。」
冷え冷えとした空気の中で、額に汗を掻きながらダンサイは顛末を語った。
店先の騒動を目撃した者の1人が、ルーファスを侮り口悪く罵ったと言う。
その事を耳にしたダンサイは強く叱責した。
そして若い家族を集めて、少し驕りが過ぎるのではないかと、
小言を零していると、若手たちより"それほど優れているのであれば、
我々総出で襲っても容易に打ち倒されるのですね?"と問われ、
"当然だ。"と口にした事で、彼らは暴走する事になったと言う。
それでも実際ルーファスを一目見れば、
その実力さに慄き大人しくしているはずだと、
高を括っていたが想像以上に若い家族達が未熟で実力差も分からず、
暴発する羽目になった。
ダンサイはそう話を、締めて改めて深くルーファスに頭を下げた。
「…なにやってるのよ。」
「いっそ閥員の掃除でも、遠まわしに依頼してるのかと思ったっすよ。」
仇花は呆れたとばかりにそう口にして片手で目を覆う。
ルーファスは、もう怒っていないと笑顔で首を振って軽口を叩いた。
「何人かは、初めましてよね?紹介するわルーファス・ルクシウス・ソー。
"ルクシウス"については、説明不要よね?
そして、元名無し(アンノウン)。って言っても先代頭領の時に所属していただけだから、
ルーファスが所属してた事を知ってる人なんて、そんなにいないわ。
あんな偽物騒動の後に、なんだけど…。仮に1柱ってのが当てはまる者が、
いるとしたら彼って事になるのかしらね。」
「所属って言うか、先代に拾われて育てるついでに色々教わっただけっす。
それに、俺っちも偽物かも知れないから、無理して信じなくていいっすよ。
んで……君が"仇花の二重スパイをしていた"5柱ラミーエ。
その2人が派閥"羅刹衆"の元閥員、6柱ドリュンと7柱マケニティ
であってるっすかね?初めまして、ルーファスっす。敬称はいらないっす。」
前回の事件で法国の手の者として、加担していた5柱ラミーエは、
真相を知っているだろうルーファスのそんな言葉に、無意識に顔が強張る。
そんな彼女にルーファスは、やんわりと微笑みかける。
「我々の事もご存じなんですね。初めまして、ルーファス殿。」
「……は、初めましてっ!」
6柱ドリュンと呼ばれた、斥候職には珍しい重装備の偉丈夫は、
遠い過去の話を突然口にされた事で苦笑いを浮かべたが、
騎士然とした美しい姿勢でルーファスに礼をした。
一方で7柱マケニティと呼ばれた、短めの髪を簡単に結っただけの髪を、
これでもかと揺らしドリュンに倣って礼をする。
どこか溌剌とした印象醸す彼女は緊張している様でとてもぎこちない。
この2人に関して、ルーファスが口にした"羅刹衆"と言う派閥は、
過去に王都中心に暗躍していた大手の暗殺派閥の1つで、
幾度となく名無し(アンノウン)と小競り合いを繰り返していた派閥である。
そんな中、幾度と無くたった一人の人物に数多の閥員を返り討ちにされ、
焦った羅刹衆の盟主が、その人物を籠絡、または暗殺するために、
送られた刺客がドリュン、マケニティの両名だった。
「そりゃ知ってるっすよ。先代が笑って話してくれたもんす。
"命獲りに来たヤツらを、気に入ったから子飼いにするってよっ"って、
珍しく上機嫌に笑ってたっすからね。ねぇ"先代の懐刀"さん。」
そう可笑しげに口にして、ルーファスはころころと笑っている仇花を見た。
言葉通り2人の標的にされた仇花は、なんなく2人を封殺した。
勝ち目がない戦いに捨て駒にされたと気付いた2人がそれでも懸命に、
お互いの身を庇いながら自身に挑み続ける姿勢に、仇花は心を打たれた。
そして殺してしまうのは惜しいと考え、2人を捕獲し先代に直訴した。
「たしか、"私を殺す覚悟があるなら、2人を殺したら?"って、
当時の幹部達に思いっきり喧嘩売ったんすよね?くくくっ、悪い人っす。
"んな事、出来る家族なんていねーのによっ!"って笑ってたあの人も、
どうかしてるっすけどね。」
先代が、酒を口に運びさも楽しそうに自分に言い聞かせてくれた話を、
ルーファスは昨日の事の様に思い出せる。
久しぶりに、派閥の屋敷を訪れて裏庭を目にしてから、
過去の記憶が好き勝手に脳裏に浮かぶ。
随分と今日は感傷的になるものだと小さく、とても小さく嘆息した。
そんな気分を払拭させるために、わざとらしく大きく伸びをする。
「思わぬところで、ごたごたしたせいっすかね。
ちょっと調子が狂ったっすけど、仕事でここに来たの忘れてたっすよ。」
いつもの飄々とした空気を改めて纏い一堂を見渡してそう口にした。
仇花を除いた面々は居住まいを正し、ルーファスを見つめる。
ただ1人、仇花だけは火口に火を点けて煙管を口に運ぶ。
「お仕事…ねぇ。リズが可愛らしいゲストを2名と共にハンニバル入りした。
どうやらお忍びで…って言うのに、何か関係してるのかしら。」
その事を仇花同様に把握していたのはサミュル、ダンサイの2名。
それ以外の柱たちは、仇花が口にした内容を聞いても話が見えない。
ルーファスは紫煙を燻らせ、笑顔を浮かべる仇花に呆れた顔で嘆息した。
「はぁ…仇花は、頭領の仕事より現場が好きって事はよくわかったっす。
わかってないのも居るみたいっすからね、簡単に説明するっす。
とりあえず、リズだけじゃなくて狂王もハンニバル入りしてるっす。」
流石の仇花もマサルの事までは把握していなかった様で、動きを止めた。
ダンサイ、柱達の表情も驚愕に染まる。
「現在ハンニバルには、シュナイゼル、セリーヌ両殿下が領城入り。
そして、狂王陛下を含む7人中、5人のルクシウスが勢ぞろい。
更に、2週間程遅れて"双璧"両公爵までお忍びでやってくるっす。」
「ルー兄……せ、戦争でも始まるの?」
オーリが声を震わせてそう問う。
「"戦争は"起きないっすよ。マサルはわざとに隙を見せるために城を空けて、
馬鹿害虫達に、内戦を起こさせようとしているだけっす。」
「…なるほど。ジュリアス殿下を擁立してマサルを排斥する動きを、
活発化させたいって事なのね。
ふふふ、思いついても実行しちゃうのがあの子らしいわね。」
更にルーファスの説明は続く。
ジュリアス擁立派として固まってくれる事を望んでいたが、
シュナイゼル擁立派と派閥を割ってしまった事。
それでも筆頭派閥であるジュリアス擁立派が、
約2年後に内戦を起こすであろうと見ている事を告げる。
「…ただでさえ劣る戦力割ってどうするのよ。」
「それがわからないアホなんすよ。
そこまでと思って無かったから、ちょっとこっちも困ってるって訳っす。
その上、旗色の悪いシュナイゼル擁立派は、
王位を継ぐ気なんて更々無い王子を焚きつけて、
ジュリアス王子も封じ込めるぞっ!って無い知恵絞ったっす。」
「…セリーヌ王女の拉致誘拐。」
説明を黙って聞いていたサミュルがそう零す様に口にした。
その言葉にルーファスは、頷いて答える。
仇花が呆れ顔で煙を吐き出し、他の面々も顔を顰める。
「と言う訳で、やっとここを訪ねた理由に繋がると言う訳っす。
まずは、短気筆頭から名無し(アンノウン)の皆さまに伝言っす。
"1人歩きは禁じてるが迎えをよこせば外泊くらいは許すつもりだ。"
預けた手前、遠慮してる皆さまに珍しく配慮した暴れん坊の配慮っす。
きっとルイも皆の顔みたら喜ぶっすよ。」
「エドがそんな事を?!とても嬉しいけど…レオンが気を利かせてくれたって
言うのならわかるんだけど…。」
「弟子を育てる内に師匠も育つって事っすよ。
俺っち再会してすぐ動き回ってるっすから、
この2か月でどれほど成長したかは定かじゃないっすけど、
ルイは、一段と頼もしくなったっすよ。褒めてやると良いっす。」
ルーファスはルイがどの程度、成長したかは自分の目で確かめたら良い。
と最後に添えて、一同の質問攻めを封じる。
真っ先に声をあげて近況を聞こうとしたオーリは、
牽制の言葉を口にした意地悪な兄代わりを頬を膨らませて睨みつけた。
他の柱たちや、ダンサイは各々で好き勝手にどう成長したかと、
想像を膨らませ、想いを馳せている様だ。
そんな中、仇花だけはルーファスを静かに見つめ続けていた。
その目は「それだけじゃないんでしょ?」とルーファスを詰問する。
「ちゃんと説明するっすから、そんなおっかない目で見るの止めるっすよ。
とりあえず、最初にルイの師匠になる事を引き受けた2人から、
提案があって"救国の狂王"と"万魔の女帝"、そして"無音の死神"…俺っちすね。
3名がその提案を受けて、新たに師匠になったっす。」
「「「「っ!」」」」
エドガー、レオンに引き続き、3人のルクシウスが師になった。
その事実がルーファスの口から飛び出した途端、皆が一様に絶句する。
いち早く我に返った仇花は、その事実を一度反芻してみるものの、
決して小さくない動揺の色を顔に浮かべたまま、疑問を口にする。
「流石に言葉も無いわね……。その提案ってなんなの?」
「弟子であるルイのために、自分じゃ教えられない事も伝えてやりたい。
だから、お前らの力を貸してくれ。って頭下げられちゃったっす。」
「っ!エドが頭をっ?!…そう、あのエドが…ルイのために。」
仇花は背筋を駆けあがる何かを感じ、目頭がうっすら熱を佩びる。
自身がルイを想って託した事が間違いでは無かったと、
胸の内で呵呵と笑う友に感謝した。
ただ、ルーファスが悪戯めいた視線を送ってきている事に気づく。
…そして疑問が1つ沸いた。
「ねぇ、ルーファス。ルイの師匠は今こちらに来ている3人を、
合わせた5人ってことよね。」
「そうなるっすね。翁たちは"まだ"マサルとリズ、それと俺っちが
ルイの師匠になった事も知らなければ、
エドっちに"まだ"頭下げられてないっすからね。」
「…貴方たちがルイをそれだけ買ってくれてるって事なのね。」
彼の含みある言い方で、仇花は理解した。
近いうちに、可愛い末の子の師匠が"7人"になると言う事なのだろう。
2人の会話の意味を正確に理解したサミュルは、
疲れた顔をして額に手を当てる。
他の面々は、先の動揺が尾を引いているのか微動だにしない。
「ただ、先だって説明したセリーヌの拉致誘拐の件にルイを巻き込むっす。」
唐突にルーファスの口から飛び出した言葉に、
呆けていた者たちも我に返りルーファスを睨みつける。
ただ、仇花だけは小さく嘆息して煙管に口を付けた。
「…仇花の反応は意外っすね。
ルイの事が絡むと他の面子同様にポンコツだと認識してたっすよ。」
「失礼ね。ルイが可愛いのは皆と一緒だけど、
貴方達の考えも同時に理解できちゃうんだから仕方ないじゃないの。
皆、勘違いしないで欲しいんだけど、私たちは彼らを信じて預けたの。
自分たちで出来ないと口に出して降参した所を救われたのよ?
今の貴方達の態度は如何なものかと思うわ。」
ルーファスの軽口を受け流し、
仇花は柱たちに視線だけ向けて淡々とそう口にした。
一瞬、オーリから怒気が漏れ出すも、
その言葉が胸に刺さったのか苦悶の表情を浮かべて俯く。
「ルイをセリーヌ王女と行動させて、密かに護衛させるのね。
…理に適ってるわね。マサルを含めた貴方達が派手にシュナイゼル擁立派を
鎮圧すると、本来の内乱を起こす愚か者達が二の足を踏む…。
その点、ルイが表立って動くなら別。
正体不明の子供に阻止されたとあっては、
シュナイゼル擁立派の士気と求心力は暴落。
頭を下げてでもジュリアス擁立派へ鞍替えする者たちで溢れて、
派閥自体が空中分解するって筋書きね。」
「マサルがもう一人いるみたいっす。」
「あそこまで、私は腹黒くないわよ。」
「…まあ、そう言う事にしとくっすよ。
こっちの目的はあくまでもぷくぷく育った馬鹿共に蜂起させて、
内乱を起こさせて一掃するってのが第一目標。」
仇花は少しだけ思案する。ルーファスは彼女が何を口にするか楽しげに待つ。
ほんの少しの沈黙を、仇花の小さな笑い声が響いた。
「ルイは間に合う。そういう事よね?」
「エドっちとマサル…それとリズもっすね、3人はそのつもりっすね。」
「あら、貴方とレオンは?」
「ルイの成長具合を見て至っていないと判断したら止める派っす。
ただ、あの後輩ちゃんが期待を裏切る様な真似はしないとも考えてるっす。」
そう言い放つ目には、ルイに対しての強い信頼が顔を覗かせている。
恐らく末の子の師匠たちの誰もがそうなのだろう。
ならば自身が口を挟む事では当然ないと仇花も覚悟を決める事にした。
「名無し(アンノウン)にも見せ場を用意してくれていいのよ?って皆に伝えて。
それと別にマサルとリズには一度くらい顔を見せてとも。
……今回の件は、可愛いルイに譲ってあげちゃうけど、
王都で内戦が起こるとなれば話は別。
我らは先王と現王の敷く治世を守るためなら協力は惜しまない。」
「なんとも心強い言葉っすねぇ、狂王が聞いたら泣いて喜ぶっすよ。
実際、仇花がそう言ってくれなかったら、
後でマサルから頼むつもりだったみたいっすからね。
じゃあ用件も済んだっすから、俺っち行くっす。」
そう言い終えてルーファスは立ち上がる。
そこで、伝え忘れていた事があった事を思い出しルーファスは笑顔を向ける。
「あー、大事な事を2っ言うのを忘れてたっすよ。1つは、オーリ。
さっきの店先の馬鹿子爵の件、くれぐれも頼むっす。そして、もう1つ。」
空気が歪む程の静かな怒気が、ルーファスから沸き立つ。
「ルイはもっと強くなる。お前らが想像できない程の努力をしている。
それなのに、なんだお前達は。…アイツに、不甲斐ない姿など晒してみろ。
そんな名無し(アンノウン)なら俺が許容しない、義父に代わって俺が潰す。
……まぁ、ルイの誇れる家族でいる事っすね。」
最後には物々しい気配を霧散して、満面の笑顔で手を振って"溶けて"行った。
"今のお前たちはルイにとって恥だ。"と言下に語った死神の言葉を受け、
悔恨に顔を歪める柱達は、その瞳に覚悟を伴った強い意思を宿す。
仇花は、そんな家族たちに痛烈な激励を残した死神に感謝した。
そして、エドガーだけで無く感情を表に出す事が少ないルーファスもまた…
愛しい末の子と共に成長しているのだと感じ、口元に笑みを湛えた。
ルーファス
「俺っち、結構オコっすよ!!ぷんぷんっすっ!!
でも、オコルーファスのが会話楽っすっ!!…解せんっすorz
仇花
「いいじゃないの、私なんかこれで2章の出番終わりなのかしら。
って少しさびしい気分だわ…柱達もモブ扱いだし。ダン爺、じじぃだし。
ダンサイ
「っ!!」




