■■2章-先輩再び、また増える師匠。-■■②
「いつまで油を売ってるつもりだ駄目陛下。貴様がその様な腑抜けだから狂った王などと滑稽な名で呼ばれるんだぞ、しっかりせんか。…貴様話を聞いておるか?」
「"リズィクル・ルクシウス・パルデトゥータ"……悪いけど説教は後にしてくれ、些か気が立ってるんだ。状況を説明してくれるかな?」
リズィクルと呼ばれた女性は、その金色の瞳でマサルを見つめ、首を傾げるとさらりと腰まで伸びた薄い紫色の髪の先がゆらりと妖しくゆれた。
その両耳の後ろからは"魔族-アスモディアン-"固有の特徴である山羊角が黒曜石の様に輝きを放っている。しばらく見つめていてどうやら本当にマサルの機嫌が悪い事を察すると嬉しそうに笑みを湛える。
この女性もマサルが機嫌が悪くなる要因がマサルにとってどの様な物かわかっているようだ。
「ふむ、そのようだな。何を見つけたか知らんが、張り合いのない普段の顔より余程増しだな。では報告しよう…妾だって別に来たくて来た訳ではないんだ。先に憂いを断っておこう。シュナイゼルとセリーヌは予定してた日程を切り上げ、こちらに一緒に連れてきた。2人はエドとレオに頼んでシェラとタイタスを護衛につけてもらい、ルーファスに同行していたリグナット君もつけた上で、オルトックの下へ先に向かわせた。 あそこにはバイゼル老もいる、ひとまず問題なかろう。ジュリアスはさすがに一緒に連れて出ると騒ぎが大きくなるからな、"翁"たちと共に王城へ置いてきた。」
「対応に関しては文句のつけようはないよ。シュナイゼルとセリーヌも、ハンニバル入りを果たし、優秀な面子が3人ついた上で、バイゼル老の下にいるなら王城よりも安全な程だ。"リズ"の言う通り、さすがにこのタイミングでジュリアスまで連れだって動くと馬鹿どもが騒ぐ。翁たちと共にいるならば問題ない……それで、"ルーファス・ルクシウス・ソー"、"リズィクル・ルクシウス・パルデトゥータ"悪いけどどうしてこんな展開になったか、状況を説明してくれるかな?」
"リズィクル・ルクシウス・パルデトゥータ"は、苛立ちを隠すそうともせずに、
顔を歪め、会議机に両手をのせて口を開いた。
「マサルの想定より、馬鹿貴族が堪え性がなかったとしか報告がしようがない。馬鹿どもは派を割った。」
「マサルを玉座から引き摺り下ろしたいと言う根本は、どちらの派も一緒っすけど、ジュリアスを擁立しようと結束していた派内で、一部が結束してシュナイゼルを擁立すると騒ぎ、袂を分かったっす。割れたと言え主流派はあくまで、ジュリアス擁立派であることには変わらないっす。そっちはマサルの想定通り傘下の貴族と商会を走り回らせ内乱にむけて兵を集めているっす。期間もおおよそ想定内早ければ2年、遅くとも3年で戦力は王都と張り合えるくらいには整うっす。」
リズィクルが言い放った言葉を耳にしたマサルの機嫌が、また1段階悪くなる。
そんな彼の顔色もお構いなしとルーファスが、派を割った後の主流派の状態を伝える。
ルーファスの説明が終えると、ここからが問題だと言わんばかりに、リズィクルが真剣な目をしてマサルを見据える。
「しかし、問題はシュナイゼル派だ。ジュリアスは先王の長子であり、現王マサルが世継を作らず、即時養子とした事から世論が見ても継承は盤石。焦らずこのまま準備を進めてもらえればこちらの思惑は崩れない。だが一方で、シュナイゼル擁立派は焦ってる。そもそもシュナイゼル自身が、継承する気がさらさらない。それに加えシュナイゼル擁立派の主な面子は、ジュリアス擁立派の内部に置ける地位に不満を持った一部の大貴族たち。それと傍観が過ぎた日和見の遅参した貴族たちだ。」
マサルは眉根を揉みじっと聞き耳を立てていたが、リズィクルがそこで説明を止める。
あとは貴様でもわかるだろうと、その表情が雄弁に語っていた。
「焦っているやつらはなんとしてもシュナイゼルをその気にさせたい。だがどうする。弱味に付け込んで言う事を聞かせるしかない。そこで、目をつけたのがセリーヌ……って筋書きってことかい?」
「そう言う事だ。だから予定を切り上げて先に連れだした。わざわざやつらの準備が整うのを待ってやる筋合いがないからな。」
リズィクルはそう口にし椅子に腰を落とす。失策だったか…。と小さな声で一言口にしたマサルにルーファスは目を向けて頭を振る。
「マサルの失策ではないっすよ。リズがいらついてるのだって馬鹿貴族たちに対してであってマサルにではないっす。」
「当然だ、馬鹿もの。」
ルーファスの言葉を聞いて、リズィクルが心外だと言わんばかりにむっとした表情を2人にむける。
ルーファスはその反応に思わず噴き出し、マサルもやや疲れた顔はしているがいつもの柔和な笑みを浮かべた。
「企画立案者に乗った時点で、リズィクルも俺っちも翁たちも同罪っす。相手が想像を上回る馬鹿で、その想定外の馬鹿が思ったより面倒な事を思いついたせいで困っちゃった俺っちたちは、次善策としてここに、シュナイゼルとセリーヌを予定を早めて連れてきて安全をまず確保し、リズと2人で心強くて涙が出ちゃうくらいエドっちとレオっちを巻き込んでしまおう。って訳っす。」
「もっと言い方があるだろう。だが、俺は協力しよう。あの兄妹たちには情もある。なにより先王。デオスタ様には恩義もある。」
ルーファスの物言いに呆れかえった声をレオンはあげるもその言葉には柔らかさを感じる。
マサルの肩を軽く叩き「手伝わせろ。」と強く頷いた。
その様子を黙って見てたエドガーもにっと獰猛な笑みを湛えて仲間たちを見渡す。
「かかかっ、巻き込め巻き込めっ。王城でのそういうややこしい事を全て、お前たちに全部おんぶにだっこで押しつけてきたのは俺達だ。そんなお前らが手を貸せって言って来たのに俺たちが断るかよっ!最近どうも俺たちにしたら大人し過ぎたからな。改めてびしっと馬鹿どもに俺達がどんな奴らだったか思い出させてやろうぜ。」
「これ以上ないくらいに、心強い2人がやる気になってくれたね。煩わしい思いさせてくれちゃって……なんてさっきまで苛立ってたのに、今は少し楽しくなってきちゃったね。あはははっ」
マサルの顔を覆っていた薄い闇の様な気配が晴れる。エドガーはそれを見て満足そうに頷いた。
その2人を眺めていた3人はかつて旅していた時の様な高揚に静かな喜びを感じていた。
マサルがのって来たのか悪そうな笑みを湛えて何かを思案しだした。
すると一瞬だけなにか閃いた様な表情を見せたが苦笑いを浮かべて頭を振った。
その様子にエドガーがじれったそうに口を開く。
「この面子の前なら泣きごと言おうが、いくら悩もうが文句はねえ。だが師匠二日目にして、そんな陰気臭い面を馬鹿弟子なんかに見せんなよ?ってか何を迷ってやがる"予定が少し繰り上がった"だけじゃねーか。弟子を信じるのも師匠の仕事って言うじゃねーか。お前も馬鹿弟子を信じてみろや。」
そう言い終えるとにやりと笑うエドガーにマサルは「まいったね。」と零す。
「…かなわないね、エドには。じゃあ遠慮なく可愛い教え子を信じて頭数にいれて考えさせてもらうおう。」
「かかっ!ああ、そうしてやればいい。アレもその方が気合いも入るだろうよっ。」
「俺も一度は許可した身だ、時期が少し早まったくらいでは、がたがた言うつもりはない。…ただし、それに見合う実力があると俺が見て判断できない時は、お前たちがなんと言おうと俺は止める。それだけは忘れるな。」
レオンが釘を刺すように口にする。エドとマサルが笑顔でそれに頷きで応える。
3人がなんの話をしているのか困惑の色浮かべるリズィクル。
3人が誰の話で盛り上がっているのかを知るルーファスは語気を強めて問い質す。
「おたくら、ルイに何をさせる気っすか?!レオっちまで、乗っかってるみたいっすけど、なに企んでるっすっ!正直に言うっすっ!」
「…そもそも、そのルイとは誰のことだ。妾だけがその者を知らないようだが…ルーファスはそもそも何に対して、そんなに熱くなっている。」
「ルーファス少し落ち着きやがれ、ちゃんと説明するからよ。んでよ、リズにはまだ会わせてなかったが、俺たちが弟子取ったのは聞いてんだろ?」
騒ぐルーファスにそう声をかけて、リズィクルに向き直るったエドガーの言葉に怪訝な顔して様子を見ていたリズィクルの顔が綻ばせる。
「くくっ、ああ聞いているとも。妾はもちろんのこと翁たちもマサルに届いた手紙でそれを知って目を丸くしてしたものだ。…と言う事は、察するにルイとはその例の弟子の名か。」
「そう言う事だ。それでお前たちに俺たちからも相談があるんだ。とりあえず、本題に入る前に、マサルが勝手にこそこそと"査定"かけたルイの"能力値-ステータス-"がある。それを見てほしい。レオン出してくれっ。」
"査定-アセスメント-"を勝手に2人の弟子に使用した。
その言葉に反応したリズィクルはマサルに強い非難の視線を送る。
「今言わなくてもいいんじゃないかい?」とマサルは小声で呟き、恨めがましくエドを睨む。
レオンが取り出した用紙をいち早く受け取ったルーファスは真剣な表情で目を走らせる。
そして怪訝な顔を浮かべて、一度天井を見上げ眉根をよく揉んで、もう一度舐めるように見つめる。
その様子を見て、何やら面白い物が見られるのか。とルーファスから用紙を取りあげる。
「なんだ、ルーファス。自分の目を疑う程の能力値なのか?ええい、いつまで1人で見ている。ちょっと妾にも見せろ。………くくくっ、あははははっ!!」
取りあげた用紙を一目見て、リズィクルが目じりに涙を溜めて笑いだした。
「なんだ、この出鱈目な未経験者はっ!特異2っ持ちの保有者なんぞ、初めてみたぞっ!あはははっ…くくくっ。これだけでも驚愕に値する、それなのに、なんだ、この数値っ!どれだけ鍛錬狂だと言うんだっ!くくくっ…これほどの者が在野にいたとはな。お主らが弟子に取ると騒ぐだけのことはある猛者。しかし…何故、未経験しゃなのだ?ルイとやらは……。」
一頻り笑って気が済んだのか、ぬるくなった紅茶を一口飲み涙を拭うとリズィクルはルーファスに用紙を返して首を傾げて疑問を口にする。
用紙を受け取ったルーファスは、改めてじっくりと内容を確認しながらリズィクルにルイの年齢を告げた。
「猛者っすか。リズはまだ会ったことないっすからルイの数値見た印象は、猛者を想像しているかもしんないっすけどね。この用紙の子はまだ5歳っすよ。」
「はっ?」
「ルーファスの言ってることは本当だ。そもそも我々がルイと知り合ったのは……。」
ルイの年齢を聞き、凍りついたリズィクルを見かねたレオンが、ルイが弟子になった経緯をその出会いから現在に至るまで足早に説明した。
エドガーとルイが、やりあった内容に説明が及ぶとその事実を初めて知ったルーファスは頭を抱え込む。なんとなく嫌な予感はあったものの、まさかエドガーとぶつかったとは、さすがのルーファスでも想定外だった。
レオンの説明が終わるとルーファスは、すっかり遠くを見つめていた。
「後輩ちゃん……まじで無事でよかったっす。」
「てめぇが、ちゃんと報告しねーからだろうがっ!!」
「だからって、あんな子供に"2槍"抜くとか正気っすか?!脳みそ腐ってるんじゃないっすか?!この野蛮人がっ!」
ルーファスが零した独り事の様な言葉に、エドガーが思い出したかの様にそう叫び胸倉を掴み怒鳴りつける。
ルーファスもエドガーが大人気なく2槍まで持ち出したと耳にした事で強く非難する。
2人が取っ組み合いをはじめたので、他の3人は少し離れた場所に陣取り話合を続ける。
リズィクルもエドガーとやりあって無事な子供と言う些か信じられない話ではあるが、古くからの仲間たちがその様な些事で嘘をつくはずもない。
ましてやその説明をしたのがレオンだ。
そこで、どうしてこういう話になったか思い出し、マサルに真剣な表情で疑問を投げかける。
「シュナイゼルとセリーヌの護衛に…と考えている訳じゃな。貴様、わかっておるのか、その意味を?シュナイゼルとセリーヌは、百歩譲って納得してやるっ。王族たる者、その程度の危険は今後も飽くほどにあるだろう。むしろ今回の対応次第では牽制にもなろうっ!だが貴様らは、そのルイとか言う幼い弟子を囮に使うと言うかっ?!」
「そうだね。リズの言う通り馬鹿なことをしようとしているよ。」
マサルが嘘偽りなく、事実としてリズィクルの罵声を受け入れる。潔い良くと言えば聞こえがいいが、一種の開き直りともとれるその態度が余計リズィクルを激昂させる。
「……まだ会ってもいない幼子だからと言って妾がそんな事、容認するとでも思っているのか?!貴様も貴様だっ、レオンっ!貴様もおるのに、なんだこの様はっ!何故この馬鹿どもを止めきれんっ!」
「それは違うリズ。レオはそもそも反対してるんだ。」
「いや、違わないだろう。"今は反対"と言うだけだ。リズの叱責は俺も受けるべきだ。だが、リズもう少しだけ話を聞いてはもらえないか。」
怒りの矛先は仲間たちの中でもっとも慎重なレオンに向けられた。
すかさずマサルが間に立ち、誤解を解こうとそう口にする。
しかしレオンがマサルの肩に手を置きリズィクルをまっすぐ見つめて自分の否を認めた上で、話を聞いてくれと静かに頭を下げた。そんなレオンの姿に怒りの炎は勢いを弱める。
「"今は反対"……か。随分含みのある物言いだな。妾が貴様らを消し炭にするのを我慢できるうちに、さっさとわかるように説明しろ。」
「お前が口にした通り、本来であれば俺は止めるべきだ。それはわかっている。だが、"ルイと言う男"は守られるだけの存在ではないんだ。実際、対峙した経験がある俺とエドはそれをよく知っている。」
そこで言葉を切り、ルーファスと未だに言い争っていてこちらが大変なことになっている事に気づいていない相棒に視線を向け笑みを浮かべ言葉を続ける。
「俺たちの弟子は"自分の力で守りたい者を守れる力を持ちたい。"ただ、それだけの想いで弟子になった。成人までの間、鳥かごで飼う様に大事に育ててもいいのかも知れん。あのバカと俺が育てるんだ、それでも十分に強くなるだろう。しかし、この話をマサルとエドが弟子のためにあーでもないこーでもないと語っている姿を見ている時に、こうも思ったんだ。"俺たちが見ている範囲でならば、多少の無理ならばさせてみるのもいいんじゃないか"とな。」
リズィクルの目をしっかり見据えてそう口にしたレオンのその言葉に耳を貸している内に、彼女もその激情を収めじっと見つめ返す。……そして小さく嘆息した。
リズィクル
「一人称を余にしてみたり、妾にしてみたり、廓言葉にしてみたり随分遊んでくれたな。
エドガー
「かかっ!俺なんかルイとやりあってる時の当初の喋り方が、いまの3倍はチンピラだったぜ。
どこの世紀末かと思ったくらいよっ!!




