■■2章-先輩再び、また増える師匠。-■■①
■■2章-先輩再び、また増える師匠。-■■
「お迎えにあがったっすよ、脱走王。」
今日も朝からルイの素振りに付き合っていたマサルはルイとのんびりお湯に浸かっていた。そんな浴室にタオルを肩にかけたルーファスが入ってきて冷ややかな視線をマサルに向けた。
「穏やかじゃないあだ名が僕につけられているんだが、どうしようか。ルイ君。」
「先輩?!」
「やぁ、後輩ちゃん。頭の中が猛毒に侵されてちょっと痛い王様の相手させられて大変だったっすね。もう俺っちがきたから安心するっすよ。」
驚くルイを尻目にルーファスは身体を奇麗に洗い流して、湯船に飛び込んだ。激しい水しぶきと湯気が立ち上る中でルーファスは手足を放り投げ声をあげた。
「ああああ…やっぱこの風呂が一番落ち着くっす…。昼には馬車が冒険者ギルドの前にくるっすからそれまでに、ちゃんと国王らしい格好しとくっすよ。」
「わかったよ。それにしてもルーファスが来るなんて思ってもみなかったね。なにかあったのかい?」
「風呂からあがったらちゃんと説明するっすよ。んー…後輩ちゃん。ちょっと背伸びたっすか?どこか逞しくなったように見えるっす。」
「んー、そうですか?自分ではあまり大きくなった気がしないです。」
ルイが自分の身体を一通り確かめてルーファスに向き直して首をかしげる。そんなルイを見てルーファスは固まり、次の瞬間、湯船から立ち上がってルイの頭をこれでもかと撫でまわす。
「なーんすか?!ちょっと会わない内にぺらっぺらじゃないっすか?!後輩ちゃんよかったっすね!!レオっちはともかく、粗野で乱暴者のエドっちの弟子になったって聞いて本当に心配したっすけどっ!!いやーぁめでたいっすっ!!」
「痛いですっ!痛いですって!!…先輩どうしたんですか。あっ!ちゃんと鎖使えるようになったんです!あとで見てくださいっ!」
「おおっ!!まじっすかぁっ!ああ、なんすかね…この多幸感…。殺伐とした王城にはない清涼感。」
ルイがうまく話せないことを気にかけていたルーファスは、手信号を使わなくともスムーズに会話出来る様になったルイに心底驚き、喜んだ。ルイもそんな久しぶりにあった彼との再会を喜び、去り際に見せてもらった鎖の話を持ち出す。そんな2人をマサルは楽しげに笑って眺めていた。
「あははっ、ルーファスがこんなに楽しそうなのは本当に珍しいね。自慢の生徒は、荒んだ大人の心もいやせるんだね。素晴らしいね。」
「荒ませてる理由の大半は、マサルなんすけどね…ってかなんすか、"教え子"って、ちょっと聞き捨てならないっす。」
骨髄反射でマサルに毒を吐き掛けたルーファスは"マサルの生徒"と言う言葉に、鋭い視線を送りつける。その視線に更に笑みを深めてマサルは口を開く。
「ああ、僕もルイ君の師匠になったからね。」
「…なんでっすか?!なんすか、ルイの師匠ってそんなポンポン増えていいもんなんすか?!っていうか、ずるいっす!!王命でもされたんすか?!いくらルイが素直だからってあんまりっす!」
ルーファスはルイを庇う様に立ちはだかり、猛抗議するルイは初めて見るマサルとルーファスのやり取りが斬新過ぎてその空気に呑まれてしまい硬直していた。
「王名なんて使ったりする訳ないじゃないか。それに、僕らの予定ではルーファスもルイの師匠になるはずだよ。」
「「えっ」」
マサルの口から飛び出た言葉に、先輩と後輩は仲良く固まった。そんな2人に、脱衣所に向けて歩き出したマサルが一度、振り向て2人に笑顔をむけた。
「まあ、ここで話しても良いんだけど、どちらにしてもエドガーとレオンを交えて話す事になるから、今はお風呂を出てルイの仕事ぶりを見学しよう。」
「そうっすね、2度手間も面倒っす。後で詳しく聞いてからお互い判断するっす。マサルの言う通り後輩ちゃんの日々の生活を見学するっす。」
ルーファスがそう口にし、湯船からあがって行く。ルイは色々と思うところもあるが、弟子の自分が口出す事ではないと割り切る。2人の見学者がいるとは言ってもいつもの日課の掃除である。早く片付けてハィナの朝ご飯を食べようと。増え続ける師匠に関して考える事を放棄して2人の後を追った。
着替えを済ませ冒険者ギルドにやってきたルーファスとマサルは、吹き抜けを立体的に掃除道具をその手に飛びまわっているルイを眺めていた。
「…マサルは、これを初めて見た時どう思ったっすか。」
「どう思ったって。凄い事思いつくんだなぁ…とか、少しもったいないと思うのはなんでだろう。とか昨日思ったね。」
「あーそうっすよね。発想は感心するんすよ。なるほどっ!って思えるんすけど、なんか釈然としないっすよね。」
ルーファスはルイを眺めているギルド職員たちの様子からも、きっと皆同じ気持ちなんだろうなと感じる。その誰の目にも少しの寂寥感が漂っているのが見て取れたからだ。
「ルーファス、昨日一緒に過ごして気になった点なんだけどね。ルイは"特異-ユニーク-"って言葉も存在もましてや自分の影がソレだって知らないっみたいなんだ。どういう意図で教えてないか確認してないんだけど、エドたちに何か意味あるかも知れないから、気をつけた方がいいかもね。それと昨日、僕が勝手に"査定-アセスメント-"かけてしちゃった結果をレオが、預かってくれてるから、ルイの面倒みる気があるならしっかりと確認しておく事を薦めるよ。」
マサルが先輩ぶりルーファスにルイの取り扱いについて語り出す。どれほど重要かと耳を貸してみるも、特異の扱いとマサルが査定かけたという事を除けば大した情報ではない様でルーファスはぐったりとしたまま、エドガーとレオンが査定を許可した事を不思議に思い問う。
「はぁ……出会って初日から無茶苦茶やるっすね。あの2人がよく許したっすね。」
「勝手にやって、ちょっと怒られたよ。」
「なにやってんすかっ?!……ああ、もうそれも後でいいっす。レオっちにまとめて聞くことにするっす。もう心と頭がパンク寸前っすよ…。それにしても…確かに仇花に似てるっすねぇ。」
さらっと下手したら殺されるくらいの問題行動を起こしたと言い切るマサルに、ルーファスは呆れる事も疲れる事も放棄した。そして、ルイの掃除姿に視線を戻し、黒槍り槍衾と赤く塗りたくられた呪いの棘を脳内で比較し似てると口にする。
「そう思うだろ?でも使用方法が可愛らしいと思わないかい?」
「いや、可愛らしいっすけど。"保有者-オーナー-"狩りの馬鹿どもがこれ見たら絶句するっすね。俺っちも若干言葉にしづらいっす。…でも。」
「ん?」
「ルイらしくていいっすね。戦うだけが能じゃないっすから。」
「素晴らしい感想だ。」
「そりゃどうも。にしても…鎖こんなに上手く使える様になったとは、びっくりっすね。ん?終わったみたいっすね。」
「いやいや、ここからが真骨頂だよ。」
マサルが得意気に胸を張る姿に「ルイの能力はまだまだこんな物ではないよ。」と言いたいのか「ルイの日々はまだまだルーファスを疲労させるよ。」と言いたいのか、どちらもありそうで少しげんなりする。ただ、特異の使い方が決して戦うためや、欲のために使われるだけでなく掃除をして身近な人に喜ばれたいといった思いで使っているルイを先輩として誇らしい気持ちになっていた。
そして、酒場の掃除風景を見て物事には適度と言う言葉があるとルーファスは、少し前向きになった気持ちを再び後ろ向きに切り替えていた。
「もう言葉もないっす。……後輩ちゃんは、清掃業者でもはじめたら売れっ子間違いなしっす。なんすかあれ。汚水全部影で呑み込むって…アイテムボックスより汎用度高いっすね……使われ方が悲しいっすけど。あっ!こらこら、マサルそんな拭き方じゃ、拭き跡が残るっすよ。…後輩ちゃん、毎日こんなことしてるっすか?」
吹きぬけの立体機動は、幾分か訓練も兼ねているように見受けられたが酒場のホールはただただ特異を全開で使用した掃除だった。ルーファスはその光景をグラスを磨きながら諦観の念で眺める。それでも時折マサルのグラスの拭き方に駄目出しが出来る程には元気なようだ。ルイの働きぶりを見ていて不安になったルーファスは、マサルにルイはどんな1日を過ごしているのか問う。
「朝日が昇る前に3時間から4時間ほど、一般的な武器一式…だいたい20種前後かな……。それの型を丁寧に丁寧にこなす個人訓練。その後、ルーファスも大好きなあの大浴場でのんびり汗を流す。そして仕事開始、まずは準備運動とでも言わんばかりにギルドホールを、華麗な立体機動でピカピカにした後、酒場のありとあらゆる物を影に呑み込み全力で清掃。ハィナの美味しすぎる特製の朝食をしっかり食べる。あとは陽が中天に来るまで、ナグリ爺のところで解体を手伝いながら師事したり、シェラとタイタスに迷宮図書室で書類整理手伝いしたり、レオに鍛治を師事したりして過ごす。そして中天を迎えると一気に戻って来る冒険者たちが溢れるホールを受付カウンターから睨みを聞かせるお仕事の開始。買取カウンターでごねれば粉砕、新人冒険者などに恫喝脅迫行う者は粉砕、ギルド職員や女性冒険者に手を上げる愚か者を粉砕。これはエド曰く手加減の訓練だそうだよ。そして午後は2日に1回、エドとルイが動けなくなるまで長い対人訓練。それが終わると訓練所にいる冒険者たちに声をかけて模擬戦続行。エドとの訓練がない時はずっと冒険者と模擬戦。そしてハィナの美味しい夕飯を頂いて大浴場で疲れを癒し部屋で寝る生活みたいだよ?」
「どこの訓練施設っすか…ここ。」
つらつらとマサルがルイの1日を並べあげる。ルーファスはその内容に顔を顰めてルイの顔を見た。ルイはマサルが長々と読みあげた内容を頭の中で思い浮かべ間違いないと頷いて見せた。マサルはルーファスに指摘された様に拭き跡がついていないのを光に翳し確認して棚に仕舞って行く。
「昨日1日一緒にいてルイ君のこと見てたけど、とても楽しそうに過しているよ。職員たちとも冒険者たちとも関係は良好そのもの。ただ、クロエの襲撃時は、心無しか暗い顔になるくらいだね。」
「あのあれは頬ずりとは言わないっす、後輩ちゃんの首がもれせそうだったっす!……それにして後輩ちゃん、ここでの暮らしは君自体はどう思ってるっすか?正直まだ数時間しか一緒にいないっすけど、無理してないか不安になるっす。」
クロエの襲撃は若干本人も思うところがある様で、少し目から光が失われている。ルーファスは一旦手を止め、ルイの目をしっかりと見つめ自分が心配しているんだと伝わる様に言葉にした。そんなルーファスの視線の意味も理解したルイは、柔らかく微笑んでルーファスを見つめ直す。
「皆さん、本当に凄く良くしてくれます。"糞師匠"は、たまに腹が立ち過ぎて寝ている時に刺し殺したくなりますけど。。レオンさんは、頭が良くて大人で優しいし。シェラさんもタイタスさんもリルネッサさんもクロエさん…はスキンシップに難がありますけど。ナグリさんも良くしてくれてるし。なんといってもハィナさんの食事があります。ここは間違いなく天国です。」
「…瞳孔にも変化なしっすか。嘘の気配ゼロ。本当に楽しんでいるみたいっすね。まあ、後輩ちゃんが楽しんでるなら俺っちはそれでいいとするっす。それにしても鎖術上達早くないっすか?!びっくりしたっすよ。俺っちもしばらくこっちにいる予定っすから、次は約束通り鋼糸に挑戦してみるっす。」
「はいっ!!」
ルイが現在の生活を無理して行っているのではないと理解したルーファスは、あまり心配しすぎるのもルイにも失礼かと思い直し別れる時に話題に出た鋼糸術を覚えてみるかとルイに訪ねると、覚えたくて頑張りましたとルイは破顔して喜んだ。そんな2人のやり取りにマサルが口を挟む。
「なんだい?とっくにルーファスはルイの師匠じゃないか。」
「自慢の後輩っす。」
「自慢の先輩ですっ。」
ルーファスがそう言うとルイも笑顔でそう真似た。3人で声をあげて笑っているとハィナが厨房から顔を出してご飯の準備が出来た事を報せた。
「うふふ、みんな仲良しさんね。ルイもお兄さんがいっぱい増えてよかったわね。3人とも、ご飯できてるから食べていってね?今日の朝ごはんはルイの大好きな焼きサンドウィッチとクリームスープよ。サラダもルイが苦手な野菜は抜いて葉物を多めにしといたからちゃんと食べてね?」
ルイはハィナが口にした献立を聞いて喜びで身体を震わせている。
「…胃袋がっちりキャッチっすね。」
「ルイが昨日言ってたんだけどね、酒場の掃除が一番大事な仕事なんだってよ?ハィナの仕事を減らして料理に集中してもらうために必須だと熱弁していたよ。」
「一理あるっす。」
「そう思うだろ?出来た教え子だよ、本当に。」
3人で仲良くハィナの朝食を満喫しているとレオンが顔を出し、ルイに食事の後で構わないからナグリが手伝って欲しいと伝言を伝える。その伝言にルイは目を輝かせて残っていた一切れのサンドイッチを口に放り込みクリームスープを流し込む。口をぱんぱんに膨らませ3人に頭を下げ、ルイは解体場へ向かって走り去った。レオンはその慌ただしいルイの背中を苦笑いで見送り、2人に真剣な表情で向き直った。ルーファスは当然の様に立ち上がりレオンの横に立つ。
「なるほど、ルイは遠ざけたってことだね?」
「ああ、俺達だけで一度話合うべきだと考えた。マサルの脚本に物申したいのがコレともう1人いるみたいだからな。それと王都も少し流れが変わったらしい。」
「そういうことっす。ルイに話す話さない以前にちょっと方向の指針だけちゃっちゃっと決めたいっす。」
「……それはそれは、愉快な話ではなさそうだね。」
マサルは昨日から楽しんでいたルイとの時間を邪魔された上に、更に不快な事が会議の席で待っていると言われその顔から笑みを消した。ルーファスはそれを見て初めて心よりマサルがルイの事を気に行っている事を理解する。マサルは自分の楽しんでいる物を邪魔されると張り付けている様な笑みが消えるのを知ってるからだ。
「不愉快だ。だからさっさと終わらせよう。」
ルーファス
「先輩登場っす。あれ、■■2章-国王陛下は、教え子の教育方針を模索する。-■■
①と②に分離してるっすね。
レオン
「馬鹿が酔ってミスを犯したそうだ。本当に馬鹿だ。




