■■2章-国王陛下は、教え子の教育方針を模索する。-■■②
■■2章-国王陛下は、教え子の教育方針を模索する。-■■を加筆して①と②に割りました。
続きは夜にあげる予定です。大変失礼しました。
受付カウンターで手加減訓練及び馬鹿発見業務を終えたルイは、訓練所で汗を流していた。
「おう、ルイお疲れさんっ!!
「…はぁはぁ、あっありがとうございました!次の方、お願いしますっ。」
息をはずませ、剣を構えるルイは先ほどまで模擬戦の相手をしてくれていた冒険者に礼を述べ、次の相手に頭を下げる。鋭い剣撃を受け流し、切り返すも避けられまた受ける。
そんなルイの様子をレオンと2人でマサルは観戦していた。
マサルは今朝見たルイの動きとは別人の様なぎこちない動きに眉を顰める。そんなマサルに気が付いたレオンは、ルイの姿から目を離すことなく口を開く。
「やっぱり、普通は、そう言う表情になるだろうな。エドとルイを見ているとたまに自分の方がおかしいのかと悩む事すらある。そう言う面でもお前たちの協力はありがたい。」
「なるほど…エドの仕業って事だね。」
「ああ、初めて目にした時はエドのやつに抗議したものだ。」
「…その口ぶりだと、レオはもう納得しているみたいだけど。」
レオンならば、この居た堪れないルイの姿に烈火の如く怒りを見せるとマサルは思っていただけに、その態度に少し驚いた。
「納得はしていない。ルイのあんな姿を見て気持ちが良いはずがない。だが、理解は出来る。エドは冒険者のためにもルイのためにも枷をつけたんだ。」
「冒険者たちにも?」
「ああ、ルイが空いた時間、冒険者と模擬戦をしていいかと俺たちに聞いてきてな。俺はエドとだけ打ち合うよりも得る物もあるだろうと了承した。だけどエドは、ある条件をつけた。」
「見た限り"足を使わせない"と言ったところかな。」
朝の訓練で見たルイと違い、そもそもすり足で移動しているだけであって踏み込んで加速する様子も、その速度で回避する事もない。マサルの言葉にレオンが、首を縦に振り説明を続ける。
「半分正解だ。ルイはまだ武器を繰るよりも体術の方が得意でな。その二つが封じられるとルイに残されるのは覚えて2カ月足らずの型だけだ。苦戦するどころか、だいたいが数合打ち合えば、軽いルイの身体はああやって吹き飛ばされる。ボロ負け続きと言う訳だ。」
「よくもルイ君はそんな指示に愚直に従えるもんだよ…。まあ、言わんとする事はわかったよ。彼ら冒険者たちにしてみたら、自分たちの努力も人生も5歳の子供に粉々にされたら気分は良くはないだろうね。文字通り、ルイ君の成長のためと冒険者たちのための枷と言う訳か。」
レオンが納得はしていないと言う言葉が、マサルはよくわかった。
そんなことで折れる様な冒険者のために、自身の弟子が辛い思いをするというのがどうにも呑み込めない。
「ルイは孤児院を焼かれ…名無しの彼らに育られ、その小さな枠組みの中で、生きてきた。それ自体を否定する気はない…が、今は大きい枠組みの中で他者と1人でも多く接して暮らす事が望ましい。エドのヤツは、俺にそう言った。」
「あはははっ、そう言われたらレオじゃなくても言葉は出ないね。」
レオンが疲れた笑みを見せ、マサルは頬を掻きながら労いの言葉を口にした。
やり方はともかく動機としては満点をつけてあげたい台詞だ。
とマサルは胸の内でそれを口にしたエドガーの心の成長を喜んでいた。
「ルイ本人には"速度を潰されたら、黙って死ぬ気か?"と言ってな。ルイのやつもそれで納得して、今ああなっている。」
再び受け流し損ねてルイが地面を転がされているのを、少し厳めしい表情でレオンは見据えながらそう言った。マサルもいっそ爽快にすら感じる吹き飛び具合に呆れた顔をする。
「エドも不器用だけどルイ君も不器用だね。ある意味似た者同士なのかもしれないね。…分かったよ。この件に関してはレオと同様に、口は出さない。それに、あの訓練は訓練でルイのためになるのは間違いない。特性を活かして戦う事は大事だけど、特性に縛られては2流止まりだからね。エドは多種多様な選択肢を与えて、ルイ君がそれひとつひとつ拾い集めて、自分を作り上げる事を望んでいるだね。」
「そう言う事みたいだな。そこへ来てお前とお前の提案だ。選択肢の多さには問題はないだろう。俺はルイの成長をのんびり楽しませてもらう。」
「何を言ってるんだい。僕たちの暴走をいつも止めるのが君の仕事だろ?」
「自覚があるなら自重しろ。弟子ひとつ育てるのにもお前達は暴走しなきゃ出来んのか…。」
悪びれも無く面倒事を昔と同様に押しつけてくるマサルに、レオンは辟易とした顔でそう口にする。
昔から常識をそなえている癖に、意図的に悪ふざけをする節が彼にはある。
そんなレオンの心情などお構いなしでマサルは会話を続ける。
「それで、レオは何を教える気なんだい?」
「俺か?最初の内は、エドがやり過ぎない様に叱りつけるのに忙しかったからな。最近では、ルイに頼まれて、鍛治なんかを時折教えている。あれは物作りも好きみたいでな。情操教育担当と言ったところか。」
言下にお前もただの戦闘狂を作りたくはないだろ?とレオンの瞳が語っていた。
マサルもこの世界ではあらゆる理不尽に対する強さの必要性は感じているが、自分の生徒のルイをそう言った者に育てるつもりはない。
視界の隅では、ルイが槍に持ち替える姿が見えた。
「レオらしくて素晴らしい意見だ。…おっと、まだ続ける気なのかい。恐ろしい集中力だね。そう言えばエドが一日置きに手合わせしてるのは聞いたけど、レオはしてあげないのかい?」
「楯を教えてやれとエドから言われているからな。近いうちにはと考えている。しかし、手合わせとなると如何せん、俺は手加減が苦手だからな…。」
「あははっ、そうだね。ルイ君にはレオの相手はちょっと無理があるね。君の拳は下手な攻城兵器より強力だからね。ルイ君がミンチになるのは僕も困る。」
「そこまで、手加減が下手な訳ではないぞ。失礼なやつめ。」
単身で城の城門を拳で破壊するこの拳でどう手加減すればいいのだ?と、
若い頃悩んでいたレオンの姿を思い出し、ついついマサルは声を出して笑ってしまった。
レオンが少しだけ不服そうに睨みつけてくるのでマサルは今だに手加減が苦手な友に謝罪した。
「それは失礼した。そうなると楯だけの相手かい?それも寂しいね。…そうだ忘れていたよ。ルイ君に僕の斧と似たの作ってあげてくれないかい?朝軽く見せたら、やっぱり簡単に真似されたよ。いやぁあれは聞くのと実際見るとでは衝撃が違うねっ!」
ルイの個人練習に立ちあった時のことを思い出し、レオンに自分と同系統の訓練武器の作成を依頼を口にする。するとレオンは職人の顔付きになり、楽しそうに笑みを浮かべる。
「ほう、マサルから見てもそう思ったか。それは余計に作ってやらんといかんな。…それでマサルの目から見てどうだった?お前が見た中でどの武器がしっくりきてた?エドはこの手の話になると応えたがらなくてな。」
「あははっ、やっぱり天才鍛治師レオン・ルクシウス・オーペルは、かわいい弟子の得物が楽しみで仕方ないってところかい?」
「天才ではない。…だが、いずれは作ってやりたいと思っているのは本音だ。だがどうだろうな…過ぎた力は身を滅ぼす。身の丈にあった物なら喜んで作ってやりたい。…いや、嘘だな。心の底までこだわった物を送ってやりたい。だが、それだとルイの成長の妨げになる…。」
将来のルイの武器を自分の手で作る事をひそかに楽しみにしているレオンは、自分の考えとルイへの想い、そしてルイの成長のためにと考えがぐるぐるとループしてしまっている様だ。
仲間達の中でも誰よりも冷静でしっかり者のレオンのこの様な姿など、目にした事のなかったマサルは驚愕のあまり絶句した。
マサルの反応に気づき少し恥ずかしかったのかレオンは一度わざとらしく咳払いした。
「……レオもエドもルイ君のお陰かな、とてもいい表情をする様になった。友として本当に嬉しいよ。武器に関してもレオンが悩むまでも無く、あの自慢の弟子の事だ。すぐに十全と扱えるようになるよ。僕もルイ君の成長が楽しみで仕方ない。」
マサルの言葉に、確かに乱暴者で粗忽者なエドガーが以前では考えられない言動を度々している姿を思い返す。
昨日のマサルへの頼みごとだってそうだ。
自身から見たエドガーの変化の様な事が、傍から見ればこの身にも起こっているのだろうなと考え、少し相貌をくずした。
少し気恥ずかしい気がしたので、少しだけ軽口を叩くとマサルは渋い顔をする。
「お前の提案のお陰で俺は少し不安で頭が痛いがな。」
「まだそんな事言っているのかい?諦め悪いね、レオ。」
「諦めてはいるさ。だいたいルーファスあたりは、お前が師匠になったと知れば絶対むくれるだろうしな。」
「あははっ、絶対不貞腐れるねっ。まあ他の連中も似たようなものだと思うよ?」
2人の頭の中に浮かんだルーファスならば必ず抗議するであろう姿を思い浮かべて笑う。
「まあ、気持ちよく納得させてくれればいい。時間はある、俺も協力は惜しまん。」
「しかと胸に刻んどくよ。僕だって、中途半端にルイ君に危険な思いをさせる気はないからね。」
マサルはしっかりとレオンに向き直って頷いて見せる。
レオンは「それならいい。」と一言だけ告げる。
19人目の模擬戦相手に見事に吹き飛ばされたルイがようやく訓練を切り上げるつもりになったようで、痛む身体を引き摺る様に出入り口に向かってきた。
ルイの姿に気づいた今日手合わせした面々や顔見知りの者や、ルイを遠目に見ていた冒険者たちも心配する声と労いの声をルイに送る。
痛みで少し辛そうな笑みになってしまっているが、その声援に精一杯手を振ってルイはまた歩く。
ルイがやっと出入り口に差し掛かり、無事を確認した冒険者たちは一様にほっとした表情をする。
その中の1人が一緒に心配そうな視線を送っていた者に声をかけた。すると他にもちらほらと模擬戦を開始する。数組のその姿に、また刺激された者が武器を取る。
レオンとマサルの前に広がるのは、
小さなルイの決して折れない後ろ姿に惹きつけられた冒険者たちの強く滾る熱が伝わる光景だった。
「これは素晴らしい光景だね…僕なんかより、余程ルイ君が勇者に相応しい。」
「……お前も俺には立派な背中だったよ。」
「過去形なのが、少し残念だけどね。レオに言われると少し気恥ずかしいが、君に言われるからこそ意味のある言葉だ。」
2人に気付いたルイはボロボロにも関わらず笑顔で2人に手を振っている。
そのあまりにも無残な弟子の姿に2人は困ったような笑顔を浮かべた。




