■■2章-国王陛下は、教え子の教育方針を模索する。-■■①
■■2章-国王陛下は、教え子の教育方針を模索する。-■■
「あははっ、本当にいたねぇ。おはよう、ルイ君。」
「おはようございますっ!陛下っ!」
ルイが日課の素振りをしていると、そこへ昨日とは異なり頭と目元だけ覆う仮面をつけたマサルが姿をみせルイに声をかけた。ルイも慌てて居住まいを正して、挨拶を返す。
そのルイの挨拶を不満そうな顔で見つめてルイに指を突きつける。
「違うよ、ルイ君。僕の事は先生だよ?それにもう陛下とか国王とか気にしなくていいよ。弟子なんだから。はい、やり直し。」
「お、おはようございます。先生。」
「はい、おはよう。じゃあ僕の事は気にしないで続けて。なるべく邪魔しないようにするけど、たまに質問するから手を止めないで答えるように。いいね?」
「わかりましたっ。」
見られているのは多少気にはなるが、訓練所でも冒険者たちから見られる機会も多い。
そう考えてルイはいつも通り武器を持ち替えて型通りの素振りを繰り返す。
エドガーのそれと少しでも違う剣筋になると、ゆっくりと何度かなぞる様に振り速度を戻して型を続ける。そして戦斧を振り終わったところでマサルが口を開いた。
「うんうん、奇麗な動きだね"エドの動きにとても近い"。ちなみにね、僕の得物はこれなんだ。」
マサルがアイテムボックスから戦斧を取り出して、ルイに見せた。
ルイはそれを見て硬直する。
その戦斧があまりにも巨大だったからだ。
昨日の食事中に3人からはマサルは治癒術を含む聖魔法のスペシャリストと聞いていた。
訓練所で目にする"回復職"と呼ばれる冒険者たちは短杖や長杖を使った杖術や短剣を予備装備にしていると教えてくれた。
「ああ、回復職っぽくないとか思ったかな?よく言われるよ。僕は結構、近接戦闘が得意でね。あっ、でも回復もちゃんと得意だよ。ルイは治癒術ができるかどうかわからないからね。先生もそれらしいところを見せるとしよう。少し離れ見ててくれるかな?」
「わかりました。…ここで大丈夫ですか?」
「うんうん、じゃあちょっと早めから初めて、徐々に速度を落としていくね。」
そう言って槍程度の長さの棒の両端にレオンがしゃがめば隠れられそうな斧刃をついた武器をゆったりとまわして構えた。
――フォ…ォン フォ…ォォン
マサルは微動だにしていない。
だが風切り音は確かに聞こえる。
それから少しずつではあるが、マサルの動きが見えるようになってくる。
そしてしっかり見えるようになった。最後には一振りが20秒くらいかかっているだろうか。
しかしそれすらルイは驚愕する。あれだけ大きな武器を反動もつけずにゆっくりと、そして同じ剣筋を通し続けている。
そしてまた徐々に加速して行く。その意図に気が付いたルイは先ほどまでよりも更に集中する。
先ほどよりは速度についていけた気がするが最終的には全く見えない。
斧が見えないだけではない、腕の振りも足の動きも全てが"止まって見える"のだ。
ただ止まっていないのはわかる。
風切り音と何かが虚空を切り裂いている振動だけは伝わってくるのだから。
「"僕の"斧の動きはこんな感じなんだ。少し真似してみるかい?」
「はい…ってそんな特殊な斧は持ってない…。」
「槍か棍棒でとりあえずはいいよ。サイズと重さは変えるけど、あとでレオンに訓練用に作ってもらえるように、僕からお願いしておくよ。じゃあやってみよう。」
ルイは頷き詠唱を口にし、影から棍を取り出し軽く振って先ほどまでのマサルの動きのイメージを頭に思い浮かべる。マサルはルイの足元の影を見つめて、ルイに視線を戻す。
「いきます。」
(…これ程とは。なるほどエドが言っていた"体の使い方がうまい"って言うのは言い得て妙だね。6割…いや7割は僕の動きだね。)
マサルは驚愕し感動した。
ルーファスから話を聞いたのが2か月前ほど前になるが、彼のルイへの評価は気配を消す事うまさと速度の2点だった。だが目の前のルイの動きはどうだ。
その期間みっちりエドガーに仕込まれていたのは、先ほどまでの型を見ていてわかる。
(ルーファス、早く君にも見せて驚かせてあげたいよ。)
「素晴らしいよっ!!ルイ君っ!!…想像以上だっ!!たまにでいいから、それも繰り返してくれると嬉しいよ。対集団戦とかに便利だからねっ。それに…。」
マサルはそこで口にするのを躊躇った。そこから先はまだ述べる事じゃない。
エドガーが気が付いてないはずがない。教育者として友として他者の領分に口を出すべきじゃないと考え言葉を選びなおす。
「それにね、僕から教えてもらった事をひとつくらいは残したいからね。あははっ。」
「はいっ。」
咄嗟に言い直した割にはうまく誤魔化せたと自画自賛したマサルはルイに他の武器の動きも見せてくれ。と伝えルイが終えるのを待つ。
それから最後まで見届けてルイと共に巨大な湯船でのんびり過ごし、冒険者ギルドで、"ルイ独特"な清掃方法に唖然とする。
酒場の清掃を見届け、グラスと食器を磨くのをマサルは手伝いながら口をひらく。
「ルイのあの影はなんだい?便利そうだね。」
「あっ、自分でもよくわかっていないんです。」
(なるほど、"特異-ユニーク-"の存在も本人には伝えていないのか。)
「子供の時から、なぜか使えて。ここに来る前に師匠に挑んで以来、今までより上手く使えるようになって。その事を師匠とレオンさんに言ったら、冒険者の人たちや部外者がいない時は率先して使うように言われたんです。」
「それで清掃に?なかなか愉快な仕様方法だね。でも、とてもいいと思うよ。戦うだけに使われるより、その能力もきっと喜んでいるよ。」
マサルの言葉にルイは照れたように相貌を崩す。すると厨房から顔を出したハィナが2人の様子を見て凍りついていた。
「ね、ねぇ…マサル?さすがに国王様に食器磨きなんかさせたら、不敬罪とかで怖い思いしそうで気が気じゃないんだけどなぁ。」
「なに言ってるんだ、ハィナ。皆で磨いた方が早く終わっていいじゃないか。少なくとも明日までは僕の名前はマーシャルなんだからね。国王なんてめんどくさい仕事を嫌々やっている彼はここにいない。僕はマーシャルだよ。」
胸を張ってマーシャルだと言い張るマサルにルイは苦笑いを浮かべながら、着々とジョッキやグラスの磨きあげていく。ハィナは口元に手を当て少し難しい顔をして悩んでいたようだが、昔から言いだしたら聞かない事もわかっているから諦める。
「そ、そう。まあ本人がいいなら私が口出す事じゃないんだけどね。ひと段落したら声かけてね?朝ご飯の支度してあるから。」
厨房に戻って行くハィナに2人で手を振り、残った食器とグラスを磨きあげ、清々しい気持ちで美味しく朝ご飯を食べた。
ルイはマサルの方を少し窺い、美味しそうにハィナのご飯に下鼓をうっているその姿を見て、昨日の今日ですっかり国王様と一緒にいる事に自分が慣れている事に少しだけ驚き、ギルド職員がいないところで、きちんと彼を敬うよう振舞えるか自信がなくなってきた。
するとルイの視線に気づいたマサルが、行儀よく口をナプキンで拭き口を開いた。
「ルイ君。食事が済んで飲み物でも頂いて少しゆっくりしたら、その後はなにか仕事があるのかい?」
「いえ、今日は先生といる様に言われているので、掃除が終わった後は、お昼の混雑時まで何もないです。」
「そうか、じゃあ。2人で少しお勉強をしよう。」
「勉強ですか?」
ルイは不思議そうな顔をする。てっきり朝の様子から、訓練所で模擬戦でもするものだと高を括っていたからだ。マサルはルイの問いかけに大きく頷いて説明をはじめる。
「知ると言う事は、日々の生活やいざという時にも活かされたりするんだよ。そうだな…ルイ君。太陽と言うのはどの方角から上がるかわかるかい?」
「えっと…東です。」
「正解っ。そう太陽は東から必ず昇る。毎日必ずだ。だから森や山などで木々に囲まれて方向がわからない時は、下手に動きまわらずにじっと体力を温存して朝を待って太陽が昇った方角からどこに向かうかの指標にすることもできるんだ。それ以外にも中天に太陽がある方向はだいたい南ってわかったりね。」
「おお…。」
ルイは素直に感嘆する。
まだハンニバルを大きく離れた事はないが、食事の時に冒険者たちが彼にしてくれる外の話はルイの好奇心をくすぐるものばかりだ。それと毛色が多少違うが、マサルの話してくれる内容はルイの好奇心に火をともした。
その事が表情で伝わったマサルは、高々と笑いあげてルイの肩を叩いた。
「あはははっ、ルイはどうやら好奇心が強いようだね。場合によっては良くない事を引き起こすが、勉強する時にはその好奇心はとっても大切な物だ。大事にするんだよ。さあ、冷めてしまう前に頂こう。」
「はいっ!そうですねっ!」
ハィナの料理を最後まで堪能し、食後の飲み物を楽しんでいる間もマサルは、ルイに色んな話を聞かせる。
水を熱し続けると水蒸気と言う物に変わり、それを逃がさずに冷やす事で水に戻る。
マサルの世界では当然だった仕組みも、魔法で水を操作するのが主流のこの世界では一般的にはそんなことを調べようとも考えようともしない。
食後の休憩も終えた2人は小さな会議室を借りる事を職員に告げ、2階へあがる。ひと目を気にせずに済む様になったマサルは仮面を脱ぎさり、アイテムボックスらしきカバンら仕舞い込んだ。
「さぁ、ルイ君。楽しい勉強の時間だ。まずはこれを見てもらおう。」
仮面を仕舞い込んだアイテムボックスから骨格標本と人体模型を取り出した。ルイは骨格標本を見て、"骨兵-スケルトン-"と言う魔物を連想し、素早く腰を落とし、短剣を手にする。その様子に慌てたマサルは、これらが人形である事を告げ制止される。この人形たちは、人種の臓器や筋肉、そして骨の作りがどの様にして動いているのか、作用しているのかを説明しやすくした物だと説明する。ルイはその言葉に、再び目を輝かせてマサルの言葉の一つ一つ漏らさず、一生懸命聞き入った
「さあ、ルイ君。少し応用問題だ。手加減して行動不能にするのに、適した攻撃はどんな物があるだろうね。一緒に考えてみよう。」
「…腹部を強打したり。顎をかすめるに叩く…とか?」
「そうだね、どちらも有効だね。じゃあさっきまでの話と合わせて考えよう。ルイは腹部を攻撃するとそうなる事を"経験"で知っている。それはそれで素晴らしい事だ。じゃあ、どうしてそうなるか"知識"を得よう。ルイは恐らくこの胃とか、肝臓に衝撃を与えると相手や自分が行動不能になる事を経験しているね?胃は直接衝撃を受けると吐き気を覚えて立っているのが辛くなる。そういった臓器に攻撃を与えると息が止まったりするんだ。顎を叩かれて頭が大きく揺さぶられると、この脳がゆれて気を失ったり、視野が真っ白に染まったりする。それにね…。」
ルイはマサルの口から飛び出してくる言葉ひとつひとつに衝撃を受けて感動する。
マサルはそれからも科学の時間と称して火を使った実験や水を使った実験。
沢山の知識を物語の様に語って行く。
なかでもルイを驚愕たらしめたのは小さなガラスの容器に水をいれ、料理に使う火の魔道具で熱し続けたところ、目の前で爆発をした。
マサルは目を点にしたルイに怪我がないかしっかり確認を終えて口を開いた。
「怪我はないね。あまり近くで見たら危ないと言っただろ?次からはちゃんと油断しないで、気を付けるように。さて、どうして爆発したか、それは水が急激に熱せられて水蒸気になると体積…大きさが増えると覚えておいてくれたらいいかな。その差はだいたい1,500倍以上。」
「1,500倍?!」
「そうだよ。だから、ハィナが揚げ物している時に油が引火しても水を入れると、さっきみたいになっちゃうからね。ほら日々の生活に役立つだろ?」
「ぉぉ…勉強すごい。」
「さあ、切りが良いね。今日の授業はここまでだ。しばらくは、こうして面と向かって授業はしてあげられないかもしれないけど、1カ月はこの街に滞在しているから今日教えた様なことが、たくさん書かれた本を預けて置くから、暇な時に目を通して沢山学ぶように。そのうち、わからない事や理解が難しい事があったら、どんな些細な事でも構わないから、僕のところに訪ねてくるといい。滞在先の人達には、ルイの事をきちんと伝えておくから遠慮はいらないよ。」
マサルの言葉にルイはしっかりと頷き、マサルは分厚い辞書の様な本を手渡した。
現代文と古文の教師であったマサルは、ジャンルを問わず手をつける乱読家でもあったため、
こちらに来てからずっと何かの役に立つのではないかと、書籍の数々から得た知識を、思い出せる範囲で
簡単な科学化学の知識を昔から書き溜めていた著書だ。
「…先生。お借りしてもいいんですか?こんな高級そうな本。」
「とても大切な本である事には違わないが、値が張る物ではないよ。他にもあるからね、ルイ君が勉強の中で、好きなジャンルや覚えたい事が見つかったら、それにあった本をプレゼントするから楽しみにしててくれると嬉しいよ。」
「嬉しいですっ!頑張りますっ!」
ルイの顔が喜色に染まるのを優しく微笑み、肩を数回叩きマサルは仮面をつけ直す。
ルイも仕事があるため、色々受け取った勉強道具を大切そうに影に仕舞い会議室の扉を開き、マサルの準備が整うのを待つ。
「あははっ、ありがとう。じゃあルイ君の相手をもっとしていたいところだけど僕も王様の仕事が少しだけ残っているから、さっさと片づけてしまうとするよ。それが、済めばで訓練所に顔を出すからね。あまり無理しない様に。」
「わかりましたっ。じゃあ先生いってきますっ!!」
そう言って手を振り会議室を出て行くルイの姿に、あちらの世界にいた教え子たちの顔を思い出し、少しマサルは表情を曇らせ、すぐに頭を振る。
そして素直で優秀な教え子の先程ままでの好奇心いっぱいで真剣な表情を思い出しその頬をゆるめた。
「エドには感謝しないとだね。とても素敵な生徒を僕に与えてくれたんだから。」
そう独りごちて、書類を取り出し今日の内に済ませる予定の書類を少しでも早く処理し可愛い教え子との時間をとれるように精を出すと心に決める。
マサル
「ステータス画面には2時間ほどかけた癖にすんなりあがったね。
ルーファス
「きっと朝、酒が抜けたらぞっとするっすよ。




