■■2章-陽気な狂王は颯爽と現れる-■■③
「んでよ。だいぶ偉いこと脱線しちまったが、マサルがわざわざ出張ってきたのはなんでだ?」
「ああ、そうだね。…うん、シェラが出て行ってくれたのはタイミングがいい。聞かれるときっと怒るだろうからね。エドが思ってる通りだよ"一掃する"ためさ。」
エドガーが本題を口にすると、シェラが出ていった扉を一瞥したマサルが口を開く。エドガーとレオンはその返答に頭を抱える。ルイは難しい話をしているんだなと口を挟まずに、同席させられてるには何か理由があるのだろうと内容だけは聞き逃すまいと集中する。
「二か月の間、相当締め上げたからね。あの"老害"の息がかかった商会に留まらず、傘下の馬鹿貴族たちの腐敗の巣も一気に掃除した。国のために動いてくれている貴族や士官、武官たちはやりやすくなったと喜んで働いてくれてるだろうけど、寄生虫たちは、爆発寸前だね。だから、あえて城を離れてあげたんだよ。みんな仲良く結託して悪知恵働かせやすい様にね。一カ月も自由にさせてあげるんだ、どんな無能たちでもそれだけ時間があれば方針のひとつやふたつ立つだろ?この際だからきっちりと隅々まで、まとめて除去しようと思ってね。」
けろっとした顔で悪魔の様な事を平気で立案するマサルにエドガーもレオンも苦いを浮かべる。だがルイはどうして2人が、そんな顔をするのかいまいち分からないでいた。マサルの言う通り悪いやつらを集めて倒すことは効率が良い。そのために動くことの何がいけないんだろうと悩み込む。そんなルイの必死さが見て取れたマサルは笑顔でルイを見つめる。
「考えることは良いことだ、自身では決して答えに辿り着かなくても何度もそうしているうちに考え方が豊かになっていく。強くなるためにも邪魔にならない。立派な訓練にもなるから、いっぱい考えなさい。」
「相変わらず腹黒ぇな…。わざわざ隙と時間作ってやって集まったところで策ごと力技で潰そうってか。あ?まてまて、それだとよ"王子"たちはどうすんだ?どう考えたって、あぶねーだろ?」
それを何気なく見ていたエドガーは、不意にルイの姿に前王の子供たちの姿重ね、マサルが行動を起こすと言うことは、彼らに危険が及ぶのではないかとその疑問を口にした。"慈王デオスタ"、その先王の子供たち。幼い頃から知っている彼らを現王の座に就いたマサルはすぐさま養子にし、引き続き王子と王女として扱っている。いずれは長子である"ジュリアス王子"に王位を継承させるつもりでいる事は近しい仲間たちや王城で働く者たちにも周知の事実である。そんな彼らをマサルが危険に晒すとは思えない。
「ルーファスたちが、着いていてくれてるよ。僕と入れ違いでこちらに彼らを連れてくる手筈もしている。こっちで半年くらいは羽根を伸ばしてもらおうと考えててね。」
「なるほど、集まった馬鹿どもの神輿にさせないつもりだな。」
「そういう事。シュナイゼルもセリーヌも、ジュリアス君が継ぐ事を望んでいるからね。仲のいい兄妹たちに割り込んで争わせようとする馬鹿からはなるべく遠ざけたいんだ。そう言う訳でルイ君。君より少しお兄さんとお姉さんたちになるけど、こっちに来た時は仲良くしてあげてくれるかな?」
「お…王子様と王女様なんですよね!?仲良くも何もただただ畏れ多いですよっ、僕なんて孤児院の出ですしっ。」
「かかっ、お前がどんなに遠慮しても謙遜しても無駄だよ。ジュリアスって上の王子はもうすぐ成人だから流石に今は落ち着いてやがると思うが、"双子たち"はお前なんて比にならない程やんちゃだ。王城抜け出すわ、王都勝手に出ちまうわで、お付きの側女たちがいつも大騒ぎしてやがったからな。安心して振りまわされろ。」
「何に安心しろと?」
王族と仲良くしろと言われ戦々恐々としているルイに、エドガーは笑いながら思い出話を聞かせる。安心どころか心配事が増える内容にルイは項垂れる。そんなルイにレオンは笑みを向けそう悲観するなと笑みを浮かべ慰める。
「多分、ひと目で気にいられて玩具にされるだろうが。なに、ルイが嫌がるよう事をする子達ではない。どちらかと言えば好奇心が強いだけだ。そのせいで少し行動派ではあるがな、そう言うところはルイと一緒……っ。」
レオンはそこで言葉を止め、マサルに鋭い視線を送りつける。マサルはそんなレオンに怯むこともなく笑顔で拍手を送る。
「レオっ!!さすがだねっ、大正解だよ。事件の報告を受けた時、ルーファスがね「戦闘しない事を前提にすれば、S級斥候職が自信喪失するレベルっす。」ってルイ君を絶賛してたんだよ。会ってみたいなってその時も興味持ったんだけど、名無しの子と聞いていたから、少し難しいかな。って半分諦めてたんだ。それが、レオからもらった手紙にその子が君たちの弟子になったって言うじゃないかっ。あはははっ、ほんとに驚いたものさっ!!それでね、今回の事もあるし、あのルーファスが迷わず太鼓判押しちゃうルイ君が側にいれば、あの子たちがどれだけ行動派って言ってもルイ君は巻くことは不可能。巻くどころかルイ君と会ったら仲良くなって一緒に連れ回したがると僕は踏んでる。だから、僕はルイ君がどんな子なのかって事を自身の目で確かめにきたのさ。少し予定より早く出発してね。」
にこやかにマサルは、ルイに興味を持った理由、そしてルイに王族の子たちを紹介する本来の目的をすらすらと説明して行く。ルイは自分の事をルーファスが、それほどまでに高く評価してくれている事を嬉しく思う反面、マサルがルイに求めている働き応えられるのだろうかと不安を感じる。
「んで、どうよ?狂王様の目から見たこいつは。」
「とてもいい子だよ。文句なしだ。なによりねっ!!さっきのエドとレオが僕らに責められている時のルイ君には、心が震えたよっ!!2人が気にかける訳だねっ。あっ3人か、ルーファスも絶賛だからねっ。」
「よくよく考えると俺達4人に認められるとは、ルイはとんでもない大物になるかもしれないな。」
「かかっ、ちげーねぇ。おい馬鹿弟子。大陸広しと言えど、お前くらいの歳の子供が、狂った国王様とは言え覚えがめでたいなんて然う然うある名誉じゃねーぞっ!かっかっかっ!!」
「狂った国王は余計だよ、エド。さすがに僕も気づ付くよ。でも覚えがめでたいなんて僕はそこまで偉い訳ではないけど、ルイ君を高く評価しているって言うのはその通りだね。だから"そんな不安がることはない"。」
ルイはマサルが口にした言葉に身体を硬直させた。この人は人の心が読めるのだろうかと、少しだけ恐怖を感じたからだ。
「ルイ、マサルのそれは心を読んでる訳ではない。お前の事を把握してお前ならばこうするであろう、こう考えるであろうと予測している事を口にしているだけだ。そう怖がることはない。マサルもルイを試して遊ぶのも程ほどにしておけ。」
「あはははっ、悪気はないんだ。申し訳なかったねルイ君。」
マサルに要らぬ恐怖心を持たなくて良いとルイが聞かされた内容は、ルイを尚の事戦慄させる。出会ってまだ数時間、ルイが口にした言葉の数など微々たる物だ。言葉に限らず、態度や表情をずっと観察されていたのだとしても、簡単に予測の一言で済ませていいのかルイは困惑する。ルイが"不安になっていること"を言いあてる事は難しくない。態度にも表情にも出やすいと日々、2人からも職員たちからも言われる事も間々ある。しかし、マサルは"何に不安を感じているか"を理解した上で"僕が評価しているのだから怖がることはない。"と告げた。この時あらためてこの国王"も"並の存在ではないとルイは強く感じた。そんなルイを殊更楽しげに眺めていたマサルが、あっと小さな声をあげてルイに困った笑顔を向けた。
「ルイ君、僕そろそろお腹が空いてきていてね。ハィナのところに行って「狂王が久しぶりにハィナの料理食べたい。」って我儘言ってるから用意してくれないかって伝言してきてくれないかな?本当は懐かしいから酒場で「だめに決まっているだろう。」って言うのはやっぱりダメみたいだからここにお願いしてくれるかな。」
「きょ…王様と伝えるのは不敬ではないでしょうか。」
「ううん、面白いからそれで伝言お願いね?国王とか陛下って言ったり名前で伝えてもいけないよ?伝言を聞いたハィナがどんな反応したかきっちり後で教えてもらうからね?ではお願いするよ、ルイ君。」
「…はい。」
ハィナの食事を食べたいと願われる事はルイ自身嬉しい事ではあるが、狂王が食べたいと伝えろという願いは気が重い。そしてそんなルイを面白がっている節が時折見受けられる。エドガーとはまた別の意味でやっかいな人だなと頬を掻きながらルイは席を立ち、マサルに丁寧に一礼して会議室を出ていった。その様子を笑みを浮かべた3人が見送る。ルイの退室後しばし不自然な沈黙が辺りを覆った。
「…マサル、さっさと出せ。」
「やっぱ2人には、ばれちゃってるよね?」
「2度目は口じゃすまねーぞ。ぶちギレたレオンと俺の相手を久々に堪能したいって言うなら、今すぐその喧嘩買ってやる。なぁ相棒。」
「ああ、言い訳は慎重に言葉を選べ。」
2人が纏う空気が一気に不穏な物へと変わり、マサルを睨みつける。今にも言葉通り襲いかかり兼ねない2人にマサルは両手をあげて困り顔を向ける。
「……断りも無く"査定-アセスメント-"使ったのは謝るよ。ルーファスから、ルイ君は"そうではない"と聞き及んでいたけどね。こればかりは、自分の目で確かめないとどうしても納得できなくてね。ルイ君が"転移者"でも"転生者"でも無いって確信が欲しかったんだよ。」
沈痛な面持ちでそう吐露した。それを聞いた2人は怒気を収める。
「そんなことだろうと思ってたから、ルイの前では黙ってやってたんだ。感謝しろ。」
「まったくだ。事情を知らん訳でもないんだ、俺達には相談してからするべきだったな。」
「そうだね、本当に済まない事をした。浅慮だったよ。」
再度謝罪の言葉を口にしたマサルは、懐を探り魔力が込められた1枚の用紙を取り出すと、口元で小さく詠唱をはじめる。すると何も書かれていなかった用紙に、光を伴って文字が浮き上がった。
"査定-アセスメント-"とは"聖属性"の上位に位置する魔法で、対象に触れて発動させる事により、種族、能力値、"技能-スキル-"や"属性-アトリビュート-"そして"特異-ユニーク-"の有無を読み取り、専用の用紙に映し出す魔法である。本来は聖職者の上位しか扱えないとされており、信者たちの能力を把握しその者の適正を判断するために用いられる事が多い。冒険者たちにも馴染みの深い魔法で、各冒険者ギルドにはこの魔法を魔道具化した物が配備されており、彼らの所有するカードに情報が書き込まれ、本人がいつでも確認できる仕組みがとられている。一方それを他人に知られる事は自分の弱点を晒す事と同義であり、盗み見る事や勝手に"査定-アセスメント-"の魔法をかける事は忌諱される。他にも類似する魔法や魔道具が存在する事は知られているが、その魔法の名称や持ち主、所在などは明らかにはなっていない。
マサルを国王だと知ったルイが膝を付き、止める様に促した際、マサルが"査定"を発動したことを即座に2人は気付いていた。褒められた行為ではないが、"異世界から誘拐された"、この友人が自分の様な被害者が増えないよう、切に願っている事を痛いほど知っている2人はは謝罪を受け入れる。
発光を終えた用紙をマサルは2人にも見えるよう、テーブルの上にそっと置いた。
「人種…うん、安心した。ルイ君は"あいつら"の被害者じゃなかった…。」
「いや、安心しているところ悪いが…これは。」
項目のひとつを凝視していたマサルは破顔し、レオンは難色を示す。エドガーは睨みつけるように目を通し、次第に口元がゆるみ、ついには声をあげて笑いだした。
ルイ
「僕が5歳はだけど、師匠たちはおいくつなんですか?
マサル
「あははははっ!そんなこと気にしなくていいんだよっ、そのうちきっと誰かが教えてくれるさっ!!




