■■2章-師は驚き、そして笑う-■■②
「ナグリの爺さんっ!どしたこんなとこにっ?!」
「おやっさんが解体小屋からこんな時間に出歩くなんて珍しいですね。」
エドガーの説明を後ろで聞いていたナグリが苦虫を噛み潰したような顔をエドガーを叱責した。ナグリが訓練場にいるところなど見た記憶もない2人は驚愕に顔を染め上げる。そんな2人に嘆息し、ルイの方をじっと見てナグリは口を開く。
「なに、午前中にルイが随分と仕事を手伝ってくれたからな。少し手が空いたからルイの様子でもと思って見にきたんじゃ。そうしたら弟子が必死にやっとるのに、馬鹿師匠どもが雁首そろえてお喋りに夢中じゃ。小言のひとつでも言ってやろう思うてきたら、興味深い話しとったからの。黙って見守っておった。」
「別にほったらかしてる訳じゃねーよ。それで?このタイミングで口挟んだって事は説明してくれんのか?俺にはなんつったらレオンに伝わるかわかんなくてよ。」
「おやっさんお願い出来ますか?」
成人したばかりの頃から知る2人を相手にすると悪態こそつくが、憎からず思っているナグリは弟子を持つ身としての成長を促すためにも、頭を掻き代弁する。
「仕方ないのぉ。師たる者、弟子に言葉で伝える事も多かろう。今後は自分たちでなんとかせぇ。…悪タレの言いたかったルイの資質。体の操る能力じゃったか?表現は言い得て妙よな。レオンの坊主は鍛治は独学か?」
「はい、特に師事していた経験はありません。趣味が高じたのと必要に駆られた側面もありますが。」
「楯はどうじゃ?」
「師事まではないですが、学生時代に教わった事があります。」
「その訓練の時を少し思い出したらいい。教官が手本を示すじゃろ?お前さんどれくらいそれをうまく模倣できた?」
「見様見真似でなんとかやってた気がしますが。」
数回簡単な質問を口にしてナグリは大きく頷いた。そして出来の悪い生徒にはこうやって聞かせてやるんじゃ。と軽口をエドガーに叩きレオンに向き直る。
「うまく模倣する者もできん者もおったじゃろ。悪タレが言いたいのは、そう言った模倣がうまい者を体の操る能力が高い。と言いたいのじゃ。そして悪タレはこうも言った"体を操る能力の異常さに驚愕する"とな。今日な解体を二度ほどルイに見せた。とんでもない集中力で見ておってな…やらせて見たら"少し拙い儂の姿をルイに見た"。ただの模倣などと言う生易しいものではない。ルイは儂の動きひとつひとつをどう自身の体を操作したら可能なのかを無意識にやってのけた。だから悪タレはルイの資質の中でも飛び抜けた物を感じ"体を操る能力の異常さに驚愕する"と坊主に伝えたかったんじゃ。」
「おおっ!!そう言う感じだっ!爺さん流石だぜっ!!」
「喧しいわっ!ちょっと落ち着いて話せばレオンの坊主だって察したわいっ!せっかちにあれこれ端折るから貴様はっ!」
ナグリの説明にエドガーは喉に引っ掛かっていた小骨がとれたような溌剌とした気持ちになり褒めたたえた。ナグリはそんなんで師匠が務まるかと一喝する。
「そうか……普通は"目にした動き"を、実際は自分の体をそれに近づけようと操作する。だが再現は容易ではない。それは例え鏡を前にしてもそうだ。近づけようとすれはするほど別の箇所が疎かになる。だがルイは相手の動きを見て、自分の体をどう使えばその動きになるかを無意識に理解していると言う事か。…改めてとんでもない弟子だな。」
レオンは顎に手を当て低い声で唸る。ナグリはその言葉にそう言う事だと頷いた。ルイが壁に至るのが恐ろしく早い訳を理解したレオンはルイに目を向ける。よくよく見れば確かに"昔のエドの姿がそこにある"。レオンは武器を作成する事があっても自身は使用しない。"楯そのもので殴りつける"もしくは"素手"で攻撃するため必要としない。そのため今更になってその事に気付いた。通常ならば夥しい数の訓練を経てそのひと振りに至る工程をルイは、数回の見取り稽古で一足飛びに模倣する。そしてその完成度を不断の努力を持ってして高めているのだろう。ならば当然、その成長速度が落ちていると感じて焦る気持ちもわかる気がした。
「とんでもなく面白ぇ弟子だろ?爺さんから見てもそう思うよな?!」
「貴様らには惜しいくらいじゃ。そもそも弟子を新しい玩具を自慢するように語るでないっ、この悪タレ。」
「俺もそう思います……ですが、エドの気持ちも分かってしまう。」
2人の様子を窺いナグリは呆れた顔で嘆息する。そして心の中で2人を祝福する。旅を終えいつしか、どことなく覇気がなくなっていた事をナグリは少し気をもんでいた。訓練所で砂まみれになって吹き飛ばされるルイを見て、口元を緩める。
「坊主までそんな顔しおってからに…まあ、それほどの弟子と言う事で大目に見てやるとするかの。まあ、なかなか有意義じゃった。儂はそろそろ戻るとするわい。弟子を育てることで自身を成長する。胡坐をかいてあんないい弟子に愛想つかされんようにせい。特に悪タレ。」
「かかっ!わかったわかった爺さん。助かったぜ。またなんかあったらよ、相談のってくれ。」
「おやっさん、ありがとうございました。」
「頼る前に自分たちで解決せぇ馬鹿もの。なんのために2人おるんじゃ…じゃが、ほんに困った時は言うがいい。ルイのためにもなるしのぉ…たまには愚息もどきどもに頼られるのも悪い気はせん。」
そう言い残してナグリは訓練所を後にした。エドガーは最後の最後まで悪態をついていったナグリの背に手をあげ、レオンは静かに頭を下げた。
「まあ伸び悩んでると思って落ち込んで焦って足掻いてるだけだからよ。ほっとくしか出来ないって話だ。少しマジな話、武器に関しては余計な色を付けたくねぇアイツの体が出来あがってきて、その上であいつが作りあげてけばいい。だから焦ろうがなにしようが基礎しか教える気はねーんだわ。」
「なるほどな、今のルイに技なぞ教えても弊害にしかならないと言う訳か。」
武器は使わないとは言え一角の武人である。エドガーの口にした育成方法は当然、レオンも賛成だ。どれだけ優れた技を使えようとも基礎の弱い土台に搭載したところでたかが知れている。積み重ねてきた基本の一打に勝る技など無いとレオンもそう考えている。不意にエドガーが真剣な表情でレオンを見ているのに気付いた。
「相棒。お前も"楯"教えてやれ。」
「どうしたそんな真剣な顔をして。別にそれは構わないが、ルイには必要ないだろう。」
「使い方を知っとけば、使ってるヤツと対峙した時にちげーだろ?隙もわかれば、動作も読める。」
「なるほど、道理だな。……いらん気をまわしてくれなくても良いのだぞ。」
「あ?なんの事かわかんねーなっ!んなことより見ろよ、まだやってんぞアイツ…しっかし元気だなぁ、我らの馬鹿弟子は。」
エドガーがルイを指してあからさまに話題を変える姿に、レオンは笑みを浮かべ胸の内で感謝の言葉を述べる。自分がルイの成長に喜びを感じる心地良さをレオンにも味あわせたいという思いがしっかりと伝わったからだ。レオン自身一歩引いた場所からでも十分それを味わっているのだが、不器用な相棒がわざわざ気をまわしてくれたのだから素直に受け止る事にする。
「お前の訓練の無い日は、ああしてずっと過している様だぞ。その影響もあってか、訓練場に足を運ぶ冒険者が増えているとタイタスが喜んでいた。」
「"強制訓練日"じゃなくてか?」
「ああ。」
ハンニバル支部では5日に一度、必ず訓練所において訓練をする事を冒険者たちに義務づけている。もちろん伏魔に長期間潜っている"班隊-パーティ-"や"連隊-レイド-"たちにもそれは強制されてはいる。しかし、一月程潜ることもある彼らは、装備を修理に出したり、手に入れた素材で新たな装備の作成を依頼し出来あがるまでの期間を利用して強制などされなくても率先して訓練所を訪れる。一流であればある程、訓練を疎かにしない。だがそうでない冒険者たちの生存率を高めるために強制と言う形をとってでも訓練させるように手配しているのだ。
「受付担当が、強制日を勧告する事も自体も大幅に減ったそうだ。特にお前とルイの手合わせを目撃した者や、ルイと直接手合わせした事がある者たちの頻度が高いそうだぞ。」
「そりゃ結構な事じゃねぇか。変に強情で負けん気が強いヤツだから、面白がって拾って来たが。いざ弟子にして見れば冒険者の生存率まで高めるのかよっ!頼もしいねぇ我らの弟子は。かかかっ!」
「ふふっ、まったくもってとんでもない弟子だな。」
2人の師匠が見守る中、長槍を振るうルイが長剣を持つ冒険者に弾き飛ばされ土煙をあげる。エドガーの言いつけをしっかり守り軽妙な足さばきは、そこにはない。ルイが獲得した物は基本動作のみ。それらを必死に組み上げ、崩し、また組み上げ最適化を測る。エドガーの目から見れば粗だらけで稚拙な攻撃ではあるが、一歩一歩確実に成長している。ルイを弾き飛ばした男は、一瞬呆然として慌てて駆けよっている。それを手を振って「大丈夫です。もう一本お願いしますっ!」とルイが笑顔で応えている。「よし、それが終わったら次は俺だっ!」と別の男が声をあげ準備を始める。そんな彼らを周囲で窺っていた者たち同士が声を駆け合ってどんどん手合わせがはじまって行く。後に激しい怒声や檄が飛び交うハンニバル支部の訓練所は、他都市の冒険者たちが初めて訪れるとその壮絶さと迫力に絶句し、どんな国の兵士たちや騎士たちの訓練より凄まじさと活気があると評される事になる。そんな活気を佩びていく訓練場の様子に満足そうに笑みを浮かべ2人は訓練場を後にした。
エドガー
「男同士が仲良く会話するってなんかどれくらいが調度いいか迷うよな。
なんか俺らホモっぽくね?
レオン
「冗談でもそういう事は言わないでくれ。




