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ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■2章-ただ守りたいものを、守れるように-■■
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■■2章-冒険者ギルドの働き者-■■④

太陽が中天に近づくまで、解体のお手伝いに夢中だったルイは、受付カウンターを覗き込む。カウンターに列を成す冒険者たちは広間を埋め尽くす程に溢れていた。

夜明けから依頼を受ける冒険者たちは、中天を目安にに依頼を終えて戻ってくる場合が多い。武器の手入れや使用した消耗品や備品を用意するために店舗が開店している時間に余裕を持って戻ってくることが一般的だとされているからだ。実際、受付で素材の買い取りや依頼報告を済ませ、報酬を得た冒険者たちはすぐにギルドを足早に去って行く者が多い。そんな彼らを尻目にルイは"いつもの通り"解体する事なく持ち込まれる魔物や、解体され素材を持ち込んだ冒険者たちが列を成す、買い取り窓口の横に座り順番を待つ冒険者や、広間で依頼ボードを眺める冒険者。早い時間から酒場で盛り上がる冒険者たちをじっと見つめる。もちろん暇を持て余している訳でも、ましてや遊んでいる訳ではない。ルイはここに腰をかける事できちんと仕事をしている。

冒険者ギルドの敷地内ではトラブルの頻度は実に高い。新人冒険者に高圧的に接し、場合に寄っては暴力を振るう者、もっと酷い者だと恐喝すらする者もいる。当然、これらはギルド職員の目に止まれば即時粛清、または資格取り消しと厳しい罰が下る。もちろん、中にはそれを目にした冒険者の手によって職員の前に引き吊り出される事もざらである。また、女性冒険者や女性職員に対してセクハラまがいな強引な誘いに出る愚か者たちも後を絶たない。好みの異性を前にどうにかしたいと考える気持ちは配慮できるが、その手段があまりにも目に余ると判断された場合も処罰対象となる。

そしてルイが座っている買い取り担当が窓口を務めるこのカウンターこそ問題発生件数、お呼びその問題発生率ともに非常に高い。ルイはこの仕事を通して感じたそのトラブルの多さも、ナグリの下で解体を学びたいと思った理由の一つでもある。たとえば、薬になる内臓を集めて欲しいといった内容の依頼を受けた冒険者は、その対象の魔物を必死に撃退し、その素材を持ちかえる。しかしあまりにも必死に挑んだため、結局は命をかけて薬にもならないボロボロの内臓を持ち帰る。その様な事案が非常に多いのだ。ギルド職員も、その努力は買うがさすがにそれで依頼完了とする訳にはいかない。そう言ったことで、ここは問題が起きやすい。


「おっ、ルイじゃねーか。今日も元気に仕事してんのか?」

「ルイっ、あんまり無理しねーよーにな!じゃあな!」

「ルイ君、こんにちはっ!今日もお仕事してえらいねっ!また訓練付き合ってねっ。」

「おっ、小さいのっ!今日も小さいなっ!ちゃんと飯喰えよっ!」


冒険者ギルドで生活するようになり、2カ月も経つとこうしてカウンター越しに知り合った冒険者も、訓練場で知り合った冒険者の数も相当な数になる。中にはカウンターに腰かけるルイに声をかけ、手を振り激励やら軽口やらを口にして去ってく者も多く存在する。そんな彼らの名前と顔を決して忘れる事のないルイは、顔を合わせる度に怪我をしていれば不安な顔を浮かべ声をかけ、素材を籠いっぱいに持ち込めば褒めたたえる。冒険者たちの中にはそんな些細なルイとの会話にモチベーションを維持している者たちすらいた。しかし、もちろん全ての冒険者がルイをマスコットとして扱っている訳ではない。


「魔境都市だとかなんとか言われてやがるが、冒険者ギルドにガキがいるぞ。迷子でも預かってやがんのか?!」

「コイツっ!一丁前に職員の制服なんてきてやがる。ガハハハッ!」


ルイはその2人を一度しっかりと見つめ、他にトラブルを起こそうとしている者がいないか再び見回す。冒険者の中には、他都市からやってきて自分の腕を過信し態度が大きい者や、自信がない己が舐められない様に必死に虚勢を張る者もいる。ルイに罵声を浴びせはするものの、大人しく列に並んでいる様子から、ルイは彼らは後者だと判断する。不意にエドガーの言葉が頭を過る「この手の馬鹿は春と秋に増える。」しばらくして、やっと順番が回ってきた、その馬鹿たちは予想通り騒ぎ出した。


「なんでそんな額にしかなんねーんだよっ!角霧蛙一匹まるまる持ち込めば銀貨5枚って依頼ボードに書いてあんだろ。それを6匹で銀貨6枚って馬鹿にしてやがんのかっ!!」

「そうだぜっ!俺と兄貴がどんなに必死な思いで斃してきたと思ってやがるっ!!」

「…この角霧蛙は死後かなりの時間を経過しています。薬の材料となる内臓も完全に腐っており、皮も一部しか商品価値がありません。大変失礼ですが、この提示金額で売れないと仰るのであれば、こちらとしましても対応しかねます。」


買い取りの受付担当の"リルネッサ"が冷たい視線を向け、そう言い放つ。彼女は持つ込まれた角霧蛙の亡骸を見て、ひと目で死後10日は経っている物と見抜いた。そして彼らの実力で斃した訳ではないということも。リルネッサの硬い声と態度で列をなしていた周囲の冒険者たちも騒ぎ出す。


「"ハイエナ"か?」

「…ハイエナっぽいな。リルネッサさん怒ってんぞ。」

「日数経過が、ばれないってあいつらまじで思ってんのか?どっから来たアホどもだよ、あいつら。」


周囲が口ぐちにハイエナと彼らを蔑んだ目で見ている。"ハイエナ"とは他の獣が襲った死体の死肉を貪る獣を意味し、冒険者の中では、討たれた魔物がその場に放置されている死体を拾って持ち帰りお金にする者を指す侮蔑の言葉だ。


「と、10日も経ってる訳ねーだろっ!!」

「そうだっ!」

「いいね、確実に経過しています。」


周囲から向けられる侮蔑の視線に気づいた2人は、必死に大声をあげて否が無いことを強調する。しかし残念な事にそれは逆効果だ。この2人はここを訪れたのが今日がはじめてなのだろう。ハンニバルで活動する冒険者でリルネッサの"素材鑑定師"としての実力を知らない者はいない。ルイは無言のままリルネッサに視線を向ける。それに気付いた彼女は静かに頷いた。どうやら本当にハイエナ行為らしい。冒険者ギルドでは別にハイエナ行為は禁止していない。それはそれで生きる知恵であると考えている。だが、鮮度の低い素材を持ち込み権利を主張されるのはまた別問題である。ルイはカウンターの上に立ち上がり、彼らに声をかける。


「冒険者ギルドの登録の際に、申し伝えられていると思いますが、著しくギルド職員を誹謗中傷したり、業務を停滞させる行為は罰則対象になります。お引き取り下さい。」


ルイはまっすぐに2人を見据え、警告を発した。受けた当人たちは一瞬固まったが、ルイの言っている意味が徐々に理解してきたのか、顔を真っ赤にして怒鳴りつける。


「はぁ?なに言ってやがんだ、このガキは。馬鹿にしてんのかっ!」

「死にたくないなら黙ってろよっ!ガキっ!」


大の大人2人に詰め寄られてもルイは表情ひとつ変えずにただじっと見つめ返す。その様子を窺っている周囲の冒険者たちは口元を緩め、どこか期待した目をしている。激昂している相方に同調するだけだった1人がそんな周囲の反応を怪訝な顔をして見渡していた。いつまでも態度を改めず、立ち去る様子を見せない2人に小さく嘆息しルイは口を開いた。


「最後通告です。登録時にもあった様に警告を行ったギルド職員に恫喝、または暴力を振るった場合、制裁対象として処理されます。その際怪我を負い冒険者を続ける事が出来なくなってもその責任の所在は冒険者ギルドにはありません。大人しく素材を持ちかえる事を提案します。」

「ふざっ「きゃああぁっ!触るなって言ってるでしょ!」…けるな?」


ルイの最後通告を無視して更にいい募ろうとした矢先、酒場のホールから女性の叫び声が響き渡った。思わず拳を振り上げてルイに殴りかかろうとした男は動きを止め、悲鳴のま聞こえた方に視線を向けた。するとどういう訳か、目の前にいたはずの子供の姿がそこにあった。


「なんだ、この小せぇのはぁああぁっ!ギルドも酒場も遊び場じゃねぇーんだぞっ!!」

「…ルイ君。」

「…この時間からお酒を飲む事は禁止されてません。しかし、強引に嫌がる女性を引き摺り込もうとする行為は、ギルド内でもギルドの外でも容認できません。」


そう口にしたルイに酔っ払いは手にしたジョッキをルイに叩きつけるも、あっさりと受け流されてしまう。予想外のルイの動きに呆然としていると静かにそして素早く懐に潜り込む。酔っ払いは突然、懐に現れたルイに慌てて女の腕から手を放し殴りかかった。


「ジョッキは飲み物を飲むために作られた物です。それを作った職人さんの矜持まで穢すことは許しません。」


迫る拳を軽く蹴り上げ体勢を崩し、ガラ空きの顎にルイの小さな掌打が打ち出される。ルイは掴まれていた腕をさする女性の下に近づき心配そうに覗きこむ。一連の様子を息を呑んで見守っていた周囲の者達が次第にざわめき出し、数拍遅れで不埒者の酔っ払いがその場に倒れたのを機に、歓声が怒号となって爆発した。


「「「「おーーーーーーーっ!」」」」

「さっすが、大将の弟子っ!」

「なんだあの動き…まじですげぇ…。」

「よっ!"小さな骨砕き"っ!」

「ちげーだろ"半殺しの天才"だろっ?!」


興奮の声の中、些か物騒な呼び名が混ざっているが小さなギルド職員が度々、騒動を起こす者を制圧するこの光景は、一種の名物となっている。そんな喧騒の中、一部の傍観者はルイに声をかけられている女冒険者を真剣な眼差しで見つめる者たちと、苦笑を浮かべて見ている者たちがいた。


(あの女わざとね…。)

(ルイに声かけられたくてやってやがんな…。)

(手口としてギリギリな気がするけど…)

(これは、女どもで流行すると俺は、確信したっ!)


被害者の女冒険者が意図的に酔っ払いに絡まれる様に仕向け、ルイに助けられようと一芝居うったのだと看破していた者たちが様々な思惑を胸に抱く。


「腕痛みますか?」

「…ありがとう、ルイ君。助けてくれて嬉しい…。今後は、酒場に近づかないようにするね。」


落ち込んだ演技で同情を買おうとする女冒険者がそう口にすると、ルイは顔を怒りに染め上げて倒れて意識のない男をさっと睨みつけ、真剣な面持ちで女冒険者の手を握る。


「それはっ!それはいけないっ!酒場に行かなければ、ハィナさんの料理が食べられないっ!そんな不幸があっていいはずがないですっ!絶対ハィナさんの料理は食べるべきですっ!また何かあったら、僕が手伝える事もあるかもしれませんっ!だけど、ハィナさんの今日の料理は今日しか食べられないんですっ!」


かわいいルイに手を握られ喜色を浮かべたのも束の間、ルイがハィナの作る食事について熱く語り出したルイに困惑する。それを見守っていた者たちも女の脚本に狂いが生じてきたのがおもしろいのか口元に笑みを湛えている。せっかく仲良くなれる機会を逃してなるかと、女冒険者が勝負に出る。


「私1人だとまた怖い思いするの嫌だな…。ルイ君が一緒に食べてくれる?」

「はいっ!毎日ここで食べてるんでいつでも一緒に食べましょうっ!他の冒険者さんとも沢山で食べると更にハィナさんのご飯は美味しいですよっ!是非そうしましょう!」

「2人っきり……そうね、楽しいものね。」


ルイの満面の笑みに女冒険者は項垂れる。何故落ち込むのだろうとルイが不思議に思って見つめていると一部始終見ていた者たちが、見事な撃沈ぶりに腹を抱えて笑い出した。ルイは仕事に戻らないといけないと告げ、受付カウンターに戻って行く。


「おかえりなさいルイ。大丈夫だと思うけど怪我とか痛めたりしてない?」


戻ってきたルイの頭に手を載せ、リルネッサは優しく声をかけた。ルイは殴った方の手を何度か開いたり閉じたりして確認して見せ頷いてみせた。そこで、先ほどまで騒いでいた2人のことを思い出し辺りを見回すがその姿がない。きょとんとしているルイに、笑顔のリルネッサが「気にしなくていいわ。」と口にして頭を撫でる。喧騒を聞き付けて少し離れた場所で様子を見ていたタイタスとシェラはそんな2人の様子をほほ笑みを浮かべて眺めていた。


「ルイのやつぁ、すっかり人気者だなっ。お陰でずいぶん活気が増したんじゃねーか?前はもう少し殺伐とした雰囲気だったのな。変われば変わるもんだ。」

「ほんとにそうね。それに騒動の件数もだいぶ減ったってクロエが嬉しそうに言ってたわ。騒動が減れば、受付職員の対応が早くなる。当然、列も円滑に消化されて行くから、待ち時間も減る。彼らの苛立ちも減っていく…と。いいことだらけね。」

「ルイの馬鹿退治も、並んで暇してる奴らにとっては、いい見世物みてぇなものってとこか。」


実際、ルイがカウンターに姿を見せるようになった当初は、待ち時間に苛立った者やルイを侮って馬鹿にする者たちが騒動を起こし、次々と駆逐されていった。そんな姿を目にした者や噂を聞き付けた者たちがルイの大立ち回りを目にして大喜び。あっという間にルイは人気者となった。ルイがカウンターにいることで騒動の抑止になり、職員たちの業務も滞る事がなくなる。


「馬鹿を使った"手加減の練習"。エドがそんな事、言い出した時は色々思うところがあったけど、こうして見るとやらせて良かったわね。」

「そうだな。あんな可愛い見た目であれだ。手加減を覚えさせるのは早いうちがいいって大将があの時言ってた意味もわかる。」


タイタスは心からそう思っていた。もし、ルイが手加減を覚えずにエドガー、レオンに師事し続けていった場合。なにかのトラブルを納めようと行動したルイの足下にたくさんの死体が転がっていたって不思議ではない。ましてやあの姿では侮られ余計な騒動に巻き込まれる事も多いだろう。


「…だけど困ったわ。」

「どした?シェラ。まだなにかあるのか?」

「さっきのわざと絡まれてた女冒険者の手口…流行する気がする。そうなると騒がしくなるわね…クロエに相談して"女冒険者が故意に問題起こしてルイに近づこうとした時の罰則"。考えておかなきゃ…。」

「お、おう…。内にも外にも大人気ってな。あははっ、さーて人気の無いおじさんは一生懸命働くとしますかっ。」


ぶつぶつ言いながらクロエのところに向かうシェラを見守ったタイタスは、ルイに視線を送る。するとまた馬鹿が騒いでいるらしくルイが向かって行く。その頼もしい姿に胸の内で「おうおう、やってこい。」とエールを送る。そこで自分もなんだかんだ言ってルイの大立ち回りに活力を得ている1人である事に笑い、頬を軽く叩き気合いを入れ直しその場を後にした。


――バギャッ

「「「「おーーーーーーーっ」」」」

「もう一本の腕も折られたくないなら、早々にお引き取り下さい。」


クロエに掴みかかった冒険者の腕が、見事に折り曲げられ痛々しい音を小さく響かせた。ルイは、その冒険者を睥睨し冷たく言い放つ。その頬をこれでもかと言うくらいクロエが頬ずりしているのが些か滑稽ではあるが、それが程良い緩和剤になり周囲の観客は怯えることも恐れることもなく喝采する。顔を青く染め折れた腕を抑えて走り去る輩を見送り、クロエをなんとか引きはがし、歓声に照れ笑いでルイは応えて定位置に戻り辺りを見渡す。

冒険者たちの列がだいぶ短くなった分、酒場のホールの賑やかさが増しているようだ。そこから漂う食欲を刺激する香りに、今日の昼食に思いを馳せルイは鼻歌を口づさむ。リルネッサはそんな小さな働き者に優しい笑みを浮かべ眺めていた。

大人数いる光景って書くの難しい…。少しせつなくなったからP5の双葉に怒られてくる。

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