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ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■2章-ただ守りたいものを、守れるように-■■
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■■2章-冒険者ギルドの働き者-■■③

PVお陰様で知らないうちに1,000超えてました(ヒャッハー

読んで下さる方がいらっしゃると言うのは大きな支えになりますっ!

 解体場は酒場のホール程の広さがあり、床も壁も水で汚れが落としやすいように光が反射するほどに研磨された石材で覆われている。その広々とした空間には、たくさんの魔物が吊るせるように天井からおびただしい数の昇降型のフックが垂れ下がっていた。


「ナグリさーん、師匠から聞いてきましたーっ。ルイですっ!!」


 部屋に響く様な大きな声でルイは呼び掛ける。全身を水をはじく魔物の皮で出来た作業着で覆う職員たちが、その声に気付き作業の手を止めルイに手を振る。ルイはそれに会釈をして応える。「おーっ、きたかきたか。」と奥からひと際小柄で作業着を返り血に染めた小人族のナグリが皺だらけの顔をさらに笑顔で皺くちゃにして近づいてきた。


「ナグリさんごめんなさい。まだ僕、ここの作業着持っていないから入れなくて。」

「なーに、気にするな。それもあって呼んだんじゃ。ほれ、着てみろ。」


 目上の者を呼び付けた非礼を詫びるルイに、笑顔で横に首をふったナグリは手にしていたルイのために用意した作業着を手渡す。受け取ったルイは目を輝かせて見つめている。ルイの様な幼い子供が作業着ひとつで大喜びする姿が、可笑しくてナグリは声をあげて笑う。


「ふぉっふぉっ。変わったヤツじゃの、お前さんは。こんな作業着ひとつでそんなに喜ばんでもいいじゃろう。」

「これで解体手伝えますっ!ありがとうございますっ!」

「血や内臓まみれの汚れ仕事でそんなに目を輝かされても困るんじゃがな…。まぁ喜んでくれたなら、用意した甲斐があったわい。とりあえず着てみたらいい、少しでも違和感あったら教えてくれ、調整はすぐ済む。」


 ルイは頷いて嬉々として作業着に袖を通す。もっと重たくごわごわした印象を持っていたが、実際自分で身につけてみると重さはほとんど感じられない。その場で軽く跳躍し腕をまわす、身体の動きも阻害される事もない。その上、通気性も良いようでずっと快適だ。


「びっくりするくらい動きやすいんですね…。」

「ふぉっふぉっ。そうじゃろ?1年中これを着て解体するからの、熱さと寒さ、湿気には配慮した作りになっとる。見た目は無骨じゃが性能は折り紙つきじゃ。」

「これならずっと作業してても気にならないですねっ!!ナグリさん、その…。」


 はしゃいでいたルイが急に大人しくなり、言いづらそうに言葉を詰まらせる。ナグリはルイが何を言いたいのかおおよそ察しがついていたのでルイの肩に手を置き、優しく笑いかけた。


「別に解体を教えて欲しいと言われて怒ったりもせんし、邪魔とも感じたりもせん。だが、なんで解体なんぞにそんな興味を持ったんじゃ?レオンの坊主も零しておったが、鍛治まで師事しとると言うではないか。解体にしても鍛治にしてもルイくらいの歳の子どもが、喜んで手伝うものでもなければ、ましてや覚えようとなぞせんぞ。」


 ナグリは幼いルイが、ギルド職員として日々過ごしていることに今だに難色を示していた。ルイの働きぶりはナグリも良く知っているし、よく働く賢い子だと感心もしている。だが、その姿を見守る多くの職員たちと同様、頑張り過ぎているのではないかと感じていた。その頑張る姿がどこか、皆の仲間と認められたくて無理をしている様に見えて仕方がないのだ。


「冒険者の皆さんが素材を持ち込んできたり、そのまま討伐した魔物を持ってきたりするじゃないですか。でも処理をしていなかったり、処理を間違って一喜一憂しているの見てると覚えられる機会がある時に学びたいなって。」


 ナグリが自分の事を心配しているなんて思っていないルイは、目を輝かせながら解体を覚えたいとナグリに笑顔を向ける。ナグリはその表情を見て、自分の心配はどうやら的はずれだったと安堵する。この子は誰かにやらされている訳でも、自分を偽って努力している訳でもなく純粋な好奇心で行動する子供らしい子供なのだと。笑みを深めるナグリにルイは更に言葉を続ける。


「成人するまで許可されてませんが、いざ、魔物を狩るようになった時になって「ギルド職員の癖に素材もうまくとれないのかっ」と師匠に馬鹿にされるのは少し腹立たしいので…。」

「ふぉっふぉっ、エドの悪タレなら言いそうじゃな。そう言われるのは確かに面白くないのぉ…それで今からしっかり学んで備えると言う訳か。……しかし、魔物を屠る事が前提か。なんとも頼もしくもあり…恐ろしくもあるのぉ。」


 エドガーが意地悪そうな笑顔を浮かべて、ルイをからかう様が容易に想像できてしまいナグリは痛みに耐える様に額に手を当て笑う。そして目の前の小さな子供が、近い将来魔物と対峙することになる魔物を微塵も恐れていないことに驚嘆の声を小さく漏らした。なにかナグリが漏らしたのには気付いたが聞き取れなかったルイは不思議そうにナグリを見つめる。


「いや、なんと言う事はない。じゃあ悪タレの鼻を明かす手伝いをするとしようっ。ついてこいっ。どこに出しても恥かかぬ様にみっちり教えてやる。だが覚悟は必要じゃぞ?

 儂は厳しいからな。ふぉっふぉっ。」


 ナグリの言葉に強く頷き、意気揚々とルイはナグリの後に続く。小さなルイが作業着に身を包んでナグリの後ろをついて歩く姿が、あまりに可愛らしくて、解体作業していた職員たちは、その目を細めて眺めている。しばらく奥に進むとむせ返る様な血の匂いが立ち込めてくる、フックには見た事のない生き物がたくさん吊られており、その中心に大きな作業台が姿を見せた。ナグリは蛙の様な生き物が吊るされたフックを鉤にひっかけ作業台に寝かせた。


「"角霧蛙-スモッグフロッグ"じゃ。"魔霧の沼"でこの時期になると増える。」

「魔霧の沼?」

「そうじゃ、ハンニバルから数刻、西に向かうと大きな沼がある。冬を除けば一年中、霧に覆われておるやっかいな沼での、皮膚が白いじゃろ?霧の中だとなかなか姿の視認が難しい。この白い角が"討伐部位"、内臓が薬になる、皮膚はわしらの作業着の一部の材料に使われとってな。耐水性と撥水性に優れ、防具の裏地や防具の下に身につける服にも素材に好まれる…と言ったところじゃ。今から解体して見せる、よく見ておるといい。」


 そう口にしたナグリは数本腰に差しているうちの一本を手に取って、角霧蛙の腹をためらう事なく一気に切り裂く。


「解体における初歩はためらわん事じゃ。まあ戦闘でも一緒じゃろう。」


 その手を休めずルイにそう告げ、解体作業は続ける。刃を入れ削ぐ、骨に当たる音が軽くしたと思うと角度を変え、再び刃入れ切り裂く。じっとその手つきをルイは食い入るように観察する。そしてひと通り作業を終え、全ての部位をはぎ取り小分けにして見せるとナグリは鉤でもう一体引っ掛けて作業台に置き、ルイを覗き見た。


「じゃあ、さっそく試しにやってみるか?」

「ナグリさん、もう一体見せてもらっていいですか?…素材を無駄にしたくないです。」


 ナグリはその真剣な目に一瞬たじろぐ。見た目はいつも通り可愛らしいルイである事には違いない。しかし、その目と纏う空気がいつものルイとは思えないほどの存在感を放っていた。


(…この目。ふむ、悪タレとレオンの小僧が唯人を弟子にする訳はない。と言ったところか。考えても栓無き事じゃの…。)

「素材を無駄にしたくないという考えは立派じゃな。だが習うより慣れろという格言もある。次でお手本は最後じゃぞ?その後はルイにやってもらう。なに素材を台無しになるまで口出しをしない訳じゃない気楽に構えたらいい。では行くぞ。」


 ルイはその言葉に無言で頷き、ナグリの手元を更に集中して見つめる。ルイは反省していた。1体目の解体は、ついナグリの技術に感動してしまい。一度、集中が途切れてしまった。忙しい中自分のために時間を割いてもらっているのに失礼だと心を痛めていたのだ。まるでエドガーの剣筋を見極める様な鬼気迫る空気を纏い、深く深く目の前の景色に集中する。滑らかに吸い込まれるように魔物へと入れられる刃先。そして刃の全体を滑らせるように切り裂いていく工程。些細な動作であろうが、1つも見過ごさない。自分の手元に熱を感じる様なルイのその視線、そして集中力にナグリは思わず唸る。しかしその音すらもルイには届いていない。ゆっくりと解体道具をバケツの水で洗い流し布でしっかり拭いてナグリは腰に納め、ルイに向き直る。


「ふぅ…次は行けそうじゃな。場所を変わろう。」

「はいっ。」


 ルイは子供らしい笑顔をナグリに見せ頷く。先ほどまでの空気が嘘のように消え失せた事にナグリは苦笑を浮かべアイテムボックスの中からルイに手渡す解体道具を探す。するとルイがなにやら唱え、ふと窺うと光すら吸収する様な黒い刃を手に解体を始めようとしているのに気づき慌てて制止する。


「待て待て、ルイ。そんな大層な物は仕舞うんじゃ。流石にこきたない小汚い刃物を持ち出したら怒鳴りつけるところじゃが。それはそれでいかん。」

「この短剣じゃ、だめでしょうか?」


 ナグリの言葉に従い悲しそうな顔でルイは短剣を仕舞う。長いこと解体を続けてきたナグリは、それこそ数々の短剣やナイフを目にしてきたがルイが手にした物が、並の武器ではない事をすぐに理解した。解体という作業にルイが敬意を表してくれている事は素直に喜ばしいが、さすがにあの業物で解体をさせる訳にはいかない。落ち込むルイに孫にでも聞かしつけるように優しい声音で何故駄目なのか説いていく。


「だめと言う訳ではもちろんない。しかしのぉ、物にはその物の役割と言うものがある。儂もこの道具らと付き合いが長くてな、それはもう自慢の仕事道具じゃ。容易く魔物の皮膚や肉を裂き、この道具は骨も断てる代物だ。そんな信頼できる道具たちではあるが、儂が魔物や不届き者と対峙した時は、この道具は決して使わん。儂が解体するための道具を求め信頼する鍛治師に依頼し、その鍛治師は儂の信頼に応え解体職人の道具としてこれらを産み出した。それを受け取った儂はその職人の矜持を重んじる。穢す訳にはいかぬと決めておる。そして、ルイが手にして見せた短剣はその所有者の身を守り、敵を討つために産み出された業物じゃ。刃物を長く扱ってきた儂にはわかる。そして恐らくそれは誰かに託された代物じゃろ?ルイに託した者もルイの身を守る一助になるやもしれぬと手渡したのじゃ。だからそれで解体を行うということは許容できん。それを産み出した職人の矜持、それをルイに託した者の想いを穢す事になる。儂はルイにそんなことをして欲しくないんじゃ。わかってくれるか?」


 じっとナグリの言葉に聞くルイの顔に理解の色が灯る。そして力強く頷いて見せる。ナグリはそんなルイを見て思わず破顔する。聡い子だと感心した。ナグリの心情も職人の矜持も託してくれた者の想いもきちんとこの子は理解した。規格外の能力だけではなく、職員たちに愛される所以はこういうところにこそあるのだろうと、そう思った。ナグリは改めてアイテムボックスから道具袋を取り出しルイに手渡す。


「ほれ、これをくれてやろうと思ったんじゃ。…ちと古いが、儂が若い時に使っとった道具たちでのぉ。修業時代を友にした戦友じゃ。使う機会がなくてもしっかり手入れはしてある。こいつらも後生大事に手入れされ続けるより道具として使って欲しいじゃろ。解体と真摯に向き合おうとしてくれたお礼じゃ、使ってくれ。」


 手渡された皮の道具入れを広げると5種類のナイフがベルトに止められ並んでいる。どれも無骨な作りではあるが、刃零れひとつしていない美しい輝きを放っている。ルイは一本だけ抜き手にとってみる。ルイの目から見てもおいそれと受け取っていい物ではないことがすぐにわかった。おそるおそるナグリを見つめるルイは、なんとも形容し難い顔をして泣きそうに瞼を潤ませ強張っている。


「これは…凄過ぎて頂けません。」

「ばかものっ、遠慮なぞ子供の内からするんじゃないっ。儂がくれてやると言っているんだから、いいから受け取れっ。ほれ、それでやってみろ。」


 ルイの背中を少し強めに叩き、いいからやれ。と笑顔で促す。ルイは緊張の面持ちでしばらく道具たちを眺めて、覚悟を決めたのか空気が変わった。いや、ナグリの手元を見ていたそれに戻ったと言っていいだろう。それからじっと再び道具たちを眺め、小さく頷いて一本の短剣を引き抜いた。それを見てナグリは胸の内で驚きの声をあげる。5本の道具には、それぞれに役割がある。しかし一見どれも似た形状なのだが、それでも迷うことなくルイは正解を引き当てたのだ。そして解体をはじめたルイの手元、立ち姿、動きに絶句する。それらは拙さが目立つが、そこにはナグリ自身がいるとナグリは錯覚した。その事を理解し、ただただ驚きと喜びに身を震わせる。


(悪タレもレオンの坊主もこの子に執心するわけじゃ…、儂もつい年甲斐もなく高揚してしまったわい。)


 ナグリの見守る中、無事解体を終えたルイは脱力し息を吐きだした。少し不安な表情を浮かべナグリを窺うルイの肩をポンと叩き笑顔を見せる。失敗していない事をその笑顔を見て悟ったルイは大きく胸を撫で下ろした。すっかり気を良くしたナグリは、ルイに予定がないことを確認して、"長槍野牛-ランス・バイソン"やオーリがルイに仕立ててくれた黒装束の素材にもなっている"黒斑蜘蛛-ドット・スパイダー"など様々な解体を教わった。そうして充実した時間を過ごしたルイは満面の笑みを浮かべナグリに礼をする。


「こんな長居した上に、道具までもらっちゃって…本当にありがとうございましたっ!」

「なぁに、気にする事はない。ルイの物覚えの良さにその道具たちも喜んでるじゃろ。また手が空いてる時は、遊びに来るといい。その時は道具を腰にぶら下げるベルトを作っておいてやる。それにルイが顔を出して手伝ってくれると他のやつらも張り合いが出て嬉しそうじゃしな。」


 ナグリがそう言って周りを見渡すと一緒に解体したり、コツなどを助言してくれた職員たちが「また遊びこいよ。」「楽しかった。」とルイに声をかけ手を振った。ルイはしっかり頭を下げ感謝を口にした。「皆さんにお世話になったから」とルイは一旦、全員の作業を止めてもらい魔力を練り上げ詠唱を始めた。天井や壁はさすがに宙釣りにしている魔物の素材に何かあってはと避けたが、作業台や床を水浸しにして影で汚れごと呑み込んだ。普段毎日掃除しているものの、こびりついた古い汚れなどは落とせず諦めていたが、それすらも根こそぎ洗い流し見違えるほど奇麗になった床と作業台にナグリと職員たちは感嘆の声をもらす。


「たいしたもんじゃの…。」

「掃除が必要な時は声かけて下さいねっ!」

「…うむ。その時は頼むとしよう。」


 笑顔で手を振り解体場を去って行くルイの背中に、無言で手を振るナグリと解体班の職員たち。彼らは目の前で行使された特異を如何なく発揮し清掃するルイの姿に、どこか侘しさを感じた。そして、願わくばルイがきちんと魔物討伐などでその力を振るい"清掃の"や"汚れ落とし"等の不名誉な2っ名がつかぬよう心より祈る。そんな気持ちを少しも理解していないルイは、ナグリから譲られた作業着と解体道具にうかれ軽い足取りで冒険者ギルドに戻って行った。

③で終わるって言っておいて、読みなおして書きなおしてるうちに④まで続きます。

ゆるし亭ゆるしてぃ…

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