■■2章-冒険者ギルドの働き者-■■②
「おはよーさん。おっ、朝の掃除か?相変わらず器用なもんだな。」
欠伸を噛み殺し、シャツの襟元を正しながら現れたタイタスは、広間の宙を自由に駆けめぐる小さな同僚のいつまでも見飽きない掃除風景に思わず目を細める。
「おはよう、タイタス。器用なのは認めるけど…、私はなんだかルイを見ていると"保有者-オーナー-"がこんなとこで如何なく掃除に"特異-ユニーク-"を駆使する姿が、不意に物悲しい気分になるのよね。」
「おっちゃん、シェラおはよー。ルイはあれでいいんじゃない?楽しそうだし。嫌々やらされてるなら、あたしがそんな事させないけど。ほら見てっ、あのいい笑顔。…かわいい。」
タイタスと同様に書類を手にしたシェラが広間のルイを見て、考え込む様に頬に手をあてる。彼女の中では有しているだけで、富と名誉をもって迎えられる特異保有者が溌剌と掃除に勤しむ姿に思うところがあるようだ。2人の側にやってきたクロエは、ルイが笑顔を浮かべて健気に清掃に勤しむ姿に口元をだらしなく緩めてそう口にする。
「まあ、シェラの言う事もクロエの言う事もわかるっちゃわかる。すっかり掃除に使ってるのを見慣れちまったから、危険に感じることなんてないが、あの黒いの鋳造のフルプレートくらいの強度なら紙切れ貫くみたいに容易く蜂の巣に出来るって統括が言ってたからな…。そう考えると特異の無駄使いって気もするわな。ってかそもそも危ねぇし。」
「「「「えっ」」」」
アクロバットな掃除を展開しているルイの足元に無数にそびえ立つ黒槍を指し、タイタスも頭を掻きながら、そう口にする。3人と同じように眺めていた職員たちは、その言葉に動きを止め「いやいや呑気な事言ってないで止めさせないと」と口ぐちに騒ぎ出した。
「止めるって言ってもな…俺は嫌だぞ?クロエじゃねーが、あんな嬉しそうに仕事してんだ。それを取りあげるなんざしたくねーよ。大将なんざ朝帰りして帰ってきた時にこれ見て涙流して大爆笑だ。統括も微笑ましい物見るような目してたし、問題ねぇってことだろ。」
「そうね。ルイは規格外。そういうことにして、好きにさせておきましょ。貴方たちがルイを思って止めるのはいいけど、泣かせないでね。」
「ルイ泣かせたら、殺しちゃうぞっ。」
シェラと突き刺さる様な視線と目がまったく笑っていないクロエの笑みに、騒いでいた職員たちは凍りつく。タイタスは2人の溺愛っぷりに呆れた顔を浮かべて「さあ仕事だ、仕事。」と軽く手を叩き救いの手を差し伸べ、それを受けた職員たちが職場に散って行く。
ここに来てすぐルイは"職員見習い"として働くことをエドガーに言いつけられた。職員たちは当初は、小さな子供であるルイを働かせる事に難色を示した。だが、現在の清掃風景のように、見た目の可愛らしさとは異なる非凡な才能に驚愕する。そして、与えられた仕事を丁寧にこなして行くその誠実な姿勢は、瞬く間に彼らに受け入れられた。ルイ本人は大人に仕事を頼まれると言う、今までにない経験を純粋に喜んだ。新しい環境にあっさりと馴染んでいったルイは当初、苦手としていた会話も日々職員たちと過ごす中で、すぐに改善された。今では苦手だったという認識すら皆もルイも忘れている程だ。
「…今日も奇麗で気持ちいい。」
黒槍を霧散させぐるりと辺りを見渡し、掃除の出来栄えに満足する。軽く肩を回して次の掃除に取り掛かるため酒場に向かう。その様子を見ていた職員たちに感謝と労いの声に、ルイは笑顔で手を振り応える。
「"ハィナ"さん、おはようございますっ。」
「あら、ルイ君おはよう。もうあっち済ませてきたの?はやいのね…すごいわぁ。」
酒場の厨房に声をかけると、ハィナのゆったりとした声が返ってきた。エプロン姿のハィナは掃除道具の支度をはじめるが、真剣な表情をしたルイにその手を止められる。
「今日もぴっかぴかにします!!ホールの掃除、食器とグラス磨きは僕に任せて下さいっ!だからハィナさんは、今日も美味しいご飯作りに専念ですっ!!」
「んー、ルイ君が来てくれてからずっと甘えてるみたいで、なんだか悪いのよね…。2人でやった方が早いでしょ?一緒にやりましょ?」
「いいえ!!専念してください!!じゃないと、僕の大事な楽しみが減っちゃうっ!!」
口元に指を当てて悩むハィナに、語気を強めたルイは目をしっかり見つめそう言い切る。ルイはここだけはどうしても譲る事は出来ない。ここにやって来てルイは様々な衝撃や喜びを知った。だが一番はハィナなのだ。冒険者ギルドの酒場の味とは到底思えない完成度の至高の料理の数々。初めてそれを口にした時は、この世界にこれほどの食べ物があったのかとルイは身体を震わせた。そうして多彩で豊富なレシピの数々の虜になったルイは、お礼として開店前の掃除を自主的に申し出る。そして特異を駆使した清掃方法でハィナを驚かせつつも瞬く間に掃除を終わらせた。
「ルイ君が、私の仕事いっぱい減らしてくれたから、料理に専念できてたわ。お客さんもきっと喜んでくれるわね。ありがとう。」
優しい笑顔でルイを椅子に座らせたハィナは、お礼といってルイ専用の朝ご飯を用意してくれた。そして、それを口に運び2度目の衝撃を受ける。ひと際美味いかったのだ。ルイはそこで悟る。ハィナには料理に専念してもらえばいつも美味しいご飯を得られると。それ以来、より美味しいご飯を作ってもらう。その一心で酒場の掃除や雑務は、ルイの一番重要な任務と位置付けられた。
「うふふっ、そんな真剣に言われたらお願いしないとルイ君に失礼ねぇ。じゃあお任せするから、美味しいご飯期待しててねっ。」
「はい!お願いしますっ!」
真剣な表情のルイの頭を軽く抱きしめ、笑みを浮かべてハィナは厨房へと消えた。
ルイは広間の掃除以上の気合と魔力を滾らせて詠唱をはじめる。酒場のホールの椅子やテーブルを全て影でひと呑みにし、百舌で足場を作りあげた。天井や梁、そして天井から吊るされている照明の魔道具のわた埃や塵を床へ落とし、ひとつひとつ丁寧に磨きあげて行く。ある程度、汚れた雑巾は影に投げ込み、汚れていない雑巾を取り出し繰り返す。続けて壁に張られた木材も水ぶきして、最後に床に大量の水をぶちまける。モップで水ごと床に散った酒や食べ物の汚れをかき出す。ホールの床の隅々をこすったところで、汚水で水浸しになった床に影を広げ、ひと呑みにして乾拭きで仕上げる。
「あとはテーブルと椅子を磨いて、テラス席を片づけて…っと。」
天井と壁、そして床の具合を確かめ、満足するとひとつひとつテーブルと椅子を影から取り出し、きれいに拭き配置していく。テラス席だけは外の通りに面していて影を使う事は許されていないので、根気強くモップと雑巾を使ってきれいにし、予めホールできれいにしておいたテーブルと椅子を配置して一息つく。
「今日も完ぺきだ。」
「いやいや、おめーよ。完璧にきれいになったのは認めてやるけど。…なんかすげぇよ。我ながら変な弟子もったなって思い知らされた気分だぜ。」
しばらくルイの働きぶりを黙って眺めていたエドガーが、頭を掻きながら呆れた顔を見せる。ルイは清々しい気分にわざわざ横槍を入れてきた師匠を薄目で睨みつけた。
「師匠おはようございます。今日はやけに"お早い"お目覚めで。」
「…糞弟子の皮肉が日に日に可愛げがなくなるんだが、どうしたらいいだろうか。」
「そんなこと知りませんよ。でも本当に今日は早いですね?お出かけですか??」
「あー、知り合いが来るんだよ。ちょっと鬱陶しいやつでな。」
「なるほど、師匠のだらしない姿に苦言を口にする様なしっかりしたお知り合いが来るんですね。」
「はっはっはっはっ…てめぇ。どうやら朝っぱらから師匠様に喧嘩を売ってるらしいな。いいぞ、買ってやる。」
「グラスと食器磨いて、仕込み手伝ったらきっちり相手してあげますよ。糞師匠。」
途端に、激しい口撃の応酬を繰り広げる2人の額には青筋をくっきり浮かぶ。互いに喉元に齧りつきそうな程、睨みつけて離れようとしない。
「こらこら、朝から喧嘩しないの。仲良しなのはわかったからじゃれ合うのもほどほどにしないとだめよ?特にエドはお師匠様なんでしょ?どっしりしてないとルイの見本になれないわよ?」
厨房までお互いを罵る罵声が聞こえていたのだろう。ハィナが眉間に皺をよせてさも"怒ってるのよ、私は"とアピールしている。そんな可愛らしいハィナの小言に2人は毒気を抜かれ、臨戦態勢を解く。その様子にハィナは満足そうに厨房へ戻って行った。エドガーは頭をかきながら、ルイに伝える事があってここにきた事を思い出しルイに向き直る。
「ああ、そうだよ。てめぇに話があったんだ。その知り合いだが俺らが弟子を取ったって事にやたら興味津々らしくてな。見かけたら直接お前に接触しかねない。」
「なにか、問題が?」
「問題って事はねーよ。悪人ってこともねぇし、そもそも仇花とも知己だ。」
「頭領とも?」
レオンはともかく、仇花とも知己であることにルイは少し驚きの声をあげる。親代わりである宵闇の様な髪と鮮やかに赤く染まった絶世の美姫を思い出し、少しだけ寂しさを募らせた。
「ああ、そうだ。だが事情があって素顔で出歩けないヤツでよ。よく仮面つけて出歩くんだが、その仮面の趣味が最悪でよ。パッと見ただのイカれ野郎にしか見えねーから、お前が不審者だと勘違いしてぶっ飛ばさないように伝えにきたってわけよ。」
「…変な仮面ですか。わかりました気をつけます。」
「それとそいつ、俺やレオン並だからな。手違いでお前に死なれても困る、喧嘩売んなよ。」
「…師匠たち並って。…強いって事ですか?」
「そういうこった。だから不用意に喧嘩売んなよって言ってんだよ。俺の時みてーに。」
「師匠ほど喧嘩を売って歩いてないです。」
「…そうか?まあいいわ、そう言うことだ。あっ、あと"ナグリ"のおっさんがここ終わったら顔出せとよ。」
そう言い残し、エドガーは2階の迷宮図書室に続くバックヤードへ去って行った。ルイはエドガーが口にした"師匠並に強い人"。に興味を持った。ここで生活するようになり、訓練所でいろんなタイプの冒険者を見てきたが、師匠と渡りあえる実力者をまだ目にした事がない。暗殺派閥名無し盟主である仇花、そしてルイのもう一人の師であるレオン。それと手合わせはした事がないが、あの夜のススキノで出会った"先輩"くらいの者である。まだ見ぬ強者に期待で胸を膨らませ、ルイは食器とグラス磨きに勤しんだ。その後、期待以上の美味しいハィナの朝食に満足し、冒険者ギルド内に併設されている"解体場"にルイは足を運んだ。
2章-冒険者ギルドの働き者は③で終わる予定です。日付またぐ前にあげられるといいな…。




