1章-邂逅-④ 【2019/11/05 改稿】
7969字⇒9086字 やや微増だと…。
更新の倍くらい時間かかったずら…。
でも、仕上がりには満足です。
改稿、亀速度で現在も進行中です ( _・ω・)_バン
(すごく良い感じに、身体が軽いな……)
今まで感じたことのないほどの状態良さに、思わずそう胸の内で漏らした。
まるでそれは、今までの性能がが軒並み上書きされた様な、そんな浮遊感。
それをじっくりと宥め、馴染ませる。
目を閉じて、自身の身体に言い聞かせるように浸透させて行く。
そんな様子のルイを見つめながら、エドガーは、じっと彼の準備が整うのを待つ。
決して、ルイの刃が自分に届くとは思っていない。
おそらくそれは、ルイ自身も同様、
力量差がどう足掻いても埋めようがないことは理解しているはずだ。
だが、それでもルイは抗う事を止めようとはしない。
エドガーは思う。自身が知る者の中に、
先ほどの自分とレオンの間に、割って入れる者など、どれ程いるだろうか。
大の大人でも、その大半はその場で怖気づき一歩たりとも歩けない。
下手をすれば意識を手放す者がいてもおかしくはない。
それほどまでに、研ぎ澄まされた暴力めいた殺気と圧力を、互いに放っていたはずだ。
姉と呼ぶ少女を守りたい一心だけで、到底成しえる事ではない。
それを自らの唇を躊躇なく、噛み切りルイは成しえた。
あの幼い身空にそぐわない、異常と言ってもいい胆力。
動きそのもの然り、武器の扱い然り、至るところに拙さが目立つが、
突出した圧巻の速度、エドガー程の熟達者に、誤認させる程の気配操作を成しえる技術。
数多の可能性を秘めているであろう、その膨大な潜在能力。
大成した姿を、軽く想像するだけでも、ぞくりと肌が粟立つ。
その全てが、エドガー・ルクシウス・ワトールを楽しませる。
「待つ、やっぱり、かわってる。でも、ありがとう」
準備が整ったのか、ゆったりと近づき、
相変わらずたどたどしい口調で、感謝の言葉を口にした。
エドガーは、組んでいた腕をほどき、気にするなと首を振って応じた。
そんなエドガーをじっと見つめるルイもまた、
自分の前に突如姿を現し、圧倒的な武威を見せつけるエドガーの事を考えていた。
当初、ルイは、この男をあからさまに軽蔑し、嫌悪した。
異常なほどに口が悪く、その態度は、高圧的と一言で済ませるのも生ぬるい。
唯我独尊である事が当然であるとでも言い出しかねない、その傲慢な言動。
だが、次第にこの男がそれだけの存在ではない事に、ルイは気付きはじめる。
そして、それが確信に変わったのは、
レオンがルイに頭を下げた際、彼が投げかけた言葉だった。
名乗れ、敵だとしても、お前を侮らずに在る者に対しては敬意を見せろ。
そんな事すら出来ない狭量なのか。失望させるな。
言葉こそ粗野で乱暴な物言いそのものだった。
だが、ルイの耳には、確かにそう叱責されたように聞こえた、いや感じた。
事実、その叱責はルイを揺らし、心から己を恥じる思いを味わった。
張り詰めていた気持ちが弛緩し、警戒を怠っていた時も叱責を受けた。
まだ、敵だと睨みつけられ、そんな油断で死にたいのかと叱りつけられた気分になった。
傲慢で粗野な言動に隠れて、確かにそこにある、この男の矜持。
それは、ルイの心を強く惹きつける高潔さがあった。
(この男に挑んで挑んで挑み抜いて、認めさせてやる)
自身にそう誓いをたて、ルイは己を改めて奮い立たせた。
「かかっ、良いツラしてるじゃねーか。ちみっこの癖によ?」
「……うるさい、その口。口、それ、いらない?」
呵呵と笑い、軽薄そうな口調で軽口を叩くエドガーに、
ルイもまた、挑発めいた笑みを纏い軽口を返す。
お互い、少しだけ苦笑を漏らす。
そして、互いに空気を一変させる。
「いく」
「さっさとこい」
最後に、互いに短い言葉をかわした。
ルイが地を蹴り、弾丸の様にエドガーに迫る。
そんなルイを睥睨し、剣先をルイへと差し向け、笑った。
刹那、背景に透過し、ルイは消失した。
―― ガインッ
エドガーの大剣とルイの短剣がぶつかりあい、火花を散らす。
再び、右方から姿無きルイの強襲。
だが、先ほど同様、短剣が風を切る音を察知し、エドガーがそれを悠々と大剣で受ける。
「お前、実はびっくり箱の亜種とかじゃねーよな。ぽんぽんと綺麗に姿消しやがって。
そこら辺の斥候職の奴ら、お前のせいで職が無くなんぞ」
断続的に続くルイの攻勢の最中、それらを容易く捌きながらも、
エドガーは、少しだけ驚いた表情を浮かべ、称賛の言葉を口にする。
「腹たつ、しゃべる。いらない、余裕っ」
そんなエドガーの態度を余裕と解釈したルイは、更に速度を一段階あげる。
速度が増した事で、透過を維持出来ないのか、
ルイの姿が時折、朧げに浮かびあがる。
「この速度ん中で、それかよ…うんざりすんな」
先んじて見た動きだが、速度は以前のそれとは比較にならない。
中途半端に視覚で捉えてしまうため、どうしても目が釣られてしまう。
ルイは出現と消失を繰り返し、幾条の剣線を繰り肉迫する。
弾かれれば角度を改め、補足されれば速度に強弱を加え、
淡々と疑似餌を、周囲に撒き散らし、ただただ観察し続ける。
エドガーの動き、癖、好み、苦手、どうすれば隙が出来る。
大剣が繰りだす軌道のひとつひとつから、得手不得手はないか。
没頭するあまり、時折散漫な動きを見せると、
"もっと動け、止まるな"と、叱責するかのような攻撃が降りかかる。
それらを掻い潜りながら、足を休めず、攻撃の手を止めない。
むしろ、速度をあげ、手数を増やし、質をも向上させ、ルイは観察する。
(もっと、もっと見せろ)
一閃。
轟と音を立て、横薙ぎに振られた大剣をルイは紙一重でかわす。
今の一撃の速度を脳内で倍にして再生する。
懐に潜り、逆手に持った短剣を切り上げる。
振るったばかりだと言うのに容易に手元に大剣を戻され弾かれる。
今の一撃を入れるのに、どれだけの速度が必要か。
何度も何度も脳内で繰り返し思考錯誤を繰り返す。
それらの情報を、幾重にも幾重にも積み重ね。
眼前の化け物を、更に化け物へと苛烈に脚色を繰り返していく。
脳内に想い描いた、化け物。
その姿に、着実に至って行く眼前の化け物。
そのどちらにも追いすがりルイは、ただただ没頭して行った。
(大きく…小さく…すぐ速く…すぐ止まる…)
一心不乱に、それだけを繰り返し続ける。
身体を揺らす強弱、最高速度からの急停止、そして再び最高速度。
はじめは見てとれるほど、感じられるほど、空いていたそれらの間隔が、
徐々に間隔を縮め、隙間ほどの間隔も消えて行く。
そして、それらは程なくして隙間なく噛み合った。
「おいおいおいおいっ!たまんねーなっ!」
つい見惚れてしまうような、滑らかで無駄の無い動き。
目に見えてその才能を、そして性能を開花させ成長して行くルイに、
思わずエドガーは、歓喜の声をあげた。
そんな称賛に応えんと、ルイは更に暴威の嵐へと、足を踏み入れる。
より接近した事で、ルイに迫る剣線がその数を増す。
その凄まじき凶刃の群れに晒され、浅い裂傷を増やし続けるも、
ルイは下がる事なく、前へ前へと突き進む。
数条の剣線が、甘いと笑いかける様にルイの虚を突く。
それを強引にかわしたことで生まれた致命的な隙。
狙いすましたかの様に、そこへ振り下ろされる大剣。
それは、ルイの虚像をすり抜け、空しく地を叩く。
エドガーは、すぐに思考を切り替えるも、ガラ空きになった顎に足刀が襲いかかる。
「ちっ」
首を大きく反らすも、ルイの放った蹴りが想定より鋭く、強引に肩を入れて防ぎきる。
「足癖が悪いやつだなっ!」
直撃は避けたものの、拙さが目立つ短剣の攻撃と違い鋭さを感じたルイの蹴り。
悪態を口にはしたが、肩に感じる鈍い痛みとまたもや想像を超えてきたルイに、
エドガーは犬歯を剥き出しにして、凶悪な笑みを湛える。
一方で、もう少しと言うところで攻撃が失敗したルイ。
だがその表情には、落胆の色はなく、
むしろ悪戯が上手くいったとはしゃぐ子供のらしい笑顔を浮かべる。
「蹴る、いっぱい。得意これ。」
その宣言通り、先ほどまでの短剣の攻撃が児戯とも感じられるほど、
卓越された蹴りの弾幕が、エドガーを強襲する。
ルイの足は、鞭のようにしなり、膝や腰、鳩尾とルイが小柄な事もあるが、
執拗にエドガーが反応し辛い低い位置を襲う。
蹴りの質の高さも際立つが、その蹴りの多彩さに、エドガーは驚嘆した。
大剣を持たぬ手と足の甲で捌きつつも、苛烈さは増す一方。
ついに、直撃だけは癪に障るからなと笑い、大剣を手放し、両手を使い猛攻を凌ぐ。
「てめぇ!さっきまで猫かぶってやがったなっ!
体術がこんだけ出来んなら、はじめから見せろ!なめてんのかっ!」
嬉しそうな笑みを浮かべて怒鳴る奇妙なエドガーに、やや呆れた顔で返しながらも、
エドガーに、両手を使わせるまでに漸く辿り着いた事に、ルイは安堵した。
(あれを片手で防がれちゃってたら、もう打つ手がなくなるところだった…)
地を強く蹴り、低い位置から顔の高さまで飛びあがる。
二度三度と、顔を覆い隠す様に防御した腕を、構わず蹴りつける。
着地してすぐさま、顔を覆った腕を隠れ蓑に、気配を消失させ背面へ、
一気に距離を詰め、足を刈り取る様に蹴り払った。
「それは、あめぇよ」
そんなルイの動きを読みきっていたエドガーは、振りむきながら拳が振り下ろす。
「あまい、おまえ」
動作を急停止して、跳ね上がる様にガラ空きのエドガーの脇腹にそっと手を当てる。
ねじ込むように膝から腰、肩から肘、そして手首へと力を伝え。
滑らかに伝達された力は、螺旋を描き、脇腹を食い破らんと放たれた、乾坤一擲の打撃。
しかし。
それでも、
エドガー・ルクシウス・ワトールには届かない。
「……悪いな、ちみっこ。そいつも含めて、甘いんだよ」
頭上から降り注ぐ、静かに響く冷酷な宣告。
それ理解するに至る前に、ずんっと鈍い感触と激痛がルイの腹部を襲った。
「かはっ」
胃を持ち上げられ、肺が圧迫され息が止まる。
「そんじゃ、ちょっと吹っ飛べや」
痛みに動きを止めたルイを、容赦なくエドガーが蹴り飛ばした。
―― ガガッガガッガガララッ
無防備に蹴り飛ばされたルイは、幾つかの備え付けの長椅子を粉砕し、
何度か地面に身体を打ち付け、倒れ伏した。
砂塵が立ちこめる中、足を震わせながらもルイは立ちあがる
エドガーを視界の端に捉えながらも、掌に目を落とし、何度か開閉。
直撃を確信した瞬間、力を大半を受け流された感触が、今も残っている。
何をされたかまでは、明確には分からないが、
こちらの攻撃が失敗し、手痛い反撃受けたのは理解した。
「決め技ってのはな、"決まる"んじゃなくて、"決める"んだよ。
最後の最後、決める瞬間に、ころっと気を抜くからそんな目にあうんだ、ばーか。
すげー、有り難い助言だろ?死んでも忘れないように、しっかり刻んどけ」
ルイは悔しそうに顔を歪めながらも、エドガーの言葉に小さく頷き、睨みつける。
土埃に薄汚れ、無数の裂傷が痛々しい程だ。
それでもなお、目に宿った強い意思は、
煌々と灯り、その口元には笑みすら湛えている。
「あんだけ派手に吹っ飛ばされておいて、なんでそんな清々しいツラしてんだよ。
まあ、その糞根性は、随分と前から認めてる。だからよ?もっと見せてみろ。
全部出せ、全部をぶつけてこいっ」
エドガーの言葉に呼び寄せられるように、ルイはゆっくりと歩を進める。
「お前が、どんだけ殺す気で、どんな事をしても、まだ俺には届かない。
遠慮すんな、んで喜べよ。お前が最高に満足出来るまで引き出してやる。
なあ、全部出し切ってから、くたばりてぇだろ?お前はそう言うやつだよな……ルイ」
静かに問いかけるように、エドガーは滔々とルイにそう告げる。
そして、その最後。
しっかりとルイの名を口にした。
ルイは、思わず足を止める。
もちろん、今更臆した訳ではない。
(僕を認めてると言った。まだ届かない、いつか届くと言ってくれた)
エドガーの言葉を何度も何度も反芻する。
そして、ルイは笑った。
身体中が痛みに悲鳴をあげているが、それでも構わずルイは駆けた。
「強い銀髪、後悔して。」
大剣が迫る、先ほどよりも鋭いそれがルイをかすめ、銀髪が舞う。
「変な呼び名つけんじゃねーよっ!てめえの髪の色一緒じゃねーか!」
誰が後悔なんかするかっ、この糞ちみっこ!」
エドガーの大剣は、なおも速度をあげて猛威を振るう。
「レオン、あたらない。油断、珍獣が悪い。」
ルイが想定していた脳内のエドガーの速度を軽く凌駕している。
まるで細剣でも振るってるかの様に、夥しい数の剣線がルイへ伸びた。
「言うに事を欠いて、誰が珍獣だ?ああ?だいたいなんで相棒に懐いてんだてめぇ!」
短剣を握り、虚像も纏いルイはその剣線の群れへと躊躇なく突き進む。
(この人を少しでも尊敬したのは、気の迷いかもしれない)
激しい暴威の中、時折目があうエドガーが笑い、ルイも笑みを浮かべた。
「心ん中なら何を考えても、失礼はないとかねーぞ」
一段階、膨れ上がるエドガーの圧力。
「心、よめる。珍獣、やっぱり。」
その程度の圧では、もうルイは怯まない。
「顔に出てんだ、顔にっ!つか、レオン。こそこそと笑ってんじゃねえよ!」
少し独特な位置から袈裟切りから右切上、ルイの頬を剣先がかすり少量の血が舞う。
軽口と暴威の応酬はどこまでも続いて行く。
「これほどの物とはな…エドが、構いたくなる気持ちも分かる」
そんな2人の姿に、戦慄と感嘆に身を震わせながらレオンは誰知れずそう口にした。
当初は粗さが目立った立ち回りも、今では目に見える形でどんどん洗練されて行く。
この年でよくぞここまでと称賛に値する程の高水準の性能も、今のルイと比べるべくもない。
今もなお、レオンが見つめる先で、圧倒的な強さを誇るエドガーの域へと、
駆けあがらんとばかりに、進化を止めず躍動し続けるルイ。
「……正直、いつまでも見ていたい物だな、エド」
ふと零れ出た、その問いかけるような言葉は、一抹の寂しさを漂わせる。
届くはずもないその問いかけが、耳を打ったかのように、
レオンが視線を送る先で、笑みを消し去り複雑な表情を、エドガーは浮かべた。
「……仕掛けてくんなら早くしろ。最後がガス欠で終わりじゃ締まらねーだろ?」
雑に横薙ぎに振るい、わざとルイに短剣で受け止めさせ、
加減した鍔迫り合いを引き起こし、動きを停止させそう告げた。
ルイもその真意を察して、大剣に短剣を叩きつけ反動を利用して距離を空ける。
そして、言葉をかわす事なく再び駆け出すルイ。
最後だと、エドガーもまたこれまでとは違い待ち構える事なく地を蹴った。
ルイが大剣の間合いに入るや否や、先に仕掛けたのはエドガーだった。
肩に担いた大剣を無造作に振り下ろす。
それは、先程までに繰り出したどの攻撃よりも、速く鋭く、力強い剣線。
迎え撃つルイもまた、先程までのどんな動きよりも勝る反応を見せる。
前かがみに倒れる様に、身を投げ出し、中空でその身をねじりあげる。
するりと紙一重で剣線を摺り抜け、半円を描くように短剣を一閃した。
「良い動きだ」
エドガーの短い称賛。
今までの様な強引さなどない、熟達された滑らかな動作で大剣を手元に戻し、
ルイの短剣に優しく受け止める様に添えられる。
「あ?」
大剣で触れたはずの短剣の感触に違和感を感じ、思わず声を漏らす。
一拍遅れで、腹部に感じたのは小さな手の温もり。
「決める」
エドガ―が感嘆の声を漏らすほどの動き、攻撃。
そのどちらも、このための伏線。
「させねーよ」
掌打の力が通らぬ様に、エドガーは身体の位置を巧みにずらしそう呟く。
捉えた腹部の感触が、ルイの手から遠のいて行く。
そして、先ほどの際限の様に鋭い膝蹴りがルイを襲う。
刹那、魔力が膨れ上がり大気を揺らした。
「魔法まで使えるってかっ!」
呵呵と笑うエドガー。
迫る膝蹴りに足を合わせてルイは一気に跳躍する。
静かに、ただただ静かにこの瞬間まで練り上げていた"魔力"をルイは解放する。
制限や調整など、細かい作業は、とうに前に放棄した。
持てる全ての魔力を、注ぎ込んだ。
幸い配慮が必要なオーリの傍らには、レオンがいる。
ならば余波に巻き込む心配も無い。
仄かに発光する魔力の波濤が、ゆらゆらと視認出来る程に、ルイの右手に集まる。
「いいぜっ!最高だったぜ、ルイっ!全力でぶつけてみやがれっ!
絶対に死なねぇから、遠慮なんかしたらぶち殺すぞっ!」
大気を震わせるルイの魔力を、押し返すほどの圧力を放ち、
大剣を構えエドガ―は、中空のルイに向かって檄を飛ばした。
「おぉぉぉぉぉぉっ」
ルイは叫んだ。
生まれ出でて、初めての咆哮。
「こいやぁあああ」
ルイが見せた咆哮にその目をひと際、輝かせエドガーも吠えた。
直上より落下するルイが、魔力を纏った右手を広げ、エドガーに向け突き出した。
―― どんな物が来ても受けとめてやるぜ
エドガーは、直前で大剣を逆手に持ち変え、両手持ち用に拵えた長い柄を突き出す。
「かはっ」
無情にも、エドガーの突き出した長い柄は、ルイの脇腹を穿った。
エドガーにとって、それがどんな魔法かは問題ではない。
大切なのはそれを自身に届かせる事が出来るか否か。
過程ではなく結果だ。
「痛いからって不発じゃ、終われないわな?」
「くたばれ……"百舌"」
つい、意識を手放したくなるほどの痛みに耐え、
挑発めいたエドガーの言葉に、一言皮肉を添えて、右手を翳した。
ゆらゆらと発光する翳された右手。
エドガーは身構えるも、すぐに怪訝な表情を浮かべる。
いつまで経ってもただ光を放つルイの右手。
「不発か?」
「馬鹿もの!足元だっ!その手は、ブラフだっ!」
レオンの叫び声がエドガーの耳を激しく打ちつける。
だが、少しだけ、その忠告は遅かった。
「っ!」
ありったけの魔力を注がれ、じっと息を潜めていた影が歓喜に沸き立ち一斉に躍動した。
大聖堂の全ての床を塗りつぶさんと、黒一色に染め上げた影の泉。
主の呼びかけに呼応するかのように、黒き刃の群れが間欠泉が如く噴き荒れる。
黒き刃は獲物に伸び食らいつく。別の刃はそれすらくらい尽くさんと襲いかかる。
硬質な金属を互いに叩きつける音、弾け合う音、刃を擦りつけあう音、
悲鳴の様な、耳をつんざく狂想曲が、大聖堂の全て飲み込んで行く。
瞬く間に、黒き剣林がエドガーもろとも併呑し全てを黒に染め上げた。
再び訪れる静寂。
「痛っ…きつい」
無我夢中だったため、今の今まで忘れていた最後に穿たれた脇腹が鈍い痛みを主張を始める。
肋骨が数本折れているのは間違いないだろう。
だが、それ以上に魔力枯渇の反動が辛い。
それでも激しい痛みと吐き気すら感じる眩暈を、宥めすかしルイは短剣を手に構える。
眼前に聳え立つ黒き剣林の向こうから、必ずやって来る。
ルイはそう信じている。
出し切れと彼は言った。
そしてルイは出し切って、その想いに応えた。
―― ガリィン…ガリィン
硬く黒く閉ざされた剣林が悲鳴をあげる様に、音を響かせる。
―― ガリィガリン…ガリィガリン
徐々にルイへ向かい近づく崩壊音。
そして、エドガーとルイを隔てていた眼前の刃が最後に一掃された。
「おそい」
「かかっ、うるせえよ」
呵呵と笑うエドガー、喉元と左胸、そして左太股に若干の裂傷は見受けられる。
それらを確認して、ルイは呆れた様に嘆息した。
そんなルイを見て、然程時間が無い事を悟ったエドガーは、
大剣を消し去り、"2本の短槍"を手にした。
「出し切ったか?」
ルイは素直に頷いた。
やや遅れて少し離れた場所からレオンも姿を見せる。
彼もいつの間に手にしたのか、禍々しい造詣の大盾を手にしていた。
その傍らには、まだ意識は戻ってはいないようだがオーリの姿も在る。
「この黒い魔法も驚いたが、あれが陽動とは……褒める言葉が見当たらない」
そう手放しに称賛の言葉を口にしたレオン。
エドガーは、言葉にはしないまでもひとつ頷いて見せた。
「うれしい。もう、はやく。エドガー」
称賛は嬉しいが、ルイの限界は近い。
それをなんとか訴え、エドガーを見据える。
痛みに顔を歪めるルイに慌てて駆け寄ろうとするレオンをエドガーが手で制した。
「……おい」
「んなツラしなくても、殺らねーよ。こいつはいつでも意識飛ばせるのに、
俺が這い出てくんのを立ってこうして待ってたんだ。
手合わせした俺にきっちり白黒つけさせるためによ。
最後までやらせろ、これで終わりはこいつに失礼だ。だろ?相棒」
ルイはエドガーの言葉に心が再び震えあがるのを感じていた。
この男の矜持が、ただ真っすぐに自分自身に向けられている事が嬉しかった。
レオンは何も言わず、後ろへ引きルイを見つめ頷いた。
「ルイ、良く守った。そして良く救った。んで良く俺が来るまで耐えた。
てめぇは、最高だ。俺の本気を見せてやる、もう少しだけ気張っとけ」
そう賛辞の言葉を告げて、初めて構えらしい構えを取るエドガー。
行くぞと小さく呟き、丁寧に動きのひとつひとつをルイに見せる様に動き出す。
幾度も目にし、何度も身に受けた、あの苛烈な攻撃の全てが児戯にすら感じる。
それほどまでに、洗練された恐ろしさすら感じる美しい突きだ。
これほどの域に達するまで、どれ程の研鑽の日々があったかルイにはわからない。
だが、惜しげもなく披露して良いものではない事は、痛いほどわかる。
吸い込まれるように迫ってくる刺突。
意識を失う最後の時まで、それから目を離したくないと必死にそれを追う。
(最後まで見れば良いのか…)
不意に、そんな事を考えたルイ。
ささやかなお礼に、とびっきりの驚きを返そう。
ルイの無邪気な悪戯心に火が点いた。
「…"百舌"」
流麗な刺突が、間もなく届かんとしたところで、ルイは呟くようにそう口にした。
ルイの足元から、一条の黒き剣線がルイの胸の上を打ち貫いた。
たった1本の百舌。
掻き集めた魔力で漸く出現させた意地の結晶。
膝を屈し仰向けに倒れながら、ルイのいた場所を通過する刺突の動きに見惚れる。
(ああ…最後はそうするのか)
想像以上の衝撃と鋭い痛みを感じながらも、エドガーの刺突は最後まで美しかった。
霞む視界の中、2人の風変わりな死神達の顔が見えた。
「…すごい見た、ありがと…ざまあみろ」
軽口と感謝の言葉を告げた。
「なっ!!おい!てめ、なんて事しやがっ…おい!レオンっ!ちょっ…」
「ルイ!しっかりしろ!…だっ!おい!…っ…!」
「ねぇ!ルイっ、ルイっ!どうしてっ!」
耳を打つ、オーリの声。
ルイは、もう目を開けてはいられない。
(そんなに泣かないで…ごめん、オーリお姉ちゃん)
ルイの頬に、温かいものがあたりつたっていく。
きっとオーリの涙なのだろう。
姉の様な彼女に泣くほど心配をかけてしまった、
そんな罪悪感を感じながら、ルイはゆっくりと意識を手放していった。
(…だ…から…)
ふと、頬に優しい体温と慕ってやまない家族の声音が聞こえた気がした。