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ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■1章-そして弟子と師匠になる-■■
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■■1章-そして弟子と師匠になる-■■①

■■1章-そして弟子と師匠になる-■■


 赤いレンガ作りのモダンな造りの3階建ての建物は、「冒険者ギルドハンニバル支部」と掘られた無骨な鉄看板をぶら下げ辺境都市ハンニバルの中央区をまっすぐ東西に分断する大通りに存在する。

 一歩中に足を踏み入れると1階と2階は吹き抜けとなっており、解放感のある作りになっている。

 一階の奥には大きなカウンターが置かれており、そこには制服を着たギルド職員たちが3名、今のその前に行列を成す冒険者たちの対応に追われている。

 その隣の広い空間には併設された酒場があり、にこやかな笑みを浮かべる酒場担当のギルド職員が昼間から酒を楽しむ冒険者たちに、よく冷えたエールを運んでいるのが見える。

 酒場の奥は大通りに面しており、店先には多くのテラス席が並べられている今は利用している者の姿はないが、昼食時や夕飯時には冒険者ではない住民も食事のために足を運びすぐに満席となる事で有名だ。

 この支部には他にも魔物の素材を解体する解体小屋や、ハンニバル騎士団の修練所並の規模を誇る訓練所。

 そして冒険者ギルド統括レオン・ルクシウス・オーペルが保有する工房なども裏手に併設されており、支部内から行き来できる様に作られている。


「よーし、次は剣に持ち替えろ。適当に振るんじゃねーぞ。」


 ハンニバル支部ギルドマスター、エドガー・ルクシウス・ワトールが訓練所にしゃがみ込み、そう檄を飛ばす。返事することなく指示通りに長槍から剣に持ち替えた少年が無言で剣を振るう。


「…ちげーよ。剣は押し切って使うもんだ。踏み込みの時の体重移動はさっき振ってた槍とは違うんだよ。」

「…。」

「ちっ、てめ。そうじゃねっての!!…つか、返事しろ返事!!目で語るんじゃねー糞"弟子"。」

「わかりづらい、糞"師匠"。」

「てめーっ!!やんのか上等だごら!!」

「今日こそ、ぶっ飛ばす。」


 訓練中の冒険者たちが「また、はじまった」と口ぐちに笑い声をあげる。

 周囲からの生温かい視線を集める中心に"名無し"の少年ルイの姿があった。

 ここ数日で早くも恒例行事として支部の冒険者たちに認知された大人気ない師匠と小さな弟子の舌戦の火ぶたが切って落とされる。

 訓練の手を止め、面白おかしく囃したてる冒険者たちから遠く離れた場所に、それを眺める仇花とレオンの姿があった。


「…やっぱりお願いして良かったわ。」

「…お前、あれを見て本気でそう言ってるのか?」


 仇花は口では文句を言いつつもエドガーに指摘された事を修正しようと繰り返すルイを眺めてほほ笑む。

 レオンは、今も醜く罵りあうエドガーとルイ、そして隣の仇花を交互に目をやり「正気か?」と顔に浮かべそう口にした。


「レオンったら、私が"この事"を2人に頼んだ時もそんな顔してたわよね、うふふ。」

「ああ、正気の沙汰ではないと思ったし、今も間違っているような気がしてならない。」


 両名が思い浮かべたその時は、今より数日前に遡る。

 例の酒宴からしばらくしてエドガーとレオン両名は、再び仇花から夢繰りの館に招待されていた。

 そこには仇花の他に、サミュル、そしてオーリの姿があった。

 2人が席に着くや否や開口一番仇花が頭を下げてこう言った。


「エドガー・ルクシウス・ワトール殿、レオン・ルクシウス・オーペル殿。2人に折り入ってお願いしたい事がございます。何卒、何卒ルイをお二人が所属する冒険者ギルドで預かって頂けないでしょうか。」


 普段と違い、飾り気の無い着物に身を包んだ仇花のその言葉にエドガーもレオンも驚愕のあまり言葉を失くす。


「突然の事で、困惑されることと存じます。ですが、この度の一件で私自身、少し思うことがございまして、お2人に託せぬものかと頭を下げております。」

「まず頭を上げろよ、仇花。話が見えねぇ。あんたの頼みだ。本来だったら二つ返事で了承したいとこだ。おそらく相棒も同じ考えだ。だが、これは人ひとりの人生に関わる話だろ?だから、ちゃんとわかる様に話してくれ。」


 レオンはエドガーの横顔を見据える。「大丈夫そう…なのか?」付き合いが長く、相棒として横に立ち続けた彼だから感じた違和感。

 外には漏らしていないが、エドガーが憤っている事にレオンは気付いていた。顔をあげた仇花は、じっと2人を見据え口を開く。


「当然ですが、ルイを煩わしく思い預けたいと申してる訳ではありません。むしろ可愛くて仕方ありません。離れたくなどありません。ですが、ルイはまだ幼い。これは親馬鹿と誹り受けるやもしれませんが、アレは賢く、能力が高く、そして何より心が強い。」

「…いや、親馬鹿なんか思わねーよ。あの夜、俺は心から称賛をルイに送った。能力高いも頭の出来もいい。そしてあんたが言うように心が強い。」

「エドと同意見だ。贔屓目の介入など入る余地もない程、ルイは素晴らしい逸材だ。」


 2人の称賛の言葉に、声に出すことなく仇花とサミュル、オーリが頭を下げることで謝辞する。

 それを受けてエドガーは短く疑問を口にする。


「で、なんでだ?」

「そもそもアレが私どもが直接育てる様になる前にいたのは、今回の件で最初に襲撃された孤児院でした。」

「では、ルイは孤児院の襲撃の生き残り?!」

「…。」


 仇花の言葉でレオンは思わず声を荒げ、エドガーも眉根をぴくりと反応させた。


「はい。その孤児院は、お2人もご存じの通り、親を亡くし生きる事の難しい子供たちに、その場だけの施しではなく"将来、自分の意思で道を選択できるようにいてもらいたい。"との、私の先代である盟主がはじめたものでごさいます。そのため、簡単な足運びや体術、武器を使った動きなどを手習いさせておりました。そうして行く中で、騎士を志す者、商人を目指す者、冒険者になって世界を旅する者。そしてこのオーリの様に、自分の意思で派閥に所属する者とそれぞれが自分の足で歩めるようにと願いが込められていました。ですが、その孤児院がなくなりルイは私たちと今共にあります。そこに選択肢はあるのでしょうか?いや、ございません。ルイの前にある道は暗殺者派閥しか示されていません。ルイは、それで構わないと平然と口にするでしょう。それどころか、ルイはそれを自分が望んでいるとすら言うでしょう。」


 そこまで言い終えて、仇花は唇を強く噛んだ。

 後ろに控える、サミュルもオーリも悲痛な表情をその顔に浮かべている。

 エドガーが少し寂しそうな表情で口を開いた。

 その顔はレオンにはとてもつまらなそうにも見えた。


「それが…気に入らねぇと?」

「気に入る…入らないと言う話ではないんです。エドガー様。私は自身の考えでこの道を選びました。他の家族が皆そうではないかもしれませんが、私はルイと同じ孤児院で育ちました。私の同期には頭領が言った様に自分で決めた道を進んでいる者しかいませんっ!ルイにも必要なんですっ!違う景色がっ!」


 それまで黙って側に控えていたオーリが涙を溜めながらも、それでも涙で声が振るわぬようにそう言い放った。

 レオンは考える自身も人を殺めた経験など数えきれない程ある。

 じゃあその経験をルイにさせたいかと言えば、首を横に振る。

 一介の冒険者であってもそう思うのだ。

 暗殺を生業にしている彼女たちに思う事がないはずもない。


「なぁ、ルイはよ。お前らの仕事、疾うの昔から察してんじゃねーか?ルイは賢い。今回、自分の手で人を殺めたっていうのに、それをどこか当然の様に振舞ってたぞ。俺とレオンがルイより劣っていたなら、ルイはきっと俺らも殺していた。」


 エドガーが淡々とした口調で述べた言葉に3人は表情を歪ませた。

 彼女たちは、恐れているのだ。

 愛して止まないルイが、子供故に無垢なまま家族を慕い、なんの葛藤もなく闇夜に紛れ命を奪い続ける事を。

 そんなわが子の辛く悲しい未来を容認できないのであろう。


「…そんな風にしたくないと言う気持ちも当然あるわ。認める。自分たちを棚にあげて虫の良い話だと言うのも認める。だけど、それだけじゃないの。あの子はこのまま育ったら"家族"でも浮くわ。サミュルとオーリには悪いけど、今のあの子だってこの2人の手におえるかわからない。」

「「っ。」」


 仇花の口調が戻り、その顔には諦観の色が窺えた。その独白にサミュルとオーリが唇を噛む。


「このまま行けば、あの子は家族の中でも孤立する。私はそんなあの子を見たくない。だけど、あなた達といれば少なくとも家族たちに距離を置かれる事は無い。卑怯と笑ってくれてもいいわ。あなた達、ルクシウスと共にいた上での異常性ならば、誰もがそれを納得する。「彼らと共に訓練しているならば、これくらいは当然だ。」「彼らの教えがあればこの程度。」私は友人に酷い事をお願いしている自覚もある。そこまでしてでもお願いしたいの。エド、レオン。あの子をお願い。」


 仇花の赤い瞳から、涙が静かに零れおちた。

 レオンはエドガーの顔を再び見やる。

 そして、この件の判断はエドガーに一任する事にした。

 どちらの道を選んでも彼の意思を尊重すると。

 その意図を伝えるためにエドガーは立ち上がって一歩下がったところに再び座した。

 エドガーはレオンの意図を察してはいたが敢えて口にした。


「相棒、なんの真似だ?」

「お前が俺の意見を取り入れた事など、記憶に無いものでな。お前が決めたらいい。」

「はぁ…わかった。じゃあ黙って見ててくれ。なあ、仇花。お前の考えは変わらないのか?」


 レオンの言葉にエドガーは素っ気なく答え、仇花にそう問いかける。

 仇花は真剣な眼差しを向け強く頷いた。


「お前らの言い分はわかった。ルイのやつを見てて辛いと感じる気持ち一端くれぇは、俺みてぇなやつでも、痛ぇくらいわかる。きっとレオンもだ。…だが、悪いがお前らの願いは受けいれられない。」


 エドガーが苦々しい顔をして拒絶の言葉を口にした。

 仇花の顔は悲しみに染まり、サミュルも沈痛な赴きで仇花を心配そうに見つめている。

 オーリに至っては、何故だと叫び出しそうな顔で睨み付ける。

 レオンは動じず静かに見守り続ける。


 そしてエドガーの怒気が激しく吹き荒れる。

 濃厚でしっかりとした明確な殺意も一拍遅れで撒き散らす。

 威嚇や威圧なんて生易しいものではない。


 仇花は何故だかわからないが、この段階に至って初めてエドガーを怒らせてしまったと気付く。

 そして考える何が原因だったのか。

 しかし思い至らない。彼らの家名を出しに使おうとした事を独白した時か?いや違う。

 そうであればあの時にこうなっていたはずだ。

 あの"家名は軽くない"。怒りを買う覚悟で仇花は口にした。


 ならば今になって何故、憤慨している。

 混乱する仇花のすぐ後ろで控えているサミュルとオーリはその目を大きく見張りその目からは涙を流し、口を開けたまま浅い呼吸を繰り返し身体を痙攣させはじめた。

 このままでは2人が死んでしまう。

 仕方なく仇花はエドガーと対峙する事を選択する。


「私がエドのどこに触れて怒らせてしまったのか、わからないけど…私だけならともかく後ろの子たちの命までくれてやる事は出来ないの。こんな事になるなんてね…私の浅慮が腹立たしいわ。」


 仇花は一気に魔力と戦意を撒き散らす。

 そして完全に制御する。

 エドガーから発する気配の影響を少しでも減らし2人を逃がす時間を作り出す。

 その上で怒れるエドガーを止める。

 そう覚悟を決めた時、仇花は捉えてしまった……末の子の気配を。


 エドガーは笑う。

 その存在を待っていたから。

 そして獰猛な笑みを湛えて口を開いた。


「遅かったじゃねーか、ちみっこ。」

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