■■1章-約束と報告、功労者たちは一夜を語る。-■■②
若干打ち溶けたオーリは、先ほどまで聞き耳を立てていたルイとエドガーの立ち会いの話に混ざれなかった分、2人の横で正座してあれこれ質問して顔色をころころ変えている。
他の柱たちも気の合う者同士、気楽に酒宴を楽しんでいるようだが、どうしても孤立しがちな2柱が1人で文句を口にしながら酒煽っている。
「ふん、なぜ俺様が4柱如きの店でこの様な奴らと…。忌々しいっ。」
「…ねぇ、2柱帰ってもらっても構わないのよ?だいたい、自由参加といったでしょ?声をかけない訳にいかないから声かけただけで招待したつもりもないわ。」
悪戯心いっぱいの小馬鹿にした口調で4柱が声をかけると、2柱はぴたと動きを止め顔を徐々に赤らめ額に青筋を湛える。
他の柱はともかく、2柱への当たりがやけに強い仇花に、エドガーとレオンは訝しげな表情を浮かべる。
「報告会をかねているのだろ!!俺様は何が起きたのか、ほとんど知らされねーっ!!!そもそもお前が、知りたいのなら参加しろと言ったんだろうが!!」
ついにキレた2柱から視線をずらさずに、ダン爺と旧交を深めていたエドガーは小声で訪ねる。
「…ダン爺、あの馬鹿は知らねーのか?さっきから1人できゃんきゃん吠えてやがるが、死にたがりとかじゃねーよな?」
「ああ、あれは自尊心だけ強いただの馬鹿じゃ。エドガー様が気になさるほどの者ではない。まぁ、派閥を守る気持ちは強いくての、自分の部下にも手厚い対応をみせると報告を受け取る。その点に限っては頭領も信用しておるようじゃが、なにぶん功名心が些か強くてな。あの馬鹿には正体を告げぬ方が、御しやすいそうじゃ。ちと儂も可哀そうに感じない訳ではないが、アレは普段は王都に詰めておるからの。知らずに困ることもないじゃろ。」
「ちょっと不憫だな。」
「あれだな。」
「あれじゃろ。」
ダン爺の言葉に納得はした2人だが、3人がひそひそと話している間も騒ぎ続ける2柱は一目で仇花の気を引きたいがための行動だとわかるため、居た堪れない気分にレオンが口を開くと、エドガーもダン爺もそれに同意した。
提子を手に3人に酌をしていて会話が耳に入ったサミュルは口元を覆い静かに笑う。
「ダン爺までそんなこと。くすくす。…しかし、あれではどんな女性であっても気は引けないでしょうね。痛々しくて見てられない時があります。」
自分が話題になっているとは露とも思っていない様子の2柱は、4人でこそこそと話している様子が癪に障ったらしく、立ち上がって抗議する。
「そこの4人、たらたらと喋って無駄な時間過させるんじゃねーよ!もういいだろっ!さっさと報告をはじめろよっ。」
「うるさい人ね。慰労をかねた酒宴でもあるって伝えたはずよ?」
4柱は素気無く返し、その事が余計腹だたしいのであろう。
2柱は身体を怒りに震わせる。
さすがに見ていられなくなった7柱が、2人の間に入り笑顔で納める。
「まぁまぁ、2柱の旦那も4柱もその辺りにして、こういう場ですし、お客様もいるんですから。矛を納めたらどう?」
「2柱、ちょっとは大人しくしていろ。貴様が騒げば騒ぐほど、話が先に進まん。お客人、仇花。済まないがせっかちな者もいる。本題に入られては如何だろう。話が終えたあとゆるりと歓談と言うことで、何卒。」
6柱が呆れた面持ちで制止をかけ、エドガーたちと仇花に小さく頭を下げた。
レオンはエドガーの顔をちらりと窺うと「めんどくさいからパス。」と顔に書いてあったので、小さく嘆息し口を開く。
「では、私が概要をお伝えしよう。もし補足などがあったら仇花、頼む。」
仇花がレオンの言葉に頷いたのを確認して、レオンは淡々と孤児院襲撃、商会襲撃に関してのあらましを説明した。
孤児院襲撃の目的、手口について話が及ぶと、柱たちの顔が嫌悪や怒りに染まる。
商会襲撃の件も恙無く解説を終えると、昨夜の事件のあらましへと解説は移行する。
エドガー、レオンたちが事件の捜査に着手した事を耳にした"法国"と"ザルコル伯爵"たち一味は、事件を継続して起こす事が困難となると判断し、商会襲撃を一旦取りやめる事にした。
だが、過去の事件も含め事件解決に向け手を打ってくるであろう事に危機感を覚え、対応に窮した法国は、ハンニバルでの暗躍中止を決定した。
その報を受けザルコルは最後の仕掛けとして、自身の後任に座したオルトック辺境伯の命を狙う。
そして、法国はザルコルの意向に沿いなおかつ、自分たちに有益なプランを立案した。
一つは、ハンニバルで活動する冒険者の生け捕り。"班隊-パーティ-"内に、聖魔法の使用者がいない場合、冒険者が傷を負うとまず、ポーションや薬草を使用し回復を図る。
現場で応急処置しか行えなかった場合、または回復に至った場合も後遺症などを懸念し、教会を訪れるのが通例となっている。
そういった教会に訪れた冒険者たちを治療と称し、魔法によって衰弱、または眠り薬を与え拘束。後に奴隷術を行使し自由を奪い他国へ売りさばく。
孤児院襲撃と類似しているが、法国の馬車が奴隷を運び出す事は違和感を与えるため難しく、奴隷商が馬車に積み連れだすのは、冒険者の数が多いハンニバルでは、顔みしりに目撃される危険もあるため、その手は取れない。
そのため、他国や王都などで雇った者たち等を複数の商隊に偽装させ、救世教教会の出入り業者を装わせ、その者たちに拉致した冒険者たちを受け渡し郊外へ連れ出す方法をとった。
オルトック伯爵暗殺の実行までに、事態が露見した事を考慮し、囮や人質に使う保険としても使える拉致した冒険者たちは、国外にすぐ売り飛ばすのではなく。商隊に偽装した者たちの一部を郊外の街道沿いに待機させ管理させていた。
ハンニバルから王都に伸びる街道は利用者が多く、複数の野営地が点在するため冒険者を管理していた部隊は、野営地を転々と移動し王都とハンニバルを行き来している商隊を装え事で発覚を回避し、時間を稼いでいた。
「これによって、冒険者ギルドは冒険者の捜索、そして冒険者の動向を気にしなくてはならないため、身動きが取りづらくなり後手に回らざるを得なくなった。」
「…辺境で活動する冒険者の犯罪奴隷ですか。さぞかし良い値段になるんでしょうね。」
「ああ、若いくて余所の冒険者よりも腕がいい。無料で手に入れて、子飼いの商会を通じて、どこかの奴隷商に売りつければ莫大な資金になるな。」
「それによって動きを封じられ、焦れている冒険者ギルドに"名無し"を"騙り"情報提供してきたのね。」
その仇花の言葉に、騙った訳ではなく"本物の封蝋と符号を用いた"5柱ラミーエはぴくりと眉を動かすが、彼女が裏切り者だったことは、伏せて曖昧にする目論見もあって、あえてそう口にした仇花は「黙ってなさい。」と目で彼女に訴えた。
「その情報の"真偽を確かめるために動いた"と相手が用意した台本に便乗することに決めた俺たちは、合流予定だった仲間の一人を先だってオルトックの元に走らせて情報共有を済ませその後の方針を決めた。そうとは知らずノコノコと偽の1柱がオルトックのところへ出向き、鉢合わせになった時は、少々面をくらったがな。」
「まあな、その場では俺たちと鉢合わせすることも計画の内かと勘繰っちまって、一旦泳がせる事にした。だが、よりにもよって俺たちの前で偽物ごっこしているツラ見てたら、面白すぎて殺したくなっちまったから、俺は一芝居うって一人で別行動をとる事にした。」
レオンの説明でオルトックの居城で、平然と"名無しの1柱、奇術師"を演じていたナジータの顔を思い出したのか、エドガーは凶悪な笑みを浮かべて補足する。
そんなエドガーを半目で睨みつけ、レオンは皮肉を口にする。
「立派な芝居だったぞ。応接室ひとつ軽く吹っ飛んだからな。」
「威嚇するって流れだったじゃねーか。うまくいったろ。それに、あんな古臭いカビが生えそうな職務室が新品になるきっかけをくれてやったんだ。感謝されていいくらいだぜ。」
皮肉を受けてなお理不尽な事を口にするエドガーに、今回の事件まで面識の無かった柱たちは冷や汗を浮かべる。
2柱でさえ2人が現れる前に、こと戦闘力においては頭領に匹敵するとダン爺、サミュル、仇花から釘を刺されていたので顔を青くして聞いていた。
襲撃犯に自分たちが敵に回した者達が、どの程度の戦力かを"正確に"伝え、冒険者ギルド及びエドガー、レオン両名に対する警戒度を高めてもらうための一芝居打った。
自然な流れでエドガーを単独で動ける様に場を整えたレオンは、偽物の前で、それまで予測出来ていた相手の行動、その目的を大体看破していると匂わせてその場を去り、思惑通りに計画は進んでいるが、あまり時間がないと言った危機感を犯人たちに植え付ける事に成功する。
「あわよくば、俺たちと領主を分断。そう上手く事が運ばなくとも、領主と冒険者ギルドが繋がりを深める。それによって冒険者がこれ以上、謎の失踪を遂げない様に、警戒を高めない訳にいかない冒険者ギルドとその阻止のため、オルトックは騎士団たちを使い巡回警備を強化させようと促した訳だ。」
「まぁ、公にはオルトックの手元にゃ、無理をすれば二千って数の兵士が常駐している事になってっからな。巡回の強化で、オルトックの守りを確実に薄くする事が出来る。そうすりゃ、オルトックの暗殺は容易いって考えたんだろうな。その点はしっかりオルトックが、偽1柱の前で「巡回強化」するって宣言して言葉通り動いてくれたから、うまく騙せたんだろうぜ。」
2人の話を受け、潜り込んでいた"ことになっている"5柱ラミーエはその時の犯人側の状況を口をする。
「実際、私とナノスリスに合流した彼は、当初お2人の恐ろしさに心が折れかけており、必至に計画の見直し、計画の白紙を進言してきました。ですが"ナノスリス"は、その報告を考慮した上で計画の前倒しを提案した。その判断に至った理由は、お2人の意図通りだったと思います。ひとつは、冒険者ギルドとオルトック伯が冒険者失踪を重く捉えている事。そしてふたつ、オルトック伯が巡回強化に乗り出した事。これは決め手ですが、ナジータが見せつけられたお2人の実力が想像以上だった事もあり、冒険者ギルドと名無しにこれ以上時間を与えるのは悪手だと焦りを感じた事。結果、"私"はナノスリスの提案に乗りナノスリスと共にナージタを説得し、それに成功した。そしてそれを"仇花"に報告した。」
実際、計画の前倒しを提案したのは自分であり、仇花に報告などしていないが、仇花とそういう報告をする様にと指示を受けていたので罪悪感を感じつつもラミーエはそう口にした。
そんな彼女の報告に全員が頷いて見せる。
エドガーとレオン、そして仇花と現場にいたサミュルは少し笑みを浮かべている。「言わせておいて笑うのか。」とラミーエは、心の内で抗議したが、他の者はそんな様子に気づいていないようだ。
そして、もう一つ理由があった事をふと思い出し口にした。
「あの、今思い出したのですが。オルトック伯がその日、王都に遠征訓練として千ほど兵を派遣した事も後押しになったのですが、お2人からその話は出ませんでしたよね?」
「ああ、それは先だって動いていた仲間がいると言っただろ。彼の立案だ。もともとオルトックが自由に使える戦力は五千だ。」
「それは呼び戦力を含めた数字ですよね?」
「いや、含めない。オルトックはもともと臆病すぎるほど慎重なやつだ。そして数字にも昔から明るい。あいつが領主になった際に多くの兵を雇用して、五百ほどの大隊を10隊作り上げた。そして警備、巡回、訓練、遠征、魔物相手の実践訓練、兵站管理、食料の管理育成など多岐に渡る任務を輪番させている。そのため王都や他国が視察に訪れても目につく戦力は千から二千。"大氾濫-スタンピート-"などは起きないに越したことはないが、もし発生しても予備戦力と我々冒険者ギルドと合わせて一万に届く戦力を有している。うむ、少し脱線したな。王都遠征に向かった部隊は郊外で待機している馬鹿どもの対応のため、郊外で演習していた部隊と、輪番で王都へ遠征していた部隊と合流。あわせて二千を待機させるための布石も兼ねていたということだ。」
「オルトック伯は、立派な領主になられましたのぉ。」
「それ、今度直接言ってやれよ、ダン爺。泣いて喜ぶぞ。かっかっかっ」
レオンの説明を受け、感嘆の声を漏らす柱たち。
ダンサイは記憶の中のオルトックを思い浮かべ、しみじみとした口調で辺境伯を讃えた。
エドガーもオルトックが褒められ満更でもなさそうに声をあげて笑う。そして今度は仇花が口を開く。
「"頭領"は、最初の事件発生から商会襲撃に至るまで、名無しの御膝元であるハンニバルで事が起きているのに関わらず。思う様に情報が入ってこない事を訝しみ"私に"詳しく調査する様に仰ったわ。実際、私が動いても手に入る情報は少ないものだったわ。何者かが意図的に情報操作している事を懸念した私は、"意図的に裏切り者がいる"と言う情報を流し、心苦しかったげと家族たちの監視をはじめた。そこで網に引っ掛かったのが"偽1柱"。そこで"頭領に密命を受けていた5柱と情報交換"していたところ。偽物と共に行動している死んだはずのナノスリスが暗躍している事を付きとめた。そんな時、ここにエドが久しぶりに訪ねてきてくれて共同戦線を張る事にしたの。」
仇花がところどころ事実を歪曲させて報告して行く。
裏切り者であったラミーエは、そこで改めて自身の主である仇花に脅威を覚える。
聞いた内容では頭領、仇花、それから彼女自身が協力した様に説明しているが、実際は全て仇花が単独で動いていた成果である。
目を見張るラミーエに、仇花は巧みに隠した手信号で「こらこら。そんな顔したらおかしく思われるでしょ。」と検討違いの指摘を送ってきた。
「ああ、名無しからのリークがあった時点で、総意なのか単独なのかはっきりさせときてーってのもあったが、同じ事件に絡んでんなら手組んだ方が圧倒的に効率いいしな。なんて言ったって次の襲撃事件の現場は、名無しの拠点である"花街ススキノ"だ。こっちとしては喉から手が出るほど助力が欲しかった訳だ。」
「あの、どうして襲撃先はススキノと断定出来たんでしょうか。」
エドガーの説明では、理解できない。とオーリが手をあげて質問する。
「あ?ああ、なんでって言われてもな。条件がそろうのがススキノしかねーんだよ。まずな…。」




