■■1章-約束と報告、功労者たちは一夜を語る。-■■①
■■1章-約束と報告、功労者たちは一夜を語る。-■■
秋の柔らいだ陽の下が降り注ぐハンニバルの中央区から居住区に向かう通りを、寝不足で機嫌が悪いため、凶悪めいた表情と空気を撒き散らすエドガーが、重い足取りで歩いていた。
昨夜の騒動は、耳の早い一部の者をのぞきまだ一般的には広まってはおらず、ルーファスを装っていたナジータを含む、騎士団により討伐された奴隷回収部隊の生き残りは、オルトックに捕えられ居城に隣接する搭に存在する地下牢に投獄された。
名無しの離反者と目されていた5柱ラミーエは仇花と対峙し、そして和解した。正式にオルトックから王都へ送られる報告書の上では、"法国の諜報員として、派閥に潜り込むも祖国の思想に嫌悪を抱き離反。
その後、派閥盟主の密命を受け主犯格の1人として、犯罪計画、犯罪に関与した者たちらの機密を流し続け、事件解決に多大な功績を果たした。"とされる予定である。
名無し内部の裏切り者騒動については、都合良く事件発生時、特別商業特区花街ススキノに現れた"1柱"の姿を目撃していた閥員も多かったため、仇花が上手く立ち回り、彼にその罪をかぶせ騒動を鎮火。
2柱を除き、仇花が頭領である事を知らなかった6柱、7柱両名には正式に盟主として自分の正体を明かした仇花が、5柱ラミーエの正体と事件の全容を明かし、仇花の密命で行動していた事を説明した。
勇者であり"現国王"でもあるマサル、エドガー、レオン、ルーファス"4人のルクシウス"と協力を秘密裏にとっていたと聞き及ぶと驚愕に顔を染めていたと今朝冒険者ギルドを訪ね、報告を届けに来たサミュルが口元を押さえ笑っていた。
昨夜の出来事をざっくり頭の中で整理を終えたエドガーは、居住区にある目的地に到着し,店内に足を踏み入れ口を開く。ニルクッド商店へ約束を果たすために足を運んできたのだ。
「タリマ、ニルクッド。報告にきた。」
エドガーの禍々しい顔付きに一瞬、困惑の色を浮かべた2人だったが「事件が解決したから、約束を果たしにきた。」と告げられ、その表情を明るくした。エドガーは用意されたお茶を口に運び、大きく息を吐き出し孤児院襲撃から端を発した事件の顛末を口にした。
襲撃された孤児院は"とある派閥"の下部組織であり、戦争や諸事情で親を亡くした子供に"技術"を教え、成人した後に自分たちの力で生き抜く力を与え、それを機に派閥に所属する者がいれば"家族"に迎える。
無力な子供が自分の生きる道を選択出来る様にしたいと考えた初代盟主によって作られ運営されていた孤児院。
その背景を調べ上げた"某国"の間者が、派閥の"内通者"と結託し、子供たちを"某国"の特殊兵とすべく誘拐するのが隠されていた本来の目的だった。
謎とされていた"手口"だが、"某国"は、協力関係にあった"商会"の関係者を通じて多額の寄付金を用意させる。
そして目標であるその孤児院に接触させた。最初は不審な人物かも知れないと当然警戒する。
小さな寄付金からはじまり、食料や衣服などをたまに持ち込む商会の男。
しばらくすると"教会"から修道女が訪ねてやってくる。
商会の男と知己と名乗ったその修道女は孤児たちの診断と治療を行い"寄進は彼から頂いている"と去っていく。
そういった事が1月程つづき、商会の男が多額の寄付金を持って現れる。「こんなに頂けない。」と慌てる孤児院の人間に「あなた達のためではない、子供たち未来のためだ。」と口にし去っていく。
そして、また教会から修道女が現れ、今度は教会に招待すると口にする。
全員で孤児院をあける訳にも行かず、まず半数の者が向かい、豪華な食事を与えられ幸せそうに帰路につく。
そして入れ替わる様に半数が招かれる。もう二度と帰ってこられないとも知らずに。
「んで、捕縛され処罰を受けた馬鹿どもに、情報をそれとなくばら撒く。"どこ"に"いつ"、"いくら"の金貨が積まれてるぞ。孤児院相手なら盗みも容易いぞ。ってな。そんで孤児院に残っていた連中は皆殺し、建物を火だるまになっちまう。教会で預けられた子供たちに、事件のことを伝えて、教会関係者と共に"某国"へ出国だ。こうする事で、子供たちは自分たちの命の危機を救ってくれた"某国"と"教会"を信じ、「亡くなったの家族のためにも強くなるのです。」とかなんとか言って洗脳しちまう。ご丁寧に事件と時を同じくして、国内の別の都市や街でスラムの子供が減っていた。って情報もある。胸糞悪い話だ。」
と孤児院襲撃の裏を締めくくる。タリマは強い嫌悪感をあらわにし唇をかみしめる。
「多額の寄付金・・・なるほど。健康で"技術"のある子供を数十人単位で購入しようとする金額を想像すると計り知れない。"某国"にして見れば端金で、高級品質の無垢な少年少女が手に入る。気分の悪い話ですね。」
ニルクッドも苦い表情を浮かべる。エドガーはそれに軽く頷き、商会襲撃の顛末に移る。
計画としては孤児院のそれと類似している点が多いが、こちらは少し毛色が違う。
商会が襲撃された理由が一人の"愚か者"の依頼であったためだ。
その愚か者は"某国"が成した孤児院襲撃の立案の段階から手を貸していたと思われている。
自分の息がかかった"王都を拠点とする"商会たちに便宜を図り、手厚い見返りを享受し続けていた。
いや、恐らく今も享受し続けているのであろう。
しかし、ある事件で"立場を失くした"愚か者は再起のために財力を蓄えなければならなくなる。
そこで"某国"に商会襲撃の話を持ちかけた。
"伏魔-パンデモニウム"、"魔窟-ダンジョン-"産の素材が溢れかえる辺境都市ハンニバル。
その潤沢な資源を元手に頭角を現した商会たちは、いわば愚か者とその息のかかった商会の天敵。
王国を仮想敵国と見なす"某国"は、新しく台頭してきた商会をを潰す。
これだけでも、王国の力を削ぐ事が出来ると考え、その提案に乗りだす。
そこからは、そう孤児院の事件と差異はない。
"某国"と愚か者は、他国も含めた複数の商会を巻き込み行動を開始した。
ここまで黙って聞いていたニルクッドが肩を震わせながら口を開く。
「…なるほど、某国の協力関係にある商会が、何も知らない商会を利用して買い付けさせるのか。襲撃目標である商会が扱っている商品を指定して。…なんて質の悪いっ!!何も知らされず買い付けを依頼された商会は自身の手にした金額に喜色を浮かべるでしょう。そして必死にハンニバルでその商品を大量にそして安く購入しようと探し出す。そして意図せずして襲撃目標である商会に大口の契約が入ってしまう。」
「ああ、そういう筋書きだ。"某国"は若干割高であっても大量の商品が手元にやってくる。王国は軍事利用できる資源に関しては出入りに制限をかけてはいるが、複数の国の商会が各々勝手に商売して、最終的に"某国"へその商品が集まる事までは警戒していない。多少割高でも笑いが止まらねーだろうよ。…んで、孤児院で味をしめた奴らは、同じ手口で良からぬ考えを起こす馬鹿を焚きつけて襲撃だ。」
孤児院の件との相違点。人材を目的としない分"手離れ"がいい。
商品は代金と引き換えに手元に届き、商会は生き残りが出す必要もない。
愚か者は、子飼いが目ざわりと感じていた競合相手商会は消えてなくなり、市場の独占の見返りは莫大な物となる。
"某国"は、大量の資源や商品を手にし、愚か者のお陰で王国の国益そのものにもダメージを与える事に成功する。
「…とまぁ、こんな感じだ。約束だったからな。ぶっ飛ばしておいた。愚か者についてはちょっと待っててくれ。"誰"かを伝えるには物騒な大物だ、知っただけで不幸になる事はない。」
エドガーはタリマの背中に手をあて立ち上がる。
タリマは目に涙を浮かべ頭を下げる。
彼の心の声がエドガーには聞こえた気がした。「そんなくだらない事で…」と。
ニルクッドは店先までエドガーを見送り礼を口にした。
ふとエドガーはその場で振りかえり、タリマを見据える。
「タリマっ!!俺は約束果たしたぞ!!」
大きく通る声がタリマの胸に染みいる様に広がる。亡き者を思い暗澹たる気持ちが晴れ渡った。
「僕も守りますっ!必ずっ!」
エドガーに負けじと絞り出すような大声でタリマは答えた。
エドガーは獰猛な笑みを浮かべ「なら、いい。」と口にし店を後にする。
店内ではニルクッドがタリマを強く抱きしめ涙を流していた。
■■■
日が落ち夜を迎えた頃、エドガーとレオンの姿はススキノにあった。
今日も今日とて、この淫靡な欲望満ちた夜の街は、むせ返る様な甘い香りと活気に満ちている。
周りを威嚇するかの如く歩くエドガーに恐れもせず手をこまねく遊女たちは笑みの花を咲かせ、レオンの巨躯にしだれかかり、連れ込み宿に誘うも素気無く断られ剝れたふりをしてほほ笑む娼婦。
2人は次々に声をかけてくる女たちを袖にしつつ、辺りを見渡す。昨日の騒動の爪痕などそこには一つも確認出来ない。
そんな逞しい夜の街に、2人は称賛を送り、笑みを湛えた。
「ようこそおいでくださいました。エドガー様、レオン様。」
着飾った3柱サミュルが夢繰りの館の店先で、数人の女中を従え2人の到着を待っていた。
「んだよ、サミュルが出張ってこなくても良かっただろうよ。」
「あら、私の出向かいは不服でしたか?」
労ったつもりで口にした言葉をサミュルが心外だと言った顔を一瞬浮かべ、口元を隠して静かに笑う。
「サミュル、あんまりからかってやらんでくれ。これが剝れると俺が疲れる。」
「くすくす、失礼しました。ご案内させて頂きます。」
その発言が不服だと、レオンを睨みつけるエドガー。
そんな微笑ましい2人のやり取りに口元をゆるめサミュルは館へ招き入れる。
レオンは昨日のエドガーの様に、その造形に深い感嘆の声を漏らした。
そんなレオンの様子をサミュルより満足そうな顔で何度も頷くエドガーに、サミュルだけではなく付き従う女中たちも口元を隠していた。
最上階にある座敷の障子戸の前でサミュルは膝を付き、奥の主へ伺いをたてゆっくりと開く。
「ようこそ、夢繰りの館へ。エド、レオン。さぁ2人とも奥に座って。」
肩から胸元を大きく見せ、艶やかな黒い打掛纏う仇花が、2人のための上座の横に座し手を拱く仇花の姿と、下手に並び座す"柱"たちの姿があった。
「これまた、結構な面子で。」
「ふふ、驚いたな。」
緊張感漂う座敷の中、招かれた上座に腰をおろし、仇花から酌を受ける。
それを確認したダンサイが音もなく立ち上がり。短い口上をあげる。
「家族と、友に。」
全員が静かに杯を口元へ運ぶ。
「2人には…いえ、冒険者ギルドに多大な協力して頂いたお陰で、我らが拠点としているススキノの混乱は少なく。被害も軽傷者が少し出た程度に留める事ができた。"家族"を代表して、改めて感謝を。」
仇花は居住まいを整え、2人に深く頭を下げた。
一つ一つの所作が丁寧で美しいあまり、少し見惚れてしまったが、我に返ったレオンが仇花の肩に手を載せ、頭を上げさせる。
「頭を上げてくれ。そもそも、こちらから先に協力を願い出たのだ、俺たちも名無しのご助力があって事態の収拾が出来たと思ってる。感謝を述べたいのはこちらも一緒だ。」
「レオの言う通りだ。俺らだけじゃ手がまわらなかった。助かったぜ。」
「うふふ、じゃあそう言うことで。はい、堅苦しいのは終わり終わり。」
エドガーもレオンの言葉に同意し、ぶっきらぼうではあるが感謝の言葉を口にした。
仇花はそれを受け空気を弛緩させる。サミュルやラミーエが2人の提子を差向け、ルイがどのようにエドガーと立ち回っていたのかと聞きたがる。
仇花は女中たちに料理の手配を指示しつつもしっかりと聞き耳を立てていた。
他の面々も素知らぬ顔をしているが、エドガーとレオンが昨夜のルイの話をお互いに補足しあい語っている節々で、笑みや驚愕を顔に浮かべるので聞いているのはまるわかりだ。
そして、ルイとの邂逅の説明をひと段落終えたところで、唯一人うかない顔をしているオーリにエドガーが気付き口を開く。
「んだよ、そんなしけたツラしてんじゃねーよ。まだイライラしてやがんのか?てめぇは。」
「い、いえ!昨夜は失礼致しました。自身の未熟を棚にあげてあの様な態度をとってしまい。おふた方にも多大な「長ぇよ。」…すみません。」
座敷に2人が現れてから、ずっと謝罪の隙を窺っていたがその機会に恵まれず。
そうこうしている間に自身が気絶していた時のルイとエドガーの立会いの話になり、反省はしているのだが、好奇心が止められず聞き惚れていた事に落ち込んでいたところに不意打ちで話しかけられてしまい大混乱を起こしていた。
なんとか謝罪を口にしはじめたがエドガーに一蹴され、更に落ち込む。見かねた仇花が助け舟を出す。
「まぁ…オーリも反省しているってこと言いたいのよ。」
「オーリ嬢。エドはこういう口の利き方しか出来んが、いらん禍根を残して、うだうだ引きずる様な男ではない。私も君が反省していると言うのならば、別段思うところもないから気楽にしてやってくれ。その方がエドも噛みつかん。」
「はい…善処しますっ!」
昨夜あれほど厳しい言葉をぶつけてきたレオンの優しい声音と笑みに、オーリは見惚れてしまったが、慌てて首を縦にふり小さく拳を握りしめて見せた。
レオンはその姿に呆気にとられていたが、エドガーと仇花は2人で肩を叩き合って笑い合っていた。




