■■1章-そして邂逅、明ける夜-■■③
「避けてばっかは、そろそろ終わりにしたほうがいいぞ。なんか狙ってやがんだろ??さっさと仕掛けてこいよ。"今"のお前じゃ捌けねぇ速度になっちまうぞ。」
エドガーは口でこそ軽口を叩いてはいるものの純粋に、この無垢なる才能の塊に対して称賛していた。ただ楽しい時間にも終わりがやってくる。ルイが懐に飛び込み、短剣を投擲してきた。
「…あめーよ。投擲は想定範囲内だ。だいたい頭狙ってんのも見え見え。こういう攻撃は、動きが見切られる前に織り込まねーと効果ねーよ。最後は魔法…か。まぁ及第点だ。」
難なく投擲された短剣を打ちすえて構えを解く。
エドガーに不満はない。
ただほんの少し終わりが想像していた物と違い、淋しい気持ちになっていただけだった。
大剣を逆手に持ち柄の部分をルイに突き立てこの楽しい時間を終える。
そう決心してエドガーは床を強く蹴った。
「…僕まだ早くてもかわせる。」
「あ?…やけっぱちかよ。」
もう無理するな。とエドガーは胸の内でこぼした。
ルイの飛び込んでくる速度は確かに今日一番早い踏みこみだ。褒めてやってもいい。
だが、今さら早いだけの一撃では、エドガーの心は動かない。
そしてエドガーは手にルイ突き抜いた感触を感じた。
だが、その瞬間ルイは笑った。確かに笑ったのだ。
「ふっ飛べ…"百舌-モズ-"」
魔法の準備をしているのはわかっていた、翳された手を凝視していつでもかわせる様に身構える。
レオンは2人を離れて見ていたため、感知が容易だった。
翳された手に集中させられているエドガーは気付いていない。レオンは声を張り上げた。
「足元だ!エド!手を翳しているのはブラフだ!!」
「なっ!?」
レオンの声に反応して足元に目をやると、影がまるで生き物の様に蠢き、一気に無数の黒槍を吐きだし襲いかかってきた。
まず驚嘆に値するのは、その数。咄嗟に大剣をアイテムボックスに仕舞い短槍を2本手にとり、襲いかかる黒い槍の波を力づくではじき返す。
何度も何度も吐き出される黒槍。
それを両手に持った短槍はじき返す。
足元が蠢き突きだされる黒槍に、一瞬だけ仇花の"ソレ"を連想したが実際それには威力が届いていない。
この魔法程度の火力ではエドガーの命を脅かすにはまだ足りなかった。
ちらりとレオンに視線をやると、レオンも同様の考えなのか大楯をかざし、距離を取り楯で殴りつける様に粉砕している姿が窺えた。
次に目をやったのはオーリと呼ばれていた構成員の女の安否だ。
だが、目をやったその一画は全く魔法の影響を受けていないのがわかった。「大した精度だ。」と称賛していると、槍衾から途切れた先に、少しだけその姿が見えたルイは、オーリの下へ痛む身体を引きずるようにして向かって行た。
(とんでもねーな。俺の相手しながら、これを俺とレオンにぶつけて、なんとか時間を作ってアレを連れて逃げるつもりだったってのか。)
「なんてヤツだ、てめぇは…ったく、まだなんか隠し玉あんじゃねーだろうな!!こっちはもういちいち驚くのに疲れちまったぞおい!!かっかっか!!」
あまり痛ましい姿で歩く姿を見ているのも、おもしろくない忍びなくなったエドガーは一気に槍衾を突破する。
そんなエドガーの姿を見てルイは驚きを色を浮かべた。
しかしやっと観念したのかいい笑顔をしていた。
レオンもエドガーに少し遅れて姿を現しルイに称賛の言葉を送る。
「エドの言う通りだな、攻防の間も何度も驚かされたが。最後の魔法も素晴らしかったが、"翳した手"の陽動は、褒める言葉が見当たらない。エドに"2槍"を抜かせたことを誇っていいぞ、ルイ。」
「おう!!そうだろ、そうだろ!!かっかっかっ!!お前がいちいち止めるのは腹たったけどよ!!こいつはやれば出来るヤツなんだよ!!びっくり箱みてーなヤツだ!!かかっ!!」
エドガーも今更ながら素直な称賛を口にした。
本当によくやった。
この小さな身体でこうも実力差がある"2人"をルイは常に相手していたのだ。
そして、目の前にいる誇れるこの"ルイ"と言う名のイレギュラーを自分の手で打倒することに決める。
「おっと、最後の褒美だ。気持ちよく、とどめ刺してやる。」
「…おい。」
「…そんなツラすんな相棒。殺すは気なんかねーよ。こいつは最後まで逃げなかった。俺ら2人相手に最後までやり切りやがった。となれば、きっちり締めまでやんねーとそれは侮辱だ。白黒はっきりさせてやる。それがこいつに対しての礼儀だ。」
レオンはエドガーがここまでルイを買っている事に驚く反面、納得もした。
確かにルイは素晴らしい立ち回りを見せた。
エドガーがそう自分で言っているように、命を奪う気がないのであれば、やらせていいだろうとレオンは一歩引いた。
エドガーはそんなレオンの動きを見届けて再度、ルイに称賛の言葉を贈る。
「ルイ、てめぇは最近会った奴らん中でも最高に根性が入った面白いヤツだった。だから、最後まで気張れっ!!きっちり止めもらって倒れろっ!!」
エドガーはルイに向け、最後の発破をかけた。
レオンはそのエドガーなりの激励に苦笑を浮かべた。
だがその気持ちが分からないでもない。
ここまでこれほどまでに力を振るったのだ。
最後の気を失う瞬間まで立っていろと。
レオンも胸の内で激励する。
(おいおい。まだ何かしてーってかっ。)
エドガーは呆れた。この後に及んでルイの瞳に力が宿ったのがわかったからだ。
「ありがと、でも当てさせないよ…"百舌-モズ-"」
エドガーの目の前でルイが体勢を崩した。黒槍がイレギュラーの肩と足を貫いたのだ。
予想外の一手だった。
意地でもエドガーの攻撃をかわそうと繰り出した黒槍の魔法が、ルイを刺し貫き、エドガーのとどめの一撃を擦りぬけさせた。
だが、そんな事は今はどうでもいいと。エドガーはレオンを呼ぶ。
レオンもその声で我に返りポーションを握り駆けてくる。
「なっ!!!!おい!!てめ、なんて事しやがった!しっかりしろ、おい!! レオンっ!!ちょっとポーションよこせ!ルイ!!しっかりしろ!!ポーションだ!!ちみっこっ!おい!しっかりしろ!」
レオンからポーションをひったくるように奪い、レオンがルイを覆う様に声をかけているのを押しのけ、イレギュラーの全身に巻きかける。
「かわしてや…た…ざまぁみ…ろ…ぎん…い…ろ…」
「うるせーっ、てめぅは寝てろっ!!もっとよこせ!!!いいからよこせ!!」
それから5本ほど全身に巻きかけ、やっと呼吸が安定してきた。
それに伴い徐々に傷が修復していく様子にやっと2人は安堵の息を漏らす。
「ったく、とんでもねーな。このちみっこは。」
「ああ、最後は度肝を抜かれた。大人しい顔をしているのになかなか豪胆な子だ。」
疲れた声を漏らすエドガーに同意して、レオンはやんちゃが過ぎる小さな挑戦者の頭に手をおいた。
「ルイ?!」
背後で悲鳴の様な声をあげ、オーリと呼ばれていた女が意識を取り戻して、エドガーたちに駆けよってきた。
一瞬、警戒する素ぶりを見せたが、周辺に転がっているポーションの空き瓶と、自身の治療された後に気が付きその警戒を薄める。
「説明は後でする。ルイの近くにいるといい。」
「ねぇ!ルイ!!ルイ!!どうして!!」
レオンの言葉に強く頷きルイを揺らさない様に気遣い声をかけている。
その声に反応したのか、少しルイの瞼が微かに開いた様だが、また気を失ったようだ。
その目はしっかり閉じられその小さな胸を上下させている。
オーリと呼ばれていた少女が落ち着いたのを見計らってレオンがルイは恐らく魔力の欠乏症で気を失っていると説明し、命に別状はないであろう事を伝え、後で改めて医者か腕の良い治癒士へ診せる事をすすめた。
2人のやり取りをつまらなさそうに眺めていたエドガーは不意に敢闘賞の果てに派手な自爆を見せたルイに目をやる。
レオンが口にした通り命には別条ないようだ。
(満足しましたってツラで気持ち良さそうに寝てんじゃねーよっ、このちみっこ。)
笑みを浮かべてその頭を一度殴り付けた。
「エドっ!レオンっ!ルイは無事?!」
しばらくして、大きな声を張り上げて大聖堂に飛び込んできた古い友人である彼女が、なかな見たことのない狼狽っぷりを晒している事に、少々面を喰らいながら、エドガーは頭をかきつつ、レオンは腕を組んだまま肩を軽くあげ2人は微苦笑をして顎で、ルイが眠る一つの長椅子を指した。
仇花は、その姿を視界に捉えるとすぐさま駆け込み、長椅子の側にしゃがみ込みルイの身体を隈なく確認して無事とわかったのか深く息を吐き出し破顔した。
一方、報告書で見た顔の5柱が先ほどまで倒れていたオーリに怒鳴りつけられていた。
「5柱っ!貴女、どの面下げてここにきたっ!!」
「それは…。」
「いいのよ、オーリ。5柱ラミーエは私が用意していた2重スパイよ。彼女の行動に問題があるのなら、私がとっくの前に粛清しているわよ。」
「えっ?!」
ルイの頭を撫でながら顔を向ける事なく告げられた仇花の言葉に、オーリが驚きの声をあげる。
さらっととんでもない嘘を平然と付く彼女にラミーエも一瞬ではあるが驚きを浮かべ、そして苦笑いした。
エドガーとレオンは一度お互いの顔を見て「この件は、お前も知らないのか。」と確認している。
しかし、仇花の言葉が納得いかないのか、オーリは肩を震わせて抗議している。
「4柱…私は貴女も信用できない。だいたいこの男たちは何者?ルイとこの男は戦って酷い目にあった。大男の方はなぜか私の治療をしてくれた。敵なのか味方なのか、まったくわからない。だが確実に部外者よね。少なくても家族じゃない。貴女はこの男たちをよく知っているみたいよね?!わかるように説明しなさい4柱っ!!」
「わからない事があると気になるのは、わかるわよ。私もそうだし。特にルイとエドが戦った件は、後で細かく確実に聞かせてもらうわ。だけどね、油断したのか、罠に嵌ったのか、なにか知らないけどナノスリスに後れを取って意識失ってた貴女に、そこの2人を追及する資格も、私に対して意見を述べる資格もないわ。そのことをきちんと理解した上での発言かしら。少なくとも貴女。ルイと彼らいなかったら死んでたわよ。」
捲し立てる様なオーリの気勢は、淡々と述べられる正論を浴びせかけられ目に見えてしぼんでいく。
それでも納得がいかないとオーリは言葉を続ける。
「貴女こそ何様なの!2重スパイですって?!私たち他の柱にだまって「口を閉じなさい。」
「止めときなさいオーリ。」「そこまでじゃ。」「さすがに口がすぎる。」みんな揃って何故止める!!」
オーリの言葉を遮る様に、そして仇花を守る様に名無しの面々が立ちふさがる。
引っ込みが付かなくなったオーリはそれでも噛みつく。
そんな様子を遠目に見ていたレオンは呆れた面持ちで口を開く。
「…仇花の言葉で図星をつかれて逆上しているところ申し訳ないが、エドと私はそろそろ帰らせてもらうぞ。」
「身内のごたごたはそっちでやってくれ。つうか、お前さんの事で自分がやらかした事、棚あげしてる姉代わりだかなんだかほっといて、なに1人ですやすや寝てやがんだ。この馬鹿は。仇花、こいつが起きたら言っといてくれ。「自爆は二度目はゆるさねぇ。」ってよ。」
レオンが外に向かって歩きだし、ルイの顔を覗きこんでたエドは軽くその額を小突くと仇花に伝言を依頼してレオンに続く。
「…待てっ!!あなたたち、誰が帰っていいと言った!!」
好き勝手言われていたオーリが、ついに殺気を撒き散らす。
「あ?」
呆気なくオーリの殺気など容易く引き裂き、振り向いたエドの怒気と殺気が大聖堂を揺るがす程に溢れかえった。仇花をのぞく名無しの面々はその額に汗を浮かべ硬直する。直接あてられたオーリは混乱と恐怖の濁流に呑まれ意識が揺らぎ、膝を付く。そんなオーリを一瞥したレオンがエドの肩に手をのせ制止させた。生まれて初めて感じる圧倒的な死の予感から解放されたオーリは息絶え絶えに2人の男を見やる。
「…私も少し思うところがあるから言わせてもらおう。これとルイがやりあった事の是非はともかく。今回、君がその女を止めることは可能だったのではないのか?仇花は先ほど君に油断したのかと口にした。彼女は実力のない者に仕事を任せはしない。それは侮っているからでは決してない。閥員が不用意に傷つくことを嫌悪するからだ。だがそんな信頼を君は裏切り、失態を犯した。その時点で仕事を完遂した者たちへ、声を荒げる資格は君にはない。家族と口にしたのは閥員の事だろう?君の暴言を止めてくれた彼らは家族ではないのか?命を救った事を残念な気持ちに、これ以上させてくれるな。では失礼する。」
淡々と冷たい射抜く様な視線がオーリを射抜く。
最後まで言い終えると、レオンは踵を返し、大聖堂を去っていった。
エドガーは仇花に軽く手を振り、口を開くことなくレオンに続く去って行った。
「…なにも…なにも知らない部外者が。」
「いい加減なさい。…はぁ、もし、あの2人とやりあいたいなら、家族から抜けなさい。」
「なっ…どうして、貴女にそんなこと指示されなければならないっ!?馬鹿にするのもいい加にっ?!」
まだ醜態を晒すオーリに仇花は素気無く言い放った。
思わずまた大声で噛みついてしまいそうになったのオーリを思いとどめたのは、奇しくも先ほど出ていった大男の言葉だった。
それでも悔しさと恥ずかしさに耐えられず仇花を睨み付ける。
そんなオーリをつまらない物でも見る様な冷たい目を向け変貌した仇花から魔力が溢れかえる。
…その膨大で圧倒的な魔力はオーリ自身、良く知ってるいるものだった。
「面倒ね。演技を続けてたら、このお馬鹿さんいつまでたっても気付かないわね…。図が高い8柱、我の恩前ぞ。」
仇花の纏う雰囲気が一変する。
その場にいたダンサイ、3柱サミュル、5柱ラミーエ。が仇花の前にひれ伏す。
自分の前にいる仇花こそ頭領。
自分が先ほどまで無様に悔恨と羞恥に耐えきれず当たっていた相手こそ盟主その人なのだと。
オーリは混乱していた。
そして後悔した。
「…8柱。もう一度だけ言う図が高い。」
蒼白に染め上げたオーリは、押しつぶす様なその声音に、慌てて膝をつき頭をたれる。
「伝わったみたいでなによりね。さて、オーリの質問にまとめて答えましょう。"頭領である私が"ラミーエに二重スパイさせていた件は端折るわね。立場云々はもう文句ないでしょう。それであの2人と争うなら、派閥から叩きだすと言った件についてよ。重要な事だからよく聞きなさい。エドガー・ルクシウス・ワトール、レオン・ルクシウス・オーペル。…そう名前で理解したのならまだ救いはあるわね。さっき貴女に指摘されたけど彼らと私は旧知の仲。もっと端的に言うなら古くからの友人よ。」
(…ルクシウスっ!!私は、なんて方々に暴言を。)
「それでも敵対したいのであれば、もう一度言います。家族から追放するわ。貴女一人の馬鹿な考えで、家族をたくさん亡くす訳にはいかないのよ。エドに威嚇されてわかったでしょ?ここでぶつかってたら、私を残して、皆死んでたわよ?貴女は八つ当たりで家族全滅させたいほど、お馬鹿さんなのかしら。」
頭領の言葉で、自分がいかに愚かかはっきりと自覚できた。
「いえ、自分を恥じます。…嫌悪すらします。」
「ならいいわ。今度会ったら2人にも謝罪するように。…はい、お説教終わり。さて、後始末するわよ。ダンジイ、死体の回収。サミュル、ラミーエは、2人でオルトック伯爵へ報告。ルイは私が持ってくわ。あー…座敷牢抜け出した罰どうしよ。オーリは罰として、問題ないと思うけど、勇者教の教会に赴いて負傷者の進捗確認、そのあと花街の様子を軽く確認しておきなさい。以上よ。」
全員は無言で頷き、立ち上がり行動を開始する。
「こらっ、オーリ。反省は帰ってから1人でなさい。失態を犯したんだから、テキパキ動いて挽回なさい。」
「は、はい!」
意気消沈しているオーリに仇花は声をかける、彼女が顔をあげて返事を返した。彼女の表情を覗きこみ「大丈夫そうね。」とこぼし。すやすやと気持ち良さそうに寝息をたてているルイに苦笑を浮かべ、そっと抱きあげる。
「ルイったら。だから帰ってなさいって言ったでしょ。オーリが縮こまる相手に挑むなんて、育て方間違ったかしら。」
そう口にし優しく髪を撫であげて、大聖堂を悠々と歩きながら去っていく。その姿は、慈しみの笑みを湛える聖母に抱かれる子供を題材にした絵画の様だった。
2人が扉より姿を消すのを待っていた様に、太陽の陽を浴びたステンドグラスが大聖堂を照らしつけた。誰もいなくなった傷だらけの大聖堂を。




