■■1章-そして邂逅、明ける夜-■■②
その瞬間、エドガーは飛び出した。
「さよなら、レオン。」
「下がってろ、レオン。楽しいお話の時間は終わりだ。お前が今、口にした質問には殺されたってその答えは口にしない。そいつは、もう覚悟を決めてやがる。甘いお前には対応させねぇ…。」
イレギュラーはその体躯からは想像できない速度と力強さで短剣が振った。
その一撃を払いのけ、エドガーは更に高揚していく自分を抑えつけてレオンに手を出すなと制した。
(信じられっか?このガキまだ速度あがりやがるっ!!)
およそ20合くらいだろうか、イレギュラーの振るう短剣の技術はお粗末だ。
エドガーから見て特筆する点は何一つない。
だがその速さ、正確さ、そして何より全て"振り抜いてくる"武器を扱う並の巧者であれば虚実を散らす際にどうしても、その振りが甘くなることがある。だが距離をとり肩で息している目の前のイレギュラーはそれがない。
躊躇がない。
エドガーはイレギュラーの底知れない才能に興奮を覚える。
「待てエド!!ルイ…私の配慮が足りなかったんだな。よく俺の話を聞いてくれ。「ない。それは、…レオンの相手。これの後。」ルイ…どうしてだっ!」
レオンが怒気を孕んだ声をあげた。
鬱陶しいと声をあげようと口を開きかけたエドガーだったが、イレギュラーがたどたどしいながらも、強い言葉をレオンに投げかけた。
その意思の強さにレオンも困惑している。
エドガーは笑みを深める。
自身の相棒をこんな小さなイレギュラーが言葉と意思で黙らせた。
それが可笑しくて堪らない。
「下がってろと言ったぞ、レオン。こいつの覚悟の邪魔すんな。…取りあえず、こいつは俺を指名だ。んで俺の相手して、次はお前だとよ。…だから、黙ってみとけ。…言うだけの事はあるよ、お前。そこそこ速ぇ。だが惜しい。本来だったら虚実混ぜ込んで、攻撃するタイプだろ。熱くなって単調になっちまってんのか?ちみっこ、それとも俺を舐めてやがんのか?」
つい興がのってらしくもないアドバイスをエドガーは口にした。
レオンもエドガーがルイに興味を持っているのは分かっていた。
だが"強い子供"に向けての興味ではなく"対峙すべき敵"として興味を持っている事にようやく気付く。
しかし、ルイにも邪魔をしないでくれと懇願するような視線を受け、対処が出来ずにいる。
「変。手抜く、何故。する…油断。死ぬ、お前。」
「油断?生憎だが生まれてこの方、んなもんした事がねぇよ。てめぇは俺より弱い。それでもお前を見くびっちゃいない。…ただ、本気は出してはいねーな。それが腹立つって言うなら、出させてみろよ。俺の本気。」
言葉が不自由なのだろうか。その事が少し気になりはするものの、その言葉に乗せられた意思が堪らなく心地がいい。
折れない心を素直に称賛し、エドガーは笑う。
そして安い挑発に安い挑発を返して、大人の余裕を見せつけるように剣を肩に担いだ。
「ばけもの。」
「おめーが言うな。俺から見たら十分、おめーも化物だ。」
エドガーは心より笑った。
そんな彼にレオンは呆れた顔を浮かべる。
しかしそれは、すぐに驚愕の色へと変わる。
ルイが子供のそれとは考えられない速度でエドガーの懐に飛び込んでいったのだ。
エドガーも今までの動きをあざ笑うかの様に段階を数段飛ばした。その速度に内心舌を巻く。
(まじかよ!)
エドガーは顔に喜色を帯びる、右の足に絡みつく様に現れたイレギュラーの姿がそこでかき消えた。
即座に背後を取られたのを理解したエドガーは手にしていた剣をアイテムボックスに仕舞い込み、大剣を取り出し背後へ突き立てる。
「んだよ、やれば出来んじゃねーか。…だが、格上相手に出し惜しみは悪手だ。」
掻き毟る様な金属音が響く。
エドガーは自ら意図的に"作り出した隙"とは言え、自身の手に伝わる衝撃から子供の腕力で、よくぞここまでの威力をふるったと胸の内でイレギュラーを称賛する。
そして大剣をひるがえしイレギュラーの対応を確認する。
「…。」
「嘘だろ。しっかり、てめぇをふっ飛ばすつもりで振ったんだがな。」
転がる様に距離をとったイレギュラーに…いや、"ルイ"にまた心から称賛を向ける。
言葉の通り吹き飛ばすつもりで振るったのだがそれを見事に回避した。
期待以上。面白くて仕方ない。どうやらルイはエドガーの得物が変わったのに驚いているようで、ちゃんと見て確認しろと言わんばかりにアピールして見せてやることにした。
「これが、大きくなってびびったか?ちみっこ。」
効果はあったようで、ルイの気配が強まる。それに気を良くしていたところにレオンから水を注される。
「今のはなんの真似だ、エド。お前はどこまでやるつもりだ…そろそろ許容できんぞ。」
「おいおい、俺がやる事に口出すなよ相棒。いいから見とけ、もう一度だけ言うぞ。アレの覚悟を穢すな。だいたいお前が口にした事だろ。"君と彼女が我々に襲いかからない限り手を出す気はない"。だが、先に"手を出しちまった"のはアレの方だ。」
レオンを一瞥して、視線を切りルイを見据えながらそう口にした。エドガーは感じていた。
自分だけではなく目の前のルイも同じ気持ちであると。
「レオン。怪我ない、まだ。」
(ほらな。)
「…いくらてめぇでも邪魔は許さねえぞ、レオン。」
ルイの真っすぐな心粋を感じ、エドガーはレオンを一瞬睨み付ける。「まじで邪魔してくれるなよ。」と殺気すら混ぜて霧散させる。
レオンはそれを受け、まっすぐに怒気を撒き散らした。
溢れて止まない圧力は殺意も色濃く漂う。
それの煽りをもろに受けイレギュラーは委縮してしまっている。
「"許さない"…?それは俺に言っているのか、エド。いつから、お前にこの俺は許可を求めねばならぬほど弱くなった?」
ルイの状態に気づかないレオンは最後通告だと言わんばかりに睨みつけてくるが、エドガーは、呆れてレオンに視線をあわせ「ほれ。」と、ルイの方を顎でしゃくる。
その意図を察したレオンは申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「…わかったわかった、俺の言い方が悪かった相棒。そんなに熱くなんなよ。だけどよ、お前のソレにびびって顔色悪くなってやがるルイを蔑ろにするなって頼んでるんだよ。わかるだろ?」
「ルイ、君の気持ちを私は尊重したい。その考えは当初から何も変わらない。…だが、私の問いが君を追い詰めたことも理解している。…退く事はできんのか?」
エドガーの言葉を受け、レオンはルイを見つめる。
そして言葉を選ぶ様に口にするが、ルイの意思は固いようだ。小さくレオンに向けて頭を下げた。
(折れてねーよな、こんな横槍で折れてくれんなよ…。)
エドガーは心の底からそう願った。
しかし、どうやらその心配は無用のようだ。
少し息を吐き出しイルイの身体から強張りが消えていく。
その姿は心強くもあり頼もしくすらあった。
殊更、興味が湧いた。
心なしかエドガーを見据える目にも力と意思が宿っているようだ。
楽しくなってしまったエドガーはまたつい軽口を叩く。
「びびってぶるってた癖に、いいツラになったじゃねーか、ちみっこちゃん。」
「…その口。うるさい口、いらない口?」
「かかっ、なかなか生意気な挑発かますじゃねーか。悪かねぇけどな、そろそろ来いよ。」
たどたどしく言葉を紡ぐ口から、まっすぐな挑発がかえってくる。
エドガーは素直に笑った。
まっすぐ目を見据えてくるルイが、また妙な動きをして距離を詰めてくる。
その引き出しの多さに思わず、感嘆の声をもらす。
「しっかし、お前。…多彩な足運びだな。そこら辺の斥候職なんざ目じゃねーな…って!!おいおい、足癖悪すぎるだろーが!!」
正直油断した。とエドガーは内心舌打ちをした。変則的な歩法から一気に首に飛びついてきた蹴りを首を軽くふっていなす。
「蹴れる、まだ。」
「さっきまで、猫かぶってやがったな!!体術のが全然いけるじゃねーか!!カッカッカ!!厄介すぎるだろ、お前!!」
心からの言葉だった、捉えづらい動きから多彩に蹴りが急所めがけて飛び込んでくる。
先ほどまでの"振るわされている感"があった短剣での攻撃に比べると随分精度が高い。
エドガーはルイの背後に薄ら仇花の姿を見た気がした。
(なるほど、体術は仇花仕込みかっ!)
「それは、あめぇな!」
そんな時にあからさまな疑似餌の足払いをかわし、本命に備える。
「あまい…そっち。」
「ちみっこ…これを含めてお前が甘えよ。吹っ飛べっ!!」
胸の内で仇花に悪態を付き、掌底にあわせてルイのガラ空きになった腹部を拳で打ち抜く。
(ちっ、思ったより鋭いじゃねーか。子供になんつーもん教えてんだ、仇花っ。)
「お前軽いから、思ったより吹っ飛びやがったな!!かっかっか!!決め技ってのはな、決めるその時が一番重要なんだ。そこで気を抜くとそうなる。死んでも覚えとけ。大事な教訓ってやつだ。」
「死ぬ、覚えない!!終わる!!」
エドガーは触れられたわき腹を少し気にして、軽口を叩き調子を窺う。
大してダメージはないが、一発もらったのは事実だ。
底が知れないルイにエドガーはもう笑いが止められないでいる。
椅子を数脚ふっ飛ばしつつも立ち上がってくるルイの様子を伺う。
さすがにダメージがあるのだろう、若干足元がふらついて見える。
(手ごたえ的にまともに入ったはずだ。良く立ち上がった。たいしたもんだ。しかも軽口まで叩きやがる。根性あるぜ。)
「吹っ飛ばされて、えらくいい感じになってやがるじゃねーか。全部出し切れ。お前がどんだけ殺す気できても俺はお前程度じゃ、殺せねーよ。だから遠慮すんな。全部だ、全部をぶつけてこい。喜べよ、お前の死ぬ気を俺が引き出してやる。んで気持ちよく死にやがれ。」
エドガーは胸の内で称賛を口にする。
ルイはそんなエドガーを見据え、少しだけ笑みを浮かべていた。
その笑みにエドガーは再び背中がぞくりとするのを感じた。
「銀髪強い。でも一回あたる。まだあてる。」
ルイは突然、下手な挑発を始めた。「こういう駆け引きは苦手なのか?」とエドガーは少し苦笑いを浮かべたが面白そうなので乗ることにした。
「変な呼び名つけんじゃねーよ!!髪の色一緒じゃねーか!!へなちょこ掌底もどきのラッキーパンチ一発で粋がるんじゃねーよ!!二度とかすらせるかっ!!糞ちみっこぉぉ!!」
「レオンはきっと、あれもあたらない。油断、珍獣が悪い。」
「言うに事を欠いて、誰が珍獣だゴラァ!油断なんてしてねーし!!レオンは"楯職"だから蹴りだってくらうわボケ!!だいたい、なにを懐いてやがる!!(この人を尊敬しているのは、気の迷いかもしれない。)…心ん中で思えば、失礼に当たらないとかルールはねーぞコラ。」
「心、よめる。珍獣、やっぱり。」
「顔に出てんだ顔に!!!つか、レオンしれっと笑ってんじゃねーよ!!あーそうか…わーた、わーたよ、よし教育的指導だ、半分に千切れて反省しろっ!!」
乗ると決めたが、乗ってみるとこのガキは相当口が悪い。
演技ではなく純粋にエドガーは怒りを露わにし始める。
エドガーがわざとに挑発に乗りはじめたのを察していたレオンは、本気で怒り始めたエドガーが可笑しくて腹を抱えて笑っている。
そんなレオンをルイはちらりと見て、エドガーに視線を戻す。
「よそ見とは上等だ。ゴラ。」
「珍獣、レオン笑う、言った。よそ見悪くない。人のせい。育ち悪い?」
「言いたい事はよくわかった、もういいお前は2回ほど死んどけ、気が向いたら3回目は助けてやるかもしれねー。おれの優しさに感謝しろよ。」
エドガーは怒りで顔を染め上げ、ルイに襲いかかる。
本気で少しぐらい怪我させても構わないだろうとエドガーは気持ちを切り替え怒りに身を任せる。
しかしすぐにまたルイへの感嘆が勝る。
確かにエドガーは手加減をしている。
しかし当てないつもりで振るっている訳ではない。
それを必死な形相ではあるもののかわし続けるルイ。レオンも同様に驚きの色を浮かべている。
「…ははっ。」
ついにルイが声まであげて笑った。エドガーも釣られて笑う。気持ちがわかるのだ。
(ああ、そうかそうか楽しいか。俺も楽しいぜ。)
「かかっ、楽しくなって声を出して笑うのは普通だ。変なツラしてんじゃねーよ。それよか余裕そうだなぁ、オイ。まだ速度あがんぞ?…集中しねーと細切れなんぞ!!」
速度を少しあげる、対応する。さらにあげてみる、対応する。




