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ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■1章-そして弟子と師匠になる-■■
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■■1章-企てる者、そしてそれを穿つ者-■■⑥

 

「"仇花"…貴女が頭領だったのですね。」

「…まぁ、そういう事よ。でも、今はそんな些事どうでもいいのよ。私がどうしても貴女に聞きたかったこと。それに答えなさい。貴女はどうしてエドガーたちに余計な情報を"わざと流した"の?」

「些事…ですか、貴女らしい。それにしてもおかしな事に拘ってらっしゃいますね。情報を流した件は掴んでいるのでは?冒険者ギルドの意識を冒険者拉致に縛りつける事、またはオルトック伯爵を暗殺を容易くするための餌に都合がよかったからです。」


 その返答は求めていない。

 言下に突きつけられる様な恐怖を5柱は感じた。

 闇を思わせる絹糸の様な濃紺の髪は吹き荒れる魔力に弄ばれるかの様に乱れ蠢く。

 その双眸は血の様に深い赤を湛え、5柱の心の中さえ見通すかのように爛々と妖しく輝く。

 陶器の様に白い肌、同じ女性から見ても目を奪われるしなやかで艶と張りのある肢体。


 5柱は目を奪われる、見つめていること自体こわくて堪らないのに目が離せない。

 今まで何度も顔を合わせ、見知っていたはずの彼女の容姿に改めて心を強く惹かれ恐怖している。

 普段のそれと違うのは強大な、いや強大すぎる魔力。

 そして見る者に与える畏怖と圧倒的存在感。

 それらが加わって初めて、仇花の美しさは完成する

 。そんなことを今考えている自分に驚きすら感じる。

 表現する言葉が見当たらないほどに、怖く美しくただ恐ろしい絶対者は静かにその唇を開く。


「もう一度聞くわよ、5柱。死すら恐れない貴女を"貶める"様な真似をしたくないのよ。」


 形の良いふっくらとした唇から出た言葉に、5柱は心臓を掴まれた様な錯覚に襲われる。

 確信はない、だが彼女は言った"死を恐れない貴女に地獄を見せる事が出来る"と。

 様々な憶測が自分の中を駆け巡る。

 凌辱程度なら手ぬるい。その程度なら耐えられる。

 浮かびそしては消えて行くモノたちは等しくどれも"生きる者の尊厳を悪戯に壊す"。

 そして、そのどれもが目の前の存在ならば可能である気すらしてくる。

 いや恐らく可能なのだろう。ここで初めて自分が敵対した相手の強大さに歯噛みする。


「…訪ね方を変えるわね。なぜ貴女は計画を根底から破壊しかねない劇物である彼らに"過去に同じ派閥の仲間であるオルトック"が裏で糸を引いてるなんてバカらしい情報を"わざわざ名無しとわかる符丁を添えて"流したのかしら。…回答には細心の注意を払うことを薦めるわ5柱、ラミーエ・ルクト・コンスタン。」


 呼ばれる事は二度とないと思っていた自分の名前が、その口から飛び出し一瞬驚きに身を固めた5柱ことラミーエ。

 すぐに小さく頭を振りその動揺を捨て去る。仇花の言葉を反芻し、誤魔化す事をやめ、真摯に受け止め瞑目して言葉を探す。

 そんな彼女の意思を察し、仇花はその身に纏っていた気配を沈め、彼女が口を開くのをじっと静かに待つ。


「まず訂正を。私はルクトとも、コンスタンとも名乗る資格は有していません。」


 ルクト・コンスタン家とは、15年近く前に記録では法国によって最後に召喚された勇者の教育係を任された司教の家名である。

 彼の者は責任感が強く、不正や腐敗を嫌う法国内では珍しい敬虔な信者まま司教にまで上り詰めた勇者の教育にも非常に熱心であるのと同時に、自分たちの都合のために誘拐まがいに召喚された勇者を思い心を痛めていた。

 そして数年が経ち、法国に籍してる内は世界を救う事が難しいと考えた勇者は意を決して、司教にその想いを打ち明ける。

 正式な記録の上では法国の許可を得てた旅に出たとされている勇者は、実際は、世界と彼の心を救うために亡命を支援した勇気ある司教の手によって成功を納める。

 しかし、その事に憤慨した法国の手によって無残に取り潰される事になる。法国では現在もルクト・コンスタンは呪われた家名として忌諱されている。

 そう一度言葉を切り、小さく息を吐きラミーエは続ける。


「お察しの通り、バカバカしい計画を水泡に帰してもらうためです。彼らは名無しとの繋がりが深い事も知っていました。だから符丁を使って情報を送れば必ず違和感を感じるはずです。本来ならば、そう言った情報は頭領、貴女から"直接"齎されるはずです。それがわざわざ文で知らせれば彼らはきっと違和感を抱く。そして盟友であるオルトックが怪しい動きを見せていると書けば一笑に付し、彼の命の危険を察してくれるはずだと。そう確信しました。」


 ラミーエは事実を口にした。その言葉が事実だと仇花も受け入れた。そして仇花は疑問を口にする。


「…なるほど理解したわ。ひとつだけって言っておいて虫がいい話かもしれないけど、もう一つ聞いていいかしら。どうして法国を裏切ったの?」

「もう隠しだてするつもりはないわ。裏切った理由は簡単。愚かな法国の手となり働く事に辟易としているからですよ。温情で命をつなげる事を許された私は、その恩に報いようと必死に強くなりました。名無しに潜るために死すら諦めるほどの教育も受けました。当時の私はその事に使命感を抱いていたのも事実です。それが全てどうでもよくなっただけですよ。だから計画を破綻させる道を選んだ。」


 諦観の念をその顔に宿し、ラミーエは淡々と自分の心情を吐露した。仇花は静かに口を開く。


「…勇者と再会したのが切っ掛けのようね。」

「なぜ、それをっ!」

「続けなさい。」


 ラミーエは再び驚愕に顔を染めるが、続きを話す様に促され口を開く。


「…仰る通り私は彼と再会しました。彼は王都で馬鹿な売国奴に呼びだされて、商会襲撃の進捗の報告に出向いていた私をたまたま街中で見かけて、後をつけていたようです。しばらく私の行動を観察をした後、接触を受けました。そして彼から謝罪と悔恨の想いを聞かされました。」

「世界を救うと息まき、あんなにも近く温かかった存在を壊してしまった。…だったわね。」

「…いったいどこまで。」

「"マサル"から直接教えてもらったのよ。マサルから少し前に手紙をもらってね。そこに長々と書いてあったわ。貴女が私の組織にいる事に驚き、貴女が法国の諜報である事に動揺した。とか色々ね。」

「では…。」

「ええ、知ってたわよ。家族の裏切り者が"貴女だけだって事"。いくら家族が優秀でも複数で動けばボロが出るわ。ばれない様に動くなんて単独でもなければ無理だもの。よく聞きなさい。結論から言うわ、貴女は殺さない。」


 ラミーエは耳を疑った。仇花は確かに口にした「貴女は殺さない。」と。だが、理解ができない。

 思わず呆然としたまま声に出してしまう。「どうして。」と。その言葉に仇花は笑みを浮かべて彼女の疑問に答える。


「どうしてって言われても困っちゃうのよね。まあ実際、私自身、貴女のことを気に入っているのよ。それとマサルにも貴女のことは悪いようにしないで欲しいと頼まれている。でも何より大切なことは、貴女を殺してしまったらルイが泣くでしょ。」

「ふふっ…どこまでもルイに甘いのね。」


 仇花の言葉に、ラミーエはしばし呆然とし彼女の顔を見つめていたが、次第にこみ上げてきた感情に我慢できなくなったのか声を出して笑った。


「よく言うわよ、あなたも甘いじゃない。今後も法国とつるんで何かやらかすなら、やらかしなさい。その資格と権利は貴女にはあると認めてあげる。ただし殺してはあげない。死にたいなら勝手に死になさい。まぁ、でも出来ればだけど、5柱を降りられると仕事が増えるから困るわ。」

「…失った信頼は実力で取り戻すわ。ルイに会えなくなるのだけは心残りだったから。」

「ほら、やっぱり甘いじゃない。」


 仇花の優しく包み込む様なほほ笑みに、ラミーエは呪縛から解き放たれた気持ちになっていた。

 自然と仇花の軽口にのり口を開く。

 だがここに来る際にオーリと別れた事を思い出す。このままでは彼女に危険が及ぶ。

 いやむしろ手遅れかもしれない。焦るラミーエは痛む身体に鞭打ち立ち上がり救世教会へ向かおうとする。


「オーリが危ないわっ、急いで向かわないとっ。」

「あー、ナノスリスの事?それなら問題ないわ。痛むでしょ?これでも飲みなさい、少しは楽になるわよ。」

「…もう言葉もないわね。彼女がオーリを始末する事になってたけど、誰か援軍に行ってるという事でいいのかしら?」


 手渡されたポーションを一息に飲み込んで、ラミーエは名無しの頭領の情報収集能力に舌を巻く。

 自分の裏切りだけに留まらず、トラスト孤児院で死んだとされているナノスリスが水面下で活動している事まで把握しているとは考えていなかった。


「いいえ、別に誰も手配しちゃいないけど。だってオーリ猫かぶってるだけで、実力だけならラミーエとやりあえるわよ。それとも貴女でも苦戦する?ナノスリスと貴女がやりあって。」

「…気づかなかったわ。オーリがそんな実力者だったなんて。でも何年か前ではあるけど、手合わせした際にそんな気配なかった気がするのだけど。」

「ルイの成長一番近くで見てるからね。そりゃ焦る…だめ!いけないっ、すぐ向かうわっ。…大人しくしてくれてると思いたいけど、多分あの子は大人しくはしてないわっ!!」


 ナノスリスの対応は問題ないと余裕を見せていた仇花が、見たことがない程に動揺してなにかをぶつぶつ呟いている。

 なにか問題が発生したのか、はたまたオーリの実力ではやはり難しいと思い至ったのか、ラミーエは、仇花になにがあったと訪ねる、しかし仇花の狼狽は止まらない。


「どういうこと?オーリは心配ないって今私に言ったばかりでしょ?」

「ルイがいたのよっ!花街にっ!きっと騒ぎに気がついて座敷牢抜け出して来たのよ、あの子。御所での会話も聞いてた…きっと内容もあの子なりに理解もしてる。…だめね、あの子が大人しくしているはずがないっ!ラミーエ動けそう?!」


 ラミーエは身体の具合を確かめ仇花に小さく頷いて見せる。

 2人は騒ぎになっても構うものかと、気配を消すこともなく手近な屋根に飛び乗り駆け抜ける。

 仇花は胸の内で自身を叱責する。花街でルイを睨み付け帰るよう伝え、安心していた自分を。

 焦燥感に駆られる彼女を見つめるラミーエも心から願う。どうか愛すべき末の子が無事でいるようにと。

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