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ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■1章-そして弟子と師匠になる-■■
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■■1章-企てる者、そしてそれを穿つ者-■■⑤

 

「そもそも、奇術師どのこそこちらでなにを。」


 戯れに飽いたのか、バイゼルは急に目を細めて射抜く様に1柱を見つめる。この場の緊迫感がまた一段階跳ね上がる。1柱は考える。この場でなんと言い逃れすればよいのかを。そんな問いに正解など無い事がわかっていても、探さねば気が狂いそうになる。1柱は声をひねり出す。しかし言葉が出てこない。


「いや…そのだ…な。」

「バイゼル、意地悪を言ってやるな。なぁ奇術師どの、いや1柱どの…んー、救世教のタパティ司祭?それとも…」


 心臓が強く脈うった。「なぜその名前まで知っている?」オルトックが知る訳がない偽名のひとつを口にしたオルトックはまだ言葉を続けようとする。次は何がその口から飛び出るのか、気が気ではない。しかし彼を更に震撼させる言葉は、前方のオルトックからでも、その横にいるバイゼルからでもなく背後から響いた。


「そういうオルトックも意地悪っすね。タパティも偽名って教えてあげたじゃないっすか。本当の名前を呼んであげないと失礼っすよ?…ねぇ、ネグレイシア法国諜報局2番隊所属"顔なし"ナージタ・ルカバーナ殿。」


 その声に、その言葉にぎょっとして振りかえる。そこには知らない男が立っていた。笑みを湛えて短剣で手遊びするその足元には、先ほどまで人質に武器を向けていた男たちが苦悶の声をあげて倒れている。よくよく観察すると数人は首を深く切られぴくりとも動かない者の姿もあった。極度の恐怖と驚きのせいで、ナジータと呼ばれた男は、目の前の光景を正しく認識出来ずに訪ねても意味のない質問を口にしていた。


「お前は誰だ?そこでなにをしているっ?!」


 ナージタの問いに呆れたと言わんばかりに両肩をやや持ち上げてルーファスは苦笑いを浮かべて問いに対して答える。


「誰だ。っすか。もうすぐにでも死んでしまうんだから聞いてどうするっすか?それとなにをした。って言われても困るっす。見たらわからないっすか?たくさんの騎士団の皆さんにびびって人質から目をそらした馬鹿どもを鎮圧して、武器をもう向けられない様に守ってるっすよ。ここ、敵陣のど真ん中で。こんな答えでよかったすか?それよりいいんすか?人質いなくなったら、騎士団のみなさんは躊躇なく突撃してくるっすよ。」

「なっ!」


 その言葉を皮きりに一方的な蹂躙が始まった。隊列を組んだ騎士団たちが長槍を構え一糸乱れる連携で突撃を開始。100人程度しかいない円陣を500を超える騎馬隊が物の見事に引き裂く。その後、楯を掲げた歩兵たちがメイスを片手に散り散りになった者たちを擦り潰す様に遅いかかる。そもそも戦力差20対1。一方的に腕や胸を貫かれ沈黙していく愚か者たち。

怒号が飛び交い、血が舞い散り、悲鳴が響く。たった一度。たった一度の突撃で9割は壊滅しただろうか。辛うじて息がある者、比較的傷の浅い者もこぞって武器を捨て膝を屈して抵抗を諦める。その後、淡々と騎士団が命の残った者を縛りあげ拘束した後、収容用の馬車へと詰め込んでいく。死体は1か所にまとめられ火が放たれた。


「なぜだ…なぜこうなった。」


 80近い死体を焼く炎が、オルトックたちの眼前で膝をつくナジータの横顔を照らす。幽鬼のように顔を青く染め上げ、同じ言葉を呪文の様に呟く。


「なぜ、なぜとさっきから喧しいやつっすね。」


 ナージタの前にルーファスが無防備に立ってそう言った。ぴくっと少しだけ反応するも俯くナジータに舌打ちを一つして、胸倉を掴んで突き倒す。


「おい糞女神を信仰するアホ教祖の傀儡のお間抜け諜報部員さん。」

「っ?!」


 ルーファスが口にした言葉に、強い敵意を向けて睨み返す。それをうすら笑いを浮かべて、静かに殺気と殺意を放ちナジータの目をしっかりと見据える。


「とても大切な事だ。よく聞け。まず知ってもらいたいのは、名無しに"奇術師"という2っ名の者は"存在しない"。これは誤って広がり伝わった符号だ。正確には"ペテン師"を"自称する者"が、かつて名無しにはいた。家族…閥員は、そんな男が自称する2っ名を快く思わなかった。なので、彼らはせめて"奇術師"と名乗る様に進めた。それが奇術師という符丁だ。周りが勝手につけた符丁を自身が口にする事はない。2っ、よく閥員は彼を怖れていると伝えられる。だがその認識も半分しかあっていない。古くからしる閥員は"ペテン師"を怖れたりしない。むしろ愛を向けてくれる程だ。じゃあ何をそんなに怖れるか、それはねナジータ。過去に一度、閥員をもめていた派閥に拉致され、その閥員が殺され死体を送りつけられた事があってね。激昂したその男は一晩で500人ほどの相手の閥員を全員の首と胴を泣き別れにしたんだ。だから彼らが怖れるのは"ペテン師"がその仮面を脱ぎ去った"死神"を怖れるんだ。」

「お、おまっ!お前は!!」

「しーっ…。まだ終わってないんだよ、俺の話は。」


 説明の最中に口を挟まれ不愉快だ。と言わんばかりにルーファスはナージタの唇に人指し指をあてた。その瞬間、ナージタの顔は恐怖に縛られる。その指を払おうとするが腕が動かない。いや身体自体が全く動かない。指一本ですら動かす事は叶わない。必死に身をよじりながら、目を凝らすと身体中の至るところに、黒い糸が巻き付けられている。


「そして3っ目、"1柱"という符丁も正しくは存在しない。そもそも2柱以降が誕生したのは、閥員が増え派閥が大きくなってしまい運営に支障をきたした事で、初代である先代の頭領が組織運営のため、生み出した席次が2柱からなる"八柱衆"だ。もともと"支える柱たれ"とその能力の高さで名乗る事を許された"柱"とはそもそもが毛色が違う。1柱は1人を指す符丁ではないんだ。実際、今も俺以外にも"1柱"である者が"3名"ほどいる。」


 つらつらと言葉を吐きだす無表情の男の手元に自分を撒きつける黒い糸が集約されている事に気付き、ナジータは必死にもがく。このままでは自分の想像通りの事がこの身を襲うと確信していた。


「…鋼糸だ。便利なんだよ。捕まえるにしても輪切りにするにでも。それでどこまで話したかな。お前の質問に丁寧に答えてやってるのに、俺の話より鋼糸なんかに夢中だから、

 どこまで話をしたか、忘れてしまったよ。失礼なヤツだ。」


 ――ゾンッ…ボタッ。


 ルーファスの指が妖しく動くと、何かが断ち切れる音と一拍ずれて何かがずれ落ちる音がした。ナージタはその場に力なく落ちた"自分の"肘から下を視認して絶叫する。


「んー!?んんんん!!!!」


 しかし叫び声はあげられない。自分に何が起っているのかわからない恐怖と肘から下を失った能を焼き切る様な痛みに混乱し、錯乱し、股間を濡らして声にならない声で喚く。


「なんだ。壊れたか…。仕方ない人っすね。俺っちの偽物ごっこなんてしたら、そりゃこう言う目にあうっすよ。もう1個あったんすけどね…なんだったか本当に忘れたっす。」


 "死神"は"ペテン師"の顔に戻り、オルトックとバイゼルに向き直る。その豹変ぶりにオルトックは呆れた顔を浮かべ、バイゼルは満足そうに頷く。捕えた者たちをハンニバルまで護送する者たちと、先に居城へ戻っていった大半の騎士団とは別にその場にオルトックの護衛に残っていた30人ほどの騎士たちは顔を青くしてルーファスを見つめていた。


「あっ、そうだそうだ思い出したっす。お前らが信仰している糞女神のツラを思い出しただけで反吐がでるっす。ってもう聞いてないっすね。」


 最後の言葉を辛うじて耳にした壊れかけてのナージタは、自分がどんな化け物の尾を踏み抜いたのか、その深い後悔の念に溺れそうになっていた。不意に最後のルーファスの言葉で、自分があんなにまで強い信仰心を持って祈り続けたにも関わらず救いの手を差し延べる事のなかった女神の姿を思い浮かべ、胸の内で呪詛を吐きつけ意識を手放した。


「じゃあ、俺っち王都に報告に戻るっす。そんなに間をおかずに王都から報せがあると思うっす。そっちの対応は任せるっすよ。オルトック、バイゼル爺さん。」

「ああ、こっちのことは任せておいてくれ。リグナットも無理せずに、何か例の件でなにかあったら私にできる事なら協力する。遠慮せずに頼ってくれ。」

「はい。その際はお言葉に甘えます。」


 ルーファスの横にいつの間にか膝をついて待機しているリグナットにオルトックは優しく語りかけ、その心遣いにリグナットは深く頭を下げた。


「次回はきちんの玄関よりお越し下さいませ。」


 去り際にバイゼルが笑顔で口にした小言に、笑顔で手を振りルーファスとリグナットは王都へ向けて去っていく。その姿を消えるまで見届けたオルトックとバイゼルは、残っていた護衛たちに声をかけ、ハンニバルの城門へ向け出立した。


■■■


「それで貴女は、なんの策も無く私の首を取れると思ってノコノコ戻ってきたって言うのかしら?」


 勇者教会より、少し離れた一画で対峙する影が2っ。片方は、鋭い刃物の様な物で切りつけられた裂傷を全身に数え切れぬほど帯び、出血と泥にまみれた5柱。その顔にはいつも4柱と冗談を言い合っている時の余裕は一切感じられない。もう一方は、いつものように妖艶にほほ笑み、煙管から紫煙を燻らせる4柱。


「…話にならん。」


 そしてやや離れた建物の上から、そんな2人を眺める3柱サミュルが主に刃向う愚かな裏切り者を睥睨してそうこぼした。


(まったく、こちらが何も勘付いていないと本気で思ったのかしら…。あの方が普段、飄々としているから察しにくいとは言え、5柱の実力なら到底敵う相手じゃないのは気付きそうなものでしょうに。それを無警戒にノコノコやってきて…。はじめは罠を疑って様子を見についてきたけど、あの様子じゃ罠はありそうもないわね。)


 万が一に備え、その周囲をしばらく警戒していたサミュルは、心の中で苛立ちを吐きだす。彼女の独白通り、少し前に5柱は勇者教の教会に現れた。4柱に「オーリと話したんだけど、こっちの方が忙しいだろうって事でこっちに援軍にきたの。それでね4柱、今回の件で少し折り入って話があるの。」とこの一画に連れだした。対峙する4柱はもちろん、心配で隠れて様子を窺っていた3柱も罠を警戒していたが、実際は肩透かしに終わる。2人っきりになった5柱は、4柱を睨み付け「その命もらう。」と宣言し襲いかかってきたのだ。結果、5柱の攻撃をものともせず一方的に無力化を果たした。


「…こ、ここまで、届かないとは思ってもみなかった。」

「うふふ、嘘ね。貴女は知ってた。私との実力差なんて疾うの昔に。なんだったら初めて会った時から気付いてたわよね?」


 5柱が自嘲気味にこぼした言葉を、4柱は一笑に付す。5柱は先ほどから戦意の欠片も見せずにいつも通り飄々としている4柱を訝しんで睨み付ける。


「何故、お前はいつもそんなへらへらとしている。いつでも殺せるだろ、殺せ。」

「あら、貴女だってそんな私にあわせてへらへらしてくれてたじゃない。今の口調は素なのかしら。これはこれで5柱の顔立ちは大人っぽいから雰囲気にあってるけど。」

「っ…そういう話をしたいのではない!!なぜ殺さないと聞いているっ!!」


 5柱の絞り出すかの様な問いに4柱は調子を崩さずに答える。その態度に我慢が出来なくなった5柱は、悲痛な表情を浮かべついには声を荒げ吠えた。


「…死にたがりが。吠えるな戯け。」


 4柱は表情こそ変えないが、その声音が硬質なものに変化し空気が張り詰める。その変貌に5柱は息を呑む。一拍遅れで強大な魔力が奔流となり5柱を地面に押しつける。地に頭をこすりつけるような姿勢を強制された5柱は、その"覚えのある"膨大な魔力に身体を震わせる。


「私の許可なく言葉を口にすることを禁ずる。五柱、顔をあげなさい。…それとそこで覗いてるサミュル。心配してくれてるのはわかってるけど、こっちは問題ないから、勇者教の教会の様子をきちんと見てて。よろしくね。」


 そんな彼女を尻目に4柱は、後方で様子を伺っているサミュルに声をかける。サミュルは一礼した後に溶けて行く。その声音こそ元に戻ったが、自分に変わらず向けられる圧倒的な存在感と魔力に、言われるがまま顔をあげた五柱は一つの結論に至った。


「さて、死にたがりの5柱。そんなに死にたいのなら、後できちんと殺してあげるから一つだけ質問に正直に答えなさい。」


 否とは言わせない。増した圧力が言下に告げる。3柱がずっとこちらを窺っていたのは、彼女も気付いていた。4柱に危険が及ぶと割って入るつもりなのだろうと考えていた。いつも彼女は4柱を気遣う素ぶりを見せていた。「仲がいいのだろう。」と軽く考えていた自分が恥ずかしい。いくら破天荒な4柱を相手にしているからと言って、序列が下回る彼女の指示に、3柱が頭を下げ、行動にうつすと言うのは不自然だ。5柱はそこで自身が至った結論が正しいと悟る。


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