■■1章-企てる者、そしてそれを穿つ者-■■④
「駆け足での説明になるが時間が余り取れない。申し訳ないが理解して欲しい。こいつらを仕向けた黒幕の狙いはススキノで働く遊女やススキノに訪れた客を奴隷として国外に売る事だ。本来の目的が当然あるのだが、こいつらは、そこまで聞かされていないだろう。だから割愛する。こいつらに下された指示の内容は恐らく"ススキノで混乱を起こす"。そして"襲撃者たちは軽傷被害者装って、本物の被害者たちと運ばれろ"。と推察される。襲撃犯は、中で火を起こして騒ぎを次々に誘発して被害者に混ざって花街門から逃げると言う算段だった。」
レオンが見て来た様に語って聞かせる内容に、生きている襲撃犯たちは息を呑んだ。
そんな彼らの様子など気にも留めず、更に踏み込んだ説明を続ける。
「なぜ軽傷者を狙ったか。こいつらがそれを聞き及んでいるかは知らんがな。それは本来の計画では重傷者の数が多い"はずだった"。そんなまとまった数の奴隷を国外に持ち出せば必ず足がつく。下手をすれば毒の影響で奴隷の質も下がる。それだと旨味がない。だからあえて、数が少ない軽傷者を狙った。人数もそんなに多く無い、毒の影響も少ない。気軽に国外に運べて楽に商売が出来る。その上、軽傷者たちの中に、軽傷を装って運ばれる襲撃犯たちも一緒に行動する。目的地についた時に襲撃者たちは黒幕と共に、軽傷者を抑えつけ無事に奴隷確保。とそこまでがこいつらの仕事だ。」
レオンがそこまで一息に説明し、冒険者たちに「という訳だ。」と締めた。
それでも諦めの突かない男は声を張り上げる。
「しょ、証拠は?!」
「必要ないだろ。」
「…は?そんなの横暴だろっ!!」
レオンは冷たく言い放つ。男は顔を赤く染め上げ抗議の声を大きくした。短く嘆息しレオンは言い聞かせるように口を開く。
「1っ、お前たちと揃って毒撒いてススキノで暴れるはずだった奴らは、ここにいた者を除いて全員残らず毒を散布する前に捕獲している。2っ、当然、捕獲した奴らから事情聴取はすでに済んでいて、俺たちは計画を"把握していた"。お前たちは泳がされていただけだ。3っ、そもそも証拠を見せろ云々は命惜しさに慌てて言うものなのか?抗戦する前に騒ぎぐべきだと私は考えるが?」
黙り込む男にエドガーが声をかける。
「それとよ、馬鹿筆頭。そそ、そう馬鹿みたいに滑稽晒して騒いでるお前だよ。本当にただの被害者が「毒でやられた。」と口にするのはいいけどよ。「毒撒かれた。」は失言だろうよ。混乱に陥らせる目的で重要なのは"火と煙"だろ?毒が酒に混ぜられていた?それとも食べ物か?いや、一体何にいれられていた?って後の捜査を撹乱するために、煙に紛れて毒を撒けって指示されたってお仲間が言ってたぞ。語るに落ちてんじゃねーよ馬鹿。見苦しくて悲しくなるわ。」
「それとこんな茶番終わらせたいので、はっきりと言っておくが。勇者教に向かった被害者も全員我々で手配した"偽物"だ。遊女は全て特別依頼を受けた女性冒険者、騎士団に所属する女性騎士、それと花街で普段は遊郭の警備に当たっている女性たちの変装だ。男性客は察しの通り、特別依頼を受けた冒険者たちと非番で手の開いていた騎士たち。部外者はね、君たちの毒で実際被害に合い勇者教の教会に運ばれている者たちと、軽傷患者を偽っている犯人たちだけだ。だが、もし貴様が毒の被害者ならば詫びよう。…だが、さっきまで元気に剣を振っていたようだが。一応検査でも受けるかね?」
愚者は観念した様に俯き黙り込む。
協力した冒険者たちが無実のヤツを手にかけたのでなければどうとでもいい。と遊女に化けていた身内の話で盛り上がっている者たちもいる。
もちろん内容をしっかり聞き、自分が住む街の者が奴隷にされて国外に売られそうになっていたと聞き憤慨している者もいる。
少数ではあるが、それを未然に防ぎ犯人を一網打尽にして見せた冒険者ギルドの手腕を感心している者もいた。
「さてと、自慢の冒険者諸君っ!ご協力ありがとさん!シェラ、タイタス。この2人から参加証明書を受け取って、明日ギルドに報酬受け取りにきてくれ。詳しい事情が聞きたいって酔狂なヤツは受付職員にでも聞いてくれ。やばい話は伏せるが大体は教えてくれるはずだ。しかし、まじ助かったぜ。依頼報酬とは別に俺とレオンからの感謝って事で、特にこれから予定のないヤツは、冒険者ギルドに向かってくれ。ハィナが飯つくって待ってるはずだ。飲み代もこっちで持つ。パーッと互いの健闘を讃えあってくれっ!あ、騎士のやつらとか、花街の協力者も慰労会に顔出すと思うから、そっちとトラブルだけは起こすなよ。トラブル起こすなら冒険者同士で起こせ。以上だ。」
エドガーの依頼完了宣言と慰労会の連絡を受け、冒険者たちが大いに歓声を上げる。
エドガーに「ありがとよ!大将っ」「最高だぜ!」と声をかけてくる冒険者たちを「うるせー、早くいけっ!」と悪態をつき追い払う。
遠巻きにそれを見ていた「照れ隠しだな。」「ちげーねぇ」と笑う冒険者の足元に長槍が打ち込まれ、笑い声と悲鳴が響き渡る。
そんな様子を見て顔を顰めるレオンは短く嘆息を吐き、シェラとタイタスに労いの声をかけた。
「2人とも遅くまで仕事させてすまなかった、ここが終わったら直帰してもらっても構わないからな。もう少しよろしく頼む。」
「いいえ、どうという事はありません。こちらが済み次第、ギルドに戻って冷たいエールでも飲みながらお2人をお待ちしてますよ。」
「俺もはやく…エールのみてえ。もっと訓練しとくんだった。身体がもう痛い。」
「なに年寄り臭ぇこといってんだ、タイタスっ!ところどころ見てらんなかったが、まあまあ、やれてたじゃねーかっ!!まあ、シェラはキレが増してて俺もすげぇと思ったから比べるとやっぱりジジィだなと思ったけどよ!!がんばったがんばった!!じゃあ行くか、相棒。」
エドガーなりに2人に労いの言葉をかけて、レオンとともにその場を去って行く。
そんな2人の背中に、真剣な表情で頭を下げ小さく「ご武運を。」と告げたシェラとタイタス。
届くはずの無い声が届いたのか、エドガーは振り返りもせず片手をあげひらひらと振る。「了解。」と応えているようだった
「…訓練増やす。ジジィとは呼ばせねぇ。」
「いい心がけだと思うよ、タイタス。最近お腹出てきたよね?」
「やっぱりそう思うか?…まずい。」
エドガーとレオンが、"たった2人"で向かったのだ。
心配の必要などない。
庇うべき相手もいない、相手を生かしておく必要もない。
あの2人が好き勝手やれる状況に副官たちが憂う事などなにもない。
副官たちは他愛も無い会話を楽しみ、一路に冒険者ギルドへと戻って行く。
2人は思う、今は冷たいエールが恋しい。
■■■
エドガーとレオンが馬車上で、リグナットから書状を受け取った頃。
昨日銀髪の少年が人攫いやオオカミたちから冒険者たちの命を救った舞台である、ここ郊外の草原に、鎧を着込んだ領主オルトック伯爵と、いつも通り執事服バイゼルの姿があった。
オルトックが睥睨する向こうには100人程度の商隊にしては規模が大きい一団が、手足を縛られ自由を奪われた者たちを中心に円陣を組み、武器を片手に必死な形相で辺りを睨みつけている。
そんな彼らが夜の暗闇の中、一体何に怖れているかと言うと、それは彼らをぐるりと取り囲む騎馬たちであろう。
「かがり火を。」
「「「かがり火を」」」
オルトックが静かに指示を出すと、その指示を騎兵たちが復唱し伝播して行く。
ぽつぽつ商隊の周囲を取り囲む騎馬たちの周りに配置されている数多のかがり火が煌々と辺りを照らして行く。
そのおびただしい数に周囲は日中の様に明るくなり、その明るさたるや中心にいる商隊の面々の顔が各々見てとれる程だ。
そんな彼らは例外なくその表情は絶望に染める。自分たちを包囲している部隊の全容が、かがり火によってはっきりと浮かび上がっているからだ。
その数ざっと見ただけで2,000は優に超えるだろう。500程度の騎兵の後ろに楯を装備した歩兵、その後ろには弓兵の姿も見える。
鎧姿で判別はつかないが、この規模の軍隊である魔法を使える者もいるだろう。
「…何故だ。何故、貴様がここにいるっ。そしてなんだこの数の騎士団はっ!」
恐怖に耐えかねて1人の男が声を張り上げる。
その男は、花街ススキノでリグナットから「オルトック伯爵暗殺」の報を受け、その事実確認のためにハンニバル中央区の居城へ向かったはずの"1柱"、"奇術師"その人だった。
「これはこれは不思議なことを聞くではないか、奇術師どの?何故と申されてもな…、ふむ。私がここにいる理由は、ハンニバルの領主である私の自慢の一つである冒険者たちを拉致し犯罪奴隷に貶め、他国の奴隷商人を経由して売り払おうとしている者どもを捕える。または処断するため。それとこの数の騎士団は私の誇りである自慢の騎士団だ。これでよろしいかな?奇術師どの?」
「そ、その様な事が聞きたいのではないのだが、オルトック伯。まぁいい、一旦落ち着いて話をしよう。我々の間には何かお互いに誤解がある様だっ、我々はその。そう!犯罪を犯している訳ではないのだ…彼の奴隷たちはだな…。」
「ふむ、言い訳は後で聞かせて頂こう。大変申し訳ないが奴隷に貶められた冒険者たちよ。極力救ってはやりたいのだが、まず殲滅を優先する。貴殿らも奴隷に貶められたままでは、気分も良くなか「待て待て待て待てっっっ!!落ち着いてくれ、オルトック伯っ!!」何を落ちつけと?奇術師どのが何故、そちらに立っているか後で聞きましょう。まずは後ろにいる馬鹿な宗教に夢中な愚か者どもを駆逐させて頂く。さぁ、自慢の猛者たちよ声をあげよ、気勢をあげよっ!!」
「「「「おぉぉおおおおおっっ!!!」」」」
――ガンガンガンガンガンガンガンガン
オルトックの手があげられ、それに呼応して騎士団たちは、声を上げ武器を鳴らし気勢を増して行く。20メートルも無い至近距離での2,000名の咆哮はその場の空気を激しく震動させ人攫いどもに恐怖を叩きつける。
「「「「おぉぉおおおおおっっ!!!」」」」
――ガンガンガンガンガンガンガンガン
「…て!!まて!!…て…まて!!っ待てっ…っっ!!」
「「「「おぉぉおおおおおっっ!!!」」」」
――ガンガンガンガンガンガンガンガン
「って!!…って…れ!!オル…ックっ!!」
必死にオルトックへ制止を促す1柱の声は呆気なくかき消される。
大軍勢と言っていい騎士団を背景に、必死に懇願を繰り返す雇い主の悲痛な後ろ姿が、奴隷回収部隊として法国から、王都の商会から、他国からそしてハンニバルで集められた烏合の衆でしかない商隊もどき達の士気を絶望的に低下させる。
1柱の目には、軽鎧に身を包みいつもの青白い顔の土気色した口元に笑みを湛えるオルトックが悪魔に見えた。
「…そもそも…そもそも貴様は死んだはずだろうがっ。」
いつの間か兵がから発していた怒号の様な声と武器を叩きつける音が止み、必死に声を絞り出した1柱の声が周囲に木霊した。
突然、鳴り止んだ死への咆哮に安堵して力なく座り込む商隊もどき達。
それらをオルトックは、片手を上げたまま睥睨し、さも不思議そうに首を傾け、1柱に冷たい目をむける。
「はて、バイゼル。私は死人なのか?」
「なにをお戯れを。いつもの大嫌いな事務仕事から解放されて、しばらくぶりに鎧に袖を通して上機嫌になっておられるのは確かではありますが、死人などとんでもない。」
「そうだよな?奇術師どのもおかしな事をおっしゃる。バイゼルの言う通り、大嫌いでやりたくもない事務仕事から一時でも解放され、久しぶりに鎧を纏って戦場の空気を感じてる。むしろ生き返ったような気分ですらある。」
「領主たる者、冗談でもそのような事を仰っては示しがつきません。ご自重下さい。」
「あはは、悪かった悪かった。言葉のあやだ。許せバイゼル。」
屈辱に顔をゆがめる1柱を前に、2人は笑みを湛え芝居じみたやり取りを見せつけるように続ける。
彼らの背後にいる騎士団たちは、ニコリともせずにじっと商隊もどきたちを見据え少しでも動けば一斉に襲いかかってくるであろう事を張り詰めた空気が伝える。




