■■1章-企てる者、そしてそれを穿つ者-■■③
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商業区から中央区へ向かう通りを馬車の一団が夜のハンニバルを駆けていた。
煙にまかれ、毒と思われる被害に苦しむ被害者たちの中で、喉を抑え多少苦しそうではあるが会話が可能だった者や、または足元にふらつきは見られるが歩く事が可能な者が、軽傷者と判断され、この8台の馬車に分乗した。
そんな一団は勇者教の教会より、やや遠い救世教の教会に向かって馬車を進める。
度が出ているため、たまに大きく揺れる馬車から、苦悶の声が漏れ出す事もあり、馬車を繰る御者たちは深刻な顔を浮かべて鞭を振るっていた。
そんな一団の最後尾。
この馬車に分乗した被害者たちは特に被害を受けた様子もない、それどころか全員が武装しており、真剣な表情で馬車の外へ視線をを向けている。
そんな周囲を警戒する者たちの真ん中で、床にだらしなく寝そべるエドガーの姿があった。
「…オオカミの遠吠えか?こんな街中で聞こえるなんてのも珍しいな。」
そう言うと身体を軽く伸ばし起きあがり、まだ寝足りないと不満の色を浮かべて欠伸する。
周りの者たちと外に視線を送っていたレオンが、そんなエドガーにあきれ顔を返す。
「オオカミの声なんてものは、聞こえはしなかったが…間の抜けてだらしのない欠伸ならばしっかり耳にしたぞ。」
「へいへい、そりゃ申し訳ない。」
少しも悪びれた様子を見せないエドガーを、レオンが睨み付ける。
そんな2人を盗み見ていた者たちは苦笑を浮かべた。
すると、外に目をやっていた1人が何かを視界にとらえ「旦那方、多分お待ちかねの方だと思います。」と静かな声で報告する。
レオンはその男に近づき、指された方を見つめ、エドガーに向き直り小さく頷く。
少しして1人の斥候職と思われる風貌の男がエドガーたちの乗る馬車に飛び乗ってきた。
「主より。」
そう短く口にして書状を差し出す。
レオンがそれを受け取り中身に目を通し、エドガーに手渡す。
視線を男に戻し目元に喜色の色を浮かべ声をかける。
「"リグナット"、お疲れ様だったな。"無事に"済んだようでなによりだ。」
「…はい。お2人にも、なんとお礼を申し上げていいか。」
「気にする事はない、アレがお前を部下に欲しいと言ったから俺達は了承しただけだ。扱いの難しい男ではあるが、あれでも俺達の友だ。よろしく頼む。」
頭を深く下げるリグナットの肩に手を置きレオンは柔らかな声音で語りかける。
書状を読み終えたエドガーもリグナットに向けて人好きがする笑顔で声を出して笑う。
「カカカッ!!耐えられなくなったら、さっさと見捨てて支部に戻ってこいや。お前みたいな優秀な冒険者だったらいつでも歓迎だ。だからよ、気楽に"憂いは断ってこい"。」
「…。」
しばし、じっと俯き押し黙るリグナットは、一礼を残して馬車から飛び降りて夜の闇に消えていく。
礼をした彼の双眸からは静かに涙が流れていた。
「…場合によっては"その場で殺すっす"。なんて言ってやがったが、やっぱり拾いやがったな。甘いねー、どいつもこいつも。」
「…人を殺めてきたからと処断するのであれば、疾うの昔に俺たちも処断されている。リグナットの背景と人柄を慮ってルーファスが判断したんだろ。そう言うお前だって彼の父親が仕出かした件の報告書を目にした時の顔は、なかなか見物だったぞ。」
「うるせーよっ、たく。まあ、そんな話は後だ。ルーファスの野郎が、きっちりオルトックを"殺した"みたいだからな。向こうの対処は問題ないだろ。花街門に集まってやがった騎士団の落ち着かない様子で問題ねーと思ってだけどな。念には念をって待ってた甲斐もあったな。…合図だ、相棒。」
当初の計画では、暗殺者リグナットとオルトックを始末した後に、ルーファスが報告にやってくる手筈となっていた。
だが調査の段階で彼の背景にきな臭さを感じたルーファスが再調査。
そこで実父と実兄の確執。
そして動き出している不穏な計画を知ったルーファスの提案で予備案が打ち出される。
"リグナットが実兄を救うために、自分の命を差し出した場合"に限り、ルーファスの部下として生かす。その上で相手側の思惑通りにリグナットを動かして順調に進んでいると誤認させる。
それがルーファスが描いた予備案であった。
そして今、リグナットがこちらに赴いたと言う事は、予備案が実施されたという意味を持つ。
エドガーの指示を受けたレオンは軽く頷き、懐から小さな鉄の塊を取り出し御者席へ近づく。
「シェラ、これを打ち上げたら少し減速してくれ。"前が詰まる"はずだ。」
「畏まりました。」
御者席に座っていたシェラがその言葉に頷き、レオンは手にした塊を夜空に投げ捨てる。
――パンッ
空を舞う塊は、乾いた音と共にうっすらと光を撒き散らし落下した。
夜を一瞬照らした小さな光源を確認した先頭を走る馬車の御者が、少し振りかえり大声をあげた。
「全馬車っ!!止まれっ!!ここで真夜中の馬車旅行は終了だ!!」
先頭で御者を務めていた"タイタス"が馬車を止め、それに従い3台の馬車も前方を封鎖するように走りを止める。制止した馬車から30名ほどの武装した者たちが飛び降り、残りの馬車を睨み付けた。
「なっ、なんの真似だ!」
「道をあけろ!!」
前方を封鎖された残りの馬車の御者席の者たちは、動揺を顔に浮かべ大声を張り上げる。
急に停車した馬車に乗っていた、先ほどまで"わざとらしく"せき込んでいた者たちは、周囲が急に慌ただしくなってきたのを察知して、ぞろぞろと降りてきた。
「これはいったい、どういう事だ!教会に向かってるんだろ!?なんでこんな所で止まりやがるっ!!」
「「「…。」」」
1人の男がそう叫ぶと周りにいる者たちも抗議を口にする。
だが取り囲んでいる者たちは一向に答えようとしない。
ただじっと武器を構え、1人も囲いから逃す気はないと睨み付ける。「…ばれてるのか。」「どうしてだ。」と口ぐちに疑問を漏らす一団。
混乱と動揺に包まれている中、1人の男が周りにいる自身の仲間にだけ伝わる声で口を開く。
「馬車に駆けこんで俺たちだけでも、後ろから離脱しようぜ。」
その声に反応した仲間が一斉に馬車に向かうが、すぐにその足を止めた。
後方も2台の馬車に封鎖され20人ほどの武装した集団が逃すまいと陣取っている事に気付いたのだ。
突然、馬車へ駆けだした彼らに驚いてその様子を窺っていた者も後方を封鎖している一団に気付き「後ろにもいるぞ!」と声をあげる。
「囲まれてやがる。」「まずくないか?」と口ぐちに漏らす。
後方の包囲の先頭に立つ銀髪の男が右往左往する一団に軽い口調で語りだす。
「"囲まれてやがる?"当然囲むだろ。てめぇらが仕出かした事の大きさ考えりゃ当然だ。"まずくないか?"いやいや、こんな糞依頼を受けた時に気付いとけよ。ハンニバルで馬鹿やる時には覚悟が必要なのは、他国の連中だって知ってるぜ?」
「いや、違うだろ。エド。"ハンニバルで馬鹿やる時に覚悟が必要"なのではなく"ハンニバルで馬鹿やるのは、ただの自殺志願者だ"と言われていると俺は耳にしたが?」
「なんだよ、相棒。そうだったのか?そいつは知らずに悪いことしちまったな。お前らのこと馬鹿扱いして悪かった、だから死んでくれ。自殺志願者諸君。」
エドガーとレオン。自殺志願者の中には2人の名を聞き知ってるだけの者は、たくさんいる。
しかし、聞き知っているだけでなく"その姿"も知ってるいる者もいる。
冒険者としてハンニバルにやってきて、続ける実力もなく腐っていた者たちだ。
彼らはギルド内で何度かその姿を"見て"知っていた。
馬車に駆け込み後方から離脱しようとした者たちは、なにも後方も封鎖している事に、気付いたからその足を止めた訳ではない。
その目で見てしまったのだ、見知った2人の姿を。
そして理解してしまったのだ。何をしても無駄だと。他にも2人の姿を知る者が絶望に顔を染める。
「さっさと潰すぞっ!続け!!」
「こちらも行きますよ!!1人も逃すなっ!!」
前方からタイタスが、後方からシェラが声を張り上げ突撃する。
"軽傷の被害者を演じていた"ハンニバル支部から"特別依頼を受けた冒険者たち"が一斉に襲いかかる。「シェラちゃんにいいとこ見せんぞっ!歯くいしばれっ!!」「統括が見てるのよ!作ってもらった武器をうまく使えてるってアピールしなきゃ!!」「タイタスのおやっさんに怪我させらんねーな!!」「大将にしょぼいとこ見せっと、訓練所でぼこられるぞ!!気ぃ抜くんじゃねー!!」「それはまずいな!!」好き勝手なことを口にし、気勢を放ち武器を振るう冒険者たちの様子を眺めるエドガーは思わず破顔する。
「カカカッ、元気有り余ってんなこいつら。」
「タイタスもシェラも久々に身体を動かせて嬉しそうだな。」
「つか、シェラのヤツ…現役の時より動き良くねーか?」
「…確かに。タイタスは鈍ってるな、年齢と言うよりも訓練不足が見受けられる。」
「あー、ちょっと酷いな。まぁ実際、オッサンだから許してやろうぜ。カッカッカッ!!」
2人の視線の先に、嬉々として敵のど真ん中に飛び込みレイピアを振るうシェラの姿と、槍斧を叩きつけるタイタスの姿があった。
2人の言葉通り相手の動き出しを軽く突き崩しなにもさせる事なく封殺して行くシェラ。
そして、そんな軽やかに対応する彼女と違い、強引に相手の攻撃ごと、槍斧で吹き飛ばす度に肩で息するタイタス。その動きは老いを感じると言うよりも日頃の不摂生さを滲ませている。
そんな対照的ではあるが片やギルド職員の中で1、2位を争う美人職員、片や面倒身がよく気さくなベテラン職員。
2人が次々と相手を撃破して行く働きぶりが、冒険者の士気を更に押し上げる。
規律や隊列を重んじ、普段から集団による戦闘訓練を行う騎士団や軍隊とは異なり、冒険者が集団対集団で戦うことはそうある事ではない。なんらかの原因で派閥間での抗争になるか、戦争や内乱、"大氾濫-スタンピート-"でも起きない限りは、その機会はない。
実際、今もこの大混戦を目にする騎士がいたら顔を顰めるだろう。
しかし彼ら冒険者にとっては乱戦、混戦こそが当たり前。
それこそが魔物と対峙する日々に培われた戦闘技術。
今も一見無茶苦茶に動きまわっている様に見えるが、的確に自分以外の冒険者がどの様な攻撃をするか、または範囲がどの程度の武器なのかを察知して、自身も他人の動きを阻害しない様に切り結んで行く。
彼らにとって警戒するに値しない戦力との混戦などなんの弊害にもならない。
そんな危なげなく自殺志願者の排除が進み、もう数える程度しか抵抗する者が見受けられない。
相手する者がいなくなっ冒険者に至っては、まだ立ち回りを続ける知己の冒険者に、野次を飛ばして楽しんでさえいる。
「ちょっと!ちょっと待て!待ってくれ!」
野次を受けて火が点いた冒険者の横薙の一撃を喰らって吹き飛ばされた男が、必死に声をあげ、抵抗しないと武器を捨てて両手をあげる。
その相手をしていた冒険者が煩わしそうに頭を掻き、エドガーとレオンに視線を送った。
「どした?殺していいぞ?捕獲でもいいけどよ。仲間に野次られたまんまだとお前もおもしろくねーだろ?「待ってくれ!!いや待って下さい!!なにかの間違いだ!」…なんだよ、めんどくせーな。なにが間違いだって?」
エドガーは視線を向けてきた冒険者に好きにしていいぞ。と口にするが、自殺志願者が必死に声をあげて遮る。その声の喧しさに若干、苛立ち怒気を込めて睨みつける。
「だ、だってそうだろ?なんで俺たちは一方的に殺されるんだよ!!俺たちも毒の被害者だろ?ススキノにばら撒かれた毒で苦しんでんのに、軽傷だからって遠い教会まで行けって言われただけだろ!!どうしてこんな目にあわ「うるせーな。」…。なんで、証拠もないのに俺たちを犯人扱いするんだと言ってんだよ!!」
エドガーに抗議の最中、更に睨みつけられ言葉を止めてしまったが、それでも理不尽だと怒りを込めて必死に睨み返してくる自殺志願者。「もううるせーから、俺が殺してやるよ。」と武器を手にしたエドガーをレオンが手で制し、口を挟む。
「まぁ、待てエド。どっちにしても協力してくれた皆にも事情を話すんだ。彼が死ぬ前に理解して気持ちよく死にたいと言うなら教えてやってもいいだろう。あっ、大人しく捕縛されたいならそれでも構わん。結局、死刑か犯罪奴隷好きな方を選ぶがいい。」
「任せる。」
エドガーは興味ないと言わんばかりに、シェラとタイタスが手分けして生き残りを捕縛している方へ向かって行く。
冒険者たちも自分たちが協力した今回の件の事情が聴こうと、一旦動きを止めて耳を傾けた。




