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ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■1章-そして弟子と師匠になる-■■
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■■1章-企てる者、そしてそれを穿つ者-■■②

■■■


「見えてきたわね。」

「…いつもだともっと近くに感じるのにね。」


 花街から中央区へ伸びる幅広の通りを、建物の屋根づたいに速度を落とす事なく疾駆する2っの影。

 5柱が目的地の姿を捉える。

 5柱の声を受けオーリも視認すると胸の内に思った事をそのまま口に出した。

 2人の前に目的地である救世教教会が現れる。

 落ち着いた色合いの切り取られた石材を組み上げられたその教会は、救世教の力を示すかの様に巨大で豪奢な作りだ。

 その中でも大聖堂の飾られたステンドグラスと言う芸術品は有名で、異世界から訪れた勇者が伝えた技術を起源とした文化だと言われている。


 ――どんどんっ、どんどんどんっ。


 教会に併設された修道院のドアを強くノックする音が静かな夜に響き渡る。

 ドアを叩くオーリの肩をトントンと叩かれ顔を向けると5柱が、困った笑顔を浮かべ「顔だしておきなさい。」と小声で伝えてきた。

 その言葉で慌てて、顔を覆っていた部分を脱ぎ去り、ドアの向こうからこちらに向かってくる気配がドアを開けてくれるのを、じっと待つ。

 顔を出すことが無事に間に合い安堵の息をつき、目礼で5柱に感謝を伝える。


「どちら様でしょうか。」


 ドアの向こうから修道女であろう者が声をかけてきた。

 オーリと5柱は口早に事情を伝える。

 その内容に息を呑む気配がしたかと思うと、ガチャガチャと音を撒き散らせながら、ドアが開かれた。

 中から現れた修道書は、一瞬2人の全身真っ黒の装いに硬直したが、すぐ我に返り、大聖堂へ2人を案内する。


「突然のお願いにも関わらず、ご対応感謝致します。」


 大聖堂の鍵を開ける背中に、オーリは感謝を述べる。「お気になさらずに、当然ですから。」と振り返ることなくそう告げ、扉が開け放たれた。

 夜も更けている時間帯だから当然ではあるが、灯りのない大聖堂は寂しげな雰囲気を漂わせ、がらんとした印象を与える。


「オーリ、こっちの説明も済んだし、私は勇者教の教会に向かうわ。」

「そうね、向こうの方が運ばれて来る被害者も多いだろうし。そうしてあげて、きっと彼女も助かると思うわ、こっちは私がやっておくから。」

「うん、お願い。シスター、この者をこちらに残して私はもう一方の教会のお手伝いに向かいます。先ほどお伝えした通り、こちらには軽傷の者が運ばれるはずですので何卒。」

「承りました。もし、手狭だったり、手が回らないようでしたらこちらを頼って頂いて構いませんから。」

「ありがとうございます。じゃあ、オーリ。あとはお願い。」


 5柱はオーリに軽く手を振りその場を去って行った。

 オーリはその後ろ姿を見届けると修道女へ向きなおし少し間の抜けた声を出した。

 それに振りむいた修道女は怪訝な顔をしてオーリを見つめる。


「あ…。」

「どうかされました?」

「昨日いらしてましたよね?健やかなる日々に…あれ違いました?」

「あっ、ああ。廊下でお会い致しましたね。気付かなくて失礼しました。」

「そうですそうです、奇縁ですね。」

「まったくもって…。では、こちらにお座りになってお待ち下さい。治療する者もそうですが、灯りを点すにも人手が必要ですから呼んでまいります。」


 そう口にした修道女は頭を下げて、大聖堂の扉から去って行った。

 オーリはその姿を見送り、椅子に腰かけ祭壇の上部に視線をやった。

 月の光を全身に受けたステンドグラスが、ほんのりと教会内を照らしている。

 祭壇の奥に天井まで幾本も伸ばすパイプオルガン。

 ここの教会を訪れたのは初めてではあるが、何度かルイを連れて教会に足を運んだことを思い出し、ルイは大人しくしているだろうか。と思いを馳せる。

 そんなオーリの無防備を戒める様に、オルガンのパイプの一つがなにかの光を反射した。


「っ!」


 オーリは間一髪横に倒れ込むように避けた。自分が座っていた場所に目をやると、反射された光の正体を逆手に握ったシスター・サリサーヌの姿があった。


「…シスターに背後から刺されるほどの恨みを買う覚えがないのですが。」

「勘がよろしいんですね。簡単に済むと思ってましたのに。」


 無表情で嫌味を口にしつつオーリは背中に帯びた短剣に手を伸ばし引き抜く。

 オーリの様子を確かめる様にサリサーヌは煩わしそうに修道服を脱ぎ去った。


「最近のシスターは、修道服の下に魔物の皮で出来たスケイル鎧を着るのが流行してるのかしら。あまりいい趣味とは言えませんね。」

「ふふふ、面白いことを仰るんですね。不意打ちをたまたま回避してすっかり勝った気ですか?」


 サリサーヌは口元を大きく歪め笑う。

 一方、オーリは無視できない違和感と戦っていた。

 先ほどから小さく気付かれない程度のフェイントを入れているのだが、そのどれにもサリサーヌは"つられない"のだ。

 気付かない程度。とは言っても刃物を持った者と対峙しているのだその一挙手一投足を見逃すはずはない。いずれかのフェイントに反応を見せるならば、おそらくこの程度の実力だと判断する材料になるのだが、その判断材料を得られずにいた。


「様子見は終わりですか?」

(…来る。)


 サリサーヌは顔が床に触れるほど前傾になると頭から飛び込んできた。

 その場に飛び上がり、大きく距離を取る。

 オーリは言い知れぬ不安感に襲われる。


 知っているのだ。この動きを。…知っているどころの騒ぎではない、良く知っている。


「…良くない。ちっーとも良くなってない。」

「そんな…だって。」


 修道女の声音が、聞き覚えのある声音に"変わった"。

 オーリは信じられない者と再会を果たした事が受け入れられず頭を何度も横に振る。


「オーリは、思い切りが足りないんだと教えてあげたでしょうに。戦闘前に細かいフェイントを入れて力量を測るのは自分に自信がないのだと知らせるようなものだと教えてあげたでしょうに。苦手な攻撃に対した時に、大げさに距離を取ってはいけないと教えてあげたでしょうに。ねぁオーリ。」


 サリサーヌの顔から魔力で作られた顔はがれ落ちる。

 その下から現れた顔を目にしたオーリの顔がはっきりと硬直した。


「…シスター・ナノスリス。」

「お店で見かけた時は驚いたのよ。成長したオーリを目にして。ああ、そうそうルイも大きくなったわね。ちょっと会わないだけで気付かれなくて淋しかったのよ?まぁ顔を変えてた私が悪いんだけどね。」


 "サリサーヌ"の顔から現れた"ナノスリス"と呼ばれた女は、あごから右目にかけて大きく醜悪な火傷の跡を撫で、口元に凶悪そうな笑みを湛える。


「い、生きていたんですね。生き残った者はいなかったと聞いていましたが。」

「あはははっ、よく言うわよ。トラストが私を殺したと思ってたんじゃないの?だから、ルイを拾いにいったのよね?」


 オーリは顔を顰める。目の前の女は確かに口にした"拾いに"と…この女はルイを物のように口にした。


「トラスト様からの伝言は確かに受け取りました…だけど、信じたくなかった。あなたの口から聞きたくはなかったっ。」


 シスター・ナノスリス。今はなきトラスト孤児院で母と呼ばれていた。

 家族たちの中にも彼女に育てられた者は複数いる。オーリはとても慕っていた。

 強く気高くそして優しい母と。ルイにもとても優しくしていた。

 孤児院を卒した後も事あるごとに訪ねたオーリの目の前で彼女は自愛を込めた瞳で子供たちを眺めていた。

 だが、あの日トラストから齎された手紙には、そんな母が法国と通じ別の孤児院の子供や自分の孤児院の子供を数回に渡り横流ししている。

 そしてそれが公になる事を察知したナノスリスが、孤児院の襲撃の手引きをしようとしている旨が記されていた。

 信じたくはなかったがその惨劇は起き、手紙に記されていた場所でルイは見つかった。

 その後、追手に始末されたと報告が…。


「待て。追手に始末されたはずでは…。」

「そうなってるはずね。」


 確信に近づくオーリを楽しそうにナノスリスは見つめる。その瞳には「さぁ、早く辿り着きなさい。」とでも言いたげな狂気が色づいていた。


「報告をあげたのは…嘘でしょ…。」

「そう、さっき一緒に仲良くお話していた5柱ちゃんね。」

「彼女が…裏切り者っ!」

「はーい…よくできました。彼女、法国の諜報員よ。潜入が専門なんですって。あの襲撃の日、襲撃犯に雇った1人を始末して顔を偽装してね、うまいこと逃げる予定だったのに、良いところでトラストに邪魔されちゃったのよ。まぁ…なんとか殺せたけどね。でもそのせいでつい、時間とられてこの様。火に追い立てられているうちに、火傷負ってこんな顔になっちゃったぁ。」


 そう口にして火傷のあとを愛おしそうに撫で笑みを浮かべる。


「そこで追手にきた5柱が接触してきて、もうだめかなーって諦めようとしたら匿ってくれたってわけよ。私ももともとは法国の生まれだし、姿隠している間とっても良い暮らしさせてもらっちゃったから、今回一生懸命お手伝いしてるってわけ。」

「じゃあ、4柱は…。」

「ええ、5柱に始末される。今回の名無しの裏切り者の一人として。ああ、あなたも裏切り者って配役だから。…さぁ、そろそろ死んじゃって、私のかわいいオーリ。」


 ナノスリスがその顔に満面の笑みを浮かべ、床を這いまわる蛇の如く襲いかかった。

 だから気付けなかったのだろう。オーリが笑みを浮かべていることに。


「なるほど。ペラペラご説明ありがと。」

「なっ!」


 床に触れるほど沈んでいた自分の顔を蹴りあげられた事にナノスリスは困惑の声をあげた。

 垂直に足を蹴りあげたオーリの笑みを湛えながら、驚愕の色を湛えたナノスリスの目を見据えて短く告げる。


「とろ過ぎてあくびがでる。」


 半円を描く様に優美に回ったオーリの裏拳が、まだ驚愕から立ち直っていないナノスリスの顔を捉える。顎骨、または頬骨だろうか叩き割れる音が響きナノスリスはうめき声も出せずに長椅子に衝突した。


「指摘して頂いた弱点は、おかげ様で修正済なの。ほら、たまに自分が優位だって事を疑わないで偉そうに講釈を垂れる相手に計画とか勝手に喋ってもらうにはいいでしょ?」

「お゛っ・・おーぉぉぉりぃぃぃ!」

「2発も、もらって初めて本気出すなんて。あなた本物のナノスリス?弱くなったんじゃない?」


 呪詛の声をあげるかの如く睨み付けていたナノスリスの顔が、最後に口にしたオーリの挑発の言葉で表情が消し飛ぶ。先ほどまでと同じ構え、だが速度が違う。


 ――ギャリッ


 オーリの首元すれすれで、二本の短剣は金切り声の様な金属音を響かせる。

 オーリはその驚愕の速度に腐ってもナノスリスだと胸の内で称賛する。

 オーリが何を考え動こうとも興味もないとばかりにナノスリスは短剣を滑らせ、肘をオーリのこめかみに放つ。

 だがオーリの膝がナノスリスの腹部に刺さるのがやや早く、ナノスリスは距離を取った。


「生意気。生意気。生意気。生意気。オーリ、私の子供の癖に、私の攻撃を捌くどころか返してくるなんて…あぁ、生意気。」


 手ごたえはあったが、ダメージを受けた様子が見えないナノスリスにオーリは不気味さを感じていた。


(今のひざ蹴りも結構いいの入った感触だったんだけど・・・)


 速度がまた上がり、今度は変則気味に飛び込んでくる攻撃をオーリは丁寧に受け流す。

 自分が感じている不気味さの正体を測りかねていたからだ。

 自分の師とも呼べる程の相手だったが、記憶の中のナノスリスと比べると明らかに劣る動きにうすら寒さすら覚える。

 数合の剣撃の中、不用意な逆袈裟に振られた短剣を受け流し、ガラ空き腹部をオーリの膝が突き抜いた。


(…またなの?何かの魔法…いや違う。)


 手ごたえと共に違和感がまとわりつく。オーリは少し距離を起き様子を伺う。

 何かが起きてる。だが"何が"起きてるのかわからない。

 魔法の可能性も一瞬考えたが、即座にその考えを捨てる。魔法で何かしているならオーリはその魔力を感知する自信がある。


「あら、生意気にもなにかが起きてる事は気付いてるみたいね。でも、ちょっと遅かったかしら。」


 ゆったりとナノスリスはオーリに向けて、短剣を投擲した。

 速度のない投擲をオーリは難なく短剣でたたき落とす。


(なにこれ、投擲が"遅すぎる"…と言うか私も遅いっ?!)


「これね無臭のお香なのよ。私の事だいぶノロマに見えて喜んでたみたいだけど。あなたの感覚が狂わされていただけなのよ?って私の言葉ももう何を言ってるか認識出来ないでしょうね。残念だわ、久しぶりの再会だったのに…さようなら、私のオーリ。」


 感覚をナノスリスの香の力によって完全に狂わされてしまったオーリは最早、なんの反応を示す事なくただ立ち尽くしていた。そんな彼女の頬を優しく撫で上げで喜色を浮かべたナノスリスはその手に持つ短剣もオーリのわき腹へゆっくりと刺し入れる感触に酔いしれた。

 しかしその甘美な時間は、誰もいるはずのない自分の足元からかけられた声によって破綻する。


「シスター。・・そ・・れはだめ。」

「えっ?!」


 わき腹がえぐり取られたかと錯覚する様な衝撃を受け、ナノスリスは慌ててその場から距離を置いた。痛むわき腹を抑え素早く視線をやるとそこには小さな黒装束に身を包んだ子供が立っていた。


「どうしてここに、ルイが?!」


 そういう問題ではない。とナノスリスは口にした疑問を捨てる。それより大きな問題があるのだ。

 "ルイはいつから横にいた"そして"この痛みを齎せたのはこんな子供なのか"……と。

 考えが定まらない内に、オーリを長椅子に横たわらせたルイが"溶ける"。


「ゆ・・るさない。」

「っ!」


 目の前からの声がしたと気付くのが早かったのか、眼前に現れたルイを視認したのが早かったのか分からない内に、その鋭い前蹴りを鳩尾に受け、祭壇に叩きつけられる。


「ば・・・化け物。」


 なんとか喉から声を絞り出しルイの手元で鈍い光を放つそれに目を奪われた。彼女は手によく馴染む愛用の短剣が自分の胸に突き刺さる光景をスローモーションの様に感じながら、その命を狩り獲られる。ルイが何故ここにいたのか、ルイが何故これほどまでに強いのか、そして何故ここまで容赦がないのか。シスター・ナノスリスの疑問はルイには届かない。

 ふとルイは、その耳にオオカミの遠吠えを聞いた気がした。


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