■■1章-企てる者、そしてそれを穿つ者-■■①
■■1章-企てる者、そしてそれを穿つ者-■■
ススキノの夜。華美な服装で華やかに佇む女、酒精を漂わせ馴染みの店に上機嫌に向かう男。
花街最大の通りに面したそれぞれの遊郭から、男を誘う様に張見世に咲き誇る遊女。
いつもの景色が悪夢のような地獄絵図に塗りつぶされる。
倒れている人もその数は決して少なくない。
よく見ると倒れている者の多くは喉を押さえ苦悶の表情を浮かべ痙攣している。
そこかしこで火の手があがっているのだろうか、先ほどから煙がひどく視界が悪い。
花街は阿鼻叫喚に包まれていた。
「…なんなのこれ!状況はっ!?」
黒装束を身につけたオーリは辺りを見回し、声を張り上げた。その横で、5柱も顔を顰めてる。
「こらこら慌てないの、私たちが慌てたら助かる者も助からないわよ。…お前たち10人程度で小隊作って分散して動きなさい。倒れてる人たちを救助して花街門に避難させるの。出来るわね?」
4柱の声音は優しく落ち着きを払ったいつものそれと違いないが、その表情は真剣な面持ちで、素早く周囲の家族に指示を出す。それを受けた30人ほどがその指示に大きく頷き行動を開始する。
「しかし、これだとどの程度の被害が出ているかわからんの。」
「何を悠長なっ!落ち着いてる場合かっ!ダンサイ殿!おい、お前らも4柱の手の者たちの援護にまわれ!何を惚けている!急げっ!」
辺りを見回し落ち着きを払うダンサイを叱責し、2柱も自身の部下に声をかける。一瞬、躊躇した10人ほどの部下に。2柱は怒鳴りつけ行動に移させる。
「ふむ、落ち着いてる場合ではないか。…たしかに2柱の言う通りじゃの。6柱、それから7柱。数人引き連れて"夢繰りの館"に向かってくれ。無事じゃと思うが、"家族"ではないあそこで働いておる身内が心配じゃ。それにあそこの作りであれば非難場所にも出来るじゃろ。すまんが、2人でうまくやってくれ。」
ダンサイの言葉を受け、6柱と7柱は頷き。辺りに声をかけ集まった数人を引き連れ"夢繰りの館"へ向かって駆けて行く。
「…これはなんとも、"名無し"もとんだ無能ばかりの集団になりましたね。恥ずかしくはないのですか?」
黒装束の男が、濃い煙の中から現れその場にいた柱たちとダンサイに怜悧な視線を向けてそう口にした。その態度に反射的に2柱が噛みつく。
「誰だ…貴様、誰に向かって物を言っているっ!ふざけているのかっ!」
他の者たちも各々武器に手をかけ腰を落とす。現れた男に怪訝な視線を送る。
だがその男は警戒すらする事なく悠然と歩み2柱を睨み返す。
「…死にたいのか?2柱。お前たちもだ、戯れが過ぎるとその首叩き落とすぞ?だいたい誰に物を言っているだと?4柱、5柱、8柱、それと貴様はダンサイ、いやダン爺か?…老いたな。」
眼前に突然現れた男が1人ずつ指さし個別の符丁を口にする。
柱たち、そしてダンサイは素早く頭を働かせる。
符丁自体は知ってる者も数は少ないとは言え存在する。
しかし、この場にいる柱たちそれぞれの符丁を口にし、ましてやダンサイを知ってる者など数はそういない。
「今度はだんまりか。…まぁ、いい6柱、7柱はどうした?それに頭領のお姿も見えないようだが。」
「まさか…。」
「…1柱なのか?」
その場にいた皆が一様に窺う様にその男を睨み付ける中、平然とその男はこの場にいない6柱と7柱、そして頭領と口にした。
その言葉を受けダンサイとオーリは、浮かび上がった憶測をそのまま口にした。
2柱、4柱、5柱はそれを受け、緊張の色を浮かべる。
そう問われた男は呆れたように口を開いた。
「…ふん、奇術師とでも名乗ればいいか?」
「「「!!」」」
その符丁は紛れもなく1柱を指し示す符丁。
動揺する面々だけでなく、それまで柱たちの指示をじっと待っていた家族たちも、突然現れた男が何者なのか察し、動揺しているのが分かる。
「いつまで睨めっこを続けるつもりかは知らんが、時間の無駄だ。対処はどこまですすんでいる。」
「よ、4柱と2柱が40名ほどの家族に指示を出し、倒れている負傷者を花街門の近くに移送するよう対処にあたらせています。6柱7柱両名は数人の部下を引き連れ、夢繰り館へ救助とその周辺の被害者の非難誘導に向かいましたっ。」
1柱に睨みつけられ問われた5柱は、慌てて現在の状況を告げる。
4柱は「はい!」と大きな声を張り上げ手をあげる。
1柱は訝しげな表情を浮かべ顎をあげると4柱が口を開く。
「多分、被害者たちは魔法、または薬。その判断はしかねるけど毒の影響を受けているわ。花街門に誘導、または救助した被害者の対応を急ぐ必要があると思うわ。」
「なぜ、そう思う。」
「…外傷見当たらかったもの。それに被害者の多くは喉押さえて苦しんでた。」
「なるほど。よくわかった。周囲に残っている"家族"は、全員負傷者を花街門へ運び出すのを手伝え。毒が原因であれば、教会へ急いで運び込めば治療が間に合うかもしれん。ここに一番近い教会はどこだ?」
「勇者教の教会が一番近くかと。」
1柱は4柱の進言に大きく頷き、周囲に残っていた"家族"たちへ素早く指示を出す。そして教会はどこが近いか問うと、ダンサイ膝を付き短く答える。
「そこに運び込むっ!花街門に集めた被害者は、騎士団に事情説明し連携した上で勇者教の教会へ運びだす。それから…「私は先に勇者教の教会にむかって、事情説明と受け入れの準備しに向かうわ。」…なにを勝手なっ!「一刻を争うのよ、文句ならあとでいくらでも聞いてやるわ奇術師。」…っ!わかった、いけっ!」
2柱が声を張り上げて指示している最中に、4柱が口を挟む。
叱責しようと声を荒げようとするも、その言葉すら4柱が遮る。
1柱は逡巡するも許可する。4柱は小さく頷き、駆けていった。
その4柱の後ろ姿を目でおっていた2柱も口を開く。
「奇術師殿、治療を必要とする者が多すぎた場合、1か所では間に合わんかもしれん。症状が軽い者は、少し遠くとも別の教会に連れてってはどうだろうか。」
「なるほど、2柱の言うことも一理あるわね。次に近いのは…。」
「…救世教の教会っ!」
2柱の進言に5柱が同意を示す。次に近い教会を8柱オーリが口にした。
1柱は3人の意図を察し大きく頷いて指示を飛ばす。
「わかった、そっちは5柱、8柱に向かってもらおう。ダンサイと2柱は花街門にむかって、教会まで円滑に運びだせるよう、騎士たちと擦り合わせてくれっ。」
「報告致します。」
「なんだ。今は一刻を「領主オルトック様が何者かに暗殺されました。」なんだと!」
全員、自分たちのやるべき事を確認し、動き出そうとしたところで1人の黒装束が伝令にやってきた。1柱は苛立ちを隠そうとせずに捨て置こうとするが、黒装束が聞き捨てならない言葉を口にした。1柱だけでなく、その場にいた者に動揺が走る。
1柱は小さく舌打ちを鳴らし、苛々した自分を落ち着かせるように深呼吸をした。
それからゆっくりと言葉を選ぶように指示を出す。
「次から次へと…わかった、そっちは私が出向く。ダンサイは私の代わりに全体の指揮を。2柱、この件が騎士団の耳に入っているとすれば、確実に指揮系統が乱れているはずだ。統制とれていないと判断した場合は構わん。無理矢理にでも動かせっ。それでも、どうしても動かんようなら、馬車を奪って我らが"家族"で教会に向けて運びだせっ!」
「確かに、承った!」
「ある程度見て回り、残された負傷者の確認にまわるとしよう。」
2柱は1柱の指示に高揚感でも感じたように颯爽と花街門へ向かい、ダンサイも指示通り対応すると頷いて応えて姿を消す。
1柱は全体を見渡して最後の檄を飛ばした。
「さぁ、一人でも多く助けるぞっ!いけっ!」
煙が立ち込める地獄の中、名無しの皆が各々尽力する中で闇に潜み様子を伺っている存在があった。
じっと隠れて様子を窺っていたルイである。ルイは困惑していた。
息を潜めてその様子を見ていたルイは困惑していた。
ひとつは4柱がこちらに気付き手信号で「戻りなさい。」と普段見せたことがない、強い表情で伝えて去って行った事。
怒っていた事の理由は思い至るので当然として、何故自分にだけ伝えて去って行ったのだろうとルイは困惑していた。
そして、それよりも違和感を感じたのは先ほどから家族たちに指示を飛ばす男の存在だった。
(…あの人が1柱?だとしたら、あの時、なんで知らないふりをしていたんだろう。)
その視線の先には、どこかに向かい遠のいて行く1柱の背中。
ルイは悩む。
ただそれほど時間の猶予は無い。理由はわからないが、そんな気がする。
ただ普段怒った姿など見たことのない4柱の真剣な表情。
揺れるルイの中で、不審に感じる男の指示で駆け出して行ったオーリの姿が浮かんだ。
オーリに抱き締められた時に思い浮かんだ傷だらけの姿が脳裏に浮かんだ。
次の瞬間、ルイの姿は背景に溶けていった。




