■■1章-裏切り者は、家族と心を蝕む-■■②
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広さ30畳ほどの空間。
その中央を太く硬い格子で6畳分ほど囲った一画がある。
ここは成人していない家族が悪さをすると閉じ込められ反省を促される座敷牢。
座敷牢がある建物は、閥員たちが多く住む屋敷の地下に作られている。「今日の食事は抜きじゃ。」と宣告されたルイは、おとなしく座敷牢の中で正座している。
その横には布団が敷かれており、明日ここから出してもらえるまではここで過さねばならないのかと、布団が視界に入る度に思い知らされ辟易とする。
(それにしても、物凄く怒られた…。)
先ほどまで続いた説教を思い起こす。
ルイにあまり良い印象を持っていない2柱、誰よりもルイに甘い4柱を除いた、組織の幹部である皆がそれぞれに怒りを露わにする姿を思い出す。
小さく身震いしたルイはその記憶を追い払おうと頭を大きく横に振った。
このまま無為に明日の朝まで過ごすのも、勿体ない気がしたルイは、影から"先輩"より与えられた鎖を出して格子の外に出し左右や縦に振ってみる。
なかなか昨日見たようにはならない。なので、言いつけ通り鎖の先端を床につけないようにする練習から始める事にした。
それにしても、何故ルイは御所に忍びこみ、座敷牢で鎖の練習をする羽目になったのか、その発端はルイが朝目覚めた時まで遡る。
(んっ…あれ?)
目覚めたルイが部屋から出ると、屋敷の中の気配の数が極端に少ない事に気がついた。
疑問に思って窓の外を見ると日が昇っているのがわかる。
真夜中であれば皆、訓練や仕事で外に出ているため、これくらい少なくともなんの疑問を抱かないルイだが、夜が明けてもうすぐ朝飯の時間だと言うのにこれはおかしいと訝しんでいると、屋敷内に残っていた気配も外に向かって動いている事に気がついた。
(御所に向かってる?)
家族たちが向かう方向には、地下の御所に繋がる階段がある。
ルイも何度か4柱に連れていってもらって御簾越しではあるが、頭領からお褒めの言葉をもらった事もある。
みんなが揃いも揃って御所へ向かっていることに気付いたルイは、好奇心に背中を押されこっそりと階段を下り、しっかりと溶けたところで御所に侵入した。
しかし、早速ルイは後悔する事になる。
下段の間と呼ばれる座敷に膝をつく家族のほとんどの者が、怖い顔を浮かべているのに気付いたからだ。これはばれると洒落にならないと戦略的撤退を測ろうとしたところでそれは起きた。
ルイが今までに感じた事のない魔力。そして身も凍る様な怒気。
それは御簾の向こうからあふれ出た。恐怖のあまり声が出そうになるが必死に耐える。
恐怖のあまり身体の震えが止まらない。
涙すら溢れてきたがじっと耐え陰行を切らさない。
そして、その言葉はするりと耳に入ってきた。
「なぁ、皆よ。この"家族"の中に裏切り者がいるそうじゃ…。しかも驚いたことにじゃ、この中に…この御所に呼ばれ我に頭を垂れている者たちの中になぁ…。たーんと裏切り者がおるらしいのじゃ。」
(家族に…裏切り者?)
ルイは手足の先が冷たくなっていく錯覚にとらわれた。
「…悲しいのぉ、…忌々しいのぉ、…腹立たしいのぉ。まったくもって嘆かわしいっ。」
頭領の怒りを含んだ言葉にルイは意識を手放しかける。
咄嗟に自身の唇の端を噛み痛みでどうにか意識を保つ。だが油断すると涙が溢れてくる。
家族は皆一様にルイに優しくしてくれる。朝起きれば「しっかり寝たか?」「風邪ひいてないか?」と声をかけられ、訓練を覗きにいけば「熱心だ。」「えらいぞ。」と頭を撫でられ、食事になれば「もっと喰え!」「大きくなれ!」と笑いかけてくれる家族たち。
そんな中に悪い人がいるとはとても考えられない。何かの間違いだとルイは必死に神様に祈った。
余程、夢中で祈っていたのか、それとも気が緩み少し気を失っていたのか、気付くと下段の間にはダンサイと柱たちの姿しかない。ここでルイは再び失策に気付く。
(…みんなに紛れて脱出しとけばよかった。)
4柱がルイに気付いている。別にこちらを向いている訳でも視線を送られた訳でもない。
でも、ばれている。ルイは確信していた。みんなが何か真剣な話をしている様子が窺える。
そこで再び出る機会を逃す。いっそ今の内に逃げ出す事も考えたが、4柱には、すでにばれている。
素直に出ていって詫びた方が傷が浅いと判断した。
ルイは4柱に嫌われるのを避けたかった。
しばらく観察を続け皆の纏う空気が弛緩した事にほっと胸をなでおろし、とぼとぼと近づく。
「…あら、自首する気になったの?」
気付いていたにも関わらず、初めて視線を向けてきた4柱にそう言われてルイは素直に頷いた。
そこで初めてルイの姿を視認した大人たちの表情が凍りついたのが見えてルイは今更ながら逃げ出したくなった。
「自分で良くない事をしたって自覚があって、謝るために出て来たのは評価してあげるけどね。私を除いてそうとう皆お怒りよ。諦めて思いっきり叱られなさい。(知らない人とこっそり夜のデートして、プレゼントもらう様な子は今日は庇ってあげません。)」
4柱は目の前にしゃがみ込み頭を撫でながら、ルイにしか見えない確度で口を少し膨らませて手信号で小言を言われた。「なぜそれを!」と聞き返したかったが、笑顔で去っていった4柱を目で追っていると周囲をあっと言う間に囲まれてこってり絞られる事になる。
――ジャリ
思わず手を止めてしまい操り手を失った鎖が力なく畳の上に横たわり、寂しげな金属音を鳴らした。
振り払ったはずの怒れる家族たちの顔を再び首を振って追い払う。
もっと集中していれば悪い事も思い出さないだろうと指先に集中して鎖の操作に没頭する。
再び命を吹き込まれた鎖が頭をもたげて動き出した。
(先輩はもっと滑らかに動いていたのに、…うまくいかない。)
しばらく集中していたが、どうにもうまく行かずルイは鎖を一端自分の元へ戻し、詠唱を口にし影へ仕舞う。
目を閉じてルーファスの操る糸の動きを思い返す。
滑らかに曲線的な軌道を描いていると思えば突然、直線的な動きをする。自分がそれを出来る様になったらどんなことが出来るだろうと夢想する。
うまくいかない事にささくれだっていた気持ちが落ち着いてくる。
(よしっ、もうちょっとやってみよう!)
「ルイ?ちゃんと反省してた?」
「っ!」
まさに詠唱をはじめようというところで、目の前で不思議そうな顔をしてルイを覗き込むオーリの姿があった。
「鎖仕舞ってて良かった。」と内心冷や汗をかきながら、オーリの質問に頷いて答える。
オーリは少し疑っていたが諦めたように嘆息して「まぁいいわ。」とこぼした。ルイに向き直り訪ねてきた。
「おなか空いてるでしょ?」
――ぐぅぅ
ルイの代わりにお腹が返事をした。ルイは恥ずかしさのあまりに俯く。
オーリはそれが可笑しかったようで声を出して笑っている。
笑う事はないじゃないかと抗議の目を向けると、オーリは「ごめんごめん。」といって座敷牢から離れて行き、障子戸の向うから食事が乗った盆を運んできた。
「朝もお昼も抜きだったから流石に辛いでしょ?」
「抜き、夜も。我慢、明日」
オーリの気持ちは嬉しくて涙が出そうだったが、罰は罰。ルイは自分のした事が悪い事だと理解していたので、罰は受けなければならないと首を横に振った。
そんなルイに格子の隙間からオーリが手を伸ばしルイの頬に触れて続ける。
「そうね、本当は夜も抜き。だけどね、話を聞いた頭領が子供の悪戯なんだから朝と昼抜いたんだから十分反省しただろう。って言って下さったみたいでね。だから食べなさい。頭領の命令よ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべてそう告げると、格子の鍵をはずしてオーリが夕飯の支度を始める。
どうやらオーリも一緒でここで食べるようだ。
「反省・・した。すごいした。ごめんなさい。いただきます。」
「もう、悪さばっかりしたらダメよ?ほら、ゆっくり食べなさい。」
許しを得たルイは、口いっぱいに肉を頬張る。
オーリには言えないが鎖の練習を頑張り過ぎていたせいで本人が思っていた以上にお腹が空いていたらしい。
次々に口へ運び口をぱんぱんにして頬張るルイをオーリは、優しくほほ笑みながら見守る。そして誓う。
(頭領が口にした裏切り者の件もある、絶対ルイを危険な目には合わせない。)
そんな決意が顔に出ていたのか、口を膨らませたままルイが困惑した顔をこちらに向けている。「なんでもないから食べなさい。」と優しく頭を撫でる。
自分がルイを不安にさせてどうする。と顔に出した自分を叱責した。そんなオーリの心中を察したルイは、手信号を送る。
「(大丈夫、裏切り者なんていないよ?)」
オーリは息を呑んだ。自分より幼いこの子は御所で聞いた話をきちんと理解してしまっていると。オーリは辛さのあまり胸が苦しくなるのを感じた。
「そうね、そうだといいわね。」
「(きっといない。みんな僕に優しい家族。)」
「そうよね。」
オーリは必至に顔に出さないように、笑顔で同意する。
しかし頭の中では、「頭領が口にしたのだ。裏切り者がいると。」主自ら、悪戯に混乱を起こす必要などは当然ない。本来であればこの様な事案は水面下で解決し、家族にたちに秘匿されるはずだ。
それが全員招集した上で主自らがその内容を述べた。間違いなくいるのだ、家族に仇なす者たちが。
「(オーリお姉ちゃん、怪我しないでね)」
ルイも薄らではあるが、大人の家族たちと同様にわかっているのだ。
だが認めない。いや認めたくないのだろう。当然だ、子供がそのような事に気をまわしている事自体が異常なのだから。
オーリはルイの気持ちがわかるからこそ精一杯強がって満面の笑顔を向けた。
「そうね。私が怪我したらルイ泣いちゃうかもしれないからね。」
オーリはそう口にすると、ルイを優しく抱きしめた。
愛しい末の子の心を悪戯に傷つける裏切り者を必ず打倒するとその胸に誓う。
ルイは感じるオーリから伝わる熱と鼓動を。
そして恐怖したそんなオーリが怪我をおった姿を想像して。オーリはルイに向き直り笑顔を浮かべたまま頭を撫でる。
「それじゃあ、ルイ良い子にしてるのよ?明日には出してあげるから。」
「うん。」
ルイは素直に頷いた。オーリは軽く手を振って座敷牢のあるこの座敷を去って行った。1人になるとまた不安が襲ってくる。刺がささった様な不快感と不安感がルイを苛立たせる。
そして思い出したように影を動かし短剣を取り出した。
(大丈夫、きっと大丈夫。)
短剣に触れていると昨夜出会った風変わりの先輩の優しく力づよい手が背中に触れ「大丈夫っす。」と声をかけてくれた気がした。
お守りの様にそれを抱き、座敷牢に用意された寝具に潜り込む。そしてそのまま身を預けた。
さっきまでの不安な気持ちが少し和らいだ気がして、小さくだがしっかりと先輩への感謝を口にした。
――ドーーーーーーンッ
うつらうつらしていたルイは、振動を感じるほどの大きな音に慌てて飛び起きた。
どれくらい眠っていたのかわからない。
寝起きでいまいち回らない頭と、窓がなく外の様子を伺うことが出来ない事に苛立つ。
だが少なくともこの座敷には異常は見当たらない。
――カチャ。
お守りの様に抱いていた短剣が、寝具から床に転がり小さく音を立てた。
転がった拍子に鞘から少し漏れ出す刃がルイの目に入る。
その向こうに心強い先輩の姿が見えたような気がした。
(集中。…集中するんだ)
目を閉じ、深い深い呼吸を繰り返す。
今では当たり前に使用しているため忘れがちだが、周囲の気配を感じとるには、こうするんだと最初に教わった。
口の中で詠唱を始める。
「…"気配察知-サ-チ-"」
(基本が大事…丁寧に…。)
感覚が研ぎ澄まされて、どんどん広がって行く。建物のいたる所で右往左往している家族の気配を感じる。
(もっと、もっと丁寧に…こっちは…みんなが向かってるのは"花街"かっ。)
何かが起きた。これは疑いようがない。次の瞬間にはルイは行動を起こす。口早に詠唱を唱え、手早く影を広げ、中から黒い装束を取りだし身につけていく。
ところどころ大きくてサイズが合わないそれは作ってくれたオーリは大きくなっても使えるのよ。と笑っていた。
身支度を整えながら魔力を高め、小さく謝罪し詠唱を終える。
「(壊してごめんなさい……)"百舌-モズ-"っ!」
座敷牢の木で組合わせられていた格子の部分が、影の槍に喰い破られ悲鳴をあげる。
中から飛び出すと、振り向いて原型を留めていない座敷牢を確認しやり過ぎた。と反省しルイは階上へと駆け上がる。
やはり何か花街で起こったのだろう。
さっきまで沢山感じた建物の内部の家族たちの気配はほとんど見当たらない。
外に飛び出したルイはその勢いのまま屋根をつたい、より見渡せる高い場所を目指す。
花街の方へ目をやると夜の闇に紛れて目立たないが異物が空を舞っている。
(…煙だ。)
花街からはいつも聞こえる喧騒とは違い、悲鳴や罵声が飛び交っているのが聞こえる。
目を凝らすものの、火の手があがっているのはわかるが場所の視認はここからだと難しい。
一端火の手の確認は諦めて周囲を探る。
すると少し先に、花街に向かって疾走する影が4っ。オーリと4柱、5柱。それからダンサイの姿を目で捕えた。
(これは…絶対また怒られる。それどころか4柱様にも怒られそう…。)
鬼の剣幕で怒っている顔、顔、顔。脳内いっぱいに思い浮かべ一瞬竦み上がる。
だがルイはそこでオーリから感じたぬくもりを思い出す。
ルイは追う、花街に向かった4っの影を。
煙と悲鳴が飛び交う花街へとルイの小さな身体は消えていった。
ルイとエドガー、レオンの邂逅の瞬間は、刻一刻と迫っている。
やっと次の区切りで-邂逅-まで辿り着けそう…なぜこんなに長引いたっっっ!!
この半分くらいで(ゴニョゴニョ
もっと陽気な日常生活を(ゴニョゴニョ
ちみっこ魔王は一章では名乗れない(キリッ




