■■1章-街を駆ける-■■④
読んで下さっている皆々様、本当にありがとうございます。
こんなにも多くの方に読んで頂けて感謝の言葉しか見当たりません。
投稿を初めて4日ほどでようやく操作方法に慣れてきたので、
一週間(9/11)の経過を目途に前書きと後書きもちょこちょこ書きたいと思います。
3時、4時とかに読んで下さる方。大変嬉しいのですがご自愛下さい。
(ブクマしてる大好きな作品読んでると
たまに見かける○○:14ってどう投稿したらなるんじゃろ…。)
「大切な話っす。よーく聞くっす、リグナット・ラーゼィス。家族のために奮起しているとこ悪いっすけど、きっと聞かないと後悔するっす。"クリリ・パーダ"まで、地獄に連れて行きたいっすか?」
ルーファスの言葉に、いやその口にした名前を耳にしてリグナットは身動きを止める。
そして懇願するように頭を地面にこすりつけて呻く。
何度も何度も。
「…俺っちはリグナット君を殺す事に躊躇いはないっす。だけどそれだと、命を狙われた友人のオルトックに申し訳ないっす。知人の中で凄腕の"死霊使い-ネクロマンサー-"がいるんすよ。変わった人で"骨"を集める蒐集家なんすけどね。頼めば一家族と幼馴染の家族。…いや、故郷の街程度ならまるっと"死ぬことがない"ように作り変えてくれるっす。」
絶望した。
音が遠くなり目の前が白く霞んでいく。呼吸が出来ない。
リグナットはこれまで斥候職として冒険者を続けながら、金次第で何人も殺めてきた。「殺さないでくれ。」と懇願する者も容赦なく殺した。そんな自分を悪鬼かなにかだと自嘲すらしていた。
だが、自分など子鬼ですらない。
この目の前にいる"本物"たちを悪魔と呼ぶにも生ぬるい。そんな化け物の1人がその身を包む空気を一変させる。
「さぁ、予言の時間だ。リグナット・ラーゼィス。呻き声ひとつでもあげるなよ。うっかり予言を叶えたくなってしまっては困る。…おい、聞いているのか?街だけでは足りんか?」
「!?…!!!」
その言葉の意味を正確に理解したリグナットは必死に首を横に振る。
もうだめだ。もう無理だ。これ以上の絶望は耐えられない。
必死の懇願する様に首を振り続ける。
「呻き声を出さなかったから、ちゃんと予言を聞かせてやろう。その前にせっかくだから、自由にしてやろう。座る事も泣き叫ぶ事も、もちろん襲いかかってくるのも自由だ。なんだったら隣の部屋にいけばオルトックを人質にとれるかもしれないぞ。その覚悟があればな。」
そう言ってルーファスはリグナットの拘束を解き、その場に立たせた。
リグナットは反抗する気はない。いや出来ない。
仮に地獄の果てまで駆けだして逃げ切っても、家族や街の人は"いつまでも死ねない"ようにされるだろう。
もしかしたらそんな彼らを追手に差し向ける事すら平気でするだろう。
今はじっとルーファスを見つめその口から齎される予言とやらを聞いて発狂するような真似だけはしないように強く心を保つ。
リグナットはその事だけを強く胸に刻みつける。
「よろしい。さぁ、死神様の予言だ。よく聞け。長男オウルハ、冒険者となったリグナットが狩り集めた素材を、通常の相場より高く買いとってくれる優しく素敵な弟思いのお兄様が営むの商会がある。順風満帆誰もが羨む大成功を収めたそんな彼に不穏な闇を抱く者がいる。…長男が自分より成功し評価される事が腹立たしくて堪らないお父上。そして憎き王国などで商会を作り祖国に貢献していないと怒る祖国。欲と嫉妬に狂ったお父上と欲と愛国心に狂った司教様が、彼が営む商会にそれはもう大規模な取引を、もう間もなく持ちかける。それが罠とも知らずに取引を受けてしまう彼は、大変な大赤字を被り、信頼していた父親に騙され、祖国に裏切られ地獄を見る。おいおい、まだ続くぞ。気をしっかり持て。」
リグナットは頭が狂いそうになっていた。
「そんな話は嘘だ!」と心から憤慨出来たらどれほど自分は幸せだったか。憤慨など出来ない。父の兄を見る目に心当たりがある。そして何より祖国のその"手口"を知っている。「まだ続く。」と口にしたルーファスをしっかり見据え心を保つ。
壊れるならば全て聞いてからだ。リグナットの覚悟を見たのか、ルーファスの口元が微かに笑ったように見えた。
「…家督を継ぐために父の元で働いている次男クリムスは、今のお前と同様。日頃から父へ抱いていた不信感から、独自に調べをすすめ、その吐き気すら覚える狂人どもの策略に辿り着く。いや、辿り着いてしまった。当然、兄であるオウルハと兄の力になってくれるであろう君へ、その事実を伝えようと動いた。そして、すでに殺された。クリムスに嫁いだ君の幼馴染でもあるクリリ・パーダは、父の魔の手が伸びる前に、間一髪で逃すことに成功。・・・そんな心配しなくていいっす。彼女は俺っちの心強い仲間に保護されてるっす。」
「っ!」
クリリの無事を口にしたルーファスは死神の纏う気配を消し去りリグナットに優しく語りかけた。リグナットは少しよろめきはしたが踏みとどまる。
その目からは涙が静かにこぼれた。
「なにが死神ですか。随分甘い輩になったものですね……お茶をお淹れ致しましょう。」
「……。」
ルーファスとリグナットの様子を黙ってみていたバイゼルは口元に笑みを湛え小言を口にするとティーセットの置いてある棚に向かい、言葉通りお茶の支度をはじめた。
「もう喋っていいっすよ。…でも喚いたり大声出したら鬱陶しいんで殺すから気をつけるようにっす。」
急に弛緩した空気についていけず、椅子に座る事を促され言われるがままバイゼルが淹れた紅茶を口にする。頭の中で"予言"を反芻していると怒りがこみ上げてくる。
しかし、何が2人の琴線に触れるかが分からないリグナットは、ただ黙って紅茶を口に運び続け、2人の言葉を待っていた。
「正直、同情してるっす。もともと"法国"からハンニバルに来る冒険者は、君たちは気付くことはないっすけど、ばっちりマークされるんすよ。工作員だった場合、対処しやすいように。もちろん調べもきっちりするっす。そこで今回の暗殺者として白羽の矢がたったのがリグナット君だってわかって、レオンも少し複雑な顔してたっす。そんで渡された資料がこれっす。」
リグナットに手渡された書類は、リグナットが暗殺者として指示を受ける可能性を示唆する報告からはじまり、彼の生まれから現在に至るまでのデータと冒険者として受けた依頼と達成率。彼の生家の情報や、彼と関わりを持った故郷の人物のリスト。
そして最後に"予言"と称され先ほど知らされた長兄への罠と次男の死亡についてま報告書だった。
リグナットはその子細まで調べあげられた報告書に心から感心した、自分が捕獲されるのも当然だと納得もできた。
ルーファスに視線を向け気を強く持ち、琴線に触れぬよう口を開く。
「口を開く事を許して頂けるだろうか。」
「かまわないっす。」
「…私が知っていることは、全て話す。なにも隠さない女神シヴィルノルンに誓って…いや、失礼。親愛なる兄オウルハと今は亡きクリムスに誓う。だから…頼む。頼みますっ、オウルハ兄さんを救って下さいっ。」
「いや、面倒っす。お断りするっす。」
ルーファスはリグナットの言葉に覚悟も必死さも誠意も感じたが、素気無く切って捨てた。
リグナットは首を横に何度か振り、申し訳なさそうに頭を下げ謝罪する。
頭をあげたその顔に諦観の色が窺えた。本人も自分で口にしておいて「虫のいい話だ…。」と自嘲する。
この守護者たる目の前の男の前で領主の首を獲ろうとした者だ。
なぜそんな輩の家族のために動かねばならん。
冷静になれはぜなるほど、先ほどの自分の言動に恥じ入る。
「そんなに救いたいなら自分でやるっす。それくらいの実力はあると思うっすよ。そこで、折り入って相談なんすけど、リグナット君。君、僕の部下なる気ないっすか?」
「なにをっ!?」
唐突に想像だにしていなかった言葉が投げかけられる。
リグナットは動揺する。言葉の意味は理解している。
だが、それを自分に投げかけられている現状に頭がついていかない。
そんなリグナットの心情を置きざりにしてルーファスは言葉を続ける。
「待遇に関しては出来高っす。今の実力だと少しもの足りないっすから、半年ほどみっちり地獄見る覚悟してもらうっす。だいたい半年でS級なんて言われてる斥候職と真っ向から戦えなくても、発見されずにいられるくらいにはなってもらうっす。」
「待てっ!いや、待って下さい。S級と…それは私の話なんでしょうか?ランクこそC級ではありますが…B級ですら手が届かない実力ですよ。」
一気に捲し立てる言葉の中に、聞き逃せないものがあったので、ついリグナットは声を荒げてしまい慌てて訂正して疑問を口にする。
ルーファスは言葉を遮られて少し驚いた顔を浮かべたが笑みを浮かべて答えた。
「さっきまで絶望の中で死ぬ事も許されない恐怖を与えられても自分を保ててたじゃないっすか。ここでどうしても死にたいなら殺してあげるっすよ?でも、それだけ心が強いんだから、死ぬすれすれまで俺っちに追い詰められてたら、気付けばそうなってるっすよ。」
「……。」
何も問題ないと口にする目の前の男に返す言葉を失くす。
「もちろんここで死ぬ事を選んでも、お兄さんは救うっす。俺っちの部下になる事を選んでも、自分の力じゃ防げそうになかったら力は貸すっすよ。どっち選んでもお兄さんは助かるっす。だから安心して選ぶといいっすよ。」
リグナットには理解が出来ない生き物に見えた。
だが確かに自分の心は目の前の男の言葉に震えた。これが詐欺であろうと、地獄への旅路だろうと、もう構うものか。
リグナットは自分の気持ちを素直に受け入れ、立ち上がり床に膝をつき声を震わせながらもしっかりと口にした。
「…このご恩は必ずや。」
その様子を満足そうに頷いてバイゼルが口を開く。
「暗殺者リグナットは、祖国とは疾うの昔に道を違えており、今はルーファス様の部下であらせられる。そうとは知らずに法国の走狗はリグナット様に依頼を行う。事件の全容が筒抜けとは知らずに一味諸共、その後討ちとられる運びと相成りました。…若干、戯れが目に余る点もございますが。ルーファス様らしくて、それはそれでよろしいのではないでしょうか。ではオルトック様に、そのように報告させて頂きます。おそらくすぐこちらにいらっしゃっると思いますので、しばしご歓談を。」
つらつらと脚本を読み上げるように言い終えると笑顔を湛えたまま、退室していったバイゼルの背中を、膝をついたまま茫然としているリグナットに、ルーファスは手を伸ばし床から立たせる。
椅子に座るように促し、リグナットに自分たちが掴んでいる内容を伝え、なにか間違いがないかと問うた。
驚愕に顔を染めルーファスの話を最後まで聞いたリグナットは力なく笑いながら首を横に振り、「補足する事がないどころか、私でも知らない背景まで見抜いていらっしゃるとは恐ろしい。」と今夜事件が起きる事と、襲撃場所については間違いないと証言した。
その言葉にルーファスは大きく頷き「予定通り、事は運びそうっす。」と言って紅茶を口に運んだ。
「いやー!!よかった!!よかった!!リグナット君、よくぞ決断した!大変な者の下について苦労も絶えないと思うが死んでしまっては意味がない!!本当に良かった!」
しばらくして戻ってきたオルトックは、リグナットの顔を見るや否や満面の笑顔に涙を流しながら労い言葉を口にし、再会の喜びを伝えた。
リグナットはようやくオルトックが退室時に声をかけた言葉の本当の意味に思い至り、涙を浮かべ感謝と謝罪の言葉を口にした。
そして心の底から、このお人よしの伯爵の命を絶たずに済んだ事を安堵した。
「さてと。これで俺っちの仕事は大体終わったっす。」
「お疲れ様です、ルーファス様。ですが、最後の大仕事をお忘れなきように。」
ルーファスは立ち上がって大きく伸びをしながらそう言った。
バイゼルは労いの言葉を述べ釘を刺す。「わかってるっすよー、大丈夫っす。」笑って堪えて短剣を手にする。
「そゆ訳で、じゃあオルトック死んでもらうっす。」
言うが早いか動くのが早いか、逆手に握った短剣を横薙に振る。
リグナットは声も出せずにその光景を見ていた。
短剣を鞘に仕舞い背を向けるとオルトックはその胸から鮮血を噴き出し、うつ伏せに倒れた。
その後、バイゼルの怒号の様な大声が屋敷に響き渡り、外で探知魔法をかけてまわっていた治癒術を使える冒険者は大粒の汗を流しながら治療にあたる。
慌ただしく使用人や護衛たちが所せましと走りまわる。
ルーファスとリグナットの姿は、もうそこにはなかった。




