1章-邂逅-② 【2019/10/26 改稿】
4204字⇒5240字 やや微増。
「伝えたい、こういう気持ちなんだよーっ」って情熱が、溢れ出るあまりに、
やたらめったら長い部分とかボツにしたんですけど。
あれ…おかしい文字数増える、不思議。
改稿、亀速度で現在も進行中です ( _・ω・)_バン
(……こいつ、ちょっと鬱陶しい)
不快そうに眉根をひそめるルイ、その胸の内にどろりとした悪感情が湧く。
それまで、傍観に徹していたレオンも流石に苦言を口にする。
「…お前は何がしたいんだ、エド」
「あっ?俺が何したいかだ?今からこいつとみっちり"お・は・な・し"すんだよ」
「待て。こんな幼い子を相手に何を始めようとしてるんだ馬鹿者」
犬歯と怒りを露わにして、ルイへ向かおうとするエドガーの襟首を、
レオンはしっかりと掴み押し留める。
そんなレオンに噛みつく様に睨みつけるエドガーにさらに言葉を重ねた。
「もう良い大人だろ、そんな誰彼かまわずに噛みつくお前の方がよっぽど狂犬だぞ」
そんな2人のやり取りに耳を傾けていたルイは、
思わずレオンの言葉に同調するように頷いた。
そのことに再び怒りが点火するエドガーだったが、
レオンの拳が頭部を直撃し、強制的に鎮圧する。
そして、ゆっくりとルイへ向き直り両手をあげて害意がないことを伝える。
「"先ほどの見せた様なこと"はしない、約束する」
レオンが強調した言葉の真意をルイは正しく理解する。
オーリの傍らへ、そして今の位置に。
その2度に渡り、ルイの知らないなんらかの手段で、展開された気配察知の中、
彼は瞬時に移動してみせた。
それを使用しないとルイに伝えたのだ。
消えた訳ではないが、ルイが警戒を緩めたのを見てとり再度レオンは口を開く。
「はじめまして、私の名前はレオンだ。まずは私の言葉を聞き入れてくれてありがとう。
そして、彼女の容体だが君にも先ほど伝えたが容体は安定している。
時間が経てば意識を取り戻すだろう、だからその点は安心してくれ」
静かな口調で語るレオンの言葉。
彼の事を警戒しつつも、オーリへと視線を移す。
すうすうと、聞こえる呼気はやや早く、苦しそうではあるがずっと安定したものだ。
そして、レオンへと視線を戻す。
視線を切る前と同様に、両手をあげたまま動いてはいない。
オーリに視線を向けている間も、視界の端に捉えていたが、
その間もずっと彼は、動く気配を見せなかった。
(オーリ姉さんが大丈夫だと言うのにも、嘘じゃない)
「すまない、そろそろ腕はさげさせてもらうが構わないな?」
律儀に断わりをいれて、腕を下ろすレオン。
その実直な態度に、ルイは素直に好感を抱いだ。
そんなやり取りに早くも飽いたのか、エドガーが口を挟む。
「つかよ、結局お前も一人で喋ってんじゃねーか。
人様の頭をド突いておいて、たらたらと独り言喋ってんじゃねえよ」
「……今すぐ、その騒がしい口を塞がないのならば、その口ねじ切るぞ」
きれいな卵型をした剃頭の至るところに太い青筋を浮かべ、
レオンは沸き立つ怒気を押し殺し、ひと睨みした上で警告を発した。
「ちっ、んなにキレんなよ。はいはい狂犬は黙ってお座りでもしてりゃいいんだろ」
軽口を叩き、片手をあげひらひらさせたエドガーはその場に胡坐をかき、口を閉じた。
その際、ルイと目が合うと口元に挑戦的な笑みを湛える。
その笑みは、騒がしい時に見せた侮りや蔑みの色を感じない。
なぜ急に不快感が消えたのかルイは胸の内で首を傾げた。
「先ほども名乗ったが、私はレオンだ。そして先ほどから喧しいのがエドガー。
互いにエド、レオと呼ぶのは愛称だと思ってくれ」
よく響く低いレオンの声に釣られ、エドガーからレオンへと視線を移す。
それを見てレオンは言葉を続ける。
「私とエドは、この街で起こっている"ある事件"を解決するために動いている。
ここへやってきたのは、祭壇で事切れているあの者が犯人の一人だからだ。
ここまでの私の話は理解してくれたかな?」
その問いかけにルイは首を縦に振る。
「では次だ。君が手を出さない限り、我々は君も彼女も傷つけない。
信じる信じないの判断は、もちろん君に委ねる。
我々、いや少なくとも私は君が事件に関与していたとは思っていない。
たまたまここにいたのではないか。もしくは来てしまったのではないか。
そう考えている。」
では、何故そう思ったかレオンの語りは続く。
容疑者と目されていた者がも身につけている服装と、
ルイとオーリの服装が違うこと。
当然、衣服が違うことなど間々あることだが、
2人が身につけているは同一素材、同じ作りの黒装束。
そのことから、ルイとオーリは身内であることに疑いはない。
そして、容疑者は死体。ルイとオーリは生存している。
これがオーリが無事で、ルイが負傷しているのならば断定はできないが、
幼いルイが事件に関与することは難しい。
その理由は、レオンたちが追う事件が、数年に及ぶ連続的に起きている事。
そして、その発端となった事件はおよそ2年前。
幼いルイがさらに、幼い頃から事件に関与する事は出来ない。
レオンはそう断定したとルイに告げた。
何故、レオンはそう思い、そして至ったのか。
ルイの年齢を考慮し、労を厭わず噛み砕きつつ語れた内容はルイに確かに伝わった。
「……おー、り姉ちゃ、ん。息、落ち着いた、わかっ…るありがとう」
それは、今よりさらに幼かった頃からあまり発達していない発声。
家族たちとの会話も"発声をせずに済ませてしまっている"ため、
ルイが何よりも苦手とする物だ。
それでも、オーリを救ってくれた事への感謝の言葉を伝えなければ行けない。
そんな指名感に似た何かがルイに発声させた。
「ああ、確かに君からの"誠意の籠った感謝の言葉"を受け取った」
レオンがしっかりとルイを見据え大きく頷いた。
「んだ、てめえ。ちゃんと喋れるじゃねーか、ばーか」
不意に、耳に届くエドガーの悪態にルイは顔を向け睨みつける。
(あれ?)
どれほど小憎たらしい顔でもしているのかと思えば、
ルイが目にしたのは、穏やかな表情で笑みを湛えているエドガーだった。
見間違いかと首を傾げ、目を擦り再度見る。
そんなルイの行動の意図を察したのか、みるみると顔を赤らめ怒気を放つエドガー。
「ああ上等だ、てめぇ…喧嘩売ってやがんだな?そういう事だな?買ってやんよ!
だいたい、俺が喋ってる時に死んだ魚みたいな目してやがった癖に、
説教臭いレオンの話なんざに心動かされやがって、どういう了見だてめぇ!
「誰が説教臭いだと?そして俺の話なんざとはなんだ。
お前がしていたのは会話ではなく、一方的に絡んでただけだろう。
喧嘩を売るだの買うだのと、三下のチンピラでも、もう少しマシな言葉を…」
「うっせ、まじうっせー、おかんかよっ!そう言うとこが説教くせぇんだよっ!
一方的に絡んでるだぁ?馬鹿言うな、てめえこそハゲでもねー癖に、
つるっと剃りあげた頭にその人相、何様だっ!
ご近所の皆さまが怖がってんぞ、ごらっ、あ?」
沸き上がる怒りの制御をついに手放したエドガーは、
再び青筋を立て、静かに怒りを噴出するレオンの制止も振り切り、
良くわからない言葉を並べたて騒ぎ立てる。
エドガーへの対応を後回しにすると決め、なんとか怒りを押し留めルイに向き直る。
「これが、大人気ないのは今に始まった事ではないんだ。
ある種の病気かなにかだ。君の情操教育に悪影響しかない。
だから、相手をする必要などひと欠片もないから無視するように」
「おいコラ、糞ハゲ。聞こえてんぞ」
「見るな、そう見なくていい。感染るぞ」
「感染んねえし、病気でもねえよ!てめ、そのテカテカの頭に髪の毛書くぞ、ごらっ!」
「……はははっ、そろそろいい加減にしろよ?しばらく起きあがれないくらい、
物理的に粉々にするぞ」
ついに我慢の限界を超えたのか、レオンの怒りも振り切れる。
呆然とするルイは、お互い胸倉を掴みあい怒鳴り合う2人をただ見守っていた。
こんな茶番に付き合わずに、オーリを連れて逃げれば良い。
それがわかっていても、なぜか2人のやり取りを見入る自身に驚きを感じ、
徐々に、可笑しさが込み上げてきて笑みが零れる。
そして、ついに声が漏れ出る。
「…ははっ」
「「…」」
2人の動きがぴたりと止まり、ルイへ視線を向ける。
自分でも声を出した事に驚いているのか、口を手で塞ぎながら目を瞬かせていた。
ルイが初めて見せた子供らしい仕草に、胸の内でほっと息を吐く。
あまりにも子供離れした、どこか歪みすら感じる存在。
それが、レオンがルイを目にして最初に感じた印象だ。
だが、今は子供らしい仕草が良く似合うと心から思う。
「おいっ」
そんな弛緩した空気を切り裂く様に、エドガーが威圧を込めて低い声をルイにぶつける。
それに呼応するように、すばやく後方に飛び臨戦態勢に移行するルイ。
油断なく武器を構えるルイの姿を、一瞥してエドガーは圧力を霧散させる。
「てめぇは、緩みすぎだ。仲良しこよし気分で、気抜いてんじゃねーよ。
俺たちとお前は仲間でもなんでもない。そうだろ?
お前が食われりゃ、そこのお譲ちゃんに危険が及ぶだろうが。」
エドガーの言葉にルイは、はっとした。
いつから最低限の警戒すら怠っていたっ、と胸の内で自分を叱責する。
「…それで良い」
そう一言だけ発したエドガーは、鬱陶しそうに髪をかき上げながら、
どかりと音をたて、近くにあった長椅子へ腰かける。
レオンもまたエドガーの言わんとする事に思うところがあったのか、
少し強い瞳でルイを見て、静かに頭を下げた。
「私は君を子供とどこか侮って接していたかもしれない、この通りだ。」
最低限の警戒を緩めることなく、ルイはそれに首をふって気にしてないと伝えた。
ルイは、自分がまだ幼い子供だと言う事を自覚している。
大人は子供を侮るのが普通だとも思っていた。
だが、それは恥ずべき行為だったと詫びたレオンに驚き、尊敬の念を覚える。
はじめは、ただの巨躯の大男としてしか見ていなかったが、
少し切れ長なその瞳は理知的な輝きを放っている事に今更ながら気づく。
「おい、そこのちっせーの。レオはお前さんを侮っていた事を心から詫びた。
んで、てめえは、それに首を横に振った。それを許したって事なんだろ?」
長椅子に身体を預けたまま、ルイを見る事なくそう口にするエドガー。
レオンには、伝わっているはずの事を、そんなわざわざ訪ねてくる意味がわからない。
ルイは怪訝な顔で背を向けたままのエドガーを見つめる。
「はあ…わかれよ。お前に相棒は名乗ったんじゃねーのか?相棒は、お前をガキ扱いするのをやめた。一人の立派な男として接してくれた相手に敬意はねーのか?って言ってんだよ」
振り返ったエドガーが、困ったやつだと言わんばかり眉根に深い皺を作った。
今度こそエドガーの意図を理解したルイは、ハッとした顔を浮かべる。
「ルイ、ルイ。レオ、なま、え教えるの。遅い。ごめん、なさい。」
なるべく丁寧にそう発声して、レオンへ頭を下げた。
そんな様子を見ていたエドガーに"お前に言われたからじゃない"と一瞥して、
視線をレオンへと戻した。
「ちょいちょい態度が腹立たしいのは気のせいじゃねーよなっ、この野郎っ。
……まぁ、いいわ。根性腐ってる訳じゃなさそうだから大目に見てやる」
挑発めいたルイの態度に、犬歯をむき出しにして頬を痙攣させるエドガー。
だが、剣呑な雰囲気をすぐに引き下げまた祭壇の方へと顔を向けて黙りこむ。
そんな、エドガーの様子を興味深そうに見守っていたレオンは、
"なるほど、そこまでお前が気にかける相手と言うのも珍しい"と漏らし苦笑する。
レオンの表情の変化に首を小さく傾げるルイに気付き、
頭を振ってなんでもないと見せ、あらためてルイへと向き直る。
「君の名前はルイと言うのだな。そもそも敬意は君から伝わっていた。
あれの言う事は間違いではないが、そこまで気にする必要はないさ」
そこまで口にしたところで、柔和な笑みを浮かべていたレオンの表情が真剣味を帯びる。
「…ルイ、君は賢い。そして、その年でどういう風に至ったかは想像もつかないが、
信じられない強さを感じる。先ほどエドガーに放った攻撃、
様子見のつもりなのは分かったが、正直目を疑った。だから、それ故に確信を持てる」
そこで言葉を止め、ルイから視線をそらすことなく祭壇方向を指し示すレオン。
「あそこにある遺体、あれはルイ……君が手に掛けた。そういう事なんだな?」
微かに、ルイの身体がぴくりと反応する。
その首をゆっくりと縦に振るルイ。
レオンの様子を伺うようなルイの表情からは何も読み取れないが、
武器を握る手が当時の記憶を拒絶しているのか、硬く硬く握られ指先が白くなっていた。
「私たちが来るまでの間に、一体なにがあったんだ……。
君は言葉を出すことに抵抗があるのはわかる。
俺は急かしはしない、だから君のペースで君の言葉で教えてくれないか」
投げかけられたその言葉からは、欺瞞も悪意も感じられない。
ルイが感じ取ったのは純粋な敬意のみ。
再び深い静寂が大聖堂を包む。
レオンから視線をはずし、未だ意識が戻っていないまでも、快方へと向かっているのが、
わかるくらいに呼吸が安定したオーリを見る。
そして、レオンとルイのやり取りをずっと黙したまま、
遠くを見つめたままおそらく耳を傾けているエドガーを見る。
最後にレオンをじっと見つめる。
ルイは覚悟を決めた。