■■1章-街を駆ける-■■③
(おおっ、オルトックんとこの騎士たちも、なかなか精鋭ぞろいっす。…部隊編成してるっぽいって事は、予定通り動いてるみたいっすね。)
その視線の先には1,000人規模の騎士団たちが整列し、部隊編成を行っているようだ。
30名程度の小隊が組まれると次々に城門を出発して行く。
その一挙手一投足の細部に至るまでしっかりと揃った行軍に、ルーファスは称賛の拍手を送り敷地内をのんびり館に向けて歩いていく。
オルトック辺境伯が持つと言われている兵力は、常時2千、予備戦力を含め最大5千。とされている。
では残りの1千はと言うと、王都からの使者の命令で昨日"王都へ遠征行軍の演習"に向かってしまっている。
現在オルトックを護衛している兵力は近衛が20人程、館内を警備巡回している兵が50名。そして冒険者ギルドが手配した3班隊-パーティ-と斥候職2名あわせて30名程度。
辺境とはいえ伯爵の警備にこの程度の人数しか割かないのは、ただの自殺志願者である。
ルーファスも目の前に姿を現した搭に隣接する館の周辺、そして内部から感じる気配の数の少なさに思わず声を出して笑ってしまう。
搭の壁面を軽く駆けあがり、全体を見渡すのに調度いい位置に陣取り、館を守るように、周囲を警戒している7人組班隊-パーティ-の姿があった。
(…なかなか腕のいい班隊-パーティ-達っすね、バランスもいい。)
フルプレートを装備した前衛が2人が扉の左右に位置し、門が見下ろせる2階の屋根には、弓を背負った後衛と杖を持った後衛の姿が確認できる。
修道服の上に皮鎧を身に付けた男が、しきりに魔力の動きで警報が発生する魔法探知の魔法を敷地内にかけて周り、腰に剣をぶらさげた男と槍を掲げた男が護衛しつつ周囲を警戒している。
警護のため手配したA級班隊-パーティ-は3っと聞いている。
館の構造を熟知しているレオンが選んだのだからと…レオンは普段よりもう少しだけ集中して内部を探った。
レオンの繊細で丁寧な仕事ぶりが伝わる様な展開過ぎてルーファスは苦笑を浮かべた。
(そういう事っすか、さすがレオっち。お膳立てが盤石過ぎて油断しそうっす。)
オルトックとバイゼルの物と思われる気配の近くで待機している8人の気配。
半数ほどの者から感じる気配が薄い。本職の斥候職ほどではないが"気配を操作"する事ができるのだろう。近接戦闘特化タイプによく見られる雰囲気だ。
狭い室内で乱戦になっても対応が得意な者たちで固めたのだろう。
入館してすぐ目の前に広がるエントランスには6人陣取っている様だ、強行突破して入館した不審者を牽制、殲滅。と言ったところか、2名程からは魔法職特有の魔力の流れを感じる。
残りの4人のドアからの距離を考えると得物は弓と言ったところだろうか。
それと斥候職が2名、1名は館内をうろうろしているのが伺え、"もう一人は隣"で辺りに不審者がいないか物凄い目付きで辺りを見回している。
(あとは兵隊さんたちがどこにいるのかな…。)
館内部の気配を探ると3人1組で巡回してる近衛と警備兵らが10組程度。残りのは搭に詰めて監視や予備戦力として待機しているようだ。
これでだいたいの館内の冒険者の位置と"意味"。そして兵達の位置が把握できたので行動を開始する事にした。
だが、ふと隣で周囲を物凄く睨みつけているがルーファスには"全く気付けていない"斥候職の男を見て少し考える。「ルイが隣にいても気付かなそーっすね。」苦笑を浮かべ頭を振り、一気に館の屋上まで駆け上がり窓からオルトックたちの気配がする部屋へ滑り込んだ。
「これはこれは奇術師様、本日も窓からおこしを心よりお待ちしておりました。」
入室と同時にバイゼルから強烈な嫌味、鋭い視線を浴びせられる。
ルーファスそれを受け流し、オルトックへ真剣な表情で向き直り、唇に指を押し当てて「声を出すな」と意思表示する。
「バイゼル爺さん、顔が怖いっす。これでも、めっちゃ真面目に俺っち働いてるっすよ?」
ルーファスは真剣な表情を崩す事なく、バイゼルへ陽気にからかう様な声音で軽口を返す。
その間にオルトックとバイゼルに視線を送り、扉を指刺した後、オルトックを指し、首を掻き切る動きをする。ルーファスの伝言を正確に理解したバイゼルは小芝居を続ける。
「存じ上げております。……が毎度毎度、盗賊のように窓からの来訪される事に、些か不快感を募らせておりまして。」
バイゼルは、オルトックの前に庇う様に立ち位置を変える。
ルーファスはその動きの意味を理解して少し楽しそうに笑みを浮かべた。
「いや、はい。申し訳ないっす。緊急時を除いては必ず、門から入ると約束するっす。だから今は事情は"察して"欲しい"っす。」
ルーファスは「察して欲しい」との言葉を言い終えた口にした途端、背景に溶け音を立てずに扉へ張り付く。
「察しますとも。ですが、あまり汚さない様にしてくださいね。」
ルーファスの移動を扉の向こうの人物に悟られないように、ルーファスが立っていた位置に、恰もまだそこにいるかのように声をかけ助力した。
「はーい、確保っす。」
「!?」
素早くルーファスは扉を開け、そこに立っていた男が驚く反応を見せるよりも早く、鳩尾を殴りつける、バイゼルはその様子など興味がない様に、開かれた扉のノブを掴み、ルーファスの邪魔をしない様に道を開ける。
混乱の中、斥候職の男はルーファスに室内に引き摺り込まれ、床へ叩きつけられる。
その音と共に扉は優雅に閉められた。
「ん゛ん!んー!!んー!」
連絡係としてレオンに手配された単独-ソロ-の冒険者は完全に拘束されて足元へ転がされている。
尋問もされていなければ、弁解の機会も与えられていない斥候職の男は、口を塞がれたまま言葉にならない声で抗議している。
「あはははっ!さすがバイゼル爺さんっす。手際良すぎて怖いくらいっす、なんすかあのドアの閉め方、暗殺者退治の真っ最中とは思えない程の優雅さだったっす。くくくっ!」
「ホッホッホッ、痛み入ります。私も根なし草のルーファス様とは思えないスムーズな働きに、少しだけ見直しましたよ。」
襲撃犯に見向きもせず、お腹を抱えて喜ぶルーファスと笑いかける執事。
そんな楽しそうな2人に、心の底から深く嘆息しオルトックが哀れな暗殺者に近づき小さな声で言葉をかける。
「そんな驚いた顔をしないでくれ、私から何かする事も聞く事もない。私はね、いつだってこの2人にはいつも驚かされる。いや、この2人だけではないか…。まぁ、それでだ。何が言いたいかと言うとだね。これは助言と思ってくれ。辛い思いをしたくないのであれば、あの2人には"素直になる事"を薦めるよ。君が想像できる最悪な悪魔をイメージしてくれたまえ、それを凌駕しかねない2人だよ。彼らとその仲間たちは。」
「んんん?!んー!んー!」
「自分の命を奪いにきた者に、口にすべき言葉ではないんだが…本当にすまない。私などを殺害目標にした計画なんかに巻き込まれなければと、心から同情するよ。君の心が"本当の意味"で救われ、"安息の日が訪れる事"を祈ってる。バイゼル、ルーファス。私は彼が絶望すらさせてもらえない姿は見てられんから、護衛の彼らとお茶を呑んでくるよ。暗殺者君、君以外の護衛はね"派閥-レギオン-"だって気付いてたかね?」
「ん?!!んんんん!!!!んー!んー!!!んーーーーーー!!!!」
オルトックが本当に悲しげな表情を浮かべ、襲撃犯に語りかける。
暗殺しにきた者に心を痛め、そして同情の言葉を口にする。そんな態度をとる暗殺対象が口だけではなく、心から心配をして忠告してくれている事がなにより襲撃犯は恐ろしかった。
そして小さく目礼して去る前に自分以外の護衛が派閥-レギオン-だと口にした。
初めから冒険者ギルドに"ばれていた。はめられた。"
言葉に出来ない声で喚く襲撃者の肩に手を添えてバイゼルが口を開く。
「ようこそ招かざるお客様。いつもであればこの様な簡単な拷問は私一人の仕事なのですが。お喜び下さい。こちらの"死神"などと言う恐ろしい2っ名をお持ちのルーファス・ルクシウス・ソー様もお力をお貸し頂けるとの事です。」
「?!ん!!んーんー!!」
その2つ名とルーファスの名前に覚えがあるのだろう、暗殺者の顔は恐怖に染まりがたがたと震えだす。
バイゼルの口上にルーファスは呆れた顔でバイゼルを見ている。
「…バイゼル爺さん、いくら冥土の土産にしても人の2っ名晒すなんて出血サービスしすぎっすよ。仕方のない人っすねぇ…。コホン。さぁ気持ちを入れ替えて楽しい尋問の時間だ。拷問の時間でも一向にこっちは構わないっす。招かれてないのに訪ねてきちゃったゲスト君。オルトックが答えをばらして行ってしまったけど、理解はできたかな?"リグナット・ラーゼィス"君。」
名前を呼ばれ硬直するリグナット。その反応をじっと無表情でルーファスは見つめ言葉を続ける。
「君が、よく馬鹿をしでかす某国の手の者だとレオンはちゃんと気付いていたっす。君は今回の護衛任務に違和感を感じなかったっすか?"3班隊-パーティ-と斥候職2名"って聞いてたはずっすけど。おかしいとは思わないっすか?確かに3っには別れているっすけど、隣の部屋で待機している面子は近接戦闘特化型の腕利き8人っすね?エントランスは弓を得物とする者と魔法を使う物の6人っす。外と7人はバランスいいメンバーっすけど、隣とエントランスは"偏ってる"っすね。」
ルーファスが言いたい事をようやく理解したのか、リグナットは悔しそうな表情を浮かべた。
「君を除いた、彼ら全員はハンニバルに拠点を置く派閥-レギオン-のひとつで"魔窟喰らい"。の皆さんらしいっす。俺っちもそんな詳しく知らないっすけど、複数の班隊-パーティ-を派閥-レギオン-内で作って長いこと潜ってるから名前は兎も角、"閥員-メンバー-"の顔はあまり知られてないらしいっす。端っからリグナット君は誘い出されてしまいました。どんまいっす。ここまでOKっすか? リグナット・ラーゼィス。」
「さてリグナット君には黙秘権がある。自分だけ死ぬのが淋しくて辛くて家族も"巻き込みたい場合"は、行使してくれて結構だ。ネグレイシア法国南部に位置するウロイネイアに本拠地を持つ大手海運事業商会の3兄弟の末っ子のリグナット・ラーゼィス。」
オルトックの口にした事が、事実であるとルーファスの言葉ではっきりと理解させられたリグナットにバイゼルが、好々爺然とした容姿からはとても想像つかない冷めた目でそう言い放った。
罠に嵌められただけでなく自分の生家すら調べあげられている事に愕然とする。
「ご長男オウルハ・ラーゼィスは、次男クリムス・ラーゼィスに後継を譲り若くして独立。オーカスタン王国"王都リクスパスタク"でハンニバル産の魔物素材を使用したオリジナルの魔道具を作成、販売。当初は小さかった店舗だったが、その製品の品質の良さと生来の努力家である彼の気質がそうさせたのか、今ではハンニバルに支店を置くほどの商会へと成長している。…優秀なお兄様をお持ちっすね。」
淡々と抑揚のない口調でルーファスは、襲撃者リグナットの背景を語る。
自分の力量を過信し、罠にはめられ、何も抵抗出来ないまま捕獲。そんな浅慮な自分が原因で、実兄に不幸が訪れるに違いない。
後悔してもしきれない重い悔恨が心を蝕む。
リグナットは、その両目に涙を湛え、拘束を噛みしめた口元に血を滲ませる。そんな彼にバイゼルは口を開く。
「自分の愚行によって実兄に災いが降りかかる事を後悔されているようですが。どうしてそう思うのです?」
「…?」
「ですから、どうして実兄"だけが"不幸になると?」
「ん?!!んんんん!!!!んー!んー!!」
バイゼルの言葉に、リグナットは顔を真っ赤にして暴れ出す。
手足が引き千切れてもいい、自分の身などどうなったって構わない。
必死で拘束を解こうと力を込める。「眼前の2人の悪魔をなんとしてでも討ち滅ぼす。」血涙すら流し出しそうな必死の形相で2人を睨みつける。




