■■1章-街を駆ける-■■②
「そ・れ・で。」
満面の笑顔で目が笑っていない仇花が提子を掲げたので、おとなしく酌をされる。
びくびくしながら返杯し、親に叱りつけられる子供の様に固まりつつも無駄な抵抗を試みた。
「笑顔で殺気出すの止めて欲しいっす。目笑って無いっす。そっち見れないっす。あと明日早いっす。」
「早く帰りたいなら素直に答えなさい。」
仇花の発する妖気にも近い圧力と冷たい冷気を含む言葉にささやかな抵抗は打ちのめされた。
「……あの子に、ルイに余計な事してないでしょうね。」
「なにをしたら余計な事に該当するかはわかんないっすけど。」
隠しだてすると自分の身が危険だと判断したルーファスは、ルイとのやり取りの内容から、接触するに至った経緯をざっくりと説明する。
なるべくかわいい後輩が、叱責を受けずに済むように心がけ報告内容を口にする前に頭の中で素早く精査し、不審に思われない程度に余計な事は口にしなかった。
「最後にきちんと先輩らしく、ぷち非行少年には夜遊びをしない様にお説教してやってサヨナラしたっす。」
説明を終えると先ほどまでの殺気が霧散したため、ルーファスは安堵の息をもらした。
そんなルーファスを煙管をふかしながら見つめていた仇花は口元に笑みを浮かべた。
「ふふっ、お説教?ルーファスだったら、むしろ推奨しそうなもんだけど。」
「確かに、ルイの倍くらいの歳の子供なら推奨するっす。悪い事して大人に怒られるのも子供の醍醐味っすからね。でも、あんな小さい子供が夜に出歩くだけでも大問題なのに、散歩道は花街の建物の屋上っすよ。どこから突っ込んでいいか正直わかんないっす。それに、仇花は知ってたっすよね?ルイが夜ふらふら外出してること。」
ルーファスは少しだけ真剣な顔つきになり、少しだけ仇花を責める様な口調になった。
「ええ、言う通りよ。ルイが幾ら優秀でも流石に、まだ私が察知出来ない程には至ってないわ。だけど私以外が一切気付いてないんだもの…悪い事しているならともかく、ただ家族を見ているだけ。叱るのは簡単なんだけど、家族の面子をつぶす事に成りかねない。そうするとルイから無意識に距離を置いてしまう家族も出てくるでしょうね。頭が痛いわ。」
仇花にしては珍しく泣きごとを口にした。ルーファスも仇花の立場は理解している。
彼女の言う通り、ルイの夜徘徊が知られれば、ルイの陰行に一切気付かなかった家族たちの中で手放しにルイを褒める事が出来ない者も出てくるだろう。
それは決して悪意はなくとも、結果その事でルイも傷つく。夜毎、彼女自身気を揉んでいるのだろう。と少し居た堪れなくなる。
「ルイは優秀過ぎるっす。」
「?」
突然の言葉に、仇花はルーファスの顔を覗き込む。ルーファスはその視線を真剣に見つめながら淡々と述べはじめた。
「年齢を考慮せず、名無しの家族の1人として見てもあの能力は突出してるっす。ダン爺がどの程度、歳とったか知らないっすけど"本気のルイ"相手では少し厳しい。接触した当初、俺っちを警戒してた時の立ち姿を前にした時、もし敵として対峙していたら俺っちは完全に行動不能にするまで手を抜かないだろうと考えたっす。その場で"溶けた"のを見た時に、もしルイと組んで仕事をしても足を引っ張られることはないだろうと考えたっす。ぶっちゃけ順調に成長して大人になったルイが、仮に道を大きく違えても止められる気がしないっす。」
「随分、評価してくれてるのね…うふふ。でもルーファスの言う通り、あの子は優秀過ぎる。幸い賢くもあるから救いはあるけど、時間の問題ね。ルイがこのまま成長したら2年とかからずに私とサミュルくらいしか相手にならないでしょうね。」
「…それに、さっき見せられたっすよ。"あの影"、あれは"特異-ユニーク-"っすよね?」
"特異-ユニーク-"とは先天的に備わる"固有の能力や魔法特性"を指し示す。
それは、訓練や学習などで習得する事が可能なそれらとは一線を画すと言われている。
威力を誇る物であったり、発動させずとも常時展開する物や、汎用性に富んでいる物、成長し変化する物と様々だ。
ルーファスは譲った短剣と鎖を呑みこんだ蠢く影を思い出しながら疑問を口にした。
仇花は一瞬、目を見開いたが呆れたとでも言いたげに口を開いた。
「驚いたわね…あの子ったらそんな物まで、ルーファスに見せたの?」
「本人には、そう簡単に見せてはいけない。とは釘を刺したっす。」
「あら、それはありがとう。じゃあ、びっくりしたでしょう?私もびっくりしたもの、あまりにも私の"仇花-アダバナ-"に似ていたから。」
「…似てるっすか?」
仇花の特異-ユニーク-を見たことがあるどころか、その身に受けて死にかけた経験があるルーファスは、改めてルイが操った影を思い起こす。
どう思い返しても禍々しさが段違いで類似点が見当たらない。
疑問を口にしたルーファスに仇花は仇花で怪訝な表情を浮かべて、魔力を練り上げる。
「……ねぇ、ルイが見せたのって。"こんな感じ"よね?」
優雅に手を横に振ると、赤く透き通った棘が2人を除いた空間を埋め尽くす。
棘は次々に分かれ加速度的に成長してその密度を濃くしていく。
時折、棘同士がぶつかりあえば金属同士を叩きつけた音が響き、絡み合えば金属をこすりつけた様な不気味な音を立て続ける、太く鋭く次々と絡み合い外敵の接近を許さない数多の棘に守られ中心に座し、煙管から紫煙を燻らし仇花はルーファスを見つめ首を傾げてそう問うた。
ルーファスはその魔力量と過去これらに刺し貫かれた時の痛みを思い出し苦笑を浮かべ頭を振る。
「えっ?うそ。似てない?私初めて見た時そっくり。って思ったのに。」
「ルイが使ったのは、こんな可愛げもないモノでも、こんな物騒なモノでも断じてないっす。だから至急解除を要求するっす。」
「物騒って失礼ね。これを見て奇麗って言う人もいるのよ?」
仇花はそんなはずは無いと怪訝な顔をしたが、ルーファスも実際見た物と異なるため首を横に振る。
ルーファスの物言いに仇花は心外だと口にして棘の群れを解除した。
「その美しさは触れる者ではない、遠くから眺めるためのある。近づく者には傷を持って答え、触れる者には永久の眠りを。生ける者、全てに仇なす美しき花。故にその2っ名を"仇花"。…って文献で称した偉い人も使用者が美人って褒めてるだけで、えぐい攻撃方法を指して奇麗って言う人はいないっす。」
「うふふ、懐かしいわね。まぁ美人って褒めてくれてるかせ、えぐい攻撃方法ってくだりは追及しないであげるわね。それでルーファスにあの子が見せたのって、どんな形状だったの?」
「アイテムボックスみたいにヌルッと動かして、あげた短剣をしまい込んでたっすよ?」
身振り手振りで伝えるルーファスが口を滑らせた"短剣"というフレーズに、仇花の笑顔が凍りつき、失言を悟ったルーファスも凍りつく。
「なぜ、子供に刃物なんて与えてるのかしら。」
「いや……なんというか。アハハハハ!出来の良い後輩ちゃんに「先輩」って呼ばれて有頂天になって、何か物でもあげて餌づけしたら喜ぶのではっ!て懐さぐっても大した物がないから、アレの形見が目についたから、あげちゃったっす!仕方なかったっす!」
冷え切った視線に晒され、ルーファスは清々しいほど素直に自分の過失を認める。
だが、今だに命の危機は去っていないと確信したルーファスは、さらに言葉を続ける。
「子供扱いして、刃物早いって言うっすけど。"特異-ユニーク-"持ってて、さっきのアレみたいにルイは使えるって事っすよね?もう刃物よりやばいじゃないっすか!成人しても"溶ける"事なんて、できる方が少ないっす!斥候職なんて腐るほどいるのに、あの歳で出来ちゃってるんすよ!?今さら順番通りに教えるとか早い遅いはないっす!それに、もらったからって、訳もなく使う様なお馬鹿じゃないっす!」
捲し立てる様に正当性を問うルーファスの口撃に、最終的には呆れが勝り怒気をおさめる仇花。
極論、暴論の詰め合わせではあるが、むやみに刃物を振り回す子では無いのは彼女にもわかっている。
思わず、その口から「訳があれば使う子よ。」と小さく零す。
必要とあれば躊躇なく抜き放つであろうルイの姿が頭を過った。
そんな彼女の力ない言葉が耳に届いたルーファスは、先ほどまでのふざけた雰囲気を霧散させる。
糸目は開かれうっすら怒気すら纏って仇花の目を射抜く様に冷たく覗きこむ。
「仇花、これは確認だ。お前がそんな浅慮な人だとは考えていない。少しも疑っていない。もう一度言うこれは確認だ。作戦決行時に、ルイが現場に配置されるような事は間違ってもないだろうな。」
底冷えがする様な低い声に、仇花は言葉こそ口に出さないが首を横に振る。
「…明日は決行日だ。今日のように出歩いて巻き込まれでもしたら目も当てられない。なによりルイは、トラストが残した命だ。可愛がることも甘やかすことも、口出しはしないがつまらない怪我をさせる事は容認しない。」
「…わかってるわ。さすがに明日は、夜のお散歩どころか日中も目を放さない。」
ルーファスの瞳をまっすぐに見据える仇花。
彼は探るように、しばらく覗きこむ。
そして小さく頷き、纏っていた不穏な空気と表情を霧散させた。
「しっかし、優秀過ぎる後輩を持つと、気苦労が増えるなんて贅沢な悩みっすね。」
「うふふ、それを貴方の口から聞く日が来るとは思わなかっわよ。貴方も相当手の優秀な少年だったわよ?ルイとはまた別の意味で手のかかる子だったけど。」
ルーファスのそんな台詞に少し面を食らった仇花は、まだ少年と言っていい頃に出会った彼の姿を思い返して含みのある物言いをする。
「くくくっ、その節はご迷惑おかけしたっす。あっ、大きなお世話だとも思ったんすけど、手信号ばかり使わないで言葉を話すよう努力するように釘を刺しといたっす。」
「それは助かるわっ、私も困ってたのよ。当時はあの子の手信号の覚えがあまりにもよくて、みんな面白がって教えたものだから……。」
仇花は「今日私も言ったんだけどね…なかなか。」とこぼし、異常に発達している手信号が、どの様にして身につけられたかを語る仇花にルーファスは冷たく言い放つ。
「弊害しかない家庭環境っすね。」
「否定出来ないのが悔しいわね。」
ルイの言語能力が今いち発達していない原因は手信号よりも、周囲の甘やかしが主な要因なのではないかと、ルーファスは疑うような目で仇花を見る。
彼女はその視線から逃れるように視線をそらして煙管をくわえ、ふぅと煙を吹きだした。
それから少しルイが成長したらなどと言う他愛のない話に花を咲かせ「そろそろ。」と立ち上がったルーファスに、仇花は声をかけた。
「ルーファス。またルイに顔出してあげてくれるかしら。」
「俺っちにとっても可愛い後輩ちゃんっす。報告がてら、狂王に長期休暇でも申請して顔出しにくるっす。」
「ふふっ、ありがとう。」
何故、仇花は帰りがけにそんな事を口にしたのか。
ルーファスはその気持ちが少しだけわかっていた。恐らく仇花を除いた名無しの構成員たちは、"現段階で"本気を出したルイをで受け切れないだろうと仇花は考えている。
それが明日になれば、明後日になれば、1月、1年…そうなってしまうと、本格的に仇花しか相手が出来なくなってしまうだろう。
ルーファスは出会った少年ルイの姿を思い返す。
短剣振って見せた時の表情、鋼糸術をじっと真剣に見つめる瞳、そして自分より高い位置で行使される陰行や歩法に喜ぶ顔。
そのどれをとってもルイには自身で取り入れてみたい新鮮な情報なのだ。
仇花だけが、ずっと相手し続ける事も可能だろう。
だが彼女は、ルイのために新しい刺激を与えてあげたい。それが何よりルイのためになると彼女も考えているのだから。
「うふふ、帰りも明日も気をつけてるのよ?」
「仇花に心配されるなんて光栄っすね。」
館の外まで見送りにきた仇花に手を振り、エドガーを肩に背負い夢繰りの館を後にした。
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オルトックの居城。
その城門の前で足を止め、ススキノがある方角へ顔を向けたルーファスは、真剣な表情で「今夜は、本当に大人しくしてるっすよ。後輩ちゃん。」と独りごちる。
視線を、オルトックの居城に戻し、小さく息を吐き城門の警護を悠々と擦りぬける潜入する。




