■■1章-花街の仇花-■■②
「はっ!バイゼル爺さんのとこに送りつけられないのは残念だが、悪くねぇ、思った以上にしっかり調べてやがる。カカッ・・いつから事件のからくりに気付いてやがった?ったく、頼りがいのあるお友達に乾杯ってな。」
しばらく時間が過ぎ、あらかた目を通した報告書をその場に投げやって、刺身に箸を伸ばす、4~5切れほどまとめて口に放り込み、そこへ杯を口に運び一息に流し込む。
口の中いっぱいに刺身の溶け広がる旨みが、途端にスッと消える余韻をエドガーは楽しんでいた。
「…フフッ、本当にエドがいるわ。お刺身はそんなまとめて口に詰め込む物じゃないのよ?」
障子戸が開き、からかう様な声音に視線をむけると艶のある上品な黒い打掛をに身を包み煙管を咥えた艶やかな女が立っていた。
「おーおー、相変わらずびびるくらいの美人だな"仇花"!しっかしその乳どーなってやがる!前よりもでかくなってねーか?!こぼれそうじゃねーか!いっそ女神名乗れ!おい!かっかっか!」
「清々しいくらい下品な褒め文句だけど、そうも明け透けに言いきられるといっそ気持ちいいわね、ふふふ。そういうエドは少し雰囲気が落ち着いたかしら?最後にあった時は、もう少しやんちゃ坊主だったのにね?」
エドの下品とすらとれる褒め言葉に可笑しげな表情を浮かべ、うっすら赤くも見える黒い打掛をゆらしエドの隣に座り酒を酌する。返杯だと言わんばかりに酌を返すエドガーをしげしげと見つめ仇花と呼ばれた女はそう口にした。
「あれから、5年くらい経ったか?仇花にそう言ってもらえるってことは、自覚ねーけど、それなりに俺も大人になったんだな!カッカッカ! しっかし、噂には聞いちゃいたが、聞くのと見るのじゃ大違いだ!ここには度肝抜かれたぜ。酒も女も言うことなしだ!」
「うふふっ、種類も豊富にそろえてあるのよ?お酒も女の子も…ハィナに怒られる覚悟があるなら誰かつけてあげてもいいのよ?」
「……いや、すげー悩ましい提案だが。ハィナ怒るとこえーからな。」
上機嫌に口に酒を運び褒めたたえるエドガーに、仇花は少し意地悪そうな顔を浮かべて提案した。ハィナの名が出て、一瞬固まったエドガーは途端にバツの悪い顔を浮かべてあからさまにテンションが下がる。
「あら、妬けちゃうわね。ふふふっ。そうだ、それよりうちの子たちが失礼したみたいね。サミュルから聞いたわ。」
「あ?いやいや詫びんならこっちの方だろ。いきなり現れてあんたに用がある。なんて聞けばあんな対応になんのも仕方ねーだろ。」
「そう言ってもらえると、あの子たちも安心するでしょうね。あなたがどんな人か知って戦々恐々としてたみたいよ?うふふ。それにエドに短剣投げつけて無傷で済んだってサミュルも驚いてたし。」
顛末を聞いた際に最初に対応した男たちと監視していた者たちの、真っ青な顔を思い出したのか仇花はまた笑みを濃くする。
エドガーはまったく気にしてないと手をふり、また酒を口に運び、空いた杯に酌をして仇花はじっとエドガーを見つめこう続けた。
「…それで"符丁"を口にしてまで、顔を出してくれたのは心配でもしてくれたのかしら?」
甘い香りと淡い酒の匂いに包まれた穏やかな空気が張り詰める。
「ハッ、心配なんざしてねーよ。だいたい心配される玉じゃねーだろ。なに、簡単な話だ。」
そんな張り詰めた空気をものともせず、エドガーはまっすぐに仇花を見つめ返す。
「大事な確認。それ次第で提案ってとこだな。」
「確認と提案・・・なるほど、うまいこと言うのね。」
仇花は自分の杯に口をつけ、小さく答える。
「あんたは、この街の"敵"か?」
仇花の表情から読み取れるだけ読み取ってやると言わんばかりに、エドガーは仇花を見つめる目に力を込めた。
「…うふふ、あはははは!」
「…かかっ!」
我慢できないとばかりに、仇花は笑いだす。エドガーはしばらく様子を伺うも、釣られた様に笑った。
「あー…おかしい。本当に駆け引き嫌いね?エドガーは…うふふ。本当のところ実は敵対したいとか言わないでしょうね?うふふっ。…答えは"No"よ、こう見えて私。ススキノだけじゃなくてハンニバルも気に入ってるのよ?」
「ふーっ、そうか、それはなによりだ。俺も気に入ってるんだ。だから"Yes"って答えられたら参ってたぜ。"仇花"敵に回して帰ってきました。なんてあいつらに報告しようものなら、俺があいつらに殺されるとこだからな!カッカッカッ!」
「そんなに人を悪魔かなにかみたいに言って。そんなに怖がる必要ないでしょうに、もう。」
エドガーにしてみたら、本心から言ったつもりだったが、仇花はどうやら不服だったらしく、少し頬を膨らませて拗ねたふりをしてみせた。
それをエドガーは笑う。お互いにひとしきり笑い続け、エドガーは刺身を口に放り込んで本題に入る。
「提案だ。協力したい、そして協力してもらいたい。どうだ?メリットはあるはずだろ?お互いに。」
「こちらも協力してもらえると助かるわ。エドとレオン、それに最近ルーファスまでハンニバル入りしたでしょ?こんな豪華な3人に協力してもらえるなんて、こちらも願ったり叶ったりよ。」
仇花の口から、ルーファスの話題があがりエドガーが少し驚きの表情を浮かべお手上げだと言わんばかりに両手をあげる。
「んだよ、耳はえーな。俺らも仇花に協力頂けるなんざ、ありがたくて震えちまうくらいだからな。カッカッカッ。」
「ご期待に沿えるように努力するわ、ちょっと待ってね。サミュル、いるわね?提子ひとつふたつじゃ、きりがないからたくさん手配してくれるかしら。手配が済んだらあなたもこっちきて付き合いなさい。エドいいわよね?」
「ああ、美人の追加と酒の追加に文句なんざあるわけねー!カッカッカ!」
エドガーを一度止め、障子戸の向こうで控えているサミュルに声をかける。
ほんの少しの間をおいて、サミュルが「お二人のペースではこれくらい必要ではと。」と口にしながら、数人の女中に10は優に超える提子と肴を運ばせ戻ってきた。
「サミュルほらよ。・・・んで、それで仇花、そっちはどこまで掴んでる?」
女中が下がったのを見送り、運ばれてきた提子をさっそくとばかり一つ手にとったエドガーがサミュルに酌をしながら話を進める。
「エドガー様にお酌して頂けるなんて、考え深いものがありますね。・・・こちらが掴んでるのは標的、組織、離反者。」
「それと・・・ありがと。これは憶測の意気はでないけど手口もね。」
「それ、ほぼ全部掴んでるじゃねーか。」
サミュルと仇花からの答えに、エドガーは呆れた顔を浮かべる。仇花は可笑しそうにサミュルに「だって掴んでるんだから仕方ないわよね。」と声をかけ、煙管の火皿に火を近づける。
「対応はどうだ?こっちは、裏取りにレオンとルーファスたちが動いてる。使える冒険者の連中も10パーティくらいは動員できる見込みだ。それとオルトックの周辺も固めてある。あとこれ目を通しておいてくれ。」
「この報告書は・・・ルーファス?相変わらずあの子こういうのやらせたら文句なしね。なるほど、今までの手口の仕組み大筋は読み通りね。・・・はい、サミュル。」
仇花はエドガーから手渡された報告書をパラパラと捲り、確認したい項目にざっと目を通す。ルーファスに称賛の声をあげ、その報告書をサミュルに手渡し続ける。
「対応はね・・・正直言うと芳しくないわ、10人動員出来れば御の字ってところね。」
「離反者の特定は済んではいますが、なにぶん"柱"がその中に含まれているので・・・。」
「下手に動員する人手を増やすと、勘付かれちゃいそうなのよ。」
「はい、ですから。今回エドガー様がこちらにいらして頂き、協力の申し出は非常に心強いです。」
仇花とサミュルは端的に、彼女らが抱えている問題を吐露した。エドガーはその話を聞き、しばし瞑目し何かを考える素ぶりを見せ、小さく頷いた。
「そうだな、2人の言う通り無理に動いて地下に潜られると面倒だ。叩く時は根こそぎ叩いてしまいてーからな。なーに、仇花様とその右腕のサミュル様、ご推薦の面子だろ?それが10人も用意されるんだ。問題ねーよ!」
「うふふ、ご期待にこたえられるように頑張るわ。」
エドガーの言葉を受け、仇花は紫煙をくゆらせ妖しく笑みを浮かべる。すると、報告書に目を通していたサミュルが小さく「えっ?」と声をもらした。
「どうしたの?サミュル・・・。なにこれ、この報告なに?お相手さんたちは、正気でこんな事してるの?」
「ルーファス様、相当お怒りなのでは?」
サミュルは、仇花に報告書の一部を指し手渡す。
その箇所に素早く目を走らせ仇花は呆れたような声をあげる。それに同意するよう頷き、サミュルは複雑な顔を浮かべそう口にした。
「あ?・・・ああ、それか!俺も実際見た時は思わず噴き出しちまったぜ!カカカッ!
ルーファスの野郎のことだ、ヘラヘラ笑いながら「いやー、まじびっくりっす。」とか、言いながら内心ぐらっぐらに滾ってんぞ多分。」
「うふふ、まぁ怖い。」
「笑うに笑えないのですが。」
さも楽しそうに笑うエドガーにつられて仇花も笑っているが、そんな2人を横目に見やりサミュルは顔を引き攣らせる。
「まぁ、間違いなく楽に死なせてもらえねーだろがな。それでよ、それ読んだ上でだ。どうだ?やつらどう仕掛けて着やがる?毒でも仕込んでくるか?それとも実力行使でくるか?」
「毒・・・かどうかは、断定しかねるけど、絡め手を使ってくるでしょうね。組織の力を使ったとして、実力行使は難しいのは向こうだってわかっているでしょ?」
「ルーファス様がハンニバルにいらっしゃる事は相手方が認識していると思えませんが、エドガー様とレオン様が率いるハンニバル支部が、見せつけるように、こうもあからさまに調べてらっしゃる事は知ってるはずです。その上で、直接打って出る様な真似をするなど、ただの自殺志願者としか思えません。」
話題が襲撃方法に移り、仇花の意見に同意とばかりに頷きサミュルはそう補足した。
「カッカッ!俺にしてみたら、仇花相手に離反する奴も敵対しよーって組織の連中も漏れなく自殺志願者にしか思えねーけどな!そっちと敵対すんなら、まだ俺らに全戦力当ててきた方が死亡率低いだろーよ!あーっ、腹痛っ!カカカッ!」
2人に対しエドガーはお腹を抱えながら悶える。「失礼しちゃうわね。」と仇花はまた少し剝れるが、サミュルはエドガーの言にも一理あると仇花にちらりと視線を送る。
その視線に気づいた仇花に「あなたまで!」と避難されうつむいた。
そのやりとりを笑いながら2人に酌をしたエドガーは、ふと思い出したように口を開いた。
「そうだそうだ!これ確認しとかねーと!協力を願い出たのはこっちだ。こっちとしてはそっちの要望に極力添いたい。」
「あら甘えていいのかしら、私たちは私たちで、エドたちの協力得られるのはありがたいのよ?」
エドが言わんとする事を察した仇花はそう訪ねる。
「ぶっちゃけこっちは、この件が片づけばいい。ハンニバルでバカな真似するとこんな怖い目にあうぞ。ってのを周知できれば尚更いいんだ。だが、そっちは事情が違う、ケジメつけねーとだろ?」
「そうね、素直にお言葉に甘えるわ。・・・コレとコレはこっちで処理させて。それと・・・コレ?」
仇花はエドガーの言葉に後押しされ、報告書にあるリストから2名を指さし、もう一人の名前を指しつつ少し悩み、判断に悩んだのかサミュルの意見を確認する。
「本来であれば、コレもこちらでとお願いしたいところですが。さすがにコレはルーファス様にお譲りした方がよろしいかと。少なくとも私がルーファス様の立場なら必ず自分のこの手で断罪したいと考えます。」
「俺だったら確実に、目に入った途端もうミンチにしちまってる。じゃあ、それだけはアイツの獲物ってことで。」
サミュルの意見に仇花は「そりゃ、そうよね。」とルーファスに同情する様に頷き。
エドガーはエドガーで「自分だったら」と改めて想像し、思った以上に腹立たしい事だったようで少し怒気を漏らしていた。
「……噂をしてたらなんとやらね、ルーファスが花街門入ったみたいね。こっちに向かってるわ。」
怒気を漏らすエドガーに「落ち着きなさい」と背中トントンと仇花が優しく叩き、ふと何かを感じたのか窓から外の方へ視線をやるとそう口にした。
「おいおい、こっからかよ?!うわー、えげつねー距離から補足できんだな。」
「ルーファスが隠す気ないからよ。さすがにあの子がその気になったら簡単には補足する自信はないわよ。」
エドガーは苦虫をつぶしたような表情で仇花を見る。「心外ね」とでも言わんばかりに、そっぽむいて仇花は否定した。
「いやいやいやいや、不貞腐れてしおらしくしてやがるが!それって、やろうと思えば出来るってこったろ!?」
「あっ、流してくれないのね。……ん?あら。」
「どした?トラブルか?」
抗議の声をあげるエドガーを舌を出してからかっていた仇花がまた一瞬ではあるが、外を気にする素ぶりを見せた。
その表情があまりにも真剣だったためエドガーは少し怪訝な表情を浮かべる。「"あの子ったら"。」と仇花は一瞬困った笑顔を浮かべた。
「ルーファスったら、少しだけ"寄り道"する気みたいね。ゆっくり飲んで待ちましょ。今日どうにかなるって事はないでしょ?」
ルーファスが向かう先に留まっている気配に多少思うところがあったが、ルーファスならば悪いようにしないだろうと結論を出し、ちょっと動揺した自分を誤魔化す様に、煙管を大きく吸って吐きだした。
仇花をそんな様子にさせる存在に思い至ったサミュルは小さく嘆息を吐きだし、仇花のふった話題に乗っかるように口にした。
「…警戒が必要なのは、明後日……いや明日でしょうか。」
「明日だ。」
「その心は?」
サミュルの言葉に即座に返答したエドガーに対して、仇花はそう問う。
「俺とレオンが嗅ぎまわってるのは伝わってやがる。恐らくすげー目ざわりに感じてるはずだ。本来ならこっちの動きを把握して安全策とりてーだろうが、万が一こっちと接触する危険は向こうさんは間違っても犯したくねーはずだ。」
「恐らく離反者も、私どもに尻尾を掴まれまいと相当の緊張を強いられているはずです。そうそうのんびり構えていられない。」
エドガーの分析を受け、サミュルも考えを口にし、確信する相手には猶予がない。
「自分たちで種巻いて置きながら滑稽ではあるが、オルトックの元に俺とレオンが向かい、やつらの想定より早く物事が動いてる。確実にびびってやがる、一度びびると小物は焦り出す、一刻の猶予もねーっ!って大騒ぎだ。」
そこでエドガーは一度、口に酒を流しいれる。
「決行は明日だ。やつらはもう考えたくないんだよ。自分たちの首元にいつ牙が届くか、それ考えるだけでびびっちまう。だから、もう本当であれば今日にだって動きたかったはずだ。それくらい怖いんだよ。心の余裕がなくなった臆病者は、進む以外のことなんて、考えられなくなっちまう。だから明日だ。」
エドガーは昂る感情を押し殺す様に重く静かに言葉にした。
その深い緑色の瞳は、得物を追い詰める肉食獣の様に爛々と光を佩びる。
「・・・でも、可哀そうなことに、こうして私たちが協力してるなんてことは、夢にも思ってないんでしょうね。そう考えると少し可哀そうね。・・・うふふ、苦しまない様にしてあげないと。」
仇花はエドガーの言葉に相槌を打つ。この世の者とは思えない様なその美しい顔は、妖しく妖艶な作りものめいた笑みを湛える。
明日狩り獲る者たちに、言葉でこそ同情を口にはしているが光が消えた底冷えがする様な冷たく赤い瞳からは感情は汲み取れない。
「…少しだけ馬鹿な奴らに同情してしまいますね。この2人を敵に回した事の恐ろしさがこうして身近にわかる立場としては。」
眼前の化物たちはそんなサミュルの言葉に、一瞬ぽかんとした表情を向け、次第に相貌を崩し、ついには我慢ならんと声に出し笑いはじめた。
サミュルは「笑えません。」とこぼし、杯を一気に空けた。




