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ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■1章-そして弟子と師匠になる-■■
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1章-邂逅-① 【2019/10/21 改稿】

【2019/10/21 改稿】

エドガー君。ただのヤンキーから、ちょっと理性的なヤンキーになった。


お気に召したら幸いです。

個人的にはこんくらいのエドのノリが好きです。

 ■■1章-邂逅-■■



(……静かだ。)



 まるで暗闇に抱かれているかのように静かに佇む少年が1人。

 静寂が支配する空間で、彼は胸の内でそう零した。


 少年、ルイは自分の胸にそっと手を当てる。

 その手を通じて感じる鼓動は、自分の物とは思えぬほど激しく暴れていた。



 どこか息苦しさを感じ、顔まで覆っていた黒装束を緩める。

 汗に濡れた額をぬぐうと、周囲を漂う冷たい空気が心地良かった。


 ルイは、その深蒼の瞳をそっと閉じ、

 汗で額に張り付いた柔らかな銀髪を、そっと後ろに撫でつける。


 それまで、知らず知らずに張り詰めた糸が弛緩していく様な錯覚を覚えた。



 ふと遠く、ここではない何処か彼方から耳に届くオオカミの遠吠え。

 たった一度聞こえたその遠吠えの余韻すら周囲の静寂に呑まれて行った。



 気付けば、この"大聖堂"に指し込んでいた月の光も今はない。

 あれほど、煩わしいほどに煌々と照らしていた月も飽いたのだろうか。


 静寂と暗闇に満ちた大聖堂の中、ルイは再び周囲に目を向ける。


 誰も座る者のいない、整然と並ぶ備え付けの椅子の群れ。

 祝福の調べを奏でるパイプオルガンも静かに眠りについている。


 讃美歌と祈りと祝福の言葉が溢れ、パイプオルガンが奏でる調べに包まれた華やかな教会の姿は、ここにはない。


 代わりにあるのは、大聖堂に似つかわしくない血生臭い物と者。

 胸を穿たれ、祭壇にめり込むその時まで、けたたましい"狂笑を垂れ流していた物"。


 そして、床に伏す腹部から"柄を生やした者"。


 ルイは自分の手に握られた血濡れの短剣に視線を落とし、再び、弱々しい呼吸を繰り返している者へと視線を戻した。


 鼻につく沸き立つような生臭い鉄の匂い。

 その匂いが、ルイの感情を揺り動かす。



「…オーリ姉っ…姉っ」



 溢れ出る感情。

 それは恐怖。



 口から漏れだす言葉にならない言葉で、倒れ伏す"オーリ"の名を必死で紡ぎながら、駆け寄る。



(頭が痛いっ、うまく息もできないっ、どうして、なんで!なんで!)



 先程まで、まるで凪に晒された様に起伏の感じられなかった表情が歪む。


 目の前では腹を刺され、今にも止まってしまいそうな呼吸を繰り返すオーリ。

 脳裏には、事切れてなお口元に嘲笑を浮かべる骸。



(どうして…なぜ…なんで…。)



 胸の内で吐露するその疑問に答えが示される事はない。


 今もその腹部に突き立てられた短剣から、血が滲みでる様子が、更にルイの心を掻き毟る。



(血を止めなきゃっ)



 オーリの腹部に触れようと伸ばした自身の手を見て動きを止める。


 怒りに任せ、狂い笑うアレの胸に突き立てた短剣が、血を纏いカチカチと震えている。


 放そうとしても指が硬直し、言う事を聞かない。



(どうしてっ!どうしてっ!)



 焦る思いに心を焼かれながら、反対の手で指をひとつずつ開いて行く。




 ―― カランッ




 漸く手元から滑り落ちてくれた短剣。


 大聖堂に金属音が侘しく響き渡った。


 そして、真っ赤に汚れた両手に顔を青く染め呆然とするルイ。



(拭かなきゃ、こんな手じゃ、傷口にさわれないっ)



 再起動したルイは、顔を覆っていた黒装束の一部を引きちぎり

 一心不乱に、血に染まった手を拭う。



 何度も何度も拭う。



 消えない汚れ()、止まらない()

 その深藍色の双眸は涙に濡れる。



 ―― どうして、オーリは腹を刺されなければならない。

 どうして、自身の手の傷はこんなに汚れている。



 際限なく繰り返される疑問に歯噛みしながら、

 今、ここに至るまでの自分を振り返り、叱責する。



「ちがっ…血……消えなっ…いっ」

(もっとちゃんと…もっとちゃんと出来ただろっ)



 ―― ルイは言葉を上手く紡げない。



 心の慟哭は、拍車をかけて暴れ出す。


 どれほどの時間そうしていただろう。

 一刻か、それとも数秒か。



「―― っ!」



 何かを感じ取ったように、顔を跳ねあげるルイ。

 素早く短剣を拾い上げ、オーリを庇うように身構える。



 先程まで、その顔を曇らせていた焦燥感は鳴りを潜め、大聖堂の開け放たれていた出入り口を目を細めて睨みつける。


 接近してくる気配は二つ。


 ルイは涙の跡を乱雑に拭いさり、警戒を強める。



「おいおい、一体こりゃどうなってやがんだ」


「お前と共に、今ここに到着した俺がわかるはずもないだろうが」



 獅子の(たてがみ)を思わせる銀色の髪を、乱雑に伸ばした男が口にした言葉に、頭髪を全て剃り落とした巨躯の男が呆れた声をあげる。


 緊張感の無い会話とは裏腹に、そんな2人からは只ならぬ気配をルイは感じていた。


 銀髪の男はルイに一度視線を向け、歩みを止める事なく近づいてくる。



「狂犬みたいなガキが1人……んで、その後ろには、やばそうだな。

 おいっ、レオン!やばそうな重傷者1人っ。それから…と」



 ルイの背後で伏しているオーリを一瞥し、レオンと大男に声をかける。

 それが済むと、再びルイとの距離を縮める様に歩きだす。



「く…るな」



 無防備に近づく銀髪の男にルイは警告を発する。

 だが、銀髪の男は歩みを止めるつもりは無い。



 刹那、ルイが飛び出し男に肉薄する。



 振るわれた剣線は2っ。



「こりゃ、なかなか鋭い」



 男は笑みに口元を歪ませるも、一瞥する事なくそれを回避する。

 そのままルイの横を通り過ぎ、祭壇の前で足を止めた。



「んで、死体が1つと」



 そう口にして、振り返る。

 銀髪の男は改めて、ルイをまじまじと観察する。


 その瞳は好戦的で肉食獣を連想させる妖しい輝きに満ちていた。


 ルイは、捕食者の瞳に怯む事なく身構える。



「かかっ、悪くねぇ」



 そんなルイの姿に、男は犬歯をむき出しにして呵呵と笑う。



「エド、楽しそうにしているところ悪いが」


 す

ぐ背後から響いた大男の声にルイは驚愕する。


 慌てて振り返るとレオンと呼ばれていた大男が、オーリの側で膝を付き、その腹部に包帯を巻き付けていた。



「その狂犬が心配そうにしてやがんだ。その嬢ちゃんいけそうか?」


「深い傷ではあったが、急所ははずれている。咄嗟にずらしたのだろうな。

 "この子もなかなかの手練れのようだ"。…少年、もう心配はいらないぞ」


 レオンは淡々と状況を説明し、その最後にルイに向けて安心しろと口にした。


「はな…れろっ、オーリ、はなれっ!」



 だが、そんなレオンにルイは短剣を向け、たどたどしい口調で怒気をぶつける。



「降参だ」



 そんなルイを刺激しないよう、レオンは困り顔で両手をあげる。

 そのまま数歩後ろに下がり、あげていた両手を下ろした。


 そして、睨みつけるルイの目の前で消え失せる。



「――っ?」



 突然の出来事に驚愕しつつもルイは、自身とオーリの周辺に目を走らせる。



(何をしたっ?なんで大男(そいつ)はそこにいる)



 祭壇の前で、レオンとのやり取りを興味深そうに眺める銀髪の男。

 そのすぐ傍らに、目的の大男の姿があった。


 ルイは思わず今の今まで大男がいた位置を振り向く。

 次いでオーリの位置、自身の位置を確認。

 再度、祭壇の前に並び立つ2人に視線を向けた。



「ああ、なにキョロキョロしてやがんのかと思ったらそういうことか。

 相棒(レオン)はちょっと人より早く動けるだけだから気にすんな。

 そもそも、俺らは聞きたい事が聞ければ良い。」



 鬱陶しそうに髪をかきあげそう口にする銀髪の男。

 巨躯の大男(レオン)も「害意はない」と頷いた。


 だが、ルイは警戒を止めない。



(聞きたい事…あの2人が死体(あれ)の仲間だったら敵になる。

 それに、オーリ姉さんと僕のことを知られたらみんなに迷惑がかかる)



 突如現れ、場を乱すこの闖入者(2人の男)たちのお陰でルイは冷静さを取り戻す。

 

 置かれている状況、達成するべき目的。

 それらを、頭の中で組み立てて行く。


 ルイは"気配察知-サーチ-"と言う能力に長けていた。


 彼を実の子供のように可愛がる、親代わりたち。

 そんな彼らは、ルイの気配察知の水準の高さに舌を巻く。



 ルイは更に思考する。



 荒々しい存在感を纏う銀髪の男。

 ただそこにいるだけで煩わしさすら覚える濃密な気配を放つ男。

 穏やかな気配を纏うものの、2メートルを優に超える身長と筋肉の鎧を纏う男。



 これほどまでに、大きく力強い気配はそうは見ない。

 ルイがその気になれば2、300メートル先からでも捕捉出来る自身がある。



 しかし、そんなレオンの姿、気配をルイは先ほど2度も見失った。



 祭壇に立つエド。そして大聖堂の入り口辺りで足を止めたはずのレオン。

 だが、気付けば彼はオーリの治療を終えていた。

 咄嗟にオーリとの間に割って入ったルイに、両手をあげ下がるレオン。

 次の瞬間には、視界からも気配察知からも消えて失せた。



 ここでルイは思考を止める。

 いくら考えても答えがでない物に執着する必要もない。



(やることが明確になっただけ)



 ―― オーリと逃げる。その最大の障害はレオン



 そんな、ルイの心の内など知る由もないエドが口を開く。



「おい、そこの狂犬。カカッ、そうお前だよ」



 狂犬と言う言葉に些か不快感を感じたのか、ルイは眉根を顰める。

 だが、そんな事には気にも止めずエドは雄弁に語る。



「ひとつはもうすでに死体、もう一人は治療を受けてお休み中。

 今、口聞けそうなのはお前だけだ。さっきも言ったが、俺達は聞きたい事がある。

 察するに、そこそこハードな展開だったんだろうよ。

 そこに、ぽっと俺らがやってきた。

 そりゃ警戒もすんだろう。わかる、わかるぜ。

 そのお嬢ちゃんの怪我もやばかったしな。

 だから、俺への"おいた"は目をつむってやる」



 再び、ルイの眉間が数回痙攣する。

 気配察知ほどではないが、短剣の扱いにはそれなりに自信があった。



 簡単に回避されはしたが"子供のおいた"とまで貶される筋合いはない。



「それとも何か?相棒(レオン)の動きにびびっちまって声もでねーか?

 いやいや、そんなタマには見えねぇ……。

 さしずめ、お嬢ちゃんと逃げるためにレオンを排除しようって必死か?」



 茶化す様な口調が一変する。

 圧力が漏れ出し、ルイを値踏みする様な獰猛な瞳が爛々と光を帯びた。



 確信を突かれ、内心動揺するもののルイはぐっと表情に出すのを堪える。



 身が竦むような強い視線に負けないよう、しっかりと睨み返し。



 ルイは全身から力を抜き去り、低い重心を更に地へ近づける。



 そんなルイの様子を見て、エドは再び呵呵(かか)と喉を鳴らす。


 ギラギラした笑みを讃える捕食者の目は、「いいぞ、その調子だ」と賞賛、そして歓喜しているようだ。



「カカカッ、ほんとに良い目しやがるなぁ、狂犬ちゃん。

 見た目通りの歳なら、ほんと大した胆力だぜ。

 でもまあ、落ち着けよ。俺らをなんとか出来るって思うのは勝手だ。

 だが、噛みつく相手は選ばないとすぐ死ぬぞ?」



 更に凄みが増す圧力を放つエド。

 ルイの心臓が早鐘を打つように暴れ出す。

 沸き上がる震えを呑み込み、なおもルイはエドを睨む。


 しばし睨みあう2人。

 だが、意外にも先に折れたのはエドだった。



 猛威を振るっていた圧力は霧散し、エドは鼻を鳴らす。



「わかったわかった、やる気なら幾らでも相手してやる。

 だが、()り合う前に聞かせろよ。

 何が起きた。誰がアレを殺った。そんで嬢ちゃんは誰に刺された?

 俺たちは、そこでくたばってるヤツに用があって、

 教会くんだりに足を運ぶことになった。なあ、だから聞かせろや」



 圧力から解放されたルイに、新たな疑問が生まれる。

 この男は何故、執拗に語れと口にするのだ。



 ルイにとって、それはとても非効率な行動に見えた。

 逃走の邪魔になるであろうレオン然り、

 先程の圧力からわかるようにこのエドと言う男も相当の強者。



 何がなんでも口を割らないと心に決めてはいるが、

 オーリを人質に取られてしまえば、そうもいかない。


 彼らから見たルイは障害にはなり得ない。

 この2人がその気になれば彼女を人質に取る事など容易だろう。



 だからこそ、ルイは彼らが何故その手段を取らないのか理解出来ない。

 故に、軽はずみな行動は取れず黙してただ睨みつけるしかないのだ。



「だんまりかよ。……あ?ああ、そうか。用があるって言ったから、

 その死体と俺らがツレだとでも思ったか?

 こいつが誰と()()()()()()は聞きたいとこだったが、

 始末するつもりでここに来た。死んでたからってお前のせいにはしねーよ」



 ―― 誰と繋がってたか。



 親代わりたちと、敵対した相手。

 繋がりとは恐らく、死体の背後の者を指しているのはルイにもわかる。

 だが、何かのはずみで親代わりたちの存在が露呈するのではないか。



 ルイにとっては、オーリの命の次に大切な事。


 その可能性の有無を小さな頭を必死に使い模索する。



「……無視かてめぇ。根暗で照れ屋で狂犬ってどんだけ面倒臭ぇんだよ。

 つか、こっち見ろっ。大人が話してるのはちゃんと聞けっ!」



(……あんたの方がめんどくさい)



 徐々に苛立ち、声を荒げるエドの額にはくっきりと青筋が浮かんでいる。

 喚き立てる声に思考が邪魔され、ルイも苛立ち初め胡乱な目を向けた。



「オレタチ、オマエカラ、ハナシ、キキタイ、アレ、コロシタ、オマエツエー。

 だあああああっっっ!ああ、わかった上等だっ、こうなったら肉体言語(オハナシ)だっ!

 犬畜生とはそれでしか分かりあえねぇ!狂犬ちゃんよっ!」



 苛立ちながら何故か唐突にカタコト言葉を発し、

 勝手に憤慨したエドは、猛然と死体ごと祭壇を蹴り倒した。




 そんな、エドをルイは冷めた目で見つめ、

 横にいたレオンは、額に手を当て天井を見上げた。

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