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ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■1章-そして弟子と師匠になる-■■
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1章-名無しは夜に蠢く-①

 

■■1章-名無しは夜に蠢く-■■


「~♪」


夕飯後の親代わりたちの訓練を思い返し、その一挙手一投足を模倣していく。

短剣の扱いが得意な親代わりが振るう様に振ってみる。


短剣を手にしていないせいか、

何度振ってもイメージの動きと自分の動きに違和感を感じる。

それを納得いくまで続けていく。


ひとつひとつ丁寧に。

ふと動きを止めたかと思うと首をかしげ、そしてもう一度繰り返す。


「ふふっ、いつまで続けるつもり?ルイ。」

「あっ、四柱…様。」


いつからいたのだろうか、

声がした方を振り向くと悪戯が成功したと喜ぶ子供の様な表情を浮かべた四柱。

黒と見紛うほど濃紺の絹糸の様な髪を腰まで伸び、

血の様に赤い瞳は爛々と強い意思を放つ。

ゆったりとしたローブの上からでもありありとわかる肢体は、妖艶な魅力を醸す。


ルイにとっては親代わりの中で一番頭の上がらない人物であり、

極めて稀にではあるが、他の親代わりに隠れてして、陰行の技術や格闘術。

そして魔法の指南をくれる彼女に心底懐いている。


「お説教するつもりはないから安心なさい?」


目を盗む様に訓練の真似事をしていた自覚のあるルイは

「お小言か?!」と身体をこわばらせたが、

いつもと変わらない笑みを浮かべるその姿に安堵する。


「それにしても"なんで思う様にいかないんだろー"。て顔してたから、

 面白く手しばらく黙ってたんだけどね?

 実際、手に武器持たないと武器の重さがないんだから、違和感は消えないわよ?」

「!?

(もっと早く言ってくださいよ。刃引きしてても誰も触らせてくれないし、どうしよ。)」


四柱の助言にショックを受けて、手信号で抗議する。


「まだ子供のルイに武器なんて持たせられる訳ないでしょうに。

 それと手信号使わないで口にしなさい。

 それを日常会話に抵抗なく使いこなせる事自体は褒めてあげるけど、

 言葉を口にする癖つけないと苦労するわよ?」

「(こっちの方が楽です。みんなに通じるし。)」

「うふふ、お馬鹿さんね。外の人と会話する時どうするつもりなのよ。そうね。

 こうしましょ、決めた。私と2人で話す時は手信号禁止。」

「(えー。)」

「私のお勤めまで、まだ時間あるから約束できるなら今から訓練見てあげるわよ。」

「はい!がん……ばる。ます!」

「素直でよろしい。」


ルイは即座に陰行を深くする。普段、無意識に気配を絶つそれよりも深く。

もっと深く。

どんどん存在が希薄に"溶けて"いく。


そんなルイに四柱は満足そうに笑みを浮かべる。

一歩、二歩とルイは四柱をみつめ後ろに下がり、微かに揺れ姿を消す。

音すらもたてることなく、四注へ近づき、そしてまた少し距離をとり監視を続ける。

腰に手をあて優雅にたたずむ四注が、自分を補足しているかどうかを見極めるためだ。

そして、その速度を徐々にあげる。


他のどの親代わりたちにも気取られた事のない"背景に溶けゆく陰行"。

親代わりの中でも有力者であるダン爺やオーリすら舌を巻く"瞬発力"。

数多の親代わりの訓練を観察し続けて得た"卓越した観察眼"は、

相手の呼吸を読み、眼球運動すらをも読み切る。

緩慢な歩法、キレのある動き。そして急加速、急停止。

数多の移動手段を巧み組み合わせ緩急を繰る足運び"絶歩-ゼッポ-"。

研ぎ澄まされる己をもっと高みへと自らを誘う。


「いい覚悟ね。それにとても素晴らしい動きよ。」


だが、同時にルイは思う。

こうして対峙する機会は決して多くはなかったが、

それでも4柱と自分の実力には大きな隔たりがある。


(触れる気もしないや……。うん、"丁寧は捨てる"")


出来る事の多くない事を自覚しているルイはそこから更に加速した。

陰行が粗くなる、足運びも時折乱れる。

慣れない速度での加速と停止を繰り返しに筋肉が悲鳴をあげる。

溶けたルイの気配は明滅を繰り返す光の様に、灯っては溶け、溶けては灯る。

お手本の様な美しかった絶歩も、その美しさも静かさも捨てさった。


"丁寧は捨てる"その言葉の通り、

ただ、純粋な暴力を行使する濁流となって4柱を呑みこむ。


「着なさい。」


4柱の短い言葉。それに対し6発。

真正面から水月へ前蹴りから、背後に飛び込み背面から肝臓へ掌打。

頸椎に回し蹴り、その反動で身体をひねりこめかみへ肘鉄。

そして足払いから顎を強襲。

一呼吸で叩きこまれたその全てを片手で制される。

短い呼吸を挟み8発。

更に続けて10発。

鋭く各急所へ吸い込まれる様に突き出す拳も振り回す蹴りも容易に受け止められる。

最後の蹴りに至っては見事なまでの受け流しにルイの体勢が、

大きく流されてしまい動きを止められた。


「ま、まだ。」

「……いいえ、ここまでよ。」


ルイは気勢をあげるも、瞬きすら許さぬ速度で視界を四柱の手のひらに覆い尽くされる。

慌てて振り払うおうとルイが伸ばした腕は、

あっさり逆の手に掴まれ世界が一転、背中に鈍い痛みが走る。

なんとか体勢を立て直そうとするルイの頭に優しく手が載せられた。


「っっ、ま…だ!まだ!」

「だーめ。」

「……。」

「もう、意地悪で言ってるんじゃないのよ?」

「では…なんで、だ……め?」


いまだ戦意が折れる様子のないルイは、むくれた顔をして抗議する。

時折見せる年相応な素ぶりに、

慈しみの笑みを浮かべて四柱は愛おしそうルイの髪を撫でる。


「途中まで丁寧だったけど、急に無理して速度あげたわよね?」

「雑……だめ?」

「駄目ではないわ、ルイの成長の早さにむしろ感心したくらい。

 でも、あの動きはもう少し大きくなるまで駄目。」

「わから……ない。」

「そうね、なんて言ったらいいかしら。ルイ?ルイはまだ子供の身体なの。

 あなたを子供扱いしている訳じゃなくて実際身体は小さい子供の身体よね?」

「ちい…さい、おおきくなりたい。」

「そうでしょ?だから、今はあまり身体に負担がかかる動きはしない様にしないと、

 身体が大きくならないかも知れないの。」

「それは…やだ。」

「私も大きくなって大人になったルイを楽しみにしてるの。

 だから今は陰行、足運び、格闘術ね。」

「きほ……ん大事。もっとできる、そうなる大事?前聞いた。」

「そういう事。いい子のルイにご褒美あげるわ、ちょっと見ててね?」


ルイから距離をおいて、四柱は動作の一つ一つを見せつけるように、

静かに不動立ちの構えを取り掌打を虚空に添える。

空気が張り詰め、四柱の身体がぶれた瞬間、虚空が爆ぜる。

ルイは喜色を浮かべて拍手している。


「踏み込みにあわせて、体中の間接を捻じるイメージってとこかしら。

 密着した相手にも有効だからはじめはゆっくりでいいから暇な時やってみたらいいわ。

 基本とか基礎って言われるものを積み重ねていくと、

 ただの掌打もこんな風にできる様になるの。

 ルイの陰行だってずっと続けてきたから、"溶ける"事ができるようになったでしょ?」

「大事!基本、やる…ます!すごい!」

「ふふふっ、ルイならすぐに私より強くなっちゃうわよ?」

「すぐ無…理、四柱様、たくさんつよ…い。」

「んー、嬉しいこと言ってくれるわね。よしよし。」


ルイの事が元来可愛くて仕方ない四柱は、ここぞとばかりにルイの頭を強く抱きしめる。

はち切れんばかりの肉感に、呼吸が出来ずにあがいて脱出を試みる。

ここが殺伐とした訓練所ではなく、先ほどまで繰り広げられていた苛烈な模擬戦を、

見ていない者からすれば、とても微笑ましい光景にうつるだろう。


「「……。」」


途端にじゃれあっていた2人は動きを止め、同じ方向に視線を向ける。


「……あら"2柱"。なにか御用?」

「やれやれ、お前さんはともかく。

 偶然とはいえ、ガキにまで気付かれるとは、ちょっと気分わりぃな。」


暗がりから2柱と呼ばれた短く刈りそろえた頭の男が姿を現し、

ルイに侮蔑の表情を浮かべている。

ルイには初めて見る男であったが"2柱"と呼ばれた男を自分より立場が、

上の者であると察し、その場に膝をつき頭をさげた。


「ほぅ、ガキの割に礼義は知ってるということか。」

「それよりなんの用?王都からお戻りの様だけど"頭領"に挨拶済んだのかしら。」

「済んでねーよ、取り込み中だからしばらく待つよう言われてな。」

「そう。じゃあこんな場所で油うってないで、大人しく御所でお待ちしたら?

 私とルイは、あなたの相手してるほど暇じゃないの。

 ルイ、直属の上でない者にそこまで敬意を示さなくていいのよ?」


関わり合う気はさらさら無いと言下に突き放し、

ルイを立ち上がらせ膝についた土を落とし頭を撫でる。


「そんなガキ相手にするよりも、俺様の相手しやがれよ。

 無駄に男好きするお前なら、酌させてやるからよ。」


下卑た目付きで4柱に舐めるかの様に視線を上下させ近づき手を伸ばす。

呆れた表情を浮かべ4柱が振りほどこうとする前にルイがその手を払いのけた。

振りほどかれた2柱は驚きを浮かべすぐに、

なにが起こったのか理解しルイを睨みつける。


4柱は、自分を庇う様に立つルイを興味深そうに観察していた。


「クソガキ?!なんのつもりだ?!」

「だめ。(4柱様嫌がっているよ?無理に触わるのはよくないと思う。)」

「お前には関係がない!誰の道を塞いでるかわかってるんだろうな!ガキっ!

 痛い目にあいたくなければ、さっさと消えろ!」

「(あなたが2柱だとかどうかは関係ない、4柱様は僕の大切な人だから僕が守る。)」

「……このクソガキっ!!ガキの癖に色気づきやがって!」


気勢をあげ2柱はルイに拳を振りおろす。


「2柱、私の気のせいじゃなければだけど。ふふっ、かわされてるわよ?」


当然、当たらない。その場からほぼ動く事なくルイはその拳をスレスレでかわした。

驚き固まっていた2柱に、4柱の小馬鹿にした様な言葉が届く。


「ふざっ、ふざっ!ふざけるなぁあぁ!!」


激昂した2柱は速度をあげ容赦なく蹴りと拳を繰り出す。

しかし、どれも当たらない。

ルイは涼しい顔しながら2柱の血走った目から目を反らさずに回避を続ける。

まったくと言っても当たらない攻撃に更に2柱の怒りは高まる。


「避けるのが、少しうまいくらいで粋がるなよ!クソガキが!!食らいやがれ!!」


完全に頭に血がのぼったのだろう2柱は、爆発的に魔力を高める。

魔力を感知したルイは面倒くさげに4柱に視線をうつすと、

4柱がルイの意図を察してやんわりとほほ笑み頷いた。

許可を得たルイは2柱とは対照的に丁寧に丁寧に静かに魔力を練り上げる。


「"炎弾-フレイムブリッド-"!!!オラオラッ!オラオラオラ!」


2柱の周囲に矢じりの様な形状の炎が次々と姿を出現し、

轟と熱気を帯びた弾幕となってルイに襲いかかる。

その数17。身に迫る熱を感じながらルイは手を翳し静かに口を開く。


「"百舌-もず-"」


ルイの声に応え影が大きく蠢き黒槍を次々と吐きだす。

瞬時にして展開されるそこにある何もかもを喰い破る槍衾。

その数18。

次々と炎の弾を貫き、一本の黒槍は主に牙をむいた愚か者へと差し迫る。


「……ひっ!」


喉元薄皮一枚で停止した黒槍、その先端からは薄ら血がにじむ。

想定していなかった現実にまったく動くことが出来ず、

ただ出来た事と言えば短い悲鳴をあげただけ。

そんな恐怖に駆られた無様な2柱は、喉元とルイの間を視線を幾度も彷徨わせる。


「(4柱が嫌と言ったら近づかない。約束できますか?)」

「あ、ああ俺様が、俺が悪かった!調子に乗り過ぎた!!勘弁してくれ!」

「(そう言っているので、みんなもソレ仕舞って。)」

「?……なっ!?」


手信号の意図がわからず、ルイがむけた視線の先を2柱は追い。

再び恐怖に息をのむ。いつの間にか、そこには複数の者たち。

そして、その手に握られた刃の群れが自分に向けられていた。

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