1章-エドガーは1人で動く-②
2018/09/26 改行修正。
エドガーはオルトックの居城を後にした。
「まずは坊主に、確認にいかねーとだな。その後は…。」
口の中で行動を確かめ、視界に入った門番にひらひらと手を振り城門を通り抜ける。
今頃、レオンはうまくやってるだろうか。と少し思案したところで、
鬱陶しい知人がにやけた顔して手を振ってるのに気がついた。
「なんの用だ、てめぇ。」
「再会一発目の挨拶がそれって…どこの蛮族っすか。エドっち。」
「俺は行くとこがあんだよ、構ってやれねーからここでレオン待っとけ。
あと30分もすりゃ歩いてくんだろーからよ。」
「なんて友達甲斐がない。
じっとして待ってたら別の人が迎えにくるの待っとけって。
親戚の子供じゃないんすから…まぁ、急いでるのはわかったっす。
後でちゃんと情報共有するっすよ?
ただでさえ、鉄砲玉みたいにすっ飛んでいってレオっちが、
苦労して尻拭いさせられてんだろーし。レオっち過労死するっす。」
「おかんか、てめぇわ!」
「短気過ぎっす。そんなカリカリしてばっかいたら憤死するっすよ。
はいこれ、目は通しておいて。」
「わーった。ちゃんと見とく「銀10でいいっす。」…この野郎。
役に立たなかったら、簀巻きにしてバイゼル爺さんに送りつけてやるからな!!」
袋の中を確かめてエドガーは銀貨が入った袋を投げつける。
受け取った袋の中身を確かめ、ルーフェスはとニコやかに笑う。
「役に立つに決まってるじゃないっすか。
久しぶりの屋台街で時間でも、つぶしてレオっち待つ事にするっす。
エドっちはちゃっちゃと行くっすよ。」
「言われなくても行くわ!」
お金をもらえれば用済みとヒラヒラと手を振って去ってく悪友に、
悪態を吐きエドガーは目的値へと足を向けた。
中央広場通称"屋台街"、大きな噴水と大きな公園が存在するこの区画は、
昼夜問わずたくさんの屋台が軒を連ねている。
初めてハンニバルを訪れる観光客や冒険者、
商人たちにはたかが屋台料理と侮られる事もしばしばあるが、
一度食べた者はそのクオリティの高さに息を呑み虜になって行く。
中央広場から、やや北。ハンニバルの居住区が広がる。
魔境と揶揄されるハンニバルは、開拓村としての名残りが強く、
他の都市で見られる"貴族街"と"平民街"などと言う仕切りが無いのも、
特徴としてあげられる。
そんな一画に、目的の店はあった。
食糧品や生活雑貨、冒険者などが買い求める保存食。
それらを扱う"ニルクッド商店"である。
そう、クィマ村に赴き少年を発見した商人"ニルクッド"が営む商店だ。
「いらっしゃいませ。おや!エドガー様!!」
暖簾をくぐり姿を現せたエドガーに、
日に焼けたしっかりした体躯のニルクッドが威勢のいい声で話かけてきた。
「ったく、様はいらねーって言ってんだろーよ。」
「そうも参りませんよ。
さんざん贔屓にして頂いてる上に、"タリマ"の大恩人ですから。」
特別扱いされる事を嫌うエドガーはあからさまに態度に出して、
拒絶を口にしたが、ニルクッドはその厚い胸板をさらに張り、大げさに頭を振る。
「贔屓もなにも、うめーから買ってるだけで不味かったら買いはしねーよ。」
「それは光栄でございます。して、今日は?」
「うち職員にハィナってのがいるんだけどよ。酒場切り盛りしてるんだが。
この前、土産に買っていった調味料を偉く気に入ったみたいで定期的に、
買えるか聞いてくれってしつこくてな。
わりぃんだけどギルドに人でも寄越して相談のってやってくんねーか。」
「おお!そうですか!それは嬉しい!明日にでも、私が直接お伺い致します!!」
商人特有の金の匂いを嗅ぎつけたと言わんばかりの笑顔にエドガーは、
苦笑を浮かべ釘を刺す。
「別に店の主様が直接出向く事ねーぞ?特別扱いしなくていい。」
「特別扱いではありません!実は、私何度かギルドの酒場で食事を頂いておりまして、
ハィナ様の食事の大ファンなんです。
他にも虜になってる従業員もたくさんおりまして。」
商売だけではなく、ハィナの食事のファンだと言われてしまうと、
流石のエドガーも破顔する。
彼自身もハィナの料理に勝る物などないとすら思っているからだ。
贔屓目なしでハィナに匹敵するような食事を出す者など、
大陸を旅してまわったエドガーが知る者の中で3人といない。
「そうなのか!それはハィナに伝えてやってくれすげー喜ぶぜ!」
「承りました。では、エドガー様。あちらにお座りになってお待ち下さい。
タリマにお茶を用意させますので。」
「さすがは大商人様だな。」
「痛み入ります。」
ニルクッドは頭を下げ、店奥へ姿を消した。
4人ほど腰をかけられるテーブルに座り店内を何気なく見回していると、
修道女が2人ほど従業員と何か話しているのが目に付いた。
寄進を乞うているのだろう。
神様という存在を敵認定しているエドガーではあるが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
とまでは至っておらず、人が何かに縋りたいと教会に祈りをささげる事に対して、
一定の理解もある。
今でこそギルドに所属し役職に就いてはいるが、
冒険者として怪我の治療などで教会を訪れた事も一度や二度ではない。
眺めていると2人の修道女の熱意が通じたのか、
従業員から袋を手渡されて祈りの祝詞をあげはじめた。
(その祝詞……うげ、勇者教かよ。)
そんな心の声が届いたのか、店先から立ち去ろうとした2人の修道女は、
エドガーを一瞥して硬直した。
嫌な予感がしたので、エドガーは席をたち彼女たちに足早に近づき周りに、
聞こえないよう声を落とし金貨を数枚握らせた。
「騒がれるのは苦手なんだ。悪いが察してくれると助かる。」
「「…っ!!」」
察してくれたのだろう。物凄い勢いで何度も首を立てに振り、
熱っぽい視線を送りながら彼女たちは去って行った。
妙な気疲れを感じながらテーブルに戻るとタリマがお茶を携えやってきた。
「勇者教の方々でしたか。さすがエドガー様ですね!」
「坊主まで、勘弁してくれ。」
騒ぎにはなりたくない心境をタリマも察してか、
声を落として称賛してくれているのだが、
エドガーには、それはそれで疲れを倍増させる。
心の中で知己の"勇者"に「てめぇのせいだ」と呪詛を吐き、
お茶を飲み干し本題に入る。
「タリマの坊主。ここでの暮らしは慣れたか?」
「はい、よくして頂いてます。
クィマ村で一生犯罪奴隷として過ごすのかと諦めていたんですが、
そんな僕にニルクッド様は読み書きや算術まで教えてくれます。
エドガー様やレオン様にも感謝しかありません。
どう恩を返せばいいかわかりませんが、いつか!」
「恩返しはニルクッドにしてやれ、俺らは特にたいした事してねーだろ。」
「いえ!犯罪奴隷紋など、国の要人の方の許可なければ、
解除できない奴隷紋とニルクッド様に伺いました!
どれほどの事をして頂いたかはわかっています!」
「ったく余計な事教えやがって。じゃあアレだアレ!
立派な商人になって、この街でよ、冒険者の力になれる店出せるくらい偉くなれ。
それでチャラだ。」
「っ!はい!必ずや!」
投げ槍な激励ではあったが、タリマは誓う。
ニルクッドの元で一生懸命、勉強し立派な商人になればニルクッドの力にもなれる。
そして、大恩を受けたエドガーに、
「燃えちまったあの店みたいに冒険者の力になれ」と励まされたのだ。
「まぁ、無理しねー程度にやれや。それでだタリマ。
どうしても俺はタリマの犯罪奴隷紋打ち込んだ野郎どもを、
根こそぎぶちのめしたいと思ってる。
いや、ぶちのめす。これは決定事項だ。」
「私も気持ちは一緒です。ニルクッド様にはもちろん優しくして頂いています。
感謝もしています。…若旦那様たちも私を家族のように育ててくださっていました。」
「代わりに殴り飛ばしてやる。だから、力を貸せ。
難しい事は頼まない。ただ必死に思い出せ。」
「ですが、事件の記憶は…。」
エドガーの力強い言葉に励まされた事があるタリマは、
なんとか力になりたいと思う反面、
自分が彼の力にはなれないのではないかと、顔を伏してしまう。
そんなタリマの気持ちを察したエドガーは根気強く言葉を続ける。
「ああ、ニルクッドに聞いてる。事件の事は
"この街に戻ってきて初めて知ったんだろ"?」
「はい……ニルクッド様は、つらい事を思い出すのではないかと、
クィマ村で再会した時もハンニバルへ戻ってくる道中も、
事件のことに触れずにいて下さっていたようです。
ハンニバルに戻ってきて、事件のことをエドガー様たちから聞き知って、
クィマ村で再会した時、ニルクッド様が涙を浮かべてらっしゃった事に、
得心がいきましたから。」
「お前は、丁稚していた時どんな仕事の手伝いしてたか覚えているか?」
「手伝いですか?事件ではなく。」
その問いにタリマは怪訝な表情で問い返す。
エドガーは強く頷き、タリマの目を見つめて淡々と言葉を口にする。
「ああ、事件のことは一回、頭から切り離せ。」
「仕事の内容は、所詮、丁稚ですから……店先の掃除やお使い、荷運びのお手伝い。
来客頂いたお馴染み様に茶を運んだり。
私の様な子供でもできる簡単な仕事でございました。」
「ちょっと脱線するが、気にしないで答えてくれ。
寝るところとか飯とかはどうだった?」
「4人部屋でありましたが、同室の兄様方もとてもよくしてくださり……。
食事も…奥様や女中の姉様たちもたくさん食べて…大きくなれと。
大変良くして頂いていました。」
幸せな記憶なのだろう。
もう戻る事はない日々を思い出したせいか、
目には涙を湛え言葉につまりながらタリマは語る。
エドガーはそんな様子を見つめながら「力をかせ」と少年を焚きつけ、
辛い思いをさせている自身に憤る。
「少し、休憩するか「大丈夫です!エドガー様は、きっと解決してくださる!」
ああ、絶対だ。絶対に解決してやる。
いいか"最後の記憶"だ。それを思い出せ。
お前に優しくしてくれた人たちと最後に食べた夕飯でも、
最後に食べた朝食昼飯でもなんでもいい。思い出せっ!」
居た堪れなく休憩を提案したが、少年は強い意思と続けるように懇願した。
その意を汲んでエドガーは質問を続ける。
「食事……朝っ!食べました!前の夜っ!そうです!」
「ゆっくりでいい。ゆっくり焦らないで思い出した事を口にしてみろ。」
「はい!最後に記憶に残ってる日の前日なんですが、
とても忙しかったんです。「いいぞ、続けろ。」大口の依頼が飛び込んできて、
若旦那様が主導で商品をかき集めてみんなで、
必死に荷を作ってなんとか全部納めました。
それはもうすごい量で全員くたくたで汗まみれで、でも達成感からなのか、
すごくいい気分になりました。
若旦那様も汗だくでにこやかにしていられたのを覚えています。
そう!それで夕飯がもう食べきれないくらいの御馳走でした!
大人たちはお酒もいっぱい飲んで騒いで……」
何かがタリマの記憶を揺り動かす。
今まで思い起こすことがなかった失った時間が、
絵画の様にタリマの頭の中に浮かび上がり、
それを伝えるように丁寧に言葉にしていくがついには言葉に詰まってしまう。
エドガーは落ち着かせるように、タリマの目を再度見つめゆっくりと言い聞かせる。
「言葉を選ばなくていい、お前は賢い。
思い出したまま伝えてくれるだけで十分に伝わる。」
頷きタリマはふーっと息を吐き出し、目を閉じ続けた。
それから10分程タリマは、自身の思い出話を滔々と語り続けた。
事件に関係がなさそうな話も「構わない、つづけろ。」「全部吐きだせ」と、
エドガーは口にした。
そうして恐らく気を失ったと思われるところまで、
語り終えたタリマにエドガーは、
ポンと手を肩にのせ、労いの言葉を告げた。
邪魔にならない様、少し離れた場所からニルクッドが、
心配そうに伺っていたので、もう済んだと伝え、2人に礼を言い。
ニルクッド商店を後にした。
(……尻尾つかんだぞ、糞野郎ども。楽に死ねると思うなよ。)
陽が落ちはじめた空を睨みつける。
「おい、神様とやら。寝てんのか?
一生懸命生きてる奴らを守る素ぶりすら見せねぇ、
祈ってる奴らを救うことすらねぇ。
面倒事ばっか起こすしか能がないなら"てめえら全員"、
まとめて俺が引導渡してやんぞ。」
実際、神がその言葉を聞いていたら「八つ当たりだ!」「理不尽だ!」と抗議するだろう。
ただそんな事をお構いなしなエドガーは舌打ちを残し、
次の目的地"花街"へと歩き出した。
花を肴に酒に興じ、花を抱いて夜にまどろむ……欲望渦巻く背徳の都。そんな花街へ。




