1章-巨躯と領主と奇術師と-①
■■1章-巨躯と領主と奇術師と-■■
開門の後、直立不動で2人を見送る門番たちに向け、
苦笑いを浮かべつつ軽く手をふり、敷地内に足を踏み入れた。
100人規模の小隊が勇ましい声をあげ、練兵場で槍を奮っているすぐ側で、
小麦の収穫に精を出す軽装姿の兵や、芋を掘り起こしその出来栄えを確認し、
満足そうにしているローブ姿の者たちの姿に目を止め、
エドガーは上機嫌に周囲を見渡し楽しそうに笑い、レオンも笑みを浮かべている。
そんな景色を横目に塔に隣接した屋敷の前に見知った男が、
立っているのに気付きいた2人は歩みを早め近づいた。
「エドガー様、レオン様。ようこそおいでになりました。」
その執事。
バイゼルは燐とした立ち振る舞いで頭を下げた。
「よっ、バイセル爺さん。相も変わらず元気そうだな!
こりゃ100まで生きるな!本当に"人種"かどうか疑っちまうぜカッカッカッ!」
「お前はどうして、そう…ったく。
バイゼル殿、ご無沙汰しています。ご健勝でなにより。」
「いやはや、ご無沙汰しております。
なかなか顔を御出し下さらないので、こうお会い出来るのを心待ちにしておりました。
立ち話もなんですのでこちらへ…勝手知ったるこの館において、
案内などは不要でしょうが、この老いぼれの楽しみに付き合うと思って、
ご案内させてくださいませ。」
相変わらずの2人のやり取りを受け、
姿勢を崩すまでに至らないもののバイゼルは花が咲いた様に笑顔になる。
バイゼルに先導されて先の言葉通り幾度となく訪れた館内を進む。
「それにしても、わざわざバイゼル殿が我々の出迎えなどされなくても。」
「いつもいつも出迎えてもらっちまって…。他にも使用人もわんさかいんだろ。」
「なにをおっしゃいますか、お二人がお尋ねになられるのを、
主人より心待ちにしている私がお迎えにあがるのは当然です。」
「ハハッ、それでは、まるで伯爵は我々の顔など見たくないみたいじゃないですか。」
「そりゃ、やっかい事持ち込まれて丸投げされるか無茶振りされるかだからな。
出来れば来て欲しくねーんだろ!カッカッカッ!」
「それを捌けずして、なにが伯爵でありましょう。まだまだ指導鞭撻が主人には必要。
なかなかどうして隠居暮らしは、今だ遠く感じます。」
「実際、オルトックが辣腕振るえるのは、バイゼル殿の助力あってですからね。」
「俺らもさんざん世話なったしなぁ。
懐かしいこって。」
「私にとっては、まだ昨日の事の様に感じます。お二人ともご立派になられました。
ただ、今でも何名かはたまにお会いすると、
小言のひとつでも申したい者もいるようですが。」
「…誰のこと言ってんのか、すぐわかっちまった。」
「俺もだ。」
苦虫を噛み殺した様な演技まで見せるバイゼルに、
2人は同時に1人の友人を思い浮かべる。
ハンニバルに拠点を移し、2年経たない程度だが王都にいた頃と違い、
"若干癖の強い"仲間たちとも頻繁に顔を合わせる事がなくなった2人は、
その頃を知るバイゼルとの会話を楽しんでいた。
「さて、私も仕事に従事せねば…大変申し訳ないのですが、エドガー様、レオン様。」
言葉の通りバイゼルの纏う空気が変わる。
もう少しこの気楽な雰囲気を楽しみたかったのはエドガーもレオンも一緒ではあるが、
今はそんなに時間的余裕がない。
「主人は今、来客中ですので、しばし応接室でお待ち頂きくかと思われます。」
「却下だ、待つ気はない。」
エドガーは笑い出しそうになるのを必死で堪える。
"主人が来客中だから応接室で待て"と言うバイゼルが、
そう切り出したのは主人がその来客とやらの対応をしている"執務室"の扉の前だからだ。
つい小声でレオンも「御冗談がすぎます。」と苦笑いをこぼす。
「それは残念です。
エドガー様にきっと喜んで頂ける茶葉が手に入ったのでお淹れしたかったのですが。
「ハチミツたっぷり入れてもいいやつか?」
「ええ。」
「あとで顔出す。絶対飲ませてくれ。レオンの珈琲はねーとよ、残念だったな。」
「ああ、本当に残念だ。」
「機会がありましたら、ご用意させて頂きましょう。」
――トントントン
言いたい事は告げたとばかり、
喜色をのぞかせたバイゼルは扉をノックし来客を伝えようと口を開こうとした。
刹那、そのバイゼルの前へレオンが庇う様に遮り、
にやけた顔のエドガーはさも楽しそう扉を蹴り開けた。
バイゼルは自分に危険が及ばぬように、
立ち回ったレオンにほほ笑みを残し一礼して去っていった。
「入室の許可を出した覚えがないのだが…エドガー、レオンなんのつもりだ。」
整然とされた執務室には不機嫌そうな不健康な顔色の男が、
青額をたてて睨みつけているオルトック。
そしてもう一人、バイゼルから伝えられた客がこの男なのだろう。
灰色ローブを纏い軽薄なうすら笑いを浮かべている痩身の男。
「んだよ、いちいち許可待ちしなきゃいけない物騒な打ち合わせでもしてたのか?」
「無礼がすぎると言っているんだ。ご覧の通り来客中だ、一度退席したまえ。」
「偉そうに。」
「なんだと?」
ドアを蹴り開け我が物顔で入り込み、
執務机に座するオルトックへ喧嘩腰に捲し立てるエドガー。
レオンはその姿に呆れた顔で見ていた。
それを余所にどんどんヒートアップしていく2人の掛け合いに、
うすら笑いを浮かべていた男も動揺の色を隠せなくなる。
「伯爵さんよ事情わかった上で、眠たい事言ってるんじゃないよな。」
「貴様からの使者から受け取った報告書は目を通した。
それを踏まえた上で"彼"との会話を優先している!
それが分からない浅慮な無礼者に退出しろと先ほどから言っている。」
「ああ、わかったわかった。
事実確認に来ただけだったが、てめえは"クロ"だな。」
「いい加減にしろ貴様っっ!!ギルドマスター風情が舐めた口を聞くな!
レオン、お前も見ていないでこの横暴をなんとかしたまえ!」
オルトックも普段であれば、エドガーに対しこんな口など決してきくことはないが、
あまりの態度に引くに引けず声を荒げる。
静観を続けるレオンにまで噛みついた。
「冒険者ギルドは如何なる国にも仕えない。命令権などてめぇにある訳がねーだろ!
だいたい、こんな胡散臭いヤツとこそこそしてるお前を、
信用なんて出来ると思うか?!あ゛?!」
「見知らぬ客人にまで噛みつくな!分別つかない獣め!
仕えるべき者すらいない志の低い冒険者上がりの獣に、
とやかく言われる筋合いなどない! そもそも!そもそもだ!
貴様は私を疑い、何に確信を持ったのかは知らん!
時系列がおかしいではないか!
最初の事件が発生した後、私は国王陛下より爵を賜りこの地に来たのだぞ!」
顔を近づけ口汚く罵るエドガーの胸倉を掴み、オルトックは一気に捲し立てる。
自分に非などないのだ。そう告げているのだ。
しかし目の前の狂犬と化したエドガーは、
さらに気配をギラつかせながら睨みつけ続ける。
「そんな物なんの意味がある。孤児院の事件が王都で公になってからここに来たわな。
平民から伯爵様へ大出世してだ!
ハンニバルから王都に逃げた孤児院から陳情握りしめ、"狂王"陛下に尻尾ふってな!
お前が"自分で仕掛けて自分であと処理"したんだろ?
そりゃ簡単だよなぁ。
自分でよっこら潰して歩いて、孤児院おっ建てて、騎士たちつかって警備すりゃいい。
国王とハンニバル住人の信頼を得て大名様様だ!」
「それは貴様にも言える事だろうが!
事件解決のために大手を振って王都から鳴り物入りで辺境へ、
やってきた"英雄"殿たちが、遅々として事件の調べは進まない!
さらには同様の手口で商会や店舗でも立て続けに事件は起こる!
自分たちの無能さを隠すために、都合よくたまたま行方不明に、
なった冒険者たちをネタに、自分たちも被害者だと騒いでるだけではないのか!?」
「おいおい、言葉選べよ。三流貴族。こっちはもうとっくにケツに火がついてんだよ。
よく聞け。行方不明が19人。5パーティまるっと行方不明だ。パーティごとだぞ?
椅子に座って本読んでるだけの豚野郎にはわかんねーかもしれねーがな。
どんなに危機的状況になっても、誰かは生き残るんだよ。
全滅でもすりゃ死体が見つかるんだよ!
それが、誰1人!誰1人戻らねえ。魔窟に潜ることは許されていないランクの、
奴らとはいえ"魔境の冒険者が"だ!
王都でかわいい野兎狩って酒飲んでるやつらとはモノがちげーんだよ!」
「三流、豚野郎だと?! "殺める事しか知らない呪われた家名"の分際でっ!!」
烈火のごとくお互いの胸倉を掴みあい怒号をぶつけ続ける。
どちらも引かない罵りあいは、オルトックが発したその一言で唐突に幕を引いた。
その急停止にオルトックも困惑の表情を浮かべる。
「……囀るな。」
「「っ!!!!」」
重いとても重い濃く粘りつくような殺意がエドガーから溢れだす。
オルトックと傍観者を気取っていたローブの男は、
絶対的強者の怒気にさらされ生きる事を諦めた。
「ルクシウスの名を穢す者は殺す。」
「待て、エド!!」
エドガーの右手が微かにぶれる。
竜巻が木々をなぎ倒したような破壊音と共に激しい衝突音が響き渡り、
レオンの制止の言葉はすら消し飛ばす。
刹那静寂、一拍遅れで静寂を引き裂く力の暴威が執務室の一画は喰い破った。
「落ち着け、エドガー。オルトックが黒幕だと決まった訳では"まだ"ないだろ。」
「…わーったよ。ああ気分が悪ぃ。先帰るわ。
おい、そのビビり倒したツラで、手打ちにしてやる感謝しろよ。」
荒れた執務室をぐるりと見渡し、情けなくうなだれているオルトックに、
侮蔑の表情を向けレオンに「あとは任せるわ。」と手をあげ退室していった。「わかった。」
と短く返答し、楯を"アイテムボックス"に仕舞いこみ、
「たてるかな?」とオルトックに手を差し出した。
「ああ、すまない。」
オルトックはひねり出すよう短く答え、レオンの手をとる。
そして改めて様変わりしてしまった執務室に茫然とする。
極度の緊張にさらされたせいだろうか瞼や口元が痙攣が収まらない。
間を置かずして、騒ぎを耳に駆けこんできた家人たちに、
オルトックは後片付けを指示し、3人は応接室へ移動した。
ソファに腰をつけ、バイセルが淹れた紅茶を口にしてやっと恐怖が、
薄れたのかオルトックは短く嘆息した。
当初はうすら笑いを浮かべ余裕を醸していたローブの男も、
今では引き攣った笑みを浮かべ疲労の色を浮かべていた。
バイゼルが紅茶を配り終え退室し、沈黙の中レオンは立ち上がり頭を下げた。
「改めてオルトック伯爵、そしてお客人。エドが大変失礼した。
特にお客人はただ2人に巻き込まれただけの被害者だ。本当に申し訳ない。」
「私も分別ある者の言動ではなかったと反省している。奇術師殿失礼した。」
「っ!いえ!私は特になにも!伯爵もお気になさらず!!」
余程堪えたのか、オルトックは消沈している。
奇術師と呼ばれたローブの男は、
伯爵にそう呼ばれた事を若干避難めいた色を浮かべて居住まいを正した。
「奇術師殿……なるほど。」
「いや、それはですね!」
「…しかしだ。エドガーが怒るのも無理はない。オルトックも人が悪い。」
レオンが自らの呼び名に反応したのを受けて、
奇術師と呼ばれた男は口を開き掛けたが、
おかまいなしにレオンは言葉をかぶせて、言いつのる。
その目は軽くオルトックを非難していた。
「冒険者失踪の件。これは楽観視できはしない案件だ、オルトック。
俺も涼しい顔はしているが、エド同様、焦燥も苛立ちも感じている。
そんな中で、我々が得た情報の真偽を聞くべく訪ねて来たら、
こうして奇術師殿がいらっしゃる。
俺たちはオルトック、君に情報提供してきた組織の名前も伝えたはずだ。
"名無し"からだと。」
そこで間を置き、紅茶に口をつけオルトック、そして奇術師を伺う。
表情を伺われている両名は先ほどの人外の力を、
見せつけられた事もあり緊張の色を濃くした。




