1章-孤児院の意思-②
"大規模連続誘拐事件"
その最初の事件と目されているのが、2年前に起こった"孤児院放火襲撃事件"。
花街近くに建てられたその孤児院は、その立地から花街の有力者達などの寄付に、
恵まれ40人~60人ほどの子どもがいたとされている。
ある夜、何者か達により襲撃、後に発見された遺体から、
総勢47~50名ほどが犠牲になったとされている。
犠牲者の数が正確ではないのには理由があり、襲撃犯は彼らの命を奪った後、
建物を放火したため遺体が焼けただれ損傷が激しかったのも原因の一つだが、
後の調べにおいて、裂傷による部位欠損している遺体が多かったためだ。
出火当初は不審火の可能性が高いと目されていたが、
調べを続けているうちに、放火襲撃事件として扱われる事となる。
捜査開始から、さほど時を待たずして犯人と思われる人物が捕縛された。
犯行日の前夜孤児院周辺で不審な行動を、
とっていた人物の目撃情報があったため、その犯人捕縛。
それを皮きり襲撃犯は全て捕縛される事となる。
動機についてもすぐに判明した。
"多額の寄付金が納められる日を調べ押し入った"襲撃犯たちは、
孤児院に花街の有力者などが寄付金を納める日を調べあげ、凶行に及んだのだ。
事実、盗まれたと思われる額とほぼ同額と思われる金貨を襲撃犯たちが所持、
または住処に隠し持っていたのが発見された。
だが、ここで不自然な点が浮かび上がる。
"遺体として発見されなかった者たちの生死、またはその行方"である。
犠牲者の数を差し引いても子供とその世話をしていた者たち、
少なくとも"10名前後の人物たち"が生死不明、行方不明。
"目撃者を怖れ徹底的に生存者がいない事を確認した上で、
火を放った"との証言もとれており客観的にもその証言は信憑性が高いと判断された。
なぜならば、"そのための放火"なのだ。
隠れた生存者を徹底的に確認したと言っても、現場は小さな子供も多くいる夜の孤児院、
見逃している可能性も考え襲撃犯たちは火を放ったのだ。
当日現場において10人もの生存者はとてもではないが考えにくいと結論づけられ、
"行方不明者"は事件当日、
またはそれ以前に孤児院を出たものとしてやむなく処理される事となる。
行方不明者たちが仮に孤児院を事件の前に出たとして、
"何故1人も名乗りをあげないのか"という謎が残し、
この事件は幕を閉じた…かに思われた。
閉幕どころかこの事件が"大規模連続誘拐事件"の幕開けだったのだ。
その言葉通り幾度となく、孤児院は襲われ続け焼き尽くされた。
ある事件では冒険者たちが襲撃犯となり下がり捕縛され、
またある事件では、酒場で知り合った流れ者同士が結託し凶行に及んだ。
さらには、自分が資金援助や寄付をしていた孤児院に、
多額の保険金をかけ自ら罪を犯す愚かな貴族まで現れた。
これらの孤児院を狙った事件は、"襲撃犯同士の面識は一切なく"。
犯行動機である"多額の寄付金が納められる日を調べあげ"、
そして最後に必ず"放火殺人と言う手段"をとる。
この共通点の他に、"正確な犠牲者数と生存者数が不明であり、
存在すると仮定される難から逃れた生存者が名乗りをあげない"。
これらは、最初の事件で残された謎も共通していた。
住民たち口々に「共犯者の中にいたのではないか」「金を持ち逃げしたから出てはこられないのではないか」などと面白おかしく憶測を立てる者も少なくなかったが、
当然捜査にあたった騎士たちがその程度の事を確認しないはずもなく、
"襲撃犯の中に孤児院関係者は皆無"。
事件当時、孤児院にあったであろうされる多額の金貨と、
襲撃犯から押収した金貨が限りなく同額"であるのは調べがついていた。
謎が解けぬまま事件は繰り返され、
最初の事件から一年を待たずしてハンニバルから孤児院が姿を消す事になる。
寄付金がなかなか集まらず細々と運営を行っていた孤児院すらも襲撃を恐れ、
教会を頼り新天地を求めハンニバルから去っていった。
その折、一部の孤児院の関係者は王都へ渡りハンニバルで、
起ったこれらの事件を王城勤めのとある文官に陳情。
大事であると判断した文官は、それを知己の近衛騎士団団長へ相談。
それを受けた団長はただちに国王へ報告をあげる。報告を受けた国王は激昂。
前領主であるザルコル伯爵からは何も報告を受けていなかった宰相を、
含め国政を一任されている者達に激震が走る。
結果、ザルコル伯爵は領地はもちろんのこと爵位を剥奪され王都に連行され、幽閉。
それを機にオルトックが伯爵を叙勲されハンニバルを治める運びとなった。
現在もオルトックはこの事件の解決に動いている。
当時3歳だったルイには、少し成長した今だからわかる事があった。
あの孤児院がなくなった日、ルイは"あの恩人"によって生かされたのだと。
(……トラスト先生。)
孤児院での日々など、ほとんど記憶に残っていないがルイにとっては、
いつも優しくたくさんの事を教えてくれる人だった。
子供が苦手だったのかいつも抱きあげてくれる時だけは、
笑っちゃうくらいに強張った顔をしていたことだけは、
よく覚えている。今も楽しいが、あの頃もきっと楽しい毎日だったんだと思う。
「ルイ、よく聞くんだ。今からとても大切なお話をするね。」
ルイの記憶に残る最後トラストは、ただただ真剣にルイの瞳を見つめていた。
この日のルイはシスターに何か悪い事をしたのだろう、
こっぴどく叱られ少し落ち込んでいたところ、
トラストがすごく真剣な顔をしているので、トラストにまで叱られるかと身構えていた。
ただ表情とは異なり噛みしめる様に優しい声音で話す、
いつものトラストだったから安心したのを覚えている。
「●く●●●を●●る●ら●●●●る●●よ。オーリはわかるね?」
ルイは頷く。トラストの言葉の一部は霞がかかってるように思い出せない。
(たまに甘いお菓子を持って孤児院に遊びにくる元気なお姉ちゃん。)
「オーリがルイを迎えにきてくれるから、隣の公園に積んである箱はわかるね?
ほら、みんなでかくれんぼした時に、ルイが最後まで、
一番上手に隠れていられた箱だよ。」
ルイは少し考え、再度頷く。
(トラスト先生が最後まで上手に隠れてた僕をほめてくれた時の箱。)
「そこで、オーリがくるまでじっと隠れていなさい。
いいね?オーリがくるまで出てきてしまったらルイの負けだ。ルイが勝てるように、
このお菓子をあげよう。頑張って負けないようにするんだよ。
さぁ、行きなさい、かくれんぼのはじまりだ。」
大きくルイは頷き、しっかりと落とさない様にお菓子を握りしめて隣の公園に向かう。
少しだけ気になってトラストの方を向き直す。
トラストは優しい顔をして何か言った様な気がしたが、もう思い出せない。
なにかとても大事なことだった気がする。
しばらく箱の中でオーリを待ち、初めのうちはオーリを脅かそうとわくわくしていた。
そのうち待ち疲れて眠ってしまったり、お腹がすいたらお菓子を食べたりしつつ、
ただただ只管、オーリを待ち続けた。
待ち疲れて飽きてしまってもトラストとの約束を守るため、ただただ待ち続けた。
どれほど時間がたったかわからなくなるまで待っていたら、
顔を涙でぐしゃぐしゃにしたオーリがやってきて、ただただ強く抱きしめられた。
そして、オーリに手を引かれここに連れてこられたのだ。
(トラスト先生は僕を守ってくれた。僕もきっと……)
「おっと、ルイどしたのそんな顔して。
さっき化粧室からサリサーヌ様を案内してくれたんだって?えらいえらい!!
そろそろ夕飯だから一緒に食べようよ。
今日はなにしてたのか聞かせてよ。…悪い事してないよね。」
つい先ほどまで思い出に浸っていた影響か、
今もあの時のまま優しくルイの手を引いているオーリに感謝した。
あの日探し出してくれたオーリは、トラストから指示なのか、
伝言なのかはわからないが、とても心配してくれたに違いない。
思い出の中のオーリを慰めたりなんかは出来ないが、
この姉代わりに心配をかけてはいけなとルイは誓う。
手のひらから感じるオーリの優しさを感じながら、
恩人がしてくれた様にオーリを守るんだと小さく誓った。




