表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちみっこ魔王は呵呵とは笑わない。  作者: おおまか良好
■■1章-そして弟子と師匠になる-■■
13/143

1章-孤児院の意思-①

■■1章-孤児院の意思-■■


ルイは帰宅後、誰にも遭遇する事なく小言を回避していた。

姿が見えない事に気にかけた大人は数人いたが、

5柱が助言を求められ外で日向ぼっこでもしていたらと、

提案した事を探していた者たちへ伝えた。

まだ日が高かったのもあったため誰も不審に思わなかったのだ。


さらに、常日頃ルイは自分の気配を消している事を失念する事も多く、

その技術の高さも相まって「その辺にいるのだろう。」と大人たちの思い込みも、

要因であった。お小言を覚悟していたルイには嬉しい誤算だったと言えよう。

誰に打ち明ける事もない彼の小さな冒険を心の中で反芻し出会ったオオカミの、

毛並みや人のいい冒険者たちにまたどこかで出会えるだろうかと心を弾ませていた。


「「「いらっしゃいませ」」」


また薬でも誰か買いにきたのだろう。店舗から来訪を告げる声が聞こえた。

特段珍しくもない日常なのだが、小さな冒険を終え高揚していたのだろうか。

意気揚々と店舗の中を覗き込んだ。


「なにかお探しでしょうか」


肩ほどで切りそろえた髪を揺らし笑顔で対応している5柱の姿があった。

花街へ向かう者よりも、花街から帰路に着く者の方が立ち寄る事が多いため。

店内にいるお客は5柱が対応している祭服の男性と修道服の女性の2人組だけだ。


(珍しい2人組。)


ルイがそう思うのも無理はない。もちろんハンニバルにも教会は存在する。

冒険者が多いため信心深い者は他の都市よりは少ないが、

日々の糧をえられる事を感謝する者、家族の幸せを願う者は足しげく通い、

わずかな額ではあるが寄進する。

また治癒の力がある"聖属性"魔法を得意とする者の大多数は、

宗派の違いこそあれどいずれかの教会に勤める事が多いため、

怪我や病気の治療を求める者はあとを絶たない。


しかし、ルイの疑問はただこの花街にほど近い立地である上に、

聖属性魔法を使える者には、別段必要の無い薬ばかりを販売しているここに、

教会関係者が訪れる事など滅多にないのである。


「申し上げにくいのですが、我々はお客ではないのです。」

「と申しますと・・・道に迷われましたか?」

「いえいえ、私は"救世教"の司教をしている"タパティ"と申します。

 彼女は"サリサーヌ"。

 2年前から災禍を奮う孤児院を狙った事件を、王都の教会にいた時に耳にし、

 こちらの都市で悲しみを抱えてる者たちの一助になりたくやってきたのですが。」

「それは素晴らしいお考えですね。」


自分の身の上話に酔っているのか滔々と話はじめたタパティに5柱は笑顔を保ちつつ、

当たり障りのない相槌を打ち、どう話を切り上げようかと頭を悩ませる。


「ところが、今度は商会や店舗が襲われる事件まで起こるではありませんか!

 このままでは、我々を見守って下さっている"女神様"が、お嘆きになってしまう!!

 ですから、こうして都市の中の店舗を訪ねて、

 安否の確認と身を守る祈りを提供して回っているのです。」

「それはそれは、見ての通り私どもは平穏無事に生活しております。

 御心配頂きありがとうございます。」

「安心するのはまだ早いのではないですか!

 今なら我々の「いえ、本当に結構ですので。」

 ……そうですか、そこまでおっしゃるのであれば…。」


5柱が笑顔で拒絶している事を察しているものの、

寄進を得るために必死なタパティは食い下がる。

さらに畳みかけようとした矢先、

ついには言葉でしっかりと拒絶の意思を伝えられ言葉に詰まってしまったようだ。


(孤児院だけじゃなくて、あんなに大きな教会の救世教もお金集めないといけないのか。)


ルイは花街のある商業区から中央通りの屋台街に、

向かう途中の巨大な城のような教会を思い浮かべていた。


このオーカスタン王国には、そんな救世教を含め、4つの宗教が存在する。

この世界の存在する全てを生み出したとされる、

創世神ガタノスタルを信仰する"創世教"。


創世神ガタノスタルがこの世界を創造した後、

自ら創造した世界の営みを見守ることに飽いたガタノスタルに代わり、

人々を導いたとされる女神シヴィルノルンを信仰する"救世教"。


飢える苦しみから人々を救うべく農耕を伝え、

魔物を狩ることを伝えたとされる豊穣と狩猟の神ガルディアランスを信仰する"豊穣教"。


この世界に危機が訪れる度に、いづこより歴史の表舞台へと舞い出て現れる勇者たち。

ある者は怒れる竜神を屠り世界を救い、

またある者は邪神を信仰し復活を目論んだ邪教の陰謀を悉く打ち破り、

またある者は悪意のある者によって、

狂わされた悲しき魔王が率いる魔族と他種族の戦争を止めた。

神を信仰するのではなく、過去から現代かけて活躍する勇者を信仰する"勇者教"である。


その他、各地域には古来からその土地に棲み多くの土着神の存在が信じられており、

また王国も土着神信仰を否定しないため、その土地土地の土着神を祭る宗教も数多い。


ハンニバルには"4大宗教"は、もちろん海洋を近くに持つハンニバルを含む、

オーカスタン王国南部周辺地域に信仰が強い、

"豊漁と海嵐の神"イクジフィカを、祭る静海教。

これら5つの教会や寺院が存在する。


これはオーカスタン王国内の都市、町村では珍しく本来であれば、

その領地を守護する領主が信仰する宗教が優遇されるため、

同じ地域に、他の"4大宗教"は拠点をおかない。

なので必然的に"4大宗教"のいずれかと、

その地域の土着神を信仰する形をとるのが通例である。


だがハンニバルは開拓村としてその歴史をはじめた、

開拓のために訪れた移民たちは至るところから集められたため、

信仰する宗教にはばらつきがあったのだ。

只でさえ、開拓事業は困難を極め、

辛く過酷な日々を過ごさなければならない事もあった。

そこで開拓の総指揮をとっていた者がどれか一つ宗派に改宗させることにより、

不満を爆発せないために、各々自由に好きな宗教を信仰することが出来るよう各教会、

寺院を建てる事にした。


そんな時代背景のため、今もなおハンニバルでは住人や冒険者たちが、

自分が信仰する宗派に属し、日々の生活を過ごしている。


「あの、御不浄をお借りしてもよろしいでしょうか……。」

「ちっ、君は私が尊い教えを説いている最中に、よりによって!」

「尊い教えを聞き及んだ上で、寄進はしない旨をお伝えしたかと。」

「こほんっ、私は知らん。先に行く。」


サリサリーヌは、気恥ずかしそうに化粧室を借りたいと願い出たことに、

寄進を得る事が出来ないと悟ったタパティは八つ当たり気味に声を荒げるが、

5柱の切り捨てる様な言葉と他の従業員から冷ややかな視線に気づき、

わざとらしい咳払いをし、捨て台詞を吐き去っていった。


「私がいうのも失礼ですが、御苦労が多そうですね?サリサーヌ様。」

「いえ、なんとも…。」

「シスカ。サリサーヌ様を、ご案内してさしあげて。

 私はちょっとだけあの司教様に小言ぶつけてやらないと気が済みそうにないわ。」

「うふふ、かしこまりました。私たちの分もこってりしぼってあげてください。

 さあ、サリサーヌ様、どうぞこちらへ。」

「ほどほどにして頂けたらと…。」


5柱はよほど腹に据えかねたのか、司教を追って外へ向かう。

シスカは可笑しそうに笑って、

心配そうに5柱の後ろ姿を目で追っていたサリサーヌを、

店奥へと続くこちらに向かってきた。

教会の寄進の難しさに子供ながらに思いを馳せていると、

ルイの頭上から声が振ってきた。


「こんなところでなにしてるのかな?ルイ」

「(オーリお姉ちゃん。)」


 ルイは、やってきたオーリに事の顛末を簡単に手信号で伝えた。


「そういう器量の小さい男になっちゃいけないよ?

 それにしても寄進求めに花街の近くまでやってくるなんて、余程困ってるのかしらね。

 …さてと、私もお店の手伝いしてくるわ。良い子にしてるのよ?

 いらっしゃいませ。」


話の内容に顔をしかめたオーリは、ルイも感じた疑問を口にし、

ルイの頭に手を置くとシスカとサリサーヌとすれ違い、

小さく頭を下げ店へと向かっていった。


「足元にお気をつけ下さい、こちらの廊下をすすんだ突き当たりとなります。」

「ご丁寧に案内いただきありがとうございます。」

「いえいえ、お済になられましたらお声がけ下さい。

 私はそこの部屋で作業してお待ちしてますね。」

「はい、ありがとうございます。」


化粧室に向かってサリサーヌはルイの横を通り過ぎる際、

ルイ気付き小さくほほ笑み目礼をした。ルイもつられるように礼を返す。

そこへ薬やポーションなどの商品を保管してある倉庫へと、

足を向けようとしたシスカがルイに気付かずぶつかる。


「きゃっ!って、びっくりしたぁ……

 もう、ルイってばこんなとこに立ってちゃ危ないでしょうに。」

「ご…めんなさい。シスカおね…ちゃん」


接触の瞬間、咄嗟に反応したシスカは、

ぶつかり倒れそうになったルイの手を慌ててとり、頭を撫でまわす。

言葉を発する事に不慣れなルイは、さすがに他所の人前で手信号を使う訳にもいかず、つっかかりながら謝罪を口にした。


「あっ、サリサーヌ様。お気になさらずに、

 このお店に奉公がてら修行してる子なんです。」

「いらっしゃ…いませ。」


シスカに促されルイは、サリサーヌへ向き直しの店の関係者の様に挨拶を口にし、

改めて頭下げ礼をとる。

サリサーヌは一瞬困惑の色を浮かべるがすぐにその優しげな笑顔に戻り、

再度ルイに一礼して化粧室へ姿を消した。

その姿を最後まで見送ったたシスカが、コツンとルイの額を突く。


「っ!」

「ルイ、サリサーヌ様が戻られたら、そこの倉庫にご案内してくれる?

 私そこでお店の商品の補充しているから

 (こらこら、気配殺す鍛錬もいいけど、お客様がいるところは気をつけなきゃだめよ?)」

「…はい。

 (ごめんなさい、気配消してるの忘れてた。)」

「じゃあ、お願いねー。

 (オーリには内緒にしてあげるから、気をつけるのよ)」

「(うん、ありがと。)」


軽めのお小言を手信号で済ませたシスカは、

優しく笑みを浮かべ手を振りながら倉庫に姿を消した。

気配を消したままであったが、オーリが普通にルイへ声をかけて着たことや、

サリサーヌがこちらに目礼したと、

勘違いしたせいもありルイは自分が気配を消していた事をすっかり失念していた。


心の中で反省しシスカに与えられた倉庫まで案内する仕事を、

達成するべくサリサーヌが出てくるまでの間、何度か気配消してみたり、

消すのを止めたりを繰り返し、万全な状態で待機する。


しばらくして化粧室から姿を現せたサリサーヌに、「ご案内します。」と、

たどたどしくではあるが伝え、シスカの待つ倉庫に案内し、ルイは小さく嘆息した。

ルイは、久しぶりにみた修道服を眼にし、

少し重い気持ちになっている自分に気がついた。

ルイがここに拾われるまで育った孤児院。


その建物も、ともに育った家族たちも今はもう存在しない。

その当時の事を、そして孤児院に起こった事件を、

サリサーヌの修道服がきっかけで記憶が喚起されたためである。

エドガーたちが調べている例の連続事件。


その最初に襲撃された孤児院。その唯一の生き残りがルイその人だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ