1章-エドガーとレオン-②
意図せずにしてクロエの腹筋と財布にダメージを与えた2人は、
ギルド内にいた時の様な悪戯めいた雰囲気を霧散させ、
真剣な面持ちを浮かべ歩いていた。
領主の居城までは、大人の足ならば半刻程の距離にある。
そのため、2人も普段であれば馬車で赴くのだがギルドを出て無言で、
歩き出すエドガーにレオンは黙って付き合っていた。
「んで、レオンはどう思うよ。」
脈略もないそんな問いに、レオンはしばし考え込み眉をひそめる。
エドガーは直感で物事を判断する事も多いが、決して頭が悪い訳ではない。
今も頭の中で"数日内に相手から騒動を起こさせる"ために色々模索しているのだろう。
会議後も通常業務の合間なども資料に目を落とし何かを考え込むエドガーの姿にも、
気がついていた。
「"あの組織"から急な情報提供。"送り主が本当にあの組織"なのかと言う疑問に、
関しては、"本物"だと。俺もだが、お前も全く疑ってはいないはずだ。
あの封蝋と符丁は確実に本物だからな。
だが同時に本物であると確信しているお前と同様に俺が引っ掛かってるのは、
これは組織の"総意"なのか"一部の者から"なのか。
これは現段階じゃ答えは正直わからん。
そして、情報提供を受けた内容のこの部分…小細工の匂いがする。
だが、これのお陰で"襲撃目標が冒険者"になった理由が見えた気がする。」
「組織の件は同意見だ。だが"堪"が働かない。総意か一部か…ピンとこねーんだよな。
それとお前の言う通り、その小細工のお陰で狙いは俺にも見えた。
だけどよ、まだ肝心の手口が見えねぇ。」
"堪"が働かないとぼやくその言葉にレオンは小さく驚いた。
珍しい事もあるんだな…と考える反面、なにかの引っ掛かりを覚える。
だが一端その考えは捨て"手口"の洞察に集中する。
「拉致されたと思われる冒険者たちの資料を改めて確認したが、"魔窟-ダンジョン-"に、
長期間潜っている可能性は皆無だ。潜れる実力の有無どころか、
ランク的に侵入は許可されない若手冒険者ばかりだ。
失踪前に受けた依頼も通常の討伐依頼、または採取依頼だ。
だが、それを受けたまま、誰一人と戻ってきてはいない。
依頼に関してもシェラが調べてくれたが、
依頼者やその背景に妖しい影はないと報告を受けている。」
「そもそも、潜れる実力者たちであれば、拉致されるなんて考えられねーからな。
だが若手って一口で言っても、そう簡単に拉致されるとは考え辛い。
それも全て"班隊単位"での失踪だぞ。」
レオンの説明を耳に受けつつエドガーは頭の中で情報を整理して行く。
そして浮かんだ可能性や消していい可能性もまとめて口から出して消して行く。
エドガーは身件の皺を深くして黙り込んだ。
その様子を受けレオンは続ける。
「仮に班隊単位を相手取り1人も逃さずに拉致、または殺害。
その間、誰にもその姿は見せず、そして拉致した者を連れ去る。
またはその死体を遺棄する。そんな芸当が出来る実力者。
単独-ソロ-で思い当たるとしたら"アイツ"くらいだ。班隊だと、
魔窟-ダンジョン-なら可能な者たちはいるが、これだけ冒険者が多いハンニバルの
近郊でこなせる者に心当たりはない。そうなると組織的犯行。どちらにしても、
そんな目立つ者や組織がいれば俺たちならもう尻尾を掴んでいるはずだ。」
「まぁ、アイツなら出来るだろうが。
アイツが黒幕だったら"狙い"を絞らせるヘマはしねーだろ。
手口が見えねーと、どこから攻めてもそこで手詰まるな。」
この件については今はお手上げだ。と言わんばかりエドガーは頭を振る。
レオンもこと"手口"に至っては答えの候補すら思い当たらない。
「まあ、それでも狙いがわかったのはでかい。黒幕とやらは自分の目的に必要な際、
必要な物、必要な量ハンニバルで調達してやがるって事は確定していた事だ。
胸糞わりぃ話だがな。」
「だが、最後の最後でこんな杜撰な行動に出たのはなんでだ。」
「杜撰どころか失策だろ。孤児院から商会へ襲撃目標が変わった時は、
狙いが絞れないせいでこっちも善後策しか打つ手なかったんだ。
だが今回は狙いは掴んだ。しかもこの狙いは、大当たりだ。
狙いがわかれば動きようはいくらでもある。」
エドガーは確信していた"相手の狙いを読み切った。"と。
整理されれば整理されていく程に、
あからさまに何が欠けていて全体像が見えないのか理解できる。
そこまで見えていれば構わないとエドガーは笑みを深めた。
あとは"手口"が見えれば止めが刺せると。
「もう到着だな、ここまでで棚上げだ。この後、勝手に埋まる部分もあるだろう。
それに"アイツ"が首を突っ込んできてる。正直、心強い。」
レオンが視線を前に向けるとハンニバルの中心に座すオルトックの居城が姿を現せた。
エドガーはレオンの口から度々、出る"アイツ"と言う単語に反応して、
あからさまに嫌そうな顔をする。
「心強いってのを、否定できないのが業腹だけどな。このタイミングでドンピシャで
ハンニバルに来てるって連絡来たのも偶然じゃねーだろ。
どうせ同じ案件追ってんだろ。」
「追わされてるんじゃないか?」
「カッカッカッ!!!その可能性のがでかそうだな!!ちと気の毒なってきやがったぜ!」
エドガーの言う通り、偶然ハンニバルに来たのであれば勝手に顔を出す男だ。
事前連絡の裏に別の男の顔がちらつく。
その事を口にするとエドガーは破顔した。
「機嫌がよくなった様で何よりだ。」と、小声で漏らしたレオンの声は、
門を守る門兵に手を振り近づくエドガーには届かなかった。
辺境都市ハンニバルの中心に座するオルトック伯爵の居城を守護する城門の周りは、
門兵をのぞき人影が見えない。
ここはハンニバルの中でも当然警備が厳重で知られる。
しかし、2人に関してはそうではない。
警備にあたっていた門番の1人がエドガーに気付いて凍りつく。
もう1人は2人へ腰から直角に頭を下げ、猛烈な勢いで詰所へ駆けて行く。
「す、すぐに、開門致しますので、しょ、少々お待ち下さい!!
ごふっご不便をおかけして恐縮の至りでござ、申し訳ありません!!」
ただ残された門兵は駆けて行った同僚を恨めしそうに見て、意を決し2人に向きあい。
「出来る限り早く開けますのでどうか命だけはお許し下さい。」と副音声が聞こえてくるような形相で頭を下げる。
恐怖と混乱で自分でも何を言っているのか分からなくなってしまい泣きそうな声をあげ、
更に頭を下げる。居城で働く古株の騎士団の連中とは異なり、
それ以外の騎士や兵たちは、尊敬する先輩たちより2人の今まであげた功績、
寝物語の様な英雄譚を聞かされてすっかり心酔している。
そして事件が起きる。辺境都市を訪れた王都の厄介な貴族連中が、
騎士団に理不尽な要求をぶつけ困らせて嘲笑しているのを、
目撃したエドガー・ルクシウス・ワトールが、騎士から槍を奪い取り刃を、
素早く手刀で落とすと、棒切れになった槍で、
顔や腹をそれは見事な手並みで半死半生にして吊るしあげた。
「くだらねぇ。てめぇらよりこいつらの方が余程、国のためになってんぞ。ごら。」
そう捨て台詞を吐き颯爽と帰っていったのだ。
その場にいたハンニバル騎士団の面々は、さらに信者と化し、
2人を目にすると涙を流す者もいる。
その場にいなかった者は、ぼろ雑巾と化した貴族たちの姿を目にし、
2人を目にすると命だけはと祈る者もいる。
彼は後者だったようだ。
「まてまて、だからよ。普通でいんだよ普通。ったく…聞いちゃいねぇ。
冒険者ギルド「存じております!!」…辺境都市ハンニバル支部マスターのエドガー。」
「オーカスタン王国冒険者ギルド統括レオン「存じております!!」…だ。
先だって使者を送った件でオルトック伯爵へ面会許可をとっている。」
2人が用件を述べ、名乗ろうとしたが生命の危機に怯えるガチガチの門兵が、
遮ってしまい。なんともしまらないものになってしまった。
叱責する訳にもいかず2人は空を見上げた。
そこへ先程、詰所に全速力でむかった門兵が息を切らして戻ってきた。
「はぁはぁ、 エドガー様、レオン様、はぁはぁ。
居、はぁはぁ、城までお通しするよう承っており、はぁはぁ、ます!
「いや何言ってるかわかんねーから、一回落ち着け。」
はぁはぁ、申し訳ございませんっ!!ご案内致します!!こちらへどうぞ!!」
汗だくでの顔を鎧でぬぐおうとする門兵に呆れ、
彼が戻ってくるまで1人で対応していた門兵は、生命の危機を乗り越え涙している。
2人はオルトックの周辺の安全性に若干の不安を胸に敷地内へと足を進めた。
オルトック伯爵が治める南辺境領、唯一の都市。辺境都市ハンニバル。
そのが居城は些か一般的な城と異なり異彩を放つ。
"伏魔-パンデモニウム"と恐れられグラウス大陸でも数えるほどしか、
存在しない大規模"魔窟-ダンジョン-"それが三か所存在するため、
都市開発以前は頻繁に"大氾濫-スタンピート-"が発生し、
オーカスタン王国を度々苦難に追い込んでいた。
今の国王の先代に当たる"慈王デオスタ"は、
絶大なる信頼を置く冒険者に、そこに拠点を作り上げ堅牢な要塞を作る事を依頼した。
開拓村規模からはじまったそれは、彼らと協力者たちの力により堅牢な城壁が生まれた。
それは魔境とすら呼ばれる様々な脅威から、開拓に手をあげた移住民たちを、
守るべく当時の王都よりも頑強と称えられ、開拓村から都市となった際に、
作られた都市城壁ですらその強度には至らないのではと言われている。
今でも開拓時の名残りが見られ、城門の中には当時住民が開墾した畑や水田が存在し、
今なお兵たちにより維持され、その収穫物は兵たちの食事や備蓄にと重宝されている。
牧歌的な風景を壊さぬ様に考えられた広い空間の中には、
他にも依頼を受けた冒険者たちが建てたと言われる屋敷も存在するが、
"慈王デオスタ"の厳命により、当人たち以外の者が近づく事すら禁止されている。
それらの風景を一望する塔に隣接して建てられた館こそオルトック伯爵の居城であった。
「くすくす……聞いてらっしゃいますかな?オルトック伯爵。」
全身、薄灰色のローブで頭まですっぽりと覆った男が口元を、
さも可笑しそう隠して笑っている。
その眼前には、執務机に不機嫌そうに座るオルトックが苛立たしげに眉根を揉んでいた。
「仰られたい事は理解出来ました。まさかそんなきっかいな事になっていようとは・・・。」
眉根から手を放し、ローブの男へ向き直ったその顔は、くっきりクマを目元に作り、
普段の激務のためか、もしくはこのローブの男が齎した情報のせいなのか、
土気色の顔色で口びるを震わせている。
「本当にきっかいですよ、そんな事考えるだけでも酔狂を通り超えてイカれてる。
"奇術師"なんて呼ばれてる私が、人を指してイカれてるなんて評する事態が、
起こるとはね。まぁ、信じて頂けたならこうして忠告にきたかいがあったのかな。」
オルトックの不快な気分なんて、
まるでお構いなしと"奇術師"を自称する男は芝居かかった動きで微笑む。
「私から見たら、
この件を知ってもな楽しそうにしているあなたも十分イカれて見えますよ。」
「おやおや、これは手厳しい。くくく。それはそうと対応は間に合いそうですか?」
「ギリギリですよ。彼らは恐らくこちらに向かっている途中でしょう。
貴方から前もって聞いていなければ、知らないふりなど出来なかったでしょうね。」
「なかなかいい動きを見せますね。さすがは有名人。」
「あなたも負けてないと思いますがね。"名無し"筆頭っ…。
……っ!申し訳ない言葉が過ぎた。謝罪する。」
事態の重要性がわかっているにも関わらず、陽気さがぬぐえない眼前の男に、
ほんの少し皮肉で釘を刺そうと"不用意"にその名を口にした瞬間、
オルトックは心臓を握りつぶされたと錯覚した。
必死に意識を保ちすぐに謝罪の言葉を口にすると、その気配は霧散する。
「くくく、口は災いの元。そんなんじゃうまく乗り切らないと消されちゃいますよ。
そうなると私も含めて悲しむ人多いんですから。」
「し…しかと胸に刻んでおく。」
――トントン
「バイセルでございます。」
「入れ。」
扉を開けて執務室に現れたのは、小柄ではあるが立ち振る舞いも
美しい執事"バイゼル"である。オルトックの身の回りの世話はもちろん、
業務の補佐まで行う万能執事。
今年で70歳になるとは思えない程に気力に満ちた気配を纏っている。
「…御主人様、こちらにお客様がいらっしゃったようです。いかがなさいましょう。」
ローブ姿の男を一瞥した際に、少し驚いた表情を浮かべたがすぐに、
穏やかな笑みを浮かべ目礼をひとつ。主人へ来客を告げる。
「来たようだね。さぁ上手く演じて下さいね伯爵。
しばらくの間、エドガーとレオンにも変な動きしないように、
私の手の上で踊ってもらわないといけないからね。」
「おふざけが過ぎて、触れなくていい逆鱗に触れないようにしてくれよ。」
「…。」
開演前の茶番が楽しみで仕方ないとでも言いたそうに、
楽しげな男に今度こそ言葉をたがえる事なくオルトックは釘を刺す。
その主人の疲れきった表情に気付き、
原因であろうその男にやや冷ややかな視線をバイゼルはむけた。
「ごめんごめん、ちょっと言い回しがアレなだけでこれでも真剣さ。
バイゼル殿も矛を納めて下さいよ。こわいこわい。」
そう、おどける"奇術師"に不承不承バイゼルは態度を軟化させる。
「バイゼル、彼の言葉にいちいち反応してはお客様を無為にお待たせしてしまう。
こちらに案内してくれ。」
「……そのようですな。畏まりました、こちらへご案内します。では。」
「それじゃあ、またねバイゼル殿。」
いつまでも相手にしてからかわれるのはたまらないと白旗をあげた主人に、
バイゼルは少し可笑しそうに笑みを浮かべ、
退出時に声をかけられた"奇術師"に一礼で応え退出した。
「さあ、開演だ。」
「ああ。追い詰められているのがどちらか思い知らせてやる。」
「いい表情だね、その意気だよ。」
先ほどまでとは、別人の様な緊張感のある面持ちの"奇術師"の言葉に、
オルトックも居住まいを正し、短く答えた。
その瞳にはとても強い意思の光が宿っていた。




