2章-辺境都市に迫る、大部隊の影
王都から辺境都市へと伸びる街道。
そこからやや西へと逸れた拓かれた一画。
幾つものかがり火が煌々と燃え盛る中、
夥しい数の者たちが、武器を片手に所狭しと蠢いている。
「この場はすでに、辺境都市へより近い場所だっ。
いらぬ魔物の襲撃がないよう、徹底して巡回しろ」
「「「「はっ」」」」
ひとりの男が檄を飛ばすと、20程の規模の部隊が出立する。
良く見ると至るところで同じように出立する部隊の姿が確認出来る。
冒険者然とした簡易的な装いの者や、黒外套に身を包む者、騎士らしき者もいる。
多種多様な者たちが、統制が取られた部隊の様に整然としていた。
中には、工作員と思わしき一段が、杭を打ち簡易的ではあるが防壁を作る姿もある。
簡易ではあるが、そこは大型の戦時拠点といえる代物になりつつあった。
無数に張られた天幕の中央。
そこに、ひと際豪奢な天幕が張られている。
その傍らには、パブタス・ナナスタト侯爵の紋章が掲げられ、風に舞っていた。
内装も天幕とは思えぬほど、しっかりとした作りが施されており、
その中央の大テーブルには、最上位が坐する上座にボィミス・ボーティガ将軍。
それを挟み、イジート・ニックロ子爵、パドナタ・イクサス男爵らを含め、
幾人かの貴族と思われる者たちの姿があった。
そんな彼らの下に傅く男。
ここに姿の無いパブタス・ナナスタト侯爵の筆頭執事であるザフラマ。
「我が、パブタス・ナナスタト侯爵麾下、200名。
ボィミス・ボーティガ将軍閣下、麾下精鋭300名。
イジート・ニックロ子爵閣下、麾下精鋭200名。
バドナタ・イクタス男爵閣下、麾下精鋭50名。
もうすでに、御出立されましたニサスカ・ミモタハ侯爵閣下、麾下精鋭100名。
以上、計精鋭850名となります」
高らかに目録を読み上げ、ザフラマは立ち上がりやや離れた位置に立つと口を閉じた。
「想定してた数よりも、3倍近い数が揃いましたな」
そう上機嫌に口を開いたのは、小者貴族ことイジート子爵。
その表情には、嬉々としたものだ。
「ボィミス将軍が、我らが擁立派に参戦頂いたのがやはり大きい。
お連れ頂いた兵士たちも、どこの者たちよりも精悍、実に心強い」
目に見えて連れ立った兵の数が少ない事を気にしてか、
バドナタ男爵は必至にボィミスを建てる。
そんなバドナタの言葉に、涼やかな視線だけを送ったボィミス当人はイジートを見る。
「…些か失態があっが、それでもなお200も揃えたか。
子爵もなかなか手まわしが上手いと見える」
ボィミスの言葉に、イジートは笑みを浮かべ頭を下げるに留める。
「パブタス閣下が、ボィミス様に預けたの虎の子の傭兵部隊を、
簡単に失したと聞いた時は耳を疑いましたが…」
「然り、だがその失態を取り戻す以上の働きともいえます」
「さすがは子爵」
ボィミスの麾下である者や、ここにいないパブタス、ニサスカ麾下の貴族や、
騎士長たちもその言に乗り、イジートを称賛する言葉を口にする。
その様子にひとり、憮然としていたバドナタが口を開く。
「騎士や、正規の兵士でもない者達を集め、御仕着せて体裁を繕っているだけでは?」
「50程度で参入した男爵は口を慎まれた方が良いのではないか」
ボィミスの麾下のひとりがそう嘲笑すると、数人が釣られ笑い声を洩らす。
それを受けて顔を赤く染め上げ怒りの視線を笑ったものたちに向けるバドナタ。
だが、それを諫めたのはボィミスだった。
「やめよ、無礼であるぞ。バドナタ男爵は、英雄と持て囃されて、
増長する蛮勇たちの相手を買って出た勇猛な士だ。
それとも嘲る言葉だけ達者なお前たちが代わって務めるとでも言うのか?」
嘲笑した者も、それに同調した者たちも、居心地が悪そうに伏せると黙り込んだ。
「将軍の仰る通り、この拠点を防衛する任の私とは違い、男爵とその麾下の方々は、
誰よりも危険な陽動任務に望まれる方。そんな方を嘲笑するべきではありません」
ボィミスに同調し、バドナタを援護を口にしたイジート。
その言葉の真意を疑うように、バドナタは目を向ける。
「部下が済まなかった、バドナタ男爵。そしてイジート子爵にも気を遣わせたか?」
「…」
「いえ、私は本当の事を口にしたまで」
ボィミスの謝罪の言葉に、バドナタは無言で頭を下げて応え、
イジートはそう口にして笑みで返した。
「私を含め閣下の兵は、打ち合わせ通り、イジート殿に託す形でよろしいですかな?」
「ああ」
「私もそれで構いません」
「…」
ボィミス、バドナタ両名は、ザフラマの言葉を肯定するもイジート当人は難色を示す。
場全体に、どうしたとざわめきが起こる中、イジートは口を開いた。
「それだと、この場に400もの兵力を残す事になってしまいますね…。
閣下の部隊をお預かりする分、我が手勢から半数を、
バドナタ男爵へお付けしては如何でしょう。
もちろん閣下の部隊をそのまま移行しても、私は差し支えありませんが……」
イジートのバドナタへの増援の提案に、確かにと言う声が沸き始めた。
パブタ当人がいないところで、予定外の場所へ兵を配置するのはお断りしたい。と、
ザフラマが一言告げたことで、あとはバドナタの答えを待つ雰囲気となる。
喉から手がでる程、嬉しい提案ではあるがなかなか言葉がでないバドナタに、
イジートは、再び助け舟を出した。
「私の手勢はご指摘があったように、数ばかりの傭兵を御仕着せてあつめた有象無象。
肉壁程度のお役にしか立てぬかと思いますが、貴殿の目的達成の一助にと、
受け入れてはもらえぬだろうか。それとも…もしや二心がおありか?」
「そ、そんな訳ないではないかっ!本当に貴殿はそれで良いのか?」
裏切り者呼ばわりをされては堪らないと、バドナタは声をあげた。
周囲からは胡乱な眼付がバドナタを刺すが、イジートは安心したと笑みを浮かべる。
「もちろん。ニサスカ殿が事を成し、合流が叶えばここの守りは、元の400。
後始末のために現地に留まられるニサスカ伯爵の参陣はなくとも、
合流する兵は疑う事もない精鋭。その上閣下の精鋭までいるとなると、
ここの守りは盤石、このイジート、粉骨砕身、閣下のために努めましょう」
そう愉悦を含ませ高らかに、イジートは宣言した。
失う物など何もない、ただ約束された勝ち戦に酔いしれるイジートを見て、
小者のイジートが気持ちが大きくなるのもわかると、バドナタは内心毒づいた。
ともあれ、自軍の数が充足されるのならば否はない。
感謝の言葉をイジートに告げる。
「狭量な物言いをした我に、そのような心使い、感謝する。恥を忍んでお借りする」
「そうなれば、我も100。バドナタ男爵へお貸ししよう。
それでバドナタ男爵の手勢は250と膨れる」
「……あ、有り難く」
それまで、黙って2人のやり取りを見ていたボィミスがそう口にし、
バドナタは驚きを見せるも、すぐに立ち直り礼を述べた。
表情に出さずとも、喜色に染まった瞳は熱を帯びている。
「では、各々方。決行は明日。日が昇り次第、各自準備が整い次第出立という事で。
簡単な物ではありますが、外の兵たちも含めパブタス閣下より、
酒宴でもてなすよう、申しつけられております。どうぞこちらでお待ち下さい」
ザフラマは、そう告げると一足先に天幕を後にする。
酒宴が始まるまでの間、新たに決まった兵の再編や、作戦の摺り合わせが行われ、
一刻ほどして、別の天幕へと移動した一同は、明日の勝利を近い杯をぶつけた。
そうして夜も更け、見張りの兵たちを除き心地よい眠りについた頃。
拠点内に在る天幕の一つの中で、
怒気を孕んだ瞳で、虚空を睨みつける者がいた。
「……忌々しい、なんという事だっ」
周囲の者たちに、声を聞かれる訳には行かないと律する気持ちがあるものの。
それでも沸き起こる苛立ちに語気を荒げるひとりの男。
その傍らに立つローブで身を包んだ男が、労うように肩を叩く。
「算段が狂ったか?倍では済まぬ数の者が集ったようだな」
「…すでにハンニバル入りしたニサスカを除き、どれも事前申告より大幅に多い。
想定の3倍だぞ?信じられるかっ」
「だからと言って、そうここにきて憤ったところで好転もせぬだろう。」
猛る男の呼気に酒精を感じとり、ローブ姿の男が水の入ったコップを手渡す。
短い感謝の言葉を伝え、その水を一気に飲み干した。
「ふう……愚か者達と交わす酒より、余程ただの水の方がうまい」
水を飲んで少し落ち着いたのか、男は大きく息を吐きだし言葉を重ねる。
「陽動に割かれる数も大きく増える事になった…だが、それは瑣末な変化に過ぎん」
聞き役に徹していた男も、その言葉に頷き口を開く。
「ここに留まる数が問題と言うことだな?」
「当初の予定通り各陣頭指揮を執る面々は一度ハンニバルに入り、晩餐会に参加する。
そして、両殿下を捕獲後、衛兵などの対応のため現場に残るニサスカを除き、
兵100を動員してこの拠点まで運び入れる手筈だ。
拠点に残る数は300。運び入れる全ての兵が帰還すれば400にものぼる。
途中、こちらに戻る兵の半分を潰したところで、たいした損害にはならんっ、糞」
徐々に再び苛立ってきたのか、男は語気を強め手にしたコップを地面に叩きつけた。
ローブの男はそんな男を窘める事なく、顎に手をあてて深くうなり声をあげる。
当初の予定では、拠点に残る兵力を多くて100と見ていた。
辺境都市から戻る兵力こそ変わらないものの、
拠点に残る兵力は、膨れも膨れ三倍。
男がこうも憤るのも無理はない。
「……件の子供に、対応可能かどうかを今議論しても何も事態は好転せん。
好転しないもをあれこれ言っても詮無い事だ。であろう?」
男はそうローブの男に諭され、すまないと詫びコップを拾い上げて埃を払う。
再度、そのコップへ水を注ぎ込みながらローブの男は続ける。
「2人を捉え置いておく軟禁場所の天幕は、予定通り手配できたのか?」
「ああ、それは問題ない。…だが、本当に良かったのか?手配したと言っても、
"部下と言う訳でもない"。荒くれ者ではない者をとの指示に従ったが、
土壇場でどう動くかは丸っきり読めぬぞ?」
「それで構わない。我々2人が直に来るまで、誰とも接触させずにいてくれれば、
それで良い。その点、その者たちは問題ないのだろう?」
「ああ、2人を亡き者にしようと企てる者がいる。と告げれば、憤っていたからな。
その点は間違いないだろう。子供に甘い者たちを選んだつもりだ」
男のその発言を受け、ローブの男は満足そうに頷く。
「そうとなれば、我々が出来る事は早く休み明日に備える事しかない。
あれこれ思い悩み、土壇場で下手を打っては意味がない」
「…くそっ、ここまできて神だよりとは。なんとも面映ゆいっ」
「そんな居もしない者によりも、小さき者に祈る方が余程、効果があるのではないか」
「祈ってなんとかなるなら、改宗でもなんでもしてやるさ」
「ふふ」
「はは」
夜が更けた中、ひとつの天幕から押し殺した様な笑い声が微かに響いた。




