1章-エドガーとレオン-①
■■1章-エドガーとレオン-■■
冒険者ギルド辺境都市ハンニバル支部の二階の面積のその多くを占めるのは、
通称"迷宮図書室"。
人が夜な夜な死体となって発見される訳でも、複雑な作りで人が彷徨う事もない。
では何故そんな名がつけられているのか。
まずはその広さと高さが問題の要因の一つである。
もともと冒険者ギルドの建物として存在していた訳ではないこの建物は、
少し変わった作りをしている箇所が多く。
図書室もその一つだ。1階の受付担当が並ぶカウンターのバックヤードから、
2階へ階段が伸び、2階から3階へはまた別の階段が存在する。
搭の様な作りになっている。
その足先からてっぺんまで筒状の本棚が張り巡らされており、
その本棚すら悲鳴をあげる量の書類や資料が埋め尽くされている。
ここから目当ての資料を見つけ出せる者は皆無だと言えよう。
それならば仕舞ってある場所のリストがどこかにあるはずだ。
と現職員たちそれを探したがそれも見つからない。規則性を探してみるが見当たらない。
支部開設時の人員たちがそう言った事に思い至らない集団だったため、
その後の職員たちもまたその後の職員たちもここに手をつける事を諦め放置した結果、
"迷宮図書室"と忌み嫌われる場所になっている。
だが、その中央部は広く、一階の酒場ほどの空間が広がっているため、
総務担当の者たちはもちろん、
エドガーやレオン、そしてその補佐をする者たちの執務机が並べられている。
「エド、オルトック伯爵から返事がきたぞ。
"内容の重要性は把握している、時間はいつでも構わない。"だそうだ。」
「カカッ!!そうかそうか。やっぱ出来る伯爵様はちげーな、相棒。」
伯爵の使者から受け取った封筒を"見開封"のまま、
レオンはエドガーに手渡し、そう口にする。
エドガーも笑みを深めて"見開封"のまま、その封筒はくず入れへと投げ捨てられる。
気苦労が絶えない知人である伯爵に、
同情の色を浮かべる職員たちの視線を気付いたエドガーがにこやかに語りかける。
「なんだなんだ、お前ら。そんなに伯爵様やりたかったのかよ、
言ってくれたら良かったのに、今日あったら伝えておいてやるよ。
お前らが代わり伯爵になって、ハンニバルを治めてくれる。って聞いたら、
あいつ泣くほど喜ぶだろうよ!!カッカッカ!!」
「さて仕事仕事。」
「ねね、昇級テスト受講者のリストってどこだっけ?」
「さっさと解体済ませないとな、夏は過ぎたがまだ暑いからな!!腐っちまう!!」
そんな会話すらなかった事にするかのように、
ギルド職員たちはてきぱき通常業務をこなしていく。
彼らはそれでも顔に出さず胸の内で元同僚であり、
現伯爵のオルトックに「お前の犠牲は無駄にはしない、すまない。」と謝罪する。
そんな彼らの様子を見てエドガーは笑い、レオンは苦笑を浮かべる。
ハンニバルの住民たちは美談として語る。
平民から伯爵位を得てハンニバルに市政を敷く輝かしい彼の出世物語を。
実際はそうではない。
2人は知っている、実際はオルトックが自ら望んで、選んだ道ではない。
なにもなりたくてなった訳ではない。むしろ拒絶できるのであればしたかった。
悪魔の様に頭が回り"狂王"と恐れられている現国王陛下の指名、
エドガー、レオン両名から推薦。
本人の預かり知らないところ決定したそれは、爵位を賜る前日に彼の耳に届き、
そのまま翌日、
王城の謁見の間で片膝をついてる内にオルトックは伯爵となってしまった。
「まぁ、最初はどうなるかと思ったが、実際オルトックはきちんと伯爵しているよ。
タイタス、この手紙も頼む。
この前、お前が起こした貴族の件だって謁見の間で直訴してきた馬鹿貴族の親を、
一喝して黙らせたとアレからの手紙に書いてあった。」
「かかっ!!オルトックは根性無しって訳じゃねーからな!!
顔色悪ぃから舐められる事はあるがな、
曲げられねぇと思った時は曲げない強さがあるからな。
シェラ、わりぃこれ預かっててくれ。
根なし草の野郎がすれ違いでこっちきたら渡してやってくれ。」
レオンとエドガーは通常業務である書類仕事を的確に処理していく。
その補佐をしているタイタス、シェラにとっては見慣れた光景ではあるが、
こんな姿の彼を知らない者が、
これを目にするとエドガーの頭の心配すらするかもしれない。
タイタスはオルトックの事を嬉しそうに話す両名を視界の端におさめ顔を緩める。
口でなんと言っても2人は仲間思いである事を知っているからだ。
ふと見るとシェラも口元をおさえていた。
「さてと…んなもんか。シェラ、タイタス、冒険者にまでくっさい粉を、
巻いてきやがってるから、イラつくのもわかるが。
"魔霧の沼"の魔物が増える時期だ。
ちょっと腕良いやつらをクロエにリストださせて指名依頼で様子見させとけよ。」
「「はい。」」
この時期から秋が終わるまでの間に大量発生することが、
しばしばある魔物の警戒を口にして、エドガーは自分の"アイテムボックス"に、
皮鎧を投げいれて、一目で上質な生地で出来ているとわかる外套を身につける。
「エド、そこに気遣い出来るなら髪もなんとかなさい。
あんたは幾つになっても…まったく。」
「お、助かるぜ、わりぃな。」
シェラはエドガーに一度椅子に座らせて髪の毛を整える。
櫛をとおしエドガーの長く癖の強い銀髪は、手際よくまとめられていく。
レオンとタイタスは「ほぉ…」と思わず嘆息した。
普段の粗忽者のそれとは見違えるほどの清潔感を放っていた。
「これでいいわ。あとは、ひげ剃ってらっしゃい。」
「わかった!!ありがとよ!!」
素直に言われた通り化粧室にむかったエドガーの背を見送り、
タイタスはシェラに素直な疑問を口にする。
「シェラの言うことは、大将すんなり聞くよな。」
「そりゃそうよ。ずっと一緒に育ったし私の方が年上だし。」
「いや、俺はもっと上なんだが…。」
タイタスがシェラの言葉で若干ダメージを負う。
レオンはタイタスの肩をぽんと手を置き労って過去を思い返す様に口を開いた。
「アイツは"シェラ"と"ハィナ"には昔から頭が上がらないからな。
本当にアレが手をつけられん時は、俺もよく頼ったものだ。」
「レオンだって、そんな風に言ってるけど。学生の頃とかはエドより荒れてたじゃない。
…うん、レオンはいつも通り、どう見ても紳士的だし清潔感あるから手直しなし。」
シェラはレオンの昔を思い出したのか少し口元を隠して笑い、
レオンの周りを一度ぐるりと回って足元から頭の天辺まで視線を巡らす。
清潔感のある淡い桃色のシャツにライトグレーのベストと濃い灰色のパンツを、
身に付けたレオンに満足そうに頷いた。
「えっ、そうなんですか?統括が、やんちゃとか想像つかないですね。」
「シェラ昔話は勘弁してくれ。「おっ、なんの話だ。」俺とお前の服装のチェックは、
シェラに任せておけば完璧だなって話だ。」
シェラの言葉に喰いついたタイタスにレオンは苦笑を浮かべる、
そこに戻ってきたエドガーまで混ざると話がややこしくなると判断したレオンは、
エドガーにやんわり嘘をつき、2人に視線で「この話はおわりだ」と告げた。
「ああ、そりゃそーだぜ。シェラの事「姉ちゃん」って、
呼んでた頃から世話んなってっかんな。だいたい任せておけば万事問題ねー。」
「そんなに万能じゃないわよ。ってそろそろ行かなくていいの?」
「そうだな。では2人とも調査報告書まとめておいてくれ。陽が落ちる前には戻る。」
レオンは2人にそう言い残し階下へ消えた。
エドガーも2人に手をひらひらさせてレオンを追って、
冒険者でにぎわっている階下へ降りていく。
――ガタッ
一階に現れたエドガーたちを目にした職員たちは一度、手を止め立ち上がる。
普段はこんな真似はしない。
しかしいつもより身奇麗にしている2人を目にした彼らは、貴族や王族、
他国の使者などの目があるため身を整えているかもしれないと考慮した対応だった。
「ちょっくら伯爵様に呼び出された。しっかり機嫌とってくるから。留守頼んだぞ。」
「「「「お気をつけて」」」」
滅多に見ない爽やかで小ざっぱりしたエドガーの姿を目にして、
凍りついている冒険者たちを尻目に用件を立っている職員たちに告げる。
その言葉を受け職員たちは一糸乱れる動きで頭を下げた。
「おっ、大将そんな奇麗なカッコでお出かけか?」
「レオンさんいるから大丈夫だろーけど、いきなり街中で喧嘩とかやらかすなよ大将!」
「そうだぜ!!」
「喧しいわっ、お前ら今度訓練所で見かけたら、
生まれてきた事を後悔するくらいタコ殴りにしちまうぞっ。」
エドが笑み混じりに睨みをきかせてそう言うと、「「「訓練所に行かねーし!!!」」」と、
そんなものは屁でもないと陽気に彼らは応えた。
そのやり取りを涼やかな顔で眺めていたレオンが、
少しだけ微笑みながら受付職員たちに告げる。
「こいつら、冒険者引退したいらしい。処理してやってくれ。」
「「「横暴だ!!!」」」
稀にしか冗談を言わないそんなレオンの言葉に慌てて反応し、必死の形相で抗議する。職員たちは笑みをこぼし、冒険者たちはげらげらと大笑いしている。
彼らにとって、陽気で強暴なギルドマスターと理知的でユーモアのある統括は尊敬と、畏怖の象徴であり紛れもなくハンニバルの冒険者たちの大将とその参謀なのだろう。
「おい、エド遊んでないでそろそろ急ぐぞ、伯爵様のお怒りをかいたいのか。」
「それはまずいな相棒……伯爵様は、怒らせると怖いからな。」
レオンがやや焦りの色を見せ、エドガーは顔を顰めて慌ててレオンと、
共に外に駆けギルドを去って行った。普段全く動じる姿が想像できないレオン、
そして傍若無人が服を着ているようなエドガー。
去って行った2人の変わり様に、今までふざけて騒いでいたベテラン冒険者たちも、
この都市にやってきたばかりの冒険者たちも一様に凍りつく。
「あの二人が、そこまで怖れるオルトック伯って、すげーんだな…。」
「ああ、絶対敵に回したくない…。」
「まじか。レオンさんのあんな表情見たことねーぞ。」
「伯爵って悪魔か、なにかなのか?」
「「「お近づきなりたくねー・・・」」」
ざわつきが受付カウンターから、酒場までも波及して行く。
今では口ぐちにオルトックが、どれ程の大物なのかと憶測が飛び交う。
その様子を間近で見ていた受付担当のクロエは、必死に身体震えを押さえてこんでいた。
「ひ…っ!」
突然、小さな悲鳴をあげ立ち上がり、カウンターの奥へと駆け込んで行く。
更に冒険者たちがざわつきだした。
「…失礼しました。クロエは少し体調が優れないようなのでこちらにお並び下さい。」
「こちらもどうぞ、クロエが戻るまで私も処理させて頂きます。」
クロエの列に並んでいた冒険者たちの動揺を落ち着かせるように、
あまり普段受付を担当しないシェラと休憩に入ろうとしていた、
同僚の"マキア"が声をかけた。
ぞろぞろと不安そうな顔をしていた冒険者たちが誘導に従う。
「めったに話せないシェラさんと話せるのはいんだけどな…クロエちゃん大丈夫かよ。」
「受付担当まで悲鳴あげるくらい怖いのか……うちの領主は。」
「間違ってお会いした時、怒らせないようにしねーと…。」
「いやいや、まず会う事ないだろ!!…敬語とか喋れないと消されるとかないよな。」
次第に顔色まで悪くなってくる冒険者までいる状態に、
シェラは心の中で2人に「おふざけがすぎる」と抗議していた。
一方、マキアは恐らくカウンターの奥で悶絶している同僚に、
「あんまり帰ってこなかったら、ご飯おごらせよう。」と固く決心していた。
「…っ、あはっあははははははははははっっ!!悪意しかないあの2人!!!!あははははっ!!!」
ハンニバル支部のギルド職員の8割は、オルトックとは働く以前より知己であり、
先ほどのエドガー、レオン両名の小芝居が、
小心者であるオルトックが冒険者に舐められない様に、
救済処置の気持ちと悪意でなされた事に気付いている。
だが、そんな事情がわかっていても職員の中には、
クロエを筆頭にこの小芝居が大好きな者も存在し、
目撃すると笑いを耐えきれず悶絶してしまう者も少なくはない。
「ひひっ・・・ひっ・・・あははは!!お腹痛いっっ!
腹筋6個になっちゃうっっっっあははっ!」




