過ぎ去りし春に捧ぐ
春奈:大好きな人。とてもとても、大切な人。
春奈:歪だけれども、一応平和と呼べるものが続くこの国で。私たちは、悲しいさだめのもとに生まれてきてしまった。齢十八をむかえた者は、この国を、世界を守る為の戦いに赴く。決して公になることはなく、どんな記録にも誰の記憶にも残らない戦い。私たちに選択権はない。そういう家に、生まれたから。唯それだけの理由で、私たちは、命を賭して世界を救う。その事を、嘆いたこともあった。でも、私には二人の幼馴染がいたから。二人が、私を支えてくれたから。私は今、ここに立っている。二人の名は、暁人と夏樹。双子の兄弟だ。二人が、私を呼ぶ声が。
夏樹:『………ハル!』
春奈:はる、と、そう呼ぶ声が。いつだって私を、絶望の淵から掬い上げてくれた。そして、私は暁人と恋に落ちた。必然だったように思う。私の周りで血の繋がりがない異性は、暁人と夏樹くらいだったから。夏樹の方は女の子を取っ替え引っ替えしていたし。因みに、私と暁人のことは夏樹には言っていない。茶化されるに決まってる。だから、絶対に秘密。
春奈:1年前、暁人と夏樹は私より一足先に戦場へ向かった。その日から、暁人は毎日欠かさず電話をくれる。戦場に行く前と変わらない、たわいない会話。ほら、今日も、着信を告げる聞き慣れた音が鳴る。
(着信音)
春奈:『もしもし、アキ?』
暁人:『おう。元気か?』
春奈:『うん。アキも元気にしてる?』
暁人:『ああ。毎日大変だけどな』
春奈:『頑張って』
暁人:『おう。最近暑いなー』
春奈:『もうすっかり夏だもんね』
暁人:『俺ももうすぐ19か。……ああ、そうだ、俺たちのこと、夏樹にはバレるなよー?』
春奈:『わかってるよ』
春奈:夏樹は三ヶ月前、ひとり戦場から帰ってきた。怪我をしたのだ。利き腕を酷くして、もう二度と戦場には戻れないと言われたのだと、曖昧な微笑で言っていた。それがひどく、寂しそうで。自分のことでもないのに、泣きたくなった。暁人は、そのことには決して触れてこない。そういう優しさの向け方が、すごく暁人らしかった。
春奈:暦がひとつ進んで。秋が、終わろうとしている。
暁人:『もうすぐ、ハルの誕生日だな』
春奈:『うん、そうだね。17歳も終わりかー。あっという間だったなぁ、本当に』
暁人:『こっち来たら、誕生日プレゼントやるよ。で、帰ったら、いっぱい遊ぼうな。3人で』
春奈:『うん。どこに行こうか。カラオケ?遊園地?水族館?』
暁人:『どこでもいいよ。いや、全部行こう』
春奈:『そうだね』
春奈:もうすぐ、17歳が終わる。昔はもっと、悲痛な気持ちになるのかと思っていたけれど。案外と、それほどの感慨は湧かないのだった。
春奈:暁人と夏樹に遅れること1年。明日、私も戦場に赴く。
春奈:『……もしもし、アキ?』
暁人:『明日、来るんだって?』
春奈:『うん、朝四時出発……』
暁人:『起きられんのか?』
春奈:『ぜ、善処はします』
暁人:『あはは。まあ、頑張れ』
春奈:『うん、……ありがと』
暁人:『じゃあな』
春奈:ふと思う。もしかしたら、三人で育ったこの家には、二度と帰ってこられないのかもしれない。
春奈:『……………私は』
春奈:朝四時。約束の時間だ。凍てついた静寂の中、吐いた息は白くなって宙に溶けた。私はスマホを手に取る。
(呼び出し音)
暁人:『もしもし?』
春奈:『おはよ。よく、起きてたね。こんな時間に』
暁人:『ああ、まあな』
春奈:『……もう、行くよ』
暁人:『おう、待ってるぞ』
春奈:『うん』
春奈:そこでもう一度、もう帰ってこられないかもしれない我が家を振り返る。もう二度と会えないかもしれない、夏樹の顔を思い出す。足下で、場違いな軍靴がカツリと鳴った。
暁人:『……どうかしたか?』
春奈:『……ねえ、アキ』
暁人:『うん?』
春奈:『……………ごめん、』
暁人:『え?』
春奈:『ごめん、………ありがと、夏樹』
暁人:『………っ』
(ブチッ)
春奈:ごめんね。辛かったよね。ごめんね。本当は、わかってた。暁人が、多分もう、死んでいるということは。それでも、縋ってしまったのは。
(扉の音)
夏樹:『ハル!!』
春奈:はる、と、そう呼ぶ声が。いつだって私を、絶望の淵から掬い上げてくれた。
春奈:『……夏樹』
夏樹:『…………気づいてた、のか……』
春奈:『………うん』
夏樹:『なんで…………』
春奈:『何年、一緒に居たと思ってるの。暁人とも、夏樹とも』
夏樹:『………っ』
春奈:『……アキは、夏樹が怪我をした日に、死んだんでしょう……?』
夏樹:『……………ごめん。ごめんな、ごめん。どうしても、言えなかった。あいつはあの日、俺を庇ったんだ。……俺、が………っ。俺で……ごめん』
春奈:『………そんな顔で、謝らないで……』
春奈:大好きな人。とてもとても、大切な人。それは決して、暁人のことだけではなくて。暁人も夏樹も、私のかけがえのない。
春奈:『夏樹が、生きてて、よかった』
夏樹:『………っ』
春奈:背後から、そっと抱きしめられた。私の背中から胸に回された手はひどく冷たくて、可哀想なくらい震えていた。
春奈:『……ごめんね、ごめん。私も一緒に、背負うから。』
春奈:いつか、時が過ぎて。こんな日々を、青春だったと。
夏樹:『……う、ぅ………っ』
春奈:笑って、語れる日が来るだろうか。
春奈:『今まで、ありがとう。夏樹』
夏樹:『…………帰って、こい。絶対に』
春奈:『………うん』
(ED)
ラジオドラマ 過ぎ去りし春に捧ぐ
キャスト
春奈
夏樹・暁人
(足音)
春奈:『ただいま』
脚本風。