襲撃と喪失 8
私達が目的の地についたのは、予定していた時刻から約2時間も遅れた時間だった。
民宿に二部屋取って、荷物と馬を預けると既に日も落ちてしまっていた。
その理由は、ここまでの街道が思ったよりも荒れていた事が主な理由だ。
おかしい、もしここがネズミが利用していた街道だとするなら頻繁に利用されている筈だ。
それなら街道が荒れている事はそれを否定している。
フェイクかもしれないとたくさんに転がった石や、たくさんの雑草を確認したが明らかにここ1年以上は、この街道は利用されてはないことを証明していた。
「お嬢・・・我々が確認して参ります。けして単独行動はなさいませんように」
そう言いつけてグレスじい様が後の二人を連れて一刻。
既に日が完全に沈み、今日の宿として予定していた民宿に居る私は、彼等の無事を信じながら帰りを待つ事しかできなかった。
なんだろう・・すごく嫌な予感がする。
そしてこの第六感は、なによりも大切にしろとそう育てられてきた。
だからこそ戦闘用の装備を降ろすことなく私は静かに息を吐いた。
風もないというのにボッと灯りが揺れた。
空気が揺れるというのは何かが動いたという事だ。
全身の神経を研ぎ澄ます。
左・・・後ろ、・・・外に5人。
なんでっ。
そう焦燥に駆られながらも、手にする刃は手になじみ過ぎている。
殺気が向けられた。
「っ」
灯りが消された瞬間に何かが襲ってくる。
左目は意識して瞑っていたおかげで暗闇を難なく写しだす。
襲撃者の獲物が月明りにニブイ光を称えて、私を襲うがそれを首を逸らす事で避ける。
そのまま相手の懐に潜り込んでまずは膝蹴り、感触で随分と舐められたのか全く防具などの感覚がないのが分かる。
相手の顎が上がったのでそのまま掌底で意識を刈取る。
私の動きに怯んだらしいもう一人一足で近づいて、そのまま延髄を蹴るがそれは上手く避けられた。
遠心力を利用してそのまま次は、もう一度跳び蹴りを仕掛けるがそれもまたまるで私の動きが分かっていたかのような動きで避けられた。
悔しいと思いながらも久方振りの好敵だった。
たった2回の動きでも相手がどれだけの場数を踏んでいるかがわかる。
「っはっ!!」
太ももに仕込んだナイフを3本投げて、相手がそれを剣で叩き落とす。
ただ私が投げたのはナイフだけじゃない。
彼の足もとにはまきびしも兼てある小さな石ころを投げた。
それを踏んだらしい音がして、細やかな石に足を取られたらしい相手に私は容赦なく一撃を加えようとした瞬間、彼は手にしていた刃を手放し、私の手首を引いた。
ヤバいと思ったのは数瞬、勢いを利用して切りつけようと動いた私の思考を停止させたのは、唇を覆う温かい感触だった。
「っうんっ!!!」
そのまま固まってしまった、私に相手が口付けを続ける。
思考が止まろうとも体はなんとか動いてくれたのでそのまま足で相手との間に隙間を作った。
やっと離された唇が熱い。
毒かもと思いながら、今は別の方に思考が向く。
よくも・・・乙女の唇をっ!!
まだ・・まだお兄様としかしたことなかったのにっ!!しかも事故でだ。ただそれがかわいい事故ではなく、中毒症状で呼吸困難になった私のために酸素を送ってくれていたのだが。
「よくもっ!!」
ナイフを持ちかえる。さっきまでのものとは違い、少しでも掠れば全身がしびれる毒を塗った特製品だ。
「っっと・・以外と純情?」
そう男の声がした。バカにしてるとわかる・・本当にむかつく。
意地になって振った刃は、常のそれより荒い軌道をえがく。それを見極められてしまう、相手は同等以上で各上だ。
母上の言葉が頭をよぎる。
・・・急所を狙う。
首、腰、足の付け根と心臓。
「誰がっ!なめるなっ!!」
手にあった刃を正確に急所を突くために手元に戻す。その時、背後から気配がした。ヤバい、外のが入って来たのかもとそう意識がそれた瞬間。
「お嬢っ!」
安堵を覚える声に視線を向けた時、私は彼の姿に絶句する事になった。
左手がなかったのだ。
「グレスっ!!」
額と左足に血が流れている。
慌てて駆け寄ろうとした時、彼が鋭い声で私を制した。
「お嬢っ!敵を目前としてそれが赤の血を持つ者ですかっ」
そう怒鳴ってくれたおかげでなんとか正気を保てた。
「はいっ!!」
意識をもう一度立て直そうとした時には、さっきまで私が戦っていた相手はそこには居なかった。
月明かりが照らす窓には黒い影だけが写されている。
せめて一矢と投げたナイフがどうなったかはわからない。
でも感覚的には当たったように思う。
後を追うか迷う自分を律して、グレスじい様に駆け寄れば、彼は自分の体を支える事さえできず、壁に寄り掛かっていた。
「グレスじい様っ!!」
彼の状態を確認しようと手を伸ばせば、彼は静かに首を振りそれを拒絶する。
「お嬢、いいか・・・よくっ聞いてくっつはぁ」
「グレス、いやよ。見せて・・・」
「腕は元々・・義手ですよ・」
彼は嬉しそうに笑った。
それでも床を汚す血がだんだんと増えて行く。このままでは本当に死んでしまうと震える腕と指をもう一度伸ばすと彼はそっと握ってくれた。生暖かい血に濡れた手を。
「でも傷、傷がっ」
「いいから、聞け。今回の調査任務・・最初から少しおかしかった。・・レフィとソドラが・・・後二刻しても戻らなければ、ここに来るまでの道ではなく・・D19の道でダブリスに戻りっつ」
嫌だ・・また、また失うの。
嫌なの・・捕まれていない左手で必死にキズを探せば、背中のやや左に大きな切り傷を見つけた。
致命傷だ。呼吸のたびに溢れる血。
私でも兄でも助けられないだろう・・・多分母上なら。
あぁ、どうして私は母上じゃないの。
あの人と同じ容姿を持っても、絶対に適わない。
「コレを・・・」
彼が視線だけで指したのは義手が嵌っていたと思われる腕側の裾だった。
彼にそう言われて私は血に濡れた手で裾を探ると美しいルビーのカフスがつけられていた。
今の彼には不釣り合いのそれ。
「いやよ・・っちゃや」
「お泣きに・・ならんで・・いい・・・これでも70を超えてますのでな」
こんな時にそんなカミングアウトしなくていいのに。
「グレスじい・・」
「本当に・・あなたはお父様そっくり・・・」
「えっ・・」
今まで生きてきた中で母に似ているとは言われても父に似ているとは一度も言われた事がなかった。
「泣かんで・・いいかい、D19だ。コレを母君に・・渡せば、っ」
ダメだっ。行ってしまう。
分かってしまう、この長くない人生でなんども経験したこの喪失をどうしても止められない。
どんなに泣き縋り、必死に手を伸ばしても無理としってしまった。
「やだよ・・・いっちゃいや」
「ほんと・・似てるねぇ」
そう彼が言って、息を僅かに吸ってしまった。
そう息を引き取る。
これはそのままを現す言葉だった・・人は己の死の瞬間、必ずその息を吸う。
最後のその時を惜しむように。
彼の手から完全に力が抜けてもそれでも私は必死に縋っていた。
私はただただ泣き続けた。