お庭番の調査 7
ホップキンス家がダブリスで公爵位を得たのは、母が降嫁された後の事だった。
叙勲という名目だったが普通ならありえない事だと言える。だがそれを成し得る事が起きたのだ。
動乱の最中、母と父が何をどうして公爵位を得たのか、それを知る者は彼等を称して“ダブリスの暁”とそう言った。
そして20年と少ししか歴史のない公爵家を敬うものは、少ない。
元来は、ホップキンス家は、代々王家の裏を司る家であった。
王家に仇名すものを全て無に帰す存在。元々の成立ちが成立ちなのでそれなりに大変なお役目を得ていたのだ。
歴代の当主たちは、ホップキンス家が決して歴史の表舞台に立つことがないようにしてきた、目立たないようにと必死に隠れていたのだ。
そんな彼等の努力を一切合切なかった事にしたのが母である。
母曰く、この人に嫁ぐしか道がなかったというのだからしょうがないというので、もうどうにもならない。
降嫁された母が、大人しく伯爵夫人に収まるような人間ではなく・・夫の影というかほぼ表から国を守るため奮闘した。
辺境の伯爵であったホップキンスが公爵位を得るまでになったのは、とにかくとてつもない事があったと察して欲しい。
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行商人に扮して、ホップキンスが治めるテオグ領を出たのは朝日が昇るまえだった。
馬に荷車を引かせ、それなりに見えるように僅かな商品をのせたその荷台には、私以外に3人。
計4人での行動となる。
私以外の3人は、ホップキンス家に代々遣えてくれているお庭番の人たちだ。
ここ最近は、父よりも母の管轄に入っている彼等は、私なんかよりずっとずっと優秀な国の盾と矛である。
「姫様、大丈夫ですか?」
「え?」
私の事を気遣ってくれている少女は、私より年下であるが遙かに長い時を闇に生きてきた人間だ。商業人に見えるようにと麻と綿を織り込んだ服はとても温かくやわらかいので、私はお気に入りだった。
無駄に華美で重い普段のドレスは私の好みではないのだ。
「先ほどから浮かない顔をなさってますから、お体の調子でも」
ふんわりと栗毛を揺らして彼女は心配そうに私に尋ねた。
「何もないわ、ただ、こうやってあなた達と外に出る事も後少しだなぁって、ただそれだけよ」
「そうですなぁ・・もうそろそろどこぞに嫁がれますか?」
腰の曲がった気のいいおじいさん役をしてくれているのは、母が信頼を寄せるお庭番の一人だ。
名をグレスという。
彼は実力もさることながら、うちで最も変装術に長けた人だった。
私も彼の本当の顔を知らないし、あの母でさえ見破れない完璧な変装術を持つ彼の本当の顔を知るのは当主である父だけである。
本当の名前も知らないし、年齢も知らないのに、この人は私の一番信頼する人だった。
「今の所、候補がなさすぎで困ってるのだけど・・・あの母上の御眼鏡に適う相手が居ないのよ。国内外に」
「奥さまの御眼鏡に適う相手は世界中のどこにもおりませんよ」
「でしょうね、とにかく出来るだけダブリスのためになる人をと思ってるの。いい人がいないかしら。」
この際、眉目秀麗なんてどうでもいい。とにかく戦争が起きないようにできればいいとそう言えば、とても複雑そうな顔をされてしまった。
なので現状のダブリス国の財政と情勢を説明する。だって私の意見なんてどうでもいいのだ。
戦争が生むのは、利益だけじゃない。
それを痛いほど知ってるから。
現在馬を操ってくれている仲間までが大きなため息を吐いてくれる。
「・・お嬢、もうちょっと年相応に結婚に夢を見ても罰は当たりませんよ」
グレスにそう苦笑いまでされてしまった。
私にとって結婚なんて、ただの利益を得る手段に過ぎないのに。この国を守るために民が平和な日常を送れるのなら、いくらでも私の婚姻を利用してくれればいいとまで思っている。
「グレスじいさま、私がホップキンスの悪姫と知ってるでしょう。」
「えぇ」
「他国に流れる私の噂ってなんであんなに過激なのかしらね」
苦笑いしか返さない彼等に私もただ、静かに思考を巡らせた。
私が隣国に遊学の名目で2年程各国を廻っていたのは2年前の話だ。本来なら社交界を華々しく飾る筈が気づけば他国に名高い悪姫の名を戴いてしまった。
容姿は、母ソックリだが性格は真反対の小心者であるのに関わらず。
「奥さまが規格外なので・・・姫様の噂など取るに足りませんよ」
そう彼は笑ったが、母を基準にしているところが可笑しいと気付いてほしいものだ。
「とにかく、今回の調査が上手くいったら・・・新しい農耕作が生み出せると思うのよ」
あの山の斜面を利用した農作は、思ったよりも良い結果をもたらしてくれてる。東の国から来たという商人が教えてくれた農法だ。
植林をしてもその木が材木として価値を得るには、少なくとも30年以上かかるのだ。良質な建築機材となれば50年は生育に掛かるのを農耕は、10年程かける事で足りる。
それが10年は、減る。その間民達は飢えずに済むのなら、今度の十年のために私はどこにだって嫁いでもいい。
そう考えていると言ったら家族もそしてこの人たちも驚くだろうなぁ。
「お嬢」
「だから、さっさとやって、調査を終わらしましょうね。」
「はい、でもあまりご自分を卑下なさってはなりませんからね」
うん、流石はグレスじい様。
私の心をしっかりと見抜いている。
「わかってるわ。この外見を利用して高値で売るから期待して」
「お嬢っ」
そう私を諌める彼との別れが近いと私はこの時は知らなかった。
「此度の件、あまり楽観はできませんよ。」
そう声が続いたとも。