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悪姫の平和な日常 6

ダブリス国のホップキンス公爵。

この家が持つ悪名の原因は、確かに我が母であるとそう思う。


「ふざけているのかしら?真面目になさいな」


妖艶な笑みと共に振り下ろされる刃は、たとえ潰されていても掠っただけで絶大なダメージを受けるであろう事を予測できる。

リコリス色の鮮やかな赤が動きに合わせて揺れる。

その肢体を守る様に、飾るように。


「っは・・母っう」


息が整わずに母を呼ぶ声ですら紡げない。それでも何とか立っている兄は、やはり母の血を色濃く継いでいるのだろう。

そう思いながら、私は冷たい大理石に体をあずけていた。代理石の冷たさが今はありがたい。

もう立ち上がれない、呼吸が苦しいせいで吐き気さえする。・・打たれた左ももがジンジンと痛み、手合せから既に15分は経っているのに、息がやっと整い始めたくらいだ。

回復も追いつかない。左ももは多分間違いなく内出血だろうが、ドレスを着るのも痛みが走るだろうと予想がついた。


「あなた達、もう少し腕を磨きなさいな」


そう言って、やっと手に持った模擬刀を投げ捨てた母は、息一つ乱さず己が倒した子供たちを冷やかに切り捨てた。


「無理・・だ・・勝てない」


「あなたの場合は、素直すぎるのよ・・あとココ、人間の急所をもっと的確に打つ練習をしなさい。実力で敵わない相手になにを甘い考えでいるの?」


そんな母の言葉になんとか頷いては見るが、なぜ公爵令嬢の私が暗殺術なんて覚える必要があるのだろうか。

そう内心では苦言を示した。どしてこういう事になるのだろうか。

私の欲しいものは、平和な日常であるというのに。


「あなたは、この国を守る剣と盾の娘。その自覚を持ちなさい」


私の内心を悟ったように母上はそう告げて、己の赤い髪を整えた。

国の国家予算のために他国へ賞金首を狩りに行っていたあなたと、若くしてその腕を見込まれて陸軍の総指揮を務める父の間に生まれただけです。


「今日は、これくらいにして湯あみをしてらっしゃい。その後で朝食をとるように・・・ココ、あなた肌荒れがあるようだから、果物を多めにお食べなさい、後睡眠の時間を1時間は増やしなさい」


「はい・・母上」


「見目もまた武器の一つ。磨けば刃になるのよ」


そう艶やかに笑う彼女が私の母で、そしてダブリス国が誇る、"赤のニケ”である。

ほんと一生敵わない気がする。


「私とアルはもう少しここで鍛錬です。」


「失礼します・・・」


そう言った母に兄が悲鳴を上げたが、それは一切の無視で私はくるりと二人に背を向けた。

再び鍛錬場で始まった組手に私はそっと背を向け、自室へと戻ったのだった。


我がホップキンス家は、公爵の地位を持っているが実際に統治している領地は、ホップキンスが代々守っている東南の山深い領地だけだった。領民のほとんどが林業によって生計を立てているし、農作物に恵まれない環境であるため人々は、あまり農耕を積極的には行わない。

土地柄に自給自足が元々難しい土地であるのだから、それでも食糧自給率を上げようと日々たくさんの知識を得ようと様々な夜会や茶会に出て、そして果ては王城の図書館にまで通いづめ、たくさんの思考錯誤をして現在新たな農耕を始めたばかりだ。


ホップキンス家の屋敷の窓から見える広くない平坦な土地は、現在東北の特産物が植えられている。

昨年は、失敗して苗木の約82%が枯れてしまった。

失敗の理由は、霜だった。

標高の高い場所になればなるほど苗木に霜が降りて、葉がダメになってしまったのだ。

それでも比較的日照時間が多い場所に植えられたものは助かった。

今は、東の国の農法で山の斜面に畑を作るというものを勉強中だ。


なんとかこのダブリスを変えて行かないといけない。

他者から奪うのではない、自身が生み出す国にならないといけないのだ。


だがどんなに努力した所で、時は、待ってくれない。

元は、ならずものの集まりだった人間が貴族のフリをした結果は、予想の範囲を超えてしまった。

それでも良くもったものだと最近は、思う程だ。


国政も国庫もどうにもならない。だからこそ。


「私の見目に騙されてくれるかしら・・・」


近日中には、どこかの国に嫁ぎに出されるだろ自身が出来るのは、出来るだけこの国が平和であることを願い、ダブリス国に最も貢献してくれるであろう人間と技術を手に入れる事だけである。


「姫様っ・・・そのようなお姿で何をなさっておいでで?」


丁寧であるのに、十分に迫力を持つ声が廊下に響く。

足音一つさせず、彼女は私の元へやってきた。

紺色と白の給仕服は、彼女の戦闘服。


「・・・あ・ドロシー」


「ホップキンス家の姫たるもの、そのようなお姿で出歩くなどこの私の目が黒いうちは許しませんわ」


母のような鮮やかな赤ではないが、ボルドー色の髪はきっかりと纏められている。

彼女は、母に長年仕える侍女長・・ドロシー・シルベン。母と共に王城からホップキンス家にやってきた母の部下だ・・・色々と逸話を持つ方でもある。


彼女の言葉に、条件反射で謝りながら、部屋に連れて行かれる。

そのまま有無を言わせない手腕で湯あみをさせられ、最近サボり気味だったボディケアーまでしっかりされた私が朝食を口にできたのは、2時間たってからだった。


温め直してもらった朝食を兄と共に食すが、二人ともぐったりとしてしまってとても食事どころではなかった。

これがホップキンス家のシーズンオフ中の日常である。


「・・・・だらしのない事」


母だけは、優雅に食後の紅茶を楽しんでる食卓。朝の陽ざしに照らされたその姿はため息が出る程に美しい。


「母上・・・フレル男爵の件、どのようになりましたか?」


彼の訪問を受けて、半月、もうそろそろお庭番さんがなにかを掴んできてくれたはずだ。


「・・・あれはしっぽにも成れないもの・・今回は見逃す事になります。一応はネズミの抜け道も確認できましたから。」


「そう・・ですか」


「えぇ、それで、あなたには」


「わかってますわ。レヴァンに行けとおっしゃるのでしょう?」


「なら、明後日には出なさい。・・・あなたは静養中にしておきますから」


公爵令嬢である私が、シーズンオフ中に静養のために王家の所有する離宮に滞在するというのは、社交界では誰もがしる周知の事実となっている。

だが実際には違う。

私が離宮で静養する・・・それは、私が国外に出るという隠語なのだ。

母も昔この手で賞金稼ぎとして国外に出ていたから、丁度いいと母が弟である王様に話してくれている。


「既に送った者から情報は得ているの。少し気になる事があったから、あなたにはついでに其れを探ってもらいます。・・もしもの時は、全てを無に帰しなさい」


母は、そう言って立ち上がった。いつの間にか彼女の前の紅茶は、全て無くなり、冷え切ったカップだけがその場にあった。


「剣にも盾にも成りうる者・・それがホップキンスです。」


そう言って食堂を後にする。兄は私を気遣わしげに見た。

その視線は、自身が代わろうという考えが見てとれる。その優しさにすがる事はない。

母は、私がホップキンスを出る前にたくさんの事を教えてくれようとしているのだから。


世界はそう・・決して綺麗なモノではない。


兄へ、大丈夫だという意味を込めて微笑んで、私もまた食堂をでようとすると背に声が掛けられた。


「ココ・・・俺が」


「兄上・・・大丈夫です・・・それにもうすぐこのような事も出来なくなります。ダブリスのために、私は私の出来る事をします」


「だが、お前にもしもの事があれば」


「あら・・私をどうにか出来る相手が居るなら・・・その方に嫁ぎたいわ」


そう冗談で返せば、兄は苦笑いで私の言葉に応えた。


「それは・・またなかなか難しい注文だな」


ホップキンス家では最弱でも他国では違う。


「でしょう?・・心配はいりません。・・・私はホップキンスの悪姫ですもの」


私がそう言って背を向け、扉を開け部屋を出ようとした時、もう一度兄の声が掛けられた。


「心配はするよ・・でもお前が望むようにしろ・・ホップキンスの家はお前を守る盾でもあるのだから」


久方振りに聞く言葉に私は頷くだけで応え、扉を閉めた。




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