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これでも平和主義 4

ダブリス国が自国の国軍の人員削減を提言して早40年。

だが我がホップキンス公爵家は、その軍の中枢を担っていた。

久方振りに城勤めから解放された兄が、家に戻ってきたのは昨日の午後だった。そして翌朝には朝の鍛錬だと妹を叩き起こしている非常識者が、赤黒の悪魔の正体であり私の兄、アルバート・ホップキンスである。


「なぁ、辞表ってどうやって書いたらいいかな?」


「お兄様・・・それで何回目ですか?あともっと真剣にしてくださいませっ!!」


呆れながらも私は、自身の前に居る兄に模擬戦用の木刀を振りかぶる。

勢いよく右に払ったはずのそれはたった数センチ顔をずらすだけで避けられてしまう。

流石は、現近衛騎士団団長である。そんな彼が辞表を書くのはこれで5回目の事であり、一度も受理された事がない案件だ。


鮮やかな赤い髪が動きに合わせてたなびき、父に似た美しい飴色の瞳が思慮に沈んでいるのが分かる。

模擬刀の動きさえその目に写ってない。この人は今、私の殺気だけで私の攻撃を避けている。

実力の差・・経験の差。

この男は既にいくつかの死地から生還した経験の持っている。


「ムカつく」


「こらこら、ホップキンスの悪姫がなんて言葉遣いだ」


そう注意しながら彼は、私に意識を向けては居ない。思考は全て現在執筆中の辞表届でいっぱいだ。


「関係ないですっ!」


模擬刀でダメなら足だとそのまま体制を下に向けた瞬間に私の視界は、既に空でいっぱいになっていた。

遅れてくる背の痛み。

ヤラれた。


そう自覚した時に私は、そっと詰めていた息を吐く。

これで本日既に模擬戦20連敗。


「お前は、もう少し考えて動け。お前が普段どんな姿で登城しているかわかるか?ドレスでその動きが出来ると思ってるなら浅慮だ。」


辛辣にそう断言される。この攻撃は、出来ないからするなという忠告でもある。

今現在の私の姿は、とても公爵家の娘がするにはあまりにも酷い格好だった。兄が使っていた見習い騎士服は運動服としてはとても優秀だが、美醜はあまりよくない。

既にボロボロで繕った跡もあるその服は、現在土埃と私の汗でべとべとだった。


「新しい軍服でも持って来てやろうか?こないだの会議で新しいものが出来たばかりだ・・・あのクソ狸ども・・・軍備ばかりでは、なんにもならんと言っているのだがな、鉄や火薬は食えねぇんだよ」


私とはうってかわって兄は涼しい顔で私に腕を差し出す。

兄の言葉で新たな軍服が作られた事もわかり流石に同情した。軍備を節約しろって散々申告している筈なのに新たなデザインの軍服が出来たのだ。

鍛錬という名目で私に八つ当たりをされているのだろうとまで予測がついた。痛む背を庇いながら上半身をを確かめる。


「食べないでください・・・それに、っこのダブリスの体制が変わらない限り無理でしょう」


数百年の間、戦争とそれに付随する戦利品で養い補ってきた国という大きな組織。

現在の己の国力だけで全てを担おうとすると既に建国時の数倍にまで膨れ上がった人口はとても支えきれないものになってしまっている。


現在は、20年前の停戦協定により得た権利をフル活用してなんとか帳尻を合わせているのだ。

それも後2年で切れる権利である。

関税の固定など経済的な特別処置の中で最も問題となるのが、ダブリスと隣国フェルベス国の国境境にある鉱山の採掘権の4割の譲渡だ。

コーデル山という女神の名を持った山は、金鉱脈を持つ大きな鉱山の一つであり現状のダブリスにとって大きな財源の一つである。

その権利が後2年後には全て返上されてしまうのだ。

とても許容できる事ではない。さてどうすればこの財源を手放さずに済むだろうと考えた結果現在の解決策はたった一つ。


「いや、だって何時フェルべスに攻め入ろうってそう左大臣や、財務管理の大狸が計画中だぞ。なら食っちまった方がいいじゃないか」


「あの・・・・兄上、爆薬は人間にとって害以外になりませんわよ?」


「知ってるさ。俺が自害のフリして消えればいいかなぁって最近本気で思ってる。」


「お辞め下さい。母上に先に殺されますわ・・後・・多分その時に担ぎだされるのは、母上ですよ」


「だよなぁ・・・なんで王族の姫だった母上が国随一の最強の女暗殺者で・・・他国まで賞金首を狙いに旅に出ていたなんて事になってるんだろうな」


我が母ながらおかし過ぎる経歴をお持ちの母上だ。

赤い悪魔は、実存している。

兄の手を借りて立ち上がり、今朝の稽古は終わりにすると告げる。


元は、暗殺者対策だった護身術がいつの間にか国の資金源になってたという母には、とてもじゃないが成れない。

私は、普通の公爵令嬢だ。期待しないでいただきたい。


「母上ソックリで二つ名は、悪姫なのに娘は、普通だし」


「ご期待に沿えず・・・・でも兄上が自害しても戦争(いくさ)は、避けられません」


「いや、だからせめてお前が」


「無理です・・・私の二つ名がどの国で生まれたかご存じでしょう」


「ああーーーもう、お前を遊学なんてさせなきゃよかった。」


そう言いながら額の汗を拭くで拭う兄に慌てて置いてあったタオルを投げ渡す。

作法として最悪だがそんな事構っていると彼の着ている高価な騎士服がダメになってしまうからだ。


「私のせいじゃないですっ!!この見た目に騙されるクズ共が悪いのです!しかも全ては誤解です、私は子爵の息子を吊し上げても、鞭で調教もしておりません。侯爵の甥をハゲにしてません・・それに」


「やめろ・・・朝からは聞きたくない噂ばかりだ」


そう言ってげんなりを顔色さえも悪くした兄に私は必死に弁解した。

だって全部全部それは嘘偽りだ。

真実は、違うのだ。


「アル兄様っ!!違いますからね、誤解です・・・子爵の息子さんは・・・その母上が。それに侯爵のバカ甥は・・・私の部屋に勝手に入ってこられて・・その反射的に・・・・手が動いて」


真実は、母上と一緒に呼ばれた隣国の建国祭で、私をお気に召したらしい子爵の息子が私を強引に自身の遊び相手にしよとして舞踏会場の真っただ中でちょっとした罠を仕掛けてきたのを対処させてもらっただけだ。

その夜に母上が艶やかな笑みと共に鞭を持って闇夜に消えたと報告されたのは、私が帰国した後の事だ。


そして侯爵の甥は、元は商家の生まれであったというので、様々な知識を持っていた。

夜会の最中に様々な国の農業、農法・・そして林業などについて教えてもらったのでいつもより3割増しに笑顔が多かったのは、認める。でも・・まさかそれで誤解して私を夜這いしに来るなんて思いもよらず・・・暗殺者かと思って手元のあったナイフを振りかざしたら、彼の前髪が無くなってしまっただけだ。

断じてハゲになんてしてないです。


「お前・・・頼むから引き金にはなってくれるなよ」


お偉方は、お前を使って戦争を起こす気満々だ。と続く兄の言葉に私は思いっきり首を振って否定した。

どうして好き好んでそんなもの引かなければならないのか。

私・・、これでも平和主義者です。



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