006. ショコラティエ
日曜日の昼過ぎ、私はエイスケと約束したソーダ屋にいた。
何年ぶりかしら?
ちょっと早めに着いたようで、エイスケの姿はまだなかった。
「先に飲んじゃおう」
私はメニューが書かれた店の奥の壁を見る。
注文したメロンソーダはプラスティックのカップに入って出てきた。
私は店先に置かれたベンチに座って一口飲もうとしたところで声がした。
「先に飲んでてずるい」
汗だくのエイスケが笑っていた。
そして彼はすぐに空色のソーダを手にして私の隣に座った。
「乾杯」
エイスケがカップを突き出すので私もそれにならい、
「乾杯」
と言って、やっと一口目をすすった。
そうして、さきほどの会話の続きが始まった。
「ショコラティエはサラのこと、好きだったの?」
「さぁ。多分」
「なんでそんなに曖昧なのさ」
確かに
「君を本当の笑顔にできるとびっきりのチョコレートを贈りたいんだ!」
と言っていた。
彼は一目で私の裏の顔を見抜いて、そう言った。
言ったのだけど。
「でも、彼はショコラティエよ。
チョコレートのことが一番で、チョコレートのことで頭がいっぱいなの。
チョコレートを食べる人が幸せになるのを見るのが好きなの。
私のためだけじゃなくて、世界中の人よ。
そしてそんな素敵なチョコレートを作るのに夢中なの」
エイスケは納得がいかないようだった。
私は軽く溜息をついて、ぼんやりと空を見ながら、あまり面白くない思い出話をすることにした。
「彼は自分が今探しているオレンジを使ったチョコレートを食べれば、私が本当の笑顔になる、とずっと言ってたの。
とにかく私が笑っている顔が見たくて、オレンジ以外の材料を見に隣町のマーケットにも誘ってくれたし、おかしな顔もしてくれたし、髪もなでてくれたわ」
だけど、彼はショコラティエ。
「だけど大体、最後には私を放っておいてチョコレートに夢中になっていくの」
隣町のマーケットに行ったときは、私をそっちのけで材料を見て回ったし、おかしな顔をして私がたまらず吹き出して笑い出したとたん、満足そうにしながら「あ!」と大声を上げ、
「今、とっても素敵なレシピを思いついたよ、サラ!書いておかなくちゃ忘れちゃうよ!」
と駆け出していくし、髪をなでながらカカオと砂糖の割合をぶつぶつつぶやいていたし。
「最後はね、彼が観覧車に乗りたいって言ったの。遠くを見たい、って。
だから二人で乗っていたんだけど、観覧車がてっぺんに行くか行かないかのときに、
『これだ!探していたオレンジの香りがする!!』
と言って、
『早くここから降ろしてくれ!香りが消えちゃう!どっちの方向かわからなくなる!!』
と大声でずっと叫んで、やっと地上について扉が開いたら、一目散にそのオレンジの香りがした、という方向に走っていっちゃったの。
走っていく後ろ姿を見たのが、最後」
多分、エイスケは私がチョコレートのような甘い話をすると思っていたのだろう。
意外な展開に驚きを隠せないようだった。
もっと驚いたのは当の私だ。
危うく降り損ねて観覧車の二周目に乗るところだった。
唖然としているエイスケを横目に私はメロンソーダをすする。
炭酸がはじける音がする。
泡のように短い時間を過ごしたけれど、インパクトは大きかったわ。
改めて私は溜息をつき、エイスケものろのろとストローをくわえた。