第15話 アブサン
珍しく、フエフキと私は街のバーで飲んでいた。
今回は街のバーで1週間演奏する、という仕事での滞在だ。
「アブサンが飲みたいから、バーに来いよ」
というわけだ。
その緑で苦いアルコールは、私は苦手。
フエフキは今夜の演奏を終え、さっそくアブサンを注文すると儀式のように角砂糖に火をつけていた。
味は苦手だけど、アルコールに浸した角砂糖に火をつけるのを見るのは好き。
私は一瞬でなくなる青い炎を眺めていた。
儀式が終わり、私のスパークリングワインの入った細いグラスとフエフキのアブサンのグラスを軽く合わせて乾杯した。
私はいつものようにフエフキの旅の様子を聞いていた。
愉しいこともあるけれど、いつも深い孤独の匂いがする。
「サラ!」
夢中になって話を聞いていたので、不意に自分の名前を呼ばれ驚いた。
カウンターの背の高い椅子から落ちそうになるのをフエフキが腕を伸ばし、私の身体を支えた。
そうされながら、私の名前が呼ばれたほうを見た。
「エイスケ!こんなところで珍しいわね」
「友達とちょっと飲みに来てて」
少し離れたところにエイスケと同じ年頃の男の子が立っていて、私の視線に気づくと軽く会釈をした。私の会釈をする。
「サラ、どちらさまだい?」
ぐっと強くウェストを引き寄せられた。
「ちょっと。もう落ちないから放して。
彼はエイスケよ。
エイスケ、こちらはフエフキ。今日からこのバーで笛の演奏をしているの。私の古い友達なの」
フエフキは手を放すどころか、がっちりホールドしたままエイスケに挨拶をしている。
エイスケは感情を押し殺してはいるが、隠しきれていないまま、それでも冷静に挨拶をしている。
まったく、どうしちゃったの、二人とも!!
「じゃあ、サラ、飲みすぎないでね」
エイスケはちょっぴり意地悪に私に言った。
「大丈夫。そうなったら俺がきちんと送っていくから」
フエフキがエイスケにウィンクをすると、エイスケはむっとした顔をしてその場を離れた。
「ちょっと、フエフキ!もう放しなさいよ」
私は語気を強めて言うと、彼は素直にウェストから手を放した。
「ちょっと酔っちゃって」
「まだ1杯も飲んでいないのに、嘘を言わないで。あなた、わざとやったでしょう!」
「なぁ、サラ」
フエフキは内緒話をするように声を潜めた。
つい私も彼のほうに耳を近づける。
「なによ」
「あいつ、お前のこと好きだろう?」
!
「そんなの知らないわよ」
私は馬鹿らしくなって、姿勢を元に戻してスパークリングワインを飲んだ。
「うすうす感づいているクセに」
「ただ珍しいだけよ」
「そうかな?」
「そうよ。そのうち同じ歳くらいにかわいい彼女をつくるわ」
私はそっぽを向いたまま、ワインを飲み続ける。
視線の隅にエイスケをとらえる。
彼はイライラしながら私を見ている。
ほんとに、困った二人!
私は一気にワインを飲み干すと椅子から立った。
「せっかくの気持ちいい夜なのに、台無しだわ。
フエフキ、今夜はご馳走になるわよ」
「了解。また近いうちに会おう。そのときにはアサリのパスタで歓待してくれ」
「まぁ!懲りてないわね!」
フエフキはニヤリを笑って、グラスを軽くグラスを持ち上げた。
「いいアサリがあったら考えとくわ」
私はフエフキに見送られながらバーから出た。
春特有の生暖かい夜風が吹いていた。




