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赤い薔薇  作者:
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 アルフェリアはシェリーの家の隣に住んでいた。

 歴代、王宮に仕える騎士を務める家柄で、貴族というものに属している。彼を含めた兄弟たちは幼いころから体を鍛え、勉学に励み、魔法の演習もして十歳をすぎたときに魔法学園へ通いだした。

 シェリーはアルフェリアの五つ違いだから本当に幼いころ、祖母の庭を駆け回って遊んだ覚えがある。

 シェリーの家も貴族の端くれで、ものすごくお金持ちというわけではないけれど、堅実で勤勉と言われているらしい。とはいえ、兄姉弟妹に挟まれた真ん中に生まれたシェリー自身は家のことを気にしなくてすんでいる。

 すでに兄が家督を継いで、姉は嫁ぎ、弟と妹は学園に通っている今、得意だった治癒魔法を活かして学園に勤め始めたのだった。


 アルフェリアは彼の兄弟でひとりだけ、騎士にはならずに学園に勤めることを選んだ。騎士を目指して編入もしたが、結局卒業してからしばらくして、学園に教師として戻ってきたのである。

 それを出来損ないと笑う者も多い。

 在学中は、アルフェリアという名前も彼に似合わないとからかわれていたらしい。ご立派な名前なのに、頼りない容姿。完全なる名前負けだと。しかも、アルフェリアと同期生に王太子殿下がいらっしゃったことが拍車をかけた。

 王太子殿下自身は、それはもう見目麗しいお姿で文武両道。

 本物の王子様はあんなに立派なのに、名前だけが立派な落ちこぼれは影が薄く野暮ったい。

 アルフェリアのように華やかな名を持つ生徒はもちろん他にもいるけれど、怒るでもなく物静かにしているアルフェリアは標的にちょうどよいとされてしまった。


 王宮勤めなど、あれでは悪目立ちだろう。それ以前に、あんな者でも務まると思われてはたまらない。声をひそめて、けれどもアルフェリアにも聞こえるくらいの大きさで、学び舎を共にした人たちは今でも口さがない。

 シェリーにしてみれば、そんなことはなかった。

 小さいときにはなんだかんだと相手をしてくれ、薔薇の棘に泣きべそをかいたシェリーを慰めたのも、転んだシェリーの土を払ってくれたのもアルフェリアだ。なにより、彼はシェリーの祖母を慕ってくれていた。それが幼心にもうれしかった。


 学園から帰省したときだって、シェリーの家へあいさつにきて庭を眺めていた。その背中を思い出す。見るたびに大きく広くなっていくアルフェリアの背中に、誇らしいと同時に寂しさも覚えたのはいつだったか。

 学園生活では稽古や演習で怪我も絶えない。真っ白な包帯を見ては大泣きし、大丈夫かとしつこく尋ね続るシェリー相手に、彼は苦笑を浮かべてやさしく髪をなでてくれたのも、あの庭だった。

 赤い薔薇の咲き誇るあの庭で、たしかにシェリーの中で芽生えたものがある。


 今思うと、アルフェリアがきっかけで治癒魔法を勉強したいと思ったのかもしれない。平気な顔で笑う彼の怪我は、やはり痛そうだった。

 魔法を使わなくても傷は治る。そうわかっていても、早く治ってほしいと願った。そんな思いが自分の将来を決めていくなんて思ってもみなかったけれど。

 そしてまさか一緒に働くとも思っていなかった。

 戸惑うシェリーをよそに、アルフェリアはなにか困ったことがあったり躓いていたりすると、素っ気ないながらも必ず手を差し伸べてくれる。

 授業はわかりやすいし、研究熱心。新しい魔法を編み出すことだってできるのだから、周りが言うように出来損ないだなんて思えなかった。

 たぶん身の回りや格好に頓着しないから誤解されているのだろう。もったいない。まして、馬鹿にされるなんてお門違いだ。

 それなのに、彼はとくに気にした様子もなく、身なりも改めることもなく相変わらずなのである。

 本当に気にしていないのならいいのだけれど。どうなのだろう。シェリーはそっとため息をつきながら廊下を進み、養護室の扉の前で頭を振る。さらさらと金髪が肩をすべったが、薔薇に絡まってしまいそうで慌てて顔を上げた。


「やあ、シェリー」


 鉢を傾けないように気をつけながら手を当てたとき、すっと軽く扉が開いて驚いた。横から代わりに扉を開けてくれている腕が目に入る。

 さわやかな声にシェリーは後ろを振り返った。


「リディアンさん」

「ずいぶんきれいな花だね。あなたが咲かせたのかな?」


 深紅のローブに身を包んだ美丈夫は、シェリーが大事に抱えていた薔薇を見て微笑んだ。

 どうぞと扉を開けてくれたのに礼を言って、ようやくシェリーは机の上に鉢植えを置く。リディアンもそれに続いて中まで入ると、一緒になって薔薇を見下ろした。

 生徒に魔法の実技を教えている彼は、アルフェリアよりもひとつ年が上だったと記憶している。在学中は好成績をおさめ、三年生の途中から騎士の学校へ編入して魔導剣士として卒業したらしく、この学園でもその腕を振るっているところだ。

 実力はもちろん、たれ目で甘いマスクの持ち主ゆえに、生徒以外にも貴族のご令嬢たちや女性騎士たちからも黄色い声を浴びせられる存在なのである。

 リディアンは、栗色の髪をさらりとかき上げてからシェリーの顔を覗き込んだ。

 シェリーはそこでようやく宙に浮いたままだった質問をたぐり寄せる。


「いえ、これはいただいたものです。もうすぐ春祭りでしょう? その見本に用意したものだそうで」

「へえ……」


 赤い薔薇を彼はじっと見つめた。

 健気に上を向いている、うつくしい花。

 しばらく眺めていた彼は、そっとシェリーをうかがってから遠慮がちに口を開いた。


「シェリー、もしよければだけど。この花を俺に貸してくれない? 実は、受け持ちの組で俺も久しぶりに披露しなければならなくて」


 眉を下げた彼は、控えめに微笑む。

 先生! 先生もやってみせてよ! そんなに言うならうまく咲かせられるんでしょう?

 寄ってたかってそんなことを言われている絵が難なく思い浮かんで、シェリーはくすくすと笑った。


「生徒たちにうまく乗せられたわけですね」

「そうなんだよ。まったく、口が達者でまいった」


 十代初めの元気な生徒たちは、この美丈夫を困らせることが上手らしい。

 けれども子どもたちとのそういうふれあいは、彼も嫌いじゃないのだろう。どことなくうれしそうに笑うと、栗色の頭をかいてみせた。


「見てのとおり、俺は剣術と攻撃魔法以外はからっきしでね。こっそり練習するのに、見本があると助かる」


 たしかに、この薔薇は見本にするなら打ってつけだ。それほど、見事だった。

 リディアンにもそう映ったのだろう。それがうれしくて、シェリーは一瞬迷った気持ちを打ち消して、快くうなずいた。


「そういうことなら、どうぞ」


 窓際で咲いているだけだと、シェリーが眺めるだけで終わってしまう。

 リディアンの役にも立って、生徒たちの活力になるのならきっと薔薇もそのほうがいいだろう。

 両手で差し出した植木鉢を、リディアンはありがとうとはにかんでから受け取った。


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