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鍛冶師の冒険記  作者: 伯慶
9/9

竜の山

「なんの真似だ侯爵よ、わが弟よ?」

 煌めく魔法剣の刃を、その身に受ける王の冷ややかな言葉だ。

 唖然とする侯爵を他所に、王は呆れたように肩を竦めた。

 いや、楽しんでいるのだ。

 眉を指の先でなぞりつつ、

「余に振るうのならば、もう少し楽しませてくれ! この戯れが本気ではないのだろう...」

 突き刺さった刃を摘まむと、あっさり引き抜いてみせた。

 傷口のあたりから、ジワリと滲むのは朱い、血のようだが王の表情は変わらずクールすぎる。


「化け物が」

 侯爵の言葉に動じない王。

 寧ろ、周りも同じだ。

 両脇に立つ近衛の騎士は石像のように、静かに微動だにしない。

 息すらしていないのではないかと思わせる。

 全く不気味この上ない。

「人外とはまた、ボキャブラリーの無い答えだな。まあよい、余の退屈に付き合ってくれ」

 座していた玉座から踏み出す王。

 殻から出る雰囲気に近い――人の姿から真っ黒い何かが出てきた。

『なんと!? 面白いな...私がそこに』

 王の言葉が二重に重なるように聞こえる。

 更に脇に立つ《東方の魔女》こと、少女然とした者が深くこうべを垂れ、

「陛下の真なる御力が、解き放たれましてございます」


 ――我らが讃える、闇の王、死者の王、心より絶対の忠誠を誓います――


 玉座の間にあるすべての兵、臣下が膝を折り、こうべを垂れ、伏する。

 新しき王の誕生、いや、死者の王と称する人であることをやめた者への賞賛だ。



 私の目の前には一糸まとわぬ艶とモチモチの乳房、大きくうねる腰、くびれ、肩と白い肌がある。

 手のひらに吸い付くようなこの感触は、女子大生という特殊な世界で生きている乙女の体躯だ。

 ああ、きもちい......

「あ、あのぅ」

 丸く縮こまっている彼女が声を掛けてきた。

 私は、一瞬意識が吹っ飛んでた気がする。

「そろそろ寒いので――」

 検分は終わっただろうと、シエラ姉ちゃんも私から彼女を奪っていく。

 引き離された私は、名残惜しい肌から指先が離れる刹那。

「あなたの傷、ドラゴンの炎によるものですね!!」

 と、思わず口走っていた。

 いや、検分の結果、ひとつの結論としてドラゴンだと思った。

 こんな火力が出せるのは、あのトカゲくらいなもんだ。


 人語を解し、話せるエンシェント・ドラゴンは、滅多に見ないけどトカゲっていうと殴られるし、ずーっと歴史の講釈がはじまって抜け出せなくなるから、こいつらが山にいる可能性は少ない。 しかも、あいつらは火を吐かない。

 魔法で出来ること以外に、それ以上の労力を使いたくない贅沢な連中だ。

 だから、人に会う可能性の高いダンジョンや街、王国なんかに立ち寄る筈はない。

 そういう推測とか入っての私の解に、彼女は驚いたように目を丸くして、激しくうなずいていた。


「火を吐く...トカゲ?!」

 シエラ姉ちゃんも半信半疑だ。

 眉根を寄せて、いつになく難しく、険しい表情で首を傾げている。

「分からん!」

 ――あ、投げた。

「この国では数百年前に姿を見なくなっただけで、他の地域では、絶滅危惧種的な感覚で保護されてたり、エンシェント・ドラゴンが騎乗動物のひとつとして、飼育してたりする大きなトカゲなんだよ!」

 と、私の知りうる情報をお姉ちゃんにパス。

「ふーん、分かったか人間の女?!」

 って、女子大生にトスした。

「え、え......あ? ハイ...」

 分かったか人間じゃなくて、あんただよ!

 お姉ちゃんっ!!

「んでさ、あなたの名前は?」

 唐突だったかもしれないが...キノコのパーティって情報しか...

 彼女もはだけた病衣を丁寧に整えて、

「シェイ、シェイ・パトリックって言います。不束者ですがよろしくお願いします」

 って、お願いされちゃったよ。

 彼女は三つ指を立て、深く深くこうべを垂れて平伏している。

「そんなにかしこまらなくても...」

 シェイは、慌てた私にすっと視線を合わせる。

「だって、婚前の身にあんなことされたのですから......」

 面倒くせぇーなー。


  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 侯爵は無暗に魔法剣を振っていた。

 この剣の使い方を知らないまま、私からジョア大司教を通じて受け取った。

 だから、銀色に輝く刀身から伸びる白い光が一体、どんな効果があるのかなんて彼は知らなかったのだ。

『詰まらんな、その程度否、余の退屈が埋まることはないのか』

 振り回す光の刃をその身に受けていた、黒い者が無念そうに見下ろしていた。

『その刃は、本当に墨壺の作か?!』

「......」

 無反応な侯爵に驚いたのは、周囲の武人たちだ。

 そして、玉座の間全体が落胆というよりも深い溜息が地の底に落とされたような雰囲気に染まる。


 ――墨壺が作は、魔を払い闇を割く、教会が認める唯一の聖剣である――


 ゆらっと、煙のような影が柱の近くで見えた。

 声を発する、その影に場のすべての視線が集まる。

 死神のような黒いローブ、骨の腕が柱の奥から伸びる。

 身の半分でもそれが、幽霊、レイスであることが分かる。

 しかし、解せないのは幽霊がこの玉座の間に現れたことだ。

『ふふ、アルフォンソとエリックが嗅ぎまわった御蔭で、父上まで余の前に... なるほど、これは退屈しのぎに丁度良いというものか』

 黒い者が肩を震わせて笑っている。

 玉座にてぐったりする抜け殻が、生気を失って干からびれてきた気がする。


 ――そんなにはしゃぐな餓鬼、我が愚息、

 お前の抜け殻が腐っているが戻る気はないのか?――


 黒い者もすっと、振り返る。

 確かに抜け殻のそれが、脱ぎ捨てた衣類のように皺だらけのようにみえる。

 彼が視線を《東方の魔女に》移すと、

「ご心配はいりません。陛下は既に人ではございません! 我らの王、闇を統べる王にございます」

 と、奉じた。

 彼女のレイスに向ける瞳はかつての少女然とした女の瞳ではなかった。

 何か別の見覚えのない者の雰囲気を纏っていた。


 そういえば、かつての雰囲気はこの玉座にはない。

 脇を固める騎士、大臣や司祭でさえ人らしからぬ雰囲気だ。

『気が付いたか老いぼれ』


 ――魔女、お前――


 彼女は中腰のまま、黒き者の影に隠れる。

 その際、彼女の不気味な朱の瞳、笑みが見えた気がした。

『余の為にこの者たちは命を捧げたのだ! こやつらは既に余の一部なり』


 ――愚かな、愚かだ! 人をやめるのならば、お前だけで堕ちろ!!――


 柱の影から伸ばした腕、

 魔法陣いや、魔法紋という幾何学的な形や文字めいた、何かが幾重にも重なる光のアート。

 特定の種族たちが用いる、もっとも古き魔法の形だ。

 今よりも昔は、こうして詠唱することなくイメージを具現化させていたのだ。

 光のアートは、玉座の脇に立つ騎士を包み込んだ。

『余のゴーレムに何を?!』


 ――召喚だ、バカ息子!――


 黒き者、現王の玩具にして、ゴーレムとなった近衛の騎士、フルプレート・アーマーの影から現れたのは同じ鎧、蝙蝠のような黒い翼を持った騎士らだ。その体躯の大きさは影の持ち主よりもはるかに巨大、屈強まさに頑強ななる鎧の化け物だ。

 息遣いは獣にちかい。

 フルフェイス・マスクの中で紅く光る瞳は魔女にも向けられた。

「レッサーデーモンか?! 貴様っ!」

 黒き者が魔女に向く。

 出てきた翼のある騎士がゴーレムを握りつぶす音が響く。

 それは2体。


 侯爵の方は腰が抜けて動けそうにない。

 兄王への復讐を、父王の幽閉を解放すると誓った心がすっかり折れている。

「父上...」

 彼の言葉は空しい。

 レイスに届いたのか、確かめようがない。


 ――人であることを辞めた者に(人の)王の冠など、

 愚息よ、その性根を死者の我が正してやろう! せめての手向けだ!!――


『ほざけ、死人が』

 黒き者の怒声が玉座の間に響く。

 奥の壁際では、レッサーデーモン2体と魔女、召喚される黒き戦士たちの攻防が続く。

 レイスとなった父王、ジョージが場の中央へと歩を進めた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


(本文)

「本当に来るのか?! シェイ」

 彼女は、数日前に宿屋に飛び込んできたシェイ・パトリック。

 アルフォンソ教授の教え子にして、女子大生のけが人だった女の子だ。

「だって、私が道案内しないと。それにもう、数日経過してるけど、みんなが心配なんです!!」

 みんなとは、パーティを組んでいた彼女の仲間だ。

 同じ大学に通う、その友も大小の怪我を負ってダンジョンの中に隠れている。

「だってさ、どうするよ?」

 お姉ちゃんは構わないといったオーラを出している。

 そりゃ、お姉ちゃんは強いし、ひとりでも十分だろうけど。

「あなたの面倒を見れる余裕はないかもよ?」

 私の本音だ。

 私もお姉ちゃんと同じ流派を学んだ。剣の腕もまあ、自信はあるけどレベルの異なる子を守りながら戦うのは難しい。

 戦う相手はドラゴン。

 エンシェント・ドラゴンが騎乗用にする大きなトカゲだけど、だからと言って大したことが無いわけじゃない。と、いうかそのエンシェントの奴らが火を吐くトカゲよりも異常に強くて、アホみたいにタフな連中ってだけの話だ。

 だから私たちは、準備万端に臨む必要がある。

「アヴリル、そのトカゲは強いんだよな?」

 お姉ちゃんがトーン静かに聞いてきた。

 お姉ちゃんのスイッチ入ったのかなと思って頷くと、

 悦に入った瞳を輝かせていた。

 違うスイッチが入った雰囲気。


 王都を出たときは3人のパーティだ。

 私と、お姉ちゃんにシェイ。

 このパーティの構成には、ちょっと補強が必要だ。と、いうのもタンク役のタゲ取りがいない。それに回復ロールのも、私がそれを担うと、後方からの攻撃魔法が放てなくなる。そうすると、パーティ内の攻撃力が落ちてしまうだろう。

 シェイは可哀そうだけども戦力外だ。

 因みに、彼女のロールはシーフだったりする。

「戦力強化?」

 不服そうなお姉ちゃんは置いとく。

 シェイの方は興味津々だ。

 何せ、王都より北へきて小さな村に寄ったところでの提案。

 寧ろ、人を雇うのにどこにそんなギルドがあるのか?という風に彼女は思ったに違いない。

「どうやって、加えるのですか?」

 ほら、彼女の興味は私の方に向いてる。

「咥えるってのはな、こう両手で迎えにいってそっと舌の上に載せ」

「わー!お姉ちゃん、な、なにを!!」

 宿の食堂で、太いソーセージを使い実演するお姉ちゃんを張り倒してた。

 目を丸くするシェイを他所に、食堂にいる男性らの気まずそうな雰囲気の方が怖い。

 ほら、みんな恥ずかしそうだよ~

「咥え、」

「あ、いや、真似なくていいから。あーもう、パーティの補強は召喚して適当な奴を入れる!それだけって、あー、お姉ちゃんたら!!!」

 張り倒したお姉ちゃんが復活して、シェイに実演の先を舌で舐める所作を教えている。

 それを耳まで赤くしている彼女が真剣に受ける、そこまでは可愛らしい変態師弟みたいな関係だが。ここは宿屋に併設された冒険者用の食堂だ。

 当然、男性冒険者がいる。

 あー見てらんない、男の人たちまで耳を赤くしてる。

「お姉ちゃん、もう、辞めようか?!」

 実演のソーセージがぐったりしてる。

 舐め過ぎだってば!

「いいか、こうやって少し果てたやつを元気にさせるにはな」

「どぁー!!こらーっ! 婚前の乙女に教えんなーっ そんなこと!!!!!」

 今度はグーで殴り倒してた。

 お姉ちゃんが床にめり込んでる。

 私は、顔どころか全身から火を噴きだしそうに真っ赤になってて、身体の芯がじくじく辛い感じがする。もう、お姉ちゃんが変態講座始めるから、下着がヤバいことになってきたじゃんかー。

 周りを見れば、カウンター越しの店主も前屈みになってる。

 そりゃなるわな~


「咥えたら、歯を立てるのは厳禁な! 覚えておけよ、八重歯でカリをだな」

 復活の速いお姉ちゃん再び。

 実演のソーセージを自らの八重歯?牙で軽く引っ掛けるようになぞる。

 肉の表面に薄い蚯蚓腫れに似た筋が立つ。

「顎が疲れるけど、適宜外に出して、舌技とキスを交えれば――」

 お姉ちゃんの講座はソーセージが二本に増えていた。

 最早、お姉ちゃんの悪戯に他ならない。

 生徒は、シェイじゃなくて食堂の男性陣。


 堪え切れずに果て始める冒険者たち。

 日ごろから鍛錬し、豪胆な肝を持つ屈強な冒険者も辛うじて踏みとどまっている。

 きっと、屈辱への道に行かぬようにだろうか。

 流石にプレイしているわけでもないのに食堂の実演だけで果てるのは沽券にかかわるだろう。

「で、これを――」

 お姉ちゃんが周囲の頑張って抵抗する男性に視線を向ける。

 視姦だ。

 男性が女性にするソレと同じように、悪戯っぽく、艶のあるエロい視線を送るのだ。

 これはチャームの悪意Ver。

 食堂の中で一番、スタミナのありそうな屈強な戦士に向けられた。

 彼の獲物は巨大な戦斧。斧の刃の面は広く、頑丈にできているようだ。

 鎧の方は、肩と胸を重点に誂えたもので、大柄な肉体をさらに大きく見せているように思える。

 他の冒険者相手ならば、その異質な姿で戦意を失うだろう。

 しかし、私のシエラお姉ちゃんの前ではそれもまた、ちょっと大きな子犬にしか見えない。

「太いのは舌技が重要な!支える両手の下部を筋に沿って、奥からじっくり――」

 乙女のシェイが湯気立ってきてる。

 浅い息遣いになって、熱っぽく潤んだ瞳が印象的すぎる。

 ちくしょー!かわいいじゃんw


 つか、お姉ちゃんーっ、変態!

 光の粉が食堂の中で舞う、私の召喚魔法――魔法紋で構成する古代魔法だ。

 エルフの魔法使いに倣い、習得した長距離転移魔法というもので、世界の裏っかわにいても本人の意思に関係なく転移させる事が出来る強引なものだ。

 通常のというか、聖職者たちが使う転移魔法は呼び出される側に拒否権がある。

 元の魔法にプライバシー・ポリシーが組み込まれた結果、融通の利かない難しい召喚になった。

 しかし、私のソレは古代の強引なタイプのオリジナルで、ほら!このように...褌一枚の団長が、え?!

「おい。アヴリル?! ここはどこだ!!」

 2mちかい身長を誇り、見事な逆三角形な上半身と筋肉の鎧を持つ屈強な男が現れた。

 褌一枚、銛を持ち、全身に大小の様々な傷を称えるスキンヘッドな大男という変態を差し引けば、今、私たちのパーティに一番必要なタンク役の人物だ。

「団長こそ、何でそんな変態な」

「変態ではない!これは本日の夕飯を狩っていたのだ!! マッドクラブ(凶暴かつ巨大な人食い蟹)をな。追い詰めた頃合に引っこ抜くとは如何なる料簡だ?!」

 シエラお姉ちゃんが胡坐をかいて団長の褌を捲っている。

 興ざめもあるんだけど、団長のソレに興味もあるらしい。

「おい」

「あー?」

 お姉ちゃんが見下ろす変態と視線を交わす。

「久しぶりだなシエラ」

「シガーもね、寂しいなら咥えようか?」

 と、実演に使っていたソーセージをひと舐めする。

 団長の無表情は今に始まった事じゃないけど、やっぱり怖いなー。

「無用だ! 俺には妻がいる、妹のアヴリルを泣かすようなことはせん!!」

 腕を組み、天井を仰いだ。

 団長は私の夭折したお姉ちゃんの旦那だ。

 夫婦だった時間は短かったけど、今でも義理立てして後妻を取らない。

 いや、それだけラブラブだったんだと思う。


「あ、あの... この殿方は?」

 シェイをすっかり忘れてた。

 彼女にとって、恐らく男性の褌姿なんて見たことないだろう。

 それに戦力補強っていっても変態ばかり増やしてとか思われても。

「この人は、私の郷の義理のお兄ちゃん。すっごい強いから安心して!」

 と、いろいろオブラートに包んだ紹介をした。

 彼女は私の言葉素直に受け取ってくれたのだろうか?

「それでは分からんだろう! 我はシガー・カース、ブルニャート共和国が絶対守護者、修道会騎士団の長を務める者。民を助け、闇を払い、教会に仇名す悪を根絶させる者である」

 と、褌の大男が申しております。

 褌一枚でそんな大層なこと言っても、かっこよくもないからね。

 単に変態の騎士団長っていう渾名がつくだけで。

 ふんぞり返ると思いきや、膝を折り、シェイの下へ手を取り禿げが声を掛けている。

「団長、流石に何か着るとか」

「服か? なら着ておる! この褌こそ我が鎧なり!!」

 ここです!おまわりさーん、変態がひとりいます。

 もう一人呼ぶか悩むわー。


 こういう勢いって後引くからな~。

 私の心が先に折れそうだわ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 蜂起した聖堂騎士団は王都の西の司祭区から兵を挙げた。

 内戦は20数年ぶりだ。

 きっとこの国の実情を知らない人なら20数年の平和が侵されたというのだろう。

 しかし、この国はかつての内戦前の方がずっと平和で、安全に暮らせた。

 ジョージ王は愚かな王ではなかった。

 地方格差による貧富を本気で正そうとしたし、民衆の血を吸い尽くそうとする貴族たちを敵視し、国外の紛争を外交で収め、その先の王たちが出来なかった多国間通商貿易などの内外政策を成功させた。

 そんな優秀な王を狂わせたのは、彼の相談役と称して召喚された占学士だ。

 黒く長い艶のある髪と絶世の美女という容姿の女性が占学士だ。

 彼女の台頭は瞬く間に国内不安へと傾く。


 他国の王ですら変貌する王国の代わり様に恐怖した。

 その折、聖堂騎士団を率いるリズベット皇女は、サルノ・ボリネア法国にあった。

 この世界で、《教会》と言えば、この法国のことを指し示す。

 彼女は皇女でありながら聖職者にして、聖堂つまり教会の騎士団を率いる資格を得るための10年にわたる長い修行を積んでいた。わずか、5歳で法国へ渡り、修道女から教会に仕えた彼女の人生は15歳で騎士を習得するに至り、教会内でも屈指の最年少・神官長を得るまでに成長していた。

 皇女として復帰し、国に帰るその日、父王と皇太子の内戦を知る。

 教会側の説得により帰国を先延ばしにした彼女は今日に至るまで悔いている。

 兵を挙げたリズベット皇女は、聖職者を盾に兄王が薦める政略婚を断り続け、力を蓄えた。35歳となった今も、少女のような麗しい雰囲気を漂わせるが、その逆に甲冑を纏う彼女は鬼神にもなれる。

 民衆を出自とする聖堂騎士団は、《教会》が有する騎士団組織の下部に位置するが、個体戦力は歩兵100人に匹敵すると言われる。そうした騎士を従える力、胆力は貴族出身の騎士らとは比較できないほど強い。

 また信望は皇女というだけではない、騎士課程にて辛苦を共にしてきた戦友意識から生まれている。彼女の頑張りを見てきた友を多く含むこの聖堂騎士団はこの国最強と言える。


 その彼らが王都の2里手前で進軍の歩みを止めた。

 騎士の数は100、歩兵は4000を動員できた。

「如何なさいましょうか」

 側近の騎士が皇女の横にて問う。

 聖堂のはみな純白の甲冑を纏い、皇女は赤いスカーフを吹き流している。

 目の前の兵は見覚えがある。

「兄上か、王都で殺しあうのは私も望んでいないが」

 歩兵中心の王都守備軍。

 陸軍大臣が所管する兵員だが、その布陣するレギオンの間に数名の騎士らが配置されている。

「あの騎士はしらんな」

 不安材料は騎士の存在。

 貴族が動員する騎士は歩兵と変わらず教会の敵ではない。


 皇女は馬上から従う友を振り返る。

 彼らの表情は明るい。

「貴様らの命、私が使う。友よ、行くぞ! 兄王を玉座より引きずり下ろす!!」

 皇女の激だ。

 静かにだが、肝に響く号令に兵や騎士が応える。

 兵は盾の表面を剣で叩いて見せた。

 騎士は馬上槍を天に突き上げて吠える。

「みな、済まない」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 宿屋を出たのは未だ、外が暗い時間だ。

 私たちの歩みがこんなに早く出たのは、変態がふたりいるから。

 お姉ちゃんは、両刀使いだけど、団長は単なる脳筋だから露出に然程興味がない。

 ま、こんな変なところに私の実のお姉ちゃんは惚れたらしい。

 彼女いわく――飾らないところがいいのよ――とか言ってた。

 飾らないというより、この人、自分の筋肉大好きだと思うよ?! きっと。

「で、補強する人員が未だ、足らないんじゃないのか?」

 眠いとか言ってた機嫌の悪い、お姉ちゃんが問うてきた。

 未だ欠伸が出るようで、ほっそい目で眉間に皺を寄せている。

「もう、呼んであるよ。この先の道で待ち合わせてる! 近くまで来てたみたいだから」

 私の対応の早さに『ふーん』と、微妙な返答で返してきた。

 普通ならしつこく“誰”とか、聞いてくるのに。

 どうやら、そういうやり取りも面倒で仕方ないらしい。

「なあ、アヴリル」

「はい」

「このスカーフは必要か?」

 それ、私のストールだよ!!

 団長は露出が酷いので、褌以外になるべく動きを妨げることのない物を与えたかった。

 確かに筋肉の鎧は、見ていて彫像のように美しいとさえ思うけど。

 基本、裸と違わない時点で冒険にはふさわしくないだろう。

 キノコを着てた人も...確か、いたけどさー。

「巻いてるだけで、火炎系デバフ効果を防いでくれるから!!」

 不思議そうに聞いてる。

 多分、納得はしてないだろうなー。


 さて、暫く私たちは山を目指してた。

 シェイの案内で山の近道を進んでるんだけど、待ち合わせてる追加戦力2は、私たちの後ろをずっと歩いて付いてきてた。ってオイ!!

 私が振り返ると、食べかけの肉巻きを思わず落としている。

 全身が鱗で覆われたトカゲみたいな、ヒューマンタイプのそれは驚いたまま、微動だにしない。

 私が近くに歩み寄っても、視線だけがちょっとこっちを見る程度で、金縛りにあったように動かない。というか、ちらっと彼の視線が空を見た気がする。

 私もその視線に誘導されて、空を仰いだ。

 彼のトカゲのような鋭い爪をもつ手が私の胸を襲った。

「にゅあっ!!」

 掴んで、すぐ離す――彼の動きは私をおちょくってた。

 シエラお姉ちゃんが、私の奇声に反応してピクピク動いてる。

 まだ、本調子ではないらしい。

 いつものお姉ちゃんなら、ここですっ飛んできて――私のアヴリルに手を出していいのは、アヴリルを絶頂の快楽に叩き堕とせる私だけだ!!――とか、訳の分からないことを口走って、私を無理くり抱きしめる。

 んで、ちょっかいを出した相手をちょー上から目線で蔑んで見るんだ。


 でも、その彼女は未だ動かない。

 恐らく動きたくても体が寝ている模様。

 そこへ、予想してなかった団長が、ゆっくりと私の後ろに立つ。

「我の妹に何をしている? トカゲ、否リザードマンか?」

 と、彼に喧嘩を売ってしまう。

「団長、この方はそんな下等な...」

 っていう前に私は突き飛ばされて、

「ワイは、そんな爬虫類と同類に扱うのか?! 何たる無知、何たる愚かさだ! かのアヴリルと家族と聞いておったのだが。とんだ見込み違いか!!」

 物凄く怒ってる。

 全身びっしりと緑か黒っぽい鱗に覆われた、一見すればトカゲ、リザードマン然とする亜人。

 肩掛けのメッセンジャーバッグと、ショートソードを携え、何故かバミューダショーツ(クレヲン領バミューダ群島で着用された膝丈前後のショートパンツ)を履きこなしている。

 彼は、エンシェント・ドラゴンを出自とする旅人で、私の知り合いだ。

 この出身の竜人は、古代魔法を使うのが主なのに対して、彼は教会の推奨する第3階位魔法(人間レベルに合わせた基準値※通常、現代魔法と呼ぶ)を使う奇特な生物である。

 その彼はトカゲと言うと、怒る。

 が、本気で怒ったことはない――ちょっとそんな素振りを見せて、相手がどんな態度に至るかを見て楽しむという性格だ。

 最も、私を弄るのを楽しみとしているので、どちっかというとお姉ちゃんと馬が合うかも。

 どーでもいいけど、変態がもう一人増えて、ひとの胸を揉む奴かしか集まらないってだけだろう。

 何たる不運。

 何たる厄日...


「あーえっと! 今回の依頼は、シェイさんのお友達の救出と、凶暴なドラゴンの退治となります!!また、不足な事態に陥らない様にヒーラーとして竜人のグレアムに参加して貰うことになりました」

 私の紹介に、微笑み?を浮かべながら彼がすっと輪の中に入り込んだ。

 トカゲっぽいって感じ以外は、嗜好や趣味は人と大して変わりがない。

 私を引き寄せて、胸を揉みたがろうとするのもオスらしい?行動ともいえるだろうか。

「あー、もう離せぃ!! タンクには団長です。ドラゴンのタゲを取ってくださいね」

 と、説明を続けてるのを遮って、

「やはり、このマフラーは要らないのでは?」

 飛ばそう、面倒だ。

 だいたい裸族の団長に――ん? そういえば甲冑を着ていたのはいつ位までだっけ――思い出せないなー。まあいいや、褌の騎士も、慣れれば何とかなるだろ。うん。

「――お姉ちゃんはアタッカーね!」

 お姉ちゃんが二本の剣を腰に差し始めた。

 多分、これは凄いやる気がある...に違いない。

 今はシスターの姿形をしているけど、本来は戦闘色丸出しの狂鬼。


 シエラお姉ちゃんの出自はダークエルフから。

 私と同じく銀色の髪は長く、腰の下まで届く。肌の色は褐色で、左の頬下から左乳房の下までかかる“黒い炎”のような刺青が刻まれている。他に特徴的なのが、スイッチが入ったお姉ちゃんの瞳は緋色に光る。

 二本の獲物は、剣と言うより太刀にちかい。

 かつて先代墨壺である、私の実姉が鍛えた大業物だと聞いている。

 二刀流による、連撃を繰り出すために材質や組み込んだ魔法紋は傑作中の傑作と言わしめた。

 ダークエルフにして女の細腕でも二刀の重量は絶妙で、その切っ先はダイヤモンド・クラスの竜の鱗さえ通すという評価があるけど。

 私はまだ、お姉ちゃんの本気を見たことがない。

「ちょっと席を外す」

 お姉ちゃんが手荷物をもって、そわそわし始めた。

 装備品の点検をしてた、荷物の中身も終ってるはずだけど、どーしたの?

 岩場の影に私を引き込んで、小さくつぶやく。

「な、なあ。戦闘衣を忘れたみたい」

 お姉ちゃんが恥じらいを持った!!

 教会で洗濯物を預けた。

 回収する前に王都を後にする。

 以後、その存在を一切合切で忘れてて――いざ、戦場へ――という時にソレを思い出したのだという。とりあえず、シスターの法衣を脱ぐと、キャミソールとショーツしかない。お姉ちゃんのかわいいというか、自己中のギャップ萌えポイントは、自分自身が対象にあって、主導権がとれない状態に羞恥心を感じるところだ。

 S気たっぷりに責めてる時点で下着姿になるのは全然、関係なくプレイに没頭できる。

 しかし、逆に剥かれると、純真無垢な乙女以下になるギャップ。

 今んとこ、それと同じ状況らしい。

 涙目で、潤んだ瞳を私に向けて助けを求めてる。

 このお姉ちゃん、かわいい!


「うーん、お姉ちゃんならさ、オーバーオールとか履きこなせるんじゃないかな?」

 なんて振ってみた。

 私みたいな小柄が履くと、ますます少年っぽくなるオーバーオール。

 でも、お姉ちゃんの凶器みたいなセクシーボディなら、或いは。

「待て待て、サイズを考えろ!」

 頭、小突かれた。

 お姉ちゃん、案外冷静なんだ。

 ん? サイズ違いによるポロリを警戒したのか? 露出狂じゃなかったのか!!

「じゃ、スパッツとノースリーブは?」

 私の手荷物からソレを取り出す前に――

「さっきも言ったよな?! サイズを考えろと...ん?」

 ちょっと殺意に似た気を放ってる。

 うわぁ、お姉ちゃん怖いよー

「じゃ、じゃあさ... 袖と裾を短く刻んだら? てか、お姉ちゃんも脱いだ方が...」

 っていう前から、『そうか! そうだな!!』と発して、修道女衣の袖を引っこ抜き、スカートの裾を短く切りそろえてしまった。

 褐色の腕と足があらわになった。

 肌のきめ細かなところは手入れをしている。

 こういうところは、やっぱり女性で、天然素材の謎の肝を使って整えているという。


 謎の肝ってなに?!


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「で、アヴリルはロールなに?」

 ダンジョン入り口を抜けて、中層まで下りたころになってグレアムが問うてきた。

 今更かよ?! てか、ここで?

「私もアタッカーで、マジックキャスター」

 グレアムの視線は私のお尻にある。

 この視線は、静止してない。

 お尻を見てたと思ったら、お腹のあたりでそこから吹っ飛んで唇。

 飽きたと思ったら、胸元に飛んでて変な眼力を感じる。

「な、なに?!」

 グレアムが視線を天井に飛ばした。

「いあ、何も」

 アホか! 今すっごい眼力で私の胸見てただろうが!!

 グレアムのその気はないですよ的な不自然な動きは、大きな特徴がある。

 このダンジョンは《ドラゴン》が棲んでいるという、状態の異常によって中層も下層もドラゴンの縄張り意識を逆なでする生物がいない。つまり、非常に安全なエリアと化している。

 その安全なエリアだからこそ、小動物系モンスターが生息することが多い。

 そのラットとかキノコとかが徘徊している訳だが。


 私の疑いを交わすグレアムが咄嗟にラットを鷲掴みすると、徐に食しているのだ。

 無意識の余り拾い食いをしている。

 こいつの悪い癖だ。

「ほら、また食べた! 何かいらん事考えてる!!」

 私の指摘に食べかけのラットだった肉塊をその場に落としている。

「いあ、念じたら乳首......立つかなっと」



 王都の方は、もう超獣大決戦という状況のような地獄絵図と化していた。

 死者の上位者リッチに仲間扱いされた、教授は地下墳墓の中でゾンビとして復活し、ライフワークだったキノコが胞子を植え付けようとする行為を必死に抵抗するとか。亡き先代の王様が霊体で下位の悪魔と玉座の間に特攻したり、人間やめちゃった現(兄)王様がぶっとんだ中二病を発症して、手がつけられないとか。

 もう、この国は終わったなって大司教のジョアは思ったらしい。


 いや、思う程度なら“教会”を呼べばいい。

 こういう時に活躍するのが神を主と呼び、祈ればなんとかしてくれると言ってる奴らなのだから。

 んで、私らは目の前の事で精一杯だっちゅうんだ!


 王都が超獣大決戦って様相なら、この山は幻獣大決戦だっつうんだ!

 なんで、こんな獲物が少ない山で、よく育った火竜が二匹のミノタウロスと、ゴーレムの三つ巴になってるんだよ。


 お、あのミノタウロスって兄弟か?!


「あの牛、美味しそうだな?!」

 グレアムの口端から涎が出る。

 さっきから散々、拾い食いしてたのにまだ食えるのかよ。

 水先案内のシェイは、仲間の姿を岩陰で発見する。 

 その隅には、ちょっと黒焦げになったおっさん魔道士が辛うじて細い命を繋げていた。

「あんたも大丈夫か?」

 私が駆け寄ると、彼の瞳に僅かな光が見えた。

 うむ、まだ生きてるね。


 ミノタウロスをどう、料理するかで悩んでるアホのグレアムを蹴飛ばしておっさんの前に膝ま付かせた。こいつの回復魔法の方が私よりも精度が段違いで無駄がない。もっとも、別のことを考えてるから、じわじわ効いてくる感じのスロースターターな回復魔法となってしまったが、無いよりかはマシな感じだろう。

 また、同じ方法でシェイの友人たちも元気な姿にして送り出すことにする。

 グレアムの奴が私以外の女の子にちょっかいを出さないように警戒しつつ、お姉ちゃんと団長が三つ巴の戦いに参加しないように氣を配るのはなんか疲れる。


 あ、ちょっとのスキに、団長が抜け駆けしてる。


 それを目撃したお姉ちゃんも、飛び出して行っちゃった。

 もう、いいや。

 魔獣さえも恐れて逃げる二人だし。

 勝手に頂上決戦してて。


 って、私の張り詰めた気が緩んで膝から崩れた刹那。

 グレアムの両手が私の胸を鷲掴みしてた。


 もう、怒る気力も...ない...


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