追跡 ~野心うごめく~
私たちは、ジョア司教を暴行した疑い?事実の下、荷馬車に載せられ街の中央、大聖堂に向かって緩い馬車旅を満喫してた。早駆けで半日という距離だけど、馬車で揺られれば1日はかかる道のりもこういう旅の面白いところだ。
そんな街外れまで来た理由、実は、教会御用達の酒場にある。
町中にある通常の酒場とは、大きな違いがある。
まず営業時間のズレだ。
次に市民の目から遠ざけたいというものがある。
聖職者が酒に溺れるのは聊か見せられたものではないだろう。
大酒飲みや、泥酔して悪行に走るものは一般市民と大して違いはない。
大衆の前で脱ぐ者、暴れる者、泣きだす者――いろんな酒癖の聖職者がある。
そうした人々を市民の目から守るために郊外に作った訳だ。
郊外直送の馬車なんてのもあるから、移動手段にはなんら問題はない。
揺られる馬車の荷台には両手を縄で拘束された私と、シエル姉さまの他に顔の半分を占めるガーゼのジョア司教が座している。しこたま鼻血を流した後の治療だから、少々顔の色は青白く、目つきも悪い。
「聊か凶暴だが、女の子を拘束するってのは...また、違った感覚で格別だな~」
ジョア司教の視線が私たちに向けられる。
特に恨む姉への視姦は嫌らしさに尽きる。
荷台の上だから私たちは膝を山なりに立てて、直に腰を下ろしてる状態。
そこへ時折、馬車が弾むと姉の胸が修道女の服からもはっきりとわかる形で大きくバウンドするのだ。傍にいる私も羨ましいと思う。
「シエル姐さんのこんな姿、なかなか見えないだろうなー」
と、吐く息が荒い。
シエル姉さまが咳ばらいを押し殺して、腰の向きをジョア司教から外へ向き直る。
やっぱり視られて、いい気なんてしない。
とくに好きでもないひひ爺的な男の視線なんて強姦されてるのと変わらないし。
「っつ、アヴリルの静止さえなければ」
「おお!威勢がいいのも溜まらない。姐さんがしおらしくなるより、こっちの方がそそる」
「ジョア司教」
私がこの微妙な空気を換えたくて、彼に声をかけた。
「はい」
彼の細い視線が私に向けられる。
私の姿は麻のナチュラルな色合いで誂えた田舎風正装。
革のベストにコットンシャツ、7分丈のズボンを履いたいかにもな少年風だ。
どんなところへいっても必ず『少年!』と言われるほどの花の無さ。
紹介してる私の心が折れそうだ。
その司教の視線がシエル姉さま同様に上から下へと注がれたが、ぜんぜん熱さを感じない。
むしろスルーされたような冷ややかさを感じた。
「この鼻が機能していれば、アヴリルの香りを存分に楽しめたのだが――目の前の少年然ではなぁ」
おーい!この野郎ー!! 気にしてるのにぃ!!
ちくしょー魅力なんてないよー
「ま、袖から覗く二の腕と脇は、まあ萌えるか」
うわっ!どこ見てやがる!!
「――私たちに罰を?」
話題を反らしてやる。
こんなエロい司教にこれ以上私の素肌を見られてたまるか!
「いや、拘束した理由は他にある」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王城は、街のひと際目立つ丘の上に築城されている。
この都がかつての文明遺跡の上にあることは、以前記したとおりだが、王城はその大半を遺構で増設して現在の構造物として存在している。
ダンジョンへの入り口は王家の墓所より繋がっていて、歴代の王はダンジョンを守護してきた歴史を抱える人々ということになる。
そうした数千年の歴史を刻む王城にエリック侯爵の姿が目撃された。
紅鉄の玉座と呼ばれ、竜の血で染めた王の座にエリックの兄が座している。
玉座周辺の荘厳な装飾物は、7百年前に最後の一匹とされた竜の頭蓋骨を利用して誂えた竜骨の工芸品だ。その玉座で退屈そうな王が、ひたすらやる気のない瞳で弟・エリックを見下ろしていた。
「今夜は、一体何用なのだ?」
王の言葉が空しく響く。
王とその従者の中に目立つ女性がいる。
父との継承戦争において兄の助言役と称して、入り込んだ東方の魔女という女だ。
ただ、普通に魔女と言われて怪しさ抜群の老女とか熟女ではない。
エリック自身からみても若すぎる少女然とした女であり、純朴そうな修道女みたいな娘である。
魔女は、星詠み――というこちらでは行わない占いで兄王を助け、父王を排除したのだ。
その抜群な的中率により敬意を込めて、《東方の魔女》と呼ばれるようになった。
「刀匠・墨壺殿が一振りを持参いたしました」
この世界には、銘を打って、王侯貴族の連中が大枚を注ぐ匠の品がいくつかある。
すでに弟子がその名を受け継ぎ守る名が3つ、現役の匠が2人と計5つの銘である。
で、そのうち一つが私の《墨壺》である。
この銘の中では一番若くて、一番勢いがある。
とにかくも《教会》からの紹介が多くて、聖職者が自慢したがる品という話だ。
「ほうー」
少し、目の力が戻った感じだ。
侯爵が献上する一品を箱から出す。
「余の前でそのひと振りを試してみせよ」
侯爵の伏せた顔にも力が入った感じがした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
司教の部屋で拘束が解かれた私たちは、ジョア司教の真意を知る事が出来た。
大聖堂の観衆が見ているものと、司教の内面である部屋の中は全くの別世界だった。
部屋の中は、清貧というか飾り気のない殺風景で、使い込まれた聖典と素朴なつくりの神像しか置かれていなかった。
「これで普通に話せますね」
ジョア司教のしゃべり方も変化している。
町中のひひ爺的な嫌らしさが無くなっている。
「どうした短剣? 頭でも打ったか??」
と、今までの彼とは別人の司教の前でシエル姉さまは、胸を揺らして見せている。
「《教会》からの監視の目があるんです。それに多少の人間っぽいところを見せないと、この国の貴族たちは欲深いのでね。こちらも穢れていないと何かと面倒なのですよ」
と、説明している傍で、シエル姉さまが私の背後に回り込み、司教の目前で私の小ぶりな胸を揉んでみせている。
ちょっとー ぃやー。
お姉ちゃんてばー...
「お!敏感っ!!」
暴れる私を見ず、司教は静かに淡々としゃべっている。
もう、冒頭のなぜこんなエロい司教をしているとか、この国の情勢が危険なのだとか――そういう一切合切の説明を私たちは聞いてない。
「――まあ、そういう分けで《教会》では行方不明となった、所在の掴めない魔法使いの存在を知ることが急務なのです。各方面の司教とも協力して、現在《人形遣い》というゴーレム操者を探しています。おそらくはアルフォンソ教授のパーティは私が発した、その依頼に心当たりがあって参加されたのでしょう――」
司教の話が終わったころ、私はひとり床に転がされ果てていた。
お姉ちゃんの責めにもがき暴れ、押し倒され、抵抗空しく堕とされた。
一方、満足そうなお姉ちゃんの艶やかな笑みが相対的すぎる。
「な、なにが?」
「気にすんなや」
お姉ちゃんの余裕っぷりがおそらく物語っていたに違いない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王国の南部で貴族が兵を挙げた。
反乱、これはそんなに単純な挙兵ではない――『義憤により、国王に弓引かせてもらう!』――立ち上がった貴族は、名家ばかりの十数家にのぼる。《義憤》というのが傾く財政、市井の圧迫、重税に対しての諸々。先代の王と比較しても、国は破綻しかけている。
先の時代よりも国政を任せられると、彼らはかつて先王と対峙した苦い経験を共有する貴族たちだ。その彼らが今度は、かつて共に戦った現王に対して弓を引いたのだ。
兵力は2万。
王国で動員する3割を占める。
その挙兵に呼応して、幕下の聖堂騎士団も王都直下で挙兵する。
《教会》に属する騎士団の下部組織である聖堂騎士団は、《教会》の意に従わず、ある程度の自由裁量権が与えられている。
国王の兄弟の中に唯一の女性がある。
長女のリズベットは末っ子だ。
その彼女が今、騎士団を率いる長を勤めている。
そして父を探す子でもある。
幽閉された父を探し、先の戦いの正体を知りたいと願っている娘の想い。
政略の末に踏みにじられた兄弟たちの確執というのも、この戦いの中に蠢いている。
さて、アルフォンソ教授は、いつものキノコの衣装から脱して王都のカタコンベに居た。
王都の地下は、幾百層にも別れた巨大なダンジョンで構成されており、レベルの低い死者が徘徊する湿気の多い空間である。じめっとした雰囲気のそこに、教授の姿は実に馴染んでいるように思える。
「お前一人か?」
アルフォンソ教授の姿が淡い光の中で、揺らいで見える。
彼は、小さく会釈すると。
「情報屋に会うのにここまでする必要が?」
教授の視線の先に影がある。
「それだけ、あんたの欲しがるネタが物騒なんだと自覚しろよ!」
「ま、違わないな。儂のネタはどうだ、高いかね?」
教授は肩を寄せて、鼻で笑った感じがする。
遠すぎても、そんな仕草に見えた。
「ああ、高いね。俺の命が危なくなった。金200。前金でだぞ!」
「今更、前も後もなかろう! その足で《教会》へ行け。大司教に合えば、その場で金500を渡してくれる。で、儂のネタは?」
教授がランタンの灯を影の方へ向けた。
煌びやかな銀の一閃が目の前を掠めたような気がする。
ランタンが足元に落ちて、転がり、そして炎があがる。
「な、なに……を?」
教授の体が熱くなる。
すっと血の気が引いてきた。
「悪いな、あんたらの企みは王様の知るよしだとさ......」
と、情報屋は駆け出していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
昨晩遅く、火傷を負ったレンジャー職の女性冒険者が《冒険者宿》に転がり込んだという話が教会にもたらされた。
ジョア大司教は首実検と称して、教授の召喚を命じたが、彼は一昨日から姿を消して行方知れずとなっている。そこで、昏睡状態の彼女の下に、修道会を派遣して手当を行い、ある程度の回復を待って覚醒させるに至る。
「せ、先生、教授をアルフォンソ教授をお願いします!」
彼の生徒であるようだ。
私は、彼女が行方不明となったパーティの子だと確信して話を聞くことにした。
「先生に、先生に至急」
覚醒してからも、うわ言のように、この二文字を繰り返す彼女は、間違いなくアルフォンソ・ロレンツィオ教授の教え子のようだ。
「まあ、落ち着いてください。教授もすぐ来ると思いますし」
私は、マニュアル通りの応対に勤める。
もっとも、教授が一昨日から姿を現さない以上、こういう繋ぎしかできそうにない。
これで事情が聞き出せないなら、情報が限られたまま《竜の山》とか言う、険しく怪しい山に入らざるを得ない。しかし、彼女はベットの上でオドオドしながら、私の声に耳を傾けてくれた。
「教授...の? ...知り合い...?」
たどたどしいのは疑っているからだろうか。
これまでの経緯をサルでも分かる、簡単説明で掻い摘んで彼女に注入。
これで納得するか、しないかは彼女に任せよう。
なーに、死者復活ではない。
そう、単なる火傷からの組織回復だ――火傷? 山へ入って何で?火傷?
気になった私は、彼女の了解を得る前に掛布団をはぎ取った。
仰天する彼女の表情は、申し訳ないけど私の視覚情報に入り込んでいない。
治療着と称して、薄い布地の一反を真ん中で二つ折りしたようなものに、首を通す穴、腰ひもではだけない様、結いだだけの簡素なのもを着せられている。布団を剥いだ時、彼女は咄嗟に防衛本能で身体を竦めて見せた。
その布着だけの身体だから、殆ど裸みたいに見える。
四肢の火傷は、多少の痕が残っている。
焼け具合から防具の隙間の方が痛々しい。
魔法による火炎系ではない、もっと物理的な否、爆発的な焼け具合だ。
そう、空間爆発みたいな感じで吹き飛ばされたような。
私は、彼女の腰と肩を入念に触診する。
別に、そういう趣味がある訳じゃない。
で、例の如く騒ぎ、驚き、戦慄している彼女の言葉は聞こえてこない。
魔法の回復でも限度というのがある。
自然治癒力に勝る回復手段はないし、薬草やポーションは前者である自然治癒力を高める働きとして広く利用されている。別に直ぐ、効くわけではない。いわば、栄養ドリンクに毛の生えた程度だろうか。
頭髪を失った坊さんが、フサフサの頃に戻りたいとした場合、数か月待てば勝手に生えそろうところ、ポーションならその数か月を幾分か短くすると、いった程度の回復補助薬品だ。
そこへ魔法による治癒だが、これはもっと単純で即時に髪をはやす事が出来る。
が、毛根の急成長を促しただけに過ぎないのでケアを怠れば、抜け毛により喪失感だけが残る。
そういう回復なのだ。
だから、彼女の傷跡もゴツゴツとした爛れた痕は残り、ツルツルの若い肌、ピチピチの女子大生に戻るのは、もう少し先になりそうな状態だと言える。まあ、背中の打ち身や、腰と臀部の腫れは、 衝撃によって吹き飛ばされたときに負ったものとして。
その他、思いの外、胸の張りや、ふくよかな腫れは美味しそうだし。
なんと奇麗な桃色の――いやいや、私に......は――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
カタコンベのアルフォンソは、小さく息をつないでいた。
流石に誰も、この場所を知らない。
知らないから、情報屋との密会場所に選んだわけだが。
「まさか、こういう事態になるとは」
独り言だ。
誰も、いや、死者に話しかけるくらいだろうか。
もうすぐ自身も彼らと同じになる。
「父にもう一度、会いたかったな... いや、これから会えるか」
と、気力は底を突きかけている。
彼自身、治癒魔法を得意としているが、傷口が一向に塞がる気配がない。
魔法による武器の魔法への耐性というやつだろう。
「これは、仕組まれた。壮大なる兄弟喧嘩となるだろう」
教授の目から光が消えた。
ここで彼の冒険は終わる。
燃えるランタンの淡い光の外に、カタカタ、コツコツ、シャリシャリ、石つくりの部屋を擦る音が聞こえる。
レベルの低い死者の訪れだ。
その死者のさらに奥に、淡い月光を纏うレイスがぼーっと立っている。
新しき仲間の迎えに訪れたのだ。
『汝の魂に救済を......』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇