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鍛冶師の冒険記  作者: 伯慶
7/9

追跡 ~王都あれこれ~

「ホットミルクお代わり!!」

 私は、依頼主に門前払いを食わされて方々歩いてここにいる。

 《教会》御用達の酒場――こんな場所は普通の街に2~3軒ある。

 教会関係者だって呑みたくなるもので、強めの酒は流石に無いがフルーツの盛り合わせとか、その日の気分で用意される店主のお勧めとかいう料理が提供される点は、およそ街の露店や赤提灯と大差ない。寧ろ、かなり田舎くさい色をまとった酒場と言えよう。

 ん? いや、大衆食堂かな・・・


 4杯目のホットミルクが私の席にそっと置かれる。

 空瓶はすぐさま片付けられ、私はマグカップを両手でそろりと引き寄せた。


「そんなとこで、やけ酒ならぬ自棄ミルクですかい?」

 私の惨状をコロコロと嘲笑する厄介者が現れた。

 また何時ぞやチンピラ風情かと不機嫌そうな顔で見上げると、

「はーん、その顔だと世間知らずさんが表でてますねー」

 意地悪そうな微笑みを称えるシスターがあった。

 ん? よく見れば知り合いの様な。

「? 忘れたんかい・・・あんたの身内はミルミルだけやないえ」

 あー、ダメだ思い出せない。

 誰だっけ? この修道女みたいな恰好をして腰にブロードソードを携えた珍妙な奴。

 確か前はメガネをー。

「そりゃ、半年も前の変装やお嬢はん」

 お!私の心の声を聞き取るスーパー地獄耳!!

 とか思ったらチョップで頭をしこたま叩かれた。

「聞こえるんとちゃうがな!! 詠んどるんよー」

 この田舎言葉――誰だったかなー。

 私の両肩に手を置き、ぐっと引き寄せられる。

 テーブルの端がお腹に食い込んで苦しい。

「聞けや! このっピーマン娘、儂はお嬢の姉弟子や!!」

 仕舞いに頭突き喰らわされ、私は椅子共々豪快に吹っ飛んだ。

 そうそう、思い出した。

 三姉妹弟子の長女、シエル・クリッカ。

 私が本気で剣を交えても絶対に勝てないもう一人のお姉ちゃん。

 本当のお姉ちゃんは鬼籍に入ってるけど、このお姉ちゃんもすっごい妹想いの恰好良い女性。


 確か歳は――


「天誅!」

 鈍い音がした。

 私の目前に強烈な火花が散った気がする。ついでにちょー頭が痛い。

「余計なことを考えるな」

「は、はい・・・お姉ちゃん」

 彼女は変な咳払いを吐くと、

「お姉さまでしょ?」

 と、諭してくる。

「はい、お姉さま・・・」

 そう、シエラお姉ちゃんはとっても上下をはっきりさせるタイプだ。

 ちょっと面倒な人。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ノックとともに執事が部屋に入ってきた。

 部屋を深く入ったあたりに立派な人物画が飾られている。

 その人物画は、エリック・ローレンス侯爵の父、先の代に王であったジョージ八世。

 男子9人、女子5人という子宝に恵まれ、隠し子が6人もいた――絶倫王とも呼ばれた国王だった。


 かの王は、きさくな性格で庶民の人望をあつめた偉大な傑物だった。

 その王が突如に錯乱し、皇太子を廃嫡しようと画策――今から16年前、王国史上最悪の後継者戦争となった話は有名だ。第二後継者だったエリックは皇太子側に参加する。しかし、当の皇太子が当時からも市民や臣民の人望がない為、エリックの忠誠心を疑った。あわや三つ巴となる様相を崩したのが侯爵自身。

 侯爵は自らの忠誠心を示すために《男》である事を棄て、同時に継承権さえも返上したという話だ。

 この潔さに共鳴した臣民が皇太子側に忠誠を誓い、エリック侯爵を信じた形となった。

 共鳴したというよりかは少し複雑なモヤモヤがあるらしいけど、そこは皆、一致団結する切っ掛けになったらしいという話で、一時期陰謀説があったとかないとか。


「して、荷物はまだか?」

 入室してきた執事に問う。

 彼は深々と頭を垂れると、

「回収に向かわせた者の話では、刀工は留守だと言っておりました」

「約束の期限が差し迫っておるというのに」

 奥をちらりと見つめ、執事はさらにつづける。

「《噂》では、刀工は自らの手で依頼主に品物を納品する癖があるといいます。庶民をこの館にとは、考えられないものですが」

 執事の言葉に奥に坐していた侯爵は無反応。

 しかし、侯爵は暫くして、

「ジョア大司教に言伝を、刀工を確保し例の品を密かに我が下へ届けよとな」

 執事は、再び深く頭を垂れる。

「して、その後の刀工は?」

「案ずるな、大司教に任せる。《教会》でいいように使うだろう」

 奥行ばかり深い居室を踵を返して戻る執事。

 その背中を細い目で見送る侯爵――


(王よ、我が兄よ、そろそろ借りを返して頂こう)


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「まあ、要するにアヴリルの清貧が招いた結果ってことで!!」

 と、お姉ちゃんが私の素朴過ぎる田舎者まるだし正装をけなしてきた。

 一見すると、確かに庶民っぽいだろう。しかし、東方の国に生息するワームが紡ぐ絹で起こした羽織に、中央高原の食人植物が時々すっ飛ばす綿毛を材料に仕立てた上下の服は丈夫で温かい。この素材だけでも揃えたり、買ったりしたら途方もない値をつける。見る人さえ見れば高価だと気付いてくれる筈だ。

「そんなもんはね自己満足なんだよ!」

 ――チョップ炸裂。

「誰でも目を引く効果的な宝石、まあ、うちらで言ったら《教会》幹部の証とか」

「私、鍛冶師だよ」

 再び、チョップが炸裂。

 頭、痛い(泣

「たとえ、王様だろうと貴族さまであろうとだ! 他人様は見えてるもんでしか価値を見出さない。偶に居るよ?! 中身で尺を判断しようとする輩が。だがしかしだ! 現実を直視すると、着ているものや身に着ける装飾品、髪型や清楚か貧しいかなんて尺で判断する。ま、私がシスターの恰好してるのがいい例さね」

 お姉ちゃんが軽く自分の胸を叩いて両手を広げた。

「肌の露出が多ければ売春婦、一見煌びやかにドレスを着て、素足を見せれば踊り子みたいに見られ、清楚で純白な衣を纏えば中身もそれっぽく見えるって――そんな都合よく行くわけがないのにさ!!!」

 やばいお姉ちゃん荒れてる。

「あ、あの」

「ん? なに」

「失恋した???」

 妹弟子の私の顔を覗き込む。

 こわーい! 踏んだ? 地雷。私踏んだの???

「ご明察! ったく、あいつらの目は腐ってる! シスターだからってヤッてるっつーんだ!! っけ、何が『処女じゃなーい』だ!! 聞いてるか? 妹弟子よ! 修道女は皆、処女だと思ってる馬鹿が多い!! 貧相な短剣ぶら下げやがってぇ! ちくしょー」

 最後は言葉になってない気がした。

 泣き崩れた世界最強のお姉ちゃん。

 私の大好きなもう一人のおねえちゃん。

 そして、世界一男運のないお姉ちゃん。


 このどうしようもない状況の打開が遂に訪れる。

 私の幼馴染のジョア司教だ。

 彼はこの王都の大司教として日々、若い修道女に囲まれて――醜いおっさん大司教のようなイヒヒっぽい世界を満喫している。ハーレムにしたいなーって実行しても《教会》側は一切、口を挟まない決まりになっている。

 教区は司教や司教長の勝手(自治)に任せている。

 これは《教会》に奉仕する人間の特権であるのだ。


 だから、ひどい教区だと人身売買まがいの都市もある。

 こんな教区に神が降臨するとも思えないのだけどね。

 基本的に《教会》の教えには『神を称えよ、身を捧げ、清い心で人々の救済を行え』というのだけど、7割は私利私欲がまかり通っていると、私は思ってる。

 てか、今までそんな奴しか見てないし。


「こーんなとこいた!」

「ジョア司教、きたー!!」

 私の歓迎に彼の妄想が爆発した。

 突如、《教会》御用達の酒場だと忘れて飛びつくジョア。

 そのジョア司教を私のお姉ちゃんが裏拳で弾き飛ばしてしまう。

「おいっ、短剣ジョア! 私のお宝に手を出そうってのか?!」

 シスターが大司教にキレるという図はこの国では珍しい光景だ。

 大司教の竿まで神々しいと教えた教区では修道女は皆、大司教の情婦だと思われている。

「し、シエル姐、さん!」

 つぶれた鼻を両手で塞ぎ、鼻声のまま――

「ぼ、ボクにこんなことをして」

「ただでは済まないとか本気で思ってるのか? この盆暗が! ハーネス嘗めんなよ!!」

 あー、お姉ちゃんがキレてる。

 このままだとジョア司教の竿、否もとい短剣がって。

「まあまあ、お姉ちゃんもほら、ふーって息整えてね」

 ホットミルクの白い髭をつけた私を見るや、

「かわいいぃー ここはこんな妹弟子に免じて赦してやろう!!」

 と、シエル姉ちゃんが私に抱きついてきた。

 口についたミルクを嘗め、頬を寄せる。

「あんたの姉ちゃんとの約束もあるけど、やっぱりアヴリルがかわいいわ~」

 ああ、私、愛されてるだ。


「っー。ボクの方は一向に話が終わってませんが?」

 鼻血を大量に流す大司教。

 ジョア司教はふらふらと立ち上がりながら、

「刀工、墨壺殿。司教への乱暴という罪により捕縛します! ひっ捕らえなさい」

 酒場に《教会》関係者が武器をもって乱入してきた。

 シエルお姉ちゃんが抵抗したけど空しく捕縛される私。

 と、いうかお姉ちゃんを静止させたのが私だったから。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ご足労だったなアル」

 暖炉に揺らめく二つの影。

「兄さんに呼ばれたら来ない訳にもいくまいて。で、例の件だが――」

 ノックの後に執事が扉を少し開く。

「侯爵様、例の一振り揃いましてございます」

 暖炉の目の前のテーブルに置かれるグラス。

 飲みかけの酒。

「アル、時が来たようだ」

「準備はできているが、確証はない。幽閉先の検討しかつかなかったが」

「それで十分だよ。挙げるのは、リズベットのところだからね」

 前髪を指先で絡めながら静かに笑った。



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